Chapter15 数分前 響生 理論エリア 一般商業領域。
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「響生!? ホンマ響生や! いやぁ、懐かしいわぁ! 穂乃果ちゃんと言い、響生と言いホンマ心配したで!! いやほら、あんま良くない噂聞いてたし...... うわっ! これメチャ美味しい! なんやこれ! 美味しすぎるで! 久しぶりやわぁ、こんな美味しいもん食べたんわ。
ホンマごめんな、治療費お世話なったあげくに、ごはんまでねだっちゃって。でも、お金はちゃんと働いて返すさかい」
「いえ、お気になさらず......」
穂乃果が困ったように乾いた笑顔を浮かべる。
データー通信による乗艦の受け入れを開始したディジール。先日までゴーストタウン状態だった一般商業エリアは嘘のように人々で溢れ返っていた。
仮想世界特有の重力を無視した奇怪な建築物の数々。デザインばかりが重視され、バランスやら、安定感などという概念が放棄されている。おかげで、初めて見るものは巨大なアミューズメントパークの様に見えるのかもしれない。
出店で買ったジャンクフードに被り付き、上機嫌な伊織。彼女のテンションは記憶の中のものと何も変わっていない。その事実に感じた安堵と、その理由が『まだ彼女が事実を知らないこと』にある罪悪感。
「それにしても、中立地区には、まだこんな規模の街が残ってたんやな!
だからヒロに言ったんや、どうでもええプライドなんて早よ捨てて、中立エリアに行こうて」
「伊織さん、えっとそれなんですが......」
タイミングを見計らうように口を開く穂乃果。
「うわっ! あれ何!? あっちも行きたいわぁ!」
唐突に別の出店に出来た人だかりを指さした伊織。好奇心で大きく開いた黒い瞳は既に穂乃果を見ていない。
言葉を遮られた穂乃果が、再び乾いた笑顔を浮かべる。そしてため息をついた。
――ずっとこんな様子で、全然本当のこと話せなくて...... パパでも話す隙間がなかったくらいだよ――
頭の中に直接響く声。穂乃果に助けを求めるような視線が向けられる。
――ドグは何て?――
――パパは焦ること無いって。こっちじゃ現実世界じゃ有り得ない現象が起きるから、そのタイミングをうまく使えって。でも――
不安そうな表情を浮かべた穂乃果。自分からもため息が漏れる。
――あの、おっさん一番重要な仕事を放棄しやがって。
でもまぁ、確かにチャンスはこの後いくでもあるさ、多分しばらくは家に泊まってもらうことになるだろうし――
――そっか、そうだね――
「穂乃果ちゃん、こっちやこっち! 早よ行こうて!」
伊織に手を握られ、引きずられて行く穂乃果。そう言えば伊織が落ち込む姿など、今までに見たことがない。
その様子に、『例え真実を伝えたとしても彼女ならケロっとしているのではないか』と言う甘い期待をしてしまう。
が、その期待は、別の不安によって直ぐに掻き消される。
そしてその不安が的中したかの様に、ドグの声が頭の中に響きわたった。
――彼が目覚めたぞ――
内容とは裏腹に声に明らかな焦りが感じ取れる。感じた言いようのない胸騒ぎ。
――だが、少しまずい事になっちまった――
その言葉に目を見開く。
――どういうこと?――
――本来なら脳波の違いから、被験者の目覚めの兆候を先に察知できるんだが、頭に埋め込まれた例の異物のせいで見逃しちまったらしい。どうやったのかは分からんが、『箱』から自力で脱出しちまった。すまねぇ、俺のミスだ。
マズいぞ。彼がもし物理エリアの彼女を見たとしたら、到底耐えられるもんじゃなねぇ。術後の再形成処置もまだ成されてねぇ状態だ。
お前ぇはとにかく物理エリアに出ろ。このままじゃ彼が拘束されちまう――
ドグの声が焦を増す。
――解った――
とにかくドグの言う通り外に出て、ヒロに会わなければならない。
自分の前を引き摺られる様に歩く穂乃果の腕を掴み、静止させる。その強引な呼び止め方に顔を引き攣らせて振り返った穂乃果。
「穂乃果、伊織。悪い、急用だ」
言った瞬間、穂乃果が不安そうな瞳を自分に向けた。
「すぐ戻ってくる。あぁ、そうだ、今日の夕飯は豪勢に頼むぜ?」
努めて笑顔を作り、軽い調子で言う。
「うん分かった」
頷き、笑顔を見せた穂乃果。それを確認して彼女達に背を向け走り出す。本当なら直ぐにでもログアウト手続きを取りたかったが、伊織の前での空間転移をさけた。
そして人込みに紛れたところで、思考コマンド入力によってのログアウト手続きを行う。
が、すぐに返って来てしまったエラーメッセージ。強制同期中のために自身の肉体が使用できない。
――クソッこんな時に!
が、そのエラーメッセージと同時に開いた別ウィンドウに『義体の使用許可』を意味する表示がされていることに気付く。
感じた違和感。
――義体の使用許可を申請したのはドグか?――
――何故そんなことをする必要がある? 自分の身体を使えばいいだろ。なんか問題か?――
ドグじゃない。なら一体何故。出撃命令でもないのに、義体の使用が認められることなんかまず無い。
まさか、『一時とはいえ、使えない自分の身体の代わりに貸してくれる等と言う親切』ではないはずだ。
――いや、大丈夫だ――
響生は会話を打ち切った。時間が惜しい。
戸惑いと疑念はある。だが今はあれこれ詮索している余裕が無い。物理エリアに出る手段があるなら、それに縋り付くしかないのだから。
響生は意識の転送をするべく瞳を閉じた。