Chapter17 アイ ディズィール 特別閉鎖領域
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「どうして......」
響生との視点共有によって再現した光景。一連の展開にアイは目を疑った。
「どうして? 彼を助けてほしいと私に相談されたのは艦長だったと思いますが、私は、それを自身が考える最良の方法で実行したまです」
淡々と答えるザイール。
「響生をあんな目に遭わせることが、彼を助けたことだと言うんですか!」
アイは抑えきれなくなった感情をそのままザイールに叩き付けた。ザイールは自分の睨むような視線を受けて尚、眉一つ動かさずに口を開く。
「ええ、その通りです。
私は艦長の言う通り、彼に現実世界へ行く術を与え、義体格納庫から処置室まで行く術を与えました。
尚且つ、彼の友人である彼女の安全をも確保し、さらに正常な精神状態を失った『もう一人の友人』が持つ恨みの矛先を、彼個人からフロンティアへと移しました。
そのため彼には友人の目の前で少々痛い思いをしてもらいましたが、大よそこちらの目論見は成功していると考えますが」
ザイールの言うことが正しければ、確かに彼女は最良の方法をとったことになる。けど、ザイールが、響生とヒロの人間関係にまで気を使うなどと言うことがあり得るだろうか。先の戦闘の件といい彼女の全てを信用してはいけないと感じる。
「分かりました。有難うございます。ですが、一つだけ質問させてください」
ザイールを睨んだまま言う。
「なにか?」
「本当にそれだけですか?」
それを言った瞬間、ザイールの口元が僅かに緩んだ。
「色々と良い傾向です。艦長の鍛え方が少し解ってきたような気がします。
少し横道から話しましょうか。先に遭遇したネメシス。何故、我等の兵器であるはずの『それ』が我々を襲ったのか。
彼と美玲、それぞれが破壊したネメシスの残骸にいくつかのヒントがありまいた。
美玲が破壊した義体は、彼が破壊した物以上に大破していましたが、命令通り核は温存されていました。もっともそれに宿っていた意識は、言葉が扱えない程に崩壊し、尋問など出来る状態には無いですが。
あの義体自体、数体の義体の残骸を組み合わせた継ぎ接ぎであり、正規に補修されたものではありませんでした。
そして、そこに宿っていた意識は自我が保てなくなるほどの『何か』をされたと言うことです」
アイは黙ってうなずいた。まだ自分の質問にザイールは答えていない。
「それ自体、目を覆いたくなる話しです。これだけの事を行うのには背後に相当巨大な組織を必要とするでしょう。
何より技術力で遥かに有利に立つはずの我等の兵器を、現実世界が補修し運用しようとしていた事実。不完全とは言え、何故それが可能だったのか。非常に嫌な予感がします。
私はこれに彼の友人が関わっているのではないかと推測しています」
アイは目を見開いた。ヒロの事は自分も良く知っているのだ。話す事は不可能でも自分は響生と彼が仲良く遊ぶ姿を散々見てきた。
ザイールは自分の表情の変化を読んだかのよう続ける。
「もちろん根拠はあります。美玲から、保護対象の頭に異物が埋め込まれていることは既に報告を受けていました。形状と構造を本国に回し、解析した結果、ネメシスの一部である可能性が高いということです。
暁(=ドグ)からも同じ報告があるかと思いましたが、彼は意図的にそれを隠しているようですね。
理由は大方想像がつきます。それ自体は規定に反しますが、私は彼のそう言う人間味が強いところが嫌いではありません」
ザールは言葉をそこで区切り、瞳を閉じた。
「――さて、本題です。一連の事件の一部を知る可能性の高い捕虜がいる。この最大のチャンスをどう活かすべきか。捕虜を尋問するのが一つの手かもしれません。フロンティアに強制的に意識を取り込み、記憶の隅々まで解体して分析するのも良いかもしれません。
ですが、その双方のやり方では背後は追えないでしょう。
そして、こちらには、さらに良いカードがあります。響生です。
彼は捕虜の嘗ての親友だったそうですね。しかも彼は潜入工作員としての訓練を受け、人型のレセプタクルを操る『感染者』です。感染者の意識は我等と同様、完全にフロンティアの管理下にあります。つまり彼が寝返った場合のリスクはゼロです。
ゲリラの懐に潜り込むチャンスだとは思いませんか?」
アイは自分の顔が強張るのを感じた。
「そんなこと......」
――響生にそんなことさせられない!
アイが口を開こうとした瞬間だった。突然、腹部を内側から抉られるような激し苦痛に襲われる。アイは溜まらずお腹を押さえ顔を歪めた。吐き出され掛けていた言葉は、そのあまりの苦痛に飲み込まれてしまう。
「義体格納庫で異常!?、ネメシスが!?」
「高熱源反応! まさか艦内で集積光を使用した!?」
オペレーター達が慌ただしくウィンドウを読みあ上げる。
「降下兵投下モジュールとの隔壁、第一から第三まで大破!」
「強制停止、受け付けません!」
展開量が急激に増していくウィンドウ群。そのどれもが赤く点滅し、異常事態を示している。
「いったい何故!?」
愕然とするオペレーター。
「狼狽えるな!」
ザイールが立ち上がった。その瞬間、混乱していた特別閉鎖領域に沈黙が訪れる。
「――降下モジュールのハッチを開けろ。No.332の『箱』も投下してやれ」
「ですが!」
反論するオペレーター
「船を壊されてはたまらん。奴の望み通り船の外へ出してやれ。メデューサを起動。恐らく無いとは思うが、奴が外から艦を攻撃するようなら、やむをえない、撃ち落とせ」
「了解、『連動集積光砲群=メデューサ』起動します」
これだけの混乱の中、的確な指示を出すザイール。その口元には『あの時』と同じ笑みが浮かんでいた。
2 数分前 ヒロ
ヒロは涙で濡れ、閉じる事さえ困難な程に晴れ上がった瞼の奥から、血走った瞳を一点に向けていた。
焦点の結ばない視界。再び筒状の機械に押し込まれただけでは無く、金属製のアームに固定され、身動きすら取れない身体。
伊織の身体もこのような状態にあった。身体に刺さった数億にも及ぶワイヤー群。相当な恐怖だったはずだ。
死霊共が行っているのは決して『魂の補管』などではない。ただ、単に脳をコピーし、オリジナルを殺しているに過ぎない。そして、そのコピーの意識を盾に親しい者の意識を縛ろうとするのだ。『脳にニューロデバイスを埋め込み、我々の支配を受け入れろ』と。
汚い遣り口だ。
自分は伊織の死を受け入れなければならない。伊織は殺されたのだ。死霊共に。
そして、それを愚かな親友にも分からせなければならない。
死霊共のセキュリティーにより負傷したお前に、さも必死な形相で呼びかけた実体の無いあのホログラムは、決してお前の妹などでは無いことを分からせねばならない。
それには、此処から抜け出す必要がある。
ヒロは瞳を閉じた。ノイズに塗れた視界に展開するウィンドウ。途端に襲われる激しい頭痛。『Code “Melu”』の文字と共に、頭の中に『幼い少女がが呻く様な声』が悍ましく響き渡る。
次に瞬間、ウィンドウには長い触手を持つ死霊共の主力兵器が表示されていた。
ウィンドウには長い触手を持つ死霊共の主力兵器が表示されていた。いつ見ても吐き気すら覚える醜悪なデザインの『これ』を、動かすためには『生贄』が必要だ。そしてそれには打って付けの『偽りの魂』がある。
ウィンドウに浮かび上がる『検索対象:二宮 穂乃果』の文字。
――来い! 俺をここから連れ出せ――
そして復讐を。
直後、空間を揺るがすような凄まじい振動が、物理エリアを走り抜けた。