エピローグ --New daily life-- 2/3
1 響生 フロンティア首都月詠 王帝宮
「スッゴイこれ! こうなるともう何でもありね! て、言うかどれだけの広さがあるのよ!?」
サラが辺りを見渡し大声を上げた。
確かにここに初めて来ると第一声はそうなるのだろう。穂乃果に至っては、ただただ口を開け、虚空を眺めていた。
それほどまでの絶景が目の前には広がる。そこにあるのは無限に広がる空だ。それは上だけではない、さながら宇宙の如く『空』と言う空間が上下左右に360度にわたってリソースの許す限り広がっているのだ。
この空間をさらに特徴づけているのがそこに漂う島々である。そのどれも非常に巨大であり、見る物を圧倒する。
島を流れる大河の水が最終的に島の縁で滝となって、果てしない虚空へと飲まれていく様は、あり得ない光景であると同時に超自然的でもあり美しい。その超大な風景は異界、もしくは神話の中の世界をも連想させた。
フロンティア首都、月詠にあって、『天上エリア』と呼ばれるこの領域は、フロンティアの政治中枢エリアである。中央立法議事堂を中心に、『朱印城』と呼ばれる上院たる元老院専用の多目的宿舎、下院である代議院と関連施設、その他官公庁を始めとした、ありとあらゆる機関がこの領域に集まり、各島に分かれて存在していた。
その中でも中央立法議事堂の真上に位置し、このエリアで最も高度が高い位置に存在する島が、ここ『王帝宮』である。そこから見た景色は、正しく世界を見下ろすような光景であった。
外周30キロメートルほどの島の中心には、巨大、かつ荘厳極まりない雰囲気を漂わせた宮殿が聳え立つ。フロンティア特有の重力を無視した奇怪な外観を持ち、浮遊構造体をも従えたそれは、さながらファンタジー世界の神の住まう城のような様相を呈してた。
「……あれに住んでるのよね?」
「まぁ、一応は……」
「すっごっ!」
「設定次第で何でも出来ちゃうのがフロンティアだから、見えてる景色に対して意味はないさ。同じ光景を再現しようとすれば、そこそこの容量があれば何処だって作れる」
そう言った瞬間、美玲が眉を顰めた。
「貴様は、この空間における歴史の重みを感じないのか? それこそがこの空間の何にも代えられない価値だと言うのに――」
そこで区切った美玲が、此方を見て大きく溜め息を付く。
「――いいか、この場所はフロンティアの首都が月詠に遷されて以来、300年以上の時を刻んでいる。そして嘗ての英雄、葛城愛と当時25万人の国民が地球への帰還を誓った場所だ。我等の復興劇の全ては、この空間を内包したたった一機の量子ピューター『Tsukuyomi』から始まったんだ。何度も改修がされているとはいえ、此処は今もTukuyomiの中にある。
もっとも宮殿に関しては作られたのはそれより後、250年程前だ。そして実際に機能する施設として使われるのは初めてであろう。今までは事実上、『葛城 愛』を祭るための社であったのだから。だが、ここに英雄『葛城 愛』が祭られている事も含め、この場所は我等全てにとって特別な場所だ」
美玲が言いながら、遥か遠くに月の如く浮かぶ地球を仰ぎ目を細めた。この空間に投影された地球の姿は当時の人々の『誓い』の象徴なのだろう。
「こんな所に住めることがどれだけ栄誉な事かは、俺なんかには計り知れないよ。計り知れな過ぎて落ち着かないと言うか。未だに実感がないって言うか。それはアイの方が大きいのだろうけど。結局改変が許された僅かな領域に、『今まで住んでたログハウスのあったあのプライベート空間』をそのままコピペして、オフはそこに引きこもってるよ。だから穂乃果も安心していいぞ?」
それに心底安心したような表情を浮かべ、
「有難う…… お兄ちゃん」
と言った穂乃果。彼女は一人、ディズィールに残り、ドグとメルと共に変わらない生活を送っていたのだが、突如としてドグが再婚を決めた為に状況が複雑化した。しかもドグの再婚相手があのザイールだと言うのだから驚きである。
そんなこんなで、新婚であるドグとザイールに気を遣う穂乃果に対し、此方から提案する形で、再び一緒に住むことになった。
穂乃果に言わせれば自分も新婚のようなものなのだそうだが、こちらとしては今までも一緒に住んでいたので、何が変わる訳でもない。
美玲になついているメルについては、寝る所こそ今までと変わらずディズィールではあるものの、すでに王帝宮の中を走り回っているような状況であった。
肉体を持たず、心理的な柵も持たたないメルにとっては、このフロンティア全土に対して距離と言う概念を持ち合わせてはいないのかもしれない。まして嘗てほどの能力はないものの、セキュリティーというセキュリティーをいとも簡単に突破してしまう彼女にとっては猶更だろう。つまり、心を許す者がいる場所は全て彼女にとって、いつでも遊びに行ける庭と化すのだ。
「穂乃果も良かったじゃない。でも確かに、これじゃそうでもしないと落ち着かないのかもね。よっぽどそう言う家庭で育ったセレブならまだしも……」
「まぁ、でもディズィールの女王旗艦としての改修も終わって、再び管理自治区上空に展開されることになったし、それに伴って俺の身体もようやく地球に帰還だ。少しほっとしてるよ」
「そんな、ものなのか?」
美玲が、訝し気な顔をした。恐らくこの感覚は肉体持ち特有のものだ。
「ああ、やっぱ自分の肉体が俺の本体だと感じるんだ。だから、あれがあそこにあると安心すると言うか。まぁ、俺が旧世界の出身ってのもあるのだろうけど、肉体を地球に置いておきたい。それだけで、俺の意識はここにあるけど、俺自身は地球に居る気がするんだ」
それを受けて美玲の顔がさらに険しくなる。
「だが、貴様はそれをいずれは捨てると決めたのであろう?」
「ああ、そのつもりだ。そこに未練はないと言えば嘘になるけど、多分この決断が揺らぐことは無いと思う」
「そうか……」
それに短く答え、頷いた美玲の表情は少し寂し気に見える。それが気になり、口を開こうとすると、それよりも早くサラの声が聞こえた。
「にしてもディズィールって女王の旗艦になったんでしょう? なら月詠にあった方が良いんじゃないの? 私はそう言うの詳しくないけど」
「あれが、管理自治区上空にある事で初めてアイは、地球に行くことが出来るんだ。他の船でも良いんだろうけど、セキュリティーの都合もあるし、形式的に旗艦があった方が滞在しやすいと言うか。それにあれには、アイが掲げる管理自治区構想に、欠かせない装置が積まれてるし、それが一番大きな理由だよ」
「なるほどね」
「それに旗艦が地球にある事で、こちら側が地球を掌握しているというアピールにもなる」
美玲の捕捉説明に、サラが表情を硬くする。
「それは、あまり面白くない意見ね」
「で、あろうな。だが旗艦を地上に常駐させるにはそう言う理由も必要だ。特に上層部の頭の固い連中を納得させるにはな」
さらなる追加説明に対するサラの反応は冷ややかだった。まるで興味が無いと言った感じだ。
「そう、色々複雑なのね。まぁ、でも戻って来てくれてよかった。大変だったのよ? ディズィールが改修の為に帰っちゃった後、代わりに殲滅艦なんかよこすから、もうパニックよ。住民たちへの説明が大変だったんだから。あの艦は私達にとって悪夢の象徴以外のなにものでもないわ」
「だが、あれ程に地上を見張るのに適した艦はない」
「確かにそうなのかもしれないけど…… そんな簡単な言葉で納められない程、私達の傷は深いのよ。これはお互いにそうなのかもしれないけど…… それで、ディズィールも改修で倍以上の大きさになっちゃったし、しかも取り巻きまで連れて帰って来たでしょう? だからもう少し何とかならない? てのが、現地の言い分」
深いため息と共にそう言ったサラに美玲が細い指を顎に当て何かを考え込む。そしてしばらくして、
「やはり、難しいであろうな」
と短く答えた。
「でしょうね。私は貴方達の立場も理解してるつもりよ。だから『死霊共の手先』と言われてまで頑張ったんだけど、現地は納得してくれなかった。まぁ、でもおかげで今やフロンティアのトップ、女王陛下たるアイと直に交渉出来る機会が得られたんだから、自治区の代表もごねたかいがあったんじゃないの? 相当に喜んでたわ。それはもう死にそうな顔して喜んでたわよ」
言葉の最後で陰険な笑みを浮かべたサラ。
「それお前、代表を虐めてんだろ……」
と思わず突っ込むが、サラは、
「何の事かしら?」
と首を傾げてみせる。
「で、アイが行けば決着が付くのか? どちらかと言うと今回は視察と交流って意味合いが強いけど」
「大丈夫だと思うわ。彼等も解ってるはずよ。自立にはまだほど遠いと。それに意外な事に、大反対されるかと思われたサーバー建設が飯島のおかげで、意外にすんなり行って、元エクスガーデンの市民と彼等が交わり始めた。その事で急速に彼等の中でフロンティアに対するイメージが変わりつつある。逆に言えば代表はそれに焦ってるのかもね。次の選挙の結果がそれ次第で変わるだろうから」
「なるほどな。で、交渉にサラは出ないで良いのか?」
その質問にサラはこれでもかと言うほどの大げさな溜め息を吐いた。
「私がいると、代表は全部私に喋らせようとするに決まってるわ。だから私が居ない方が上手くいくと思う。だからこの機会に手続きを言い訳に、一度フロンティアの首都を見ておきたくて。私って貴方達の世界を一部しかまだ知らないから。月詠を観光程度に見たところで何が変わるって訳でもないのだろうけど。にしても、月って遠い。貴方達の世界に居てこれ程に距離を感じるって言うのは貴重な体験だわ」
アクセス者が月詠を訪れるのは、大ごとである。アーシャのように脳の全てをニューロデバイス化しているなどの特殊な事情を除き、月詠のある月まで、自身のリアルな身体を運ばなければならないのだ。
「まぁ、俺等肉体持ちにとっては地球と月の距離は遠いよ。感染者の俺は、精神本体はこっち側にあるから、長距離間転送も出来るけど。それでも、さっき言ったみたいに肉体の場所を意識するし……
長旅までしてせっかく来たんだ、ゆっくりしていくといい。月詠の物理エリアは面白いぞ。リアルに重力が地球の1/6だからな」
「そうさせてもらうわ」
サラは頷くと、再び辺りを見渡すように視線を泳がせる。途切れた会話。
「まぁ、何はともあれ、色々バタバタだったけど、ようやく落ち着いてきた……か」
誰にともなく出た言葉。アイの女王即位に伴う軍組織編制の変更、さらに自分達の引っ越し、まして自分は女王の婚約者として、世間に発表されたのだ。生活は一転した。メディアに追いかけられるやら、婚礼後の宮中行事や公務に対応するための、勉強、そして勉強、更に勉強。これに関しては未だ終わりが見えない。
「なら、響生はそろそろ私との約束を果たしてもらっても良いころではなくて?」
まるで、このタイミングを待っていたかのように口を開いたアーシャ。その質問の意図が分からず、
「約束?」
と鸚鵡返しの如く訊き返す。その瞬間、アーシャは僅かにムッとしたように顔を顰めた。
「責任を取ってくれると約束をしたでしょう?」
「ああ、その件な。俺はアーシャを信用してるし、なるべく早く監視を外してもらえるように動いてるんだけどさ。確かにアイの権限を使えば一発なんだろうけど、あんまりそういう事をしたくないんだ。もし今の立場って言うか、仕事が嫌だってなら、そこはまた要相談だけど」
アーシャの立場については暫定的だ。元は一国の姫君であったと言う事もあり、宮中行事に詳しい。おまけに戦闘もこなせるのだ。
それもあってアイ直属の新組織である女王警護隊、『ナイツ・オブ・クイーン』略称『KNQ』の隊員として、美玲や自分、他、創成十二氏族出身の隊員の面々と共に、ここ王帝宮に暮らしていた。
一方で、脳の全てをニューロデバイスに置き換えているため、アクセス者でありながら流入者や感染者、つまりフロンティア一般民と同等のシステムアクセス権を持つ『肉体持ち』として、サラや飯島と共にフロンティアと現実世界の間に立ち、管理自治区構想に参加している。
確かに両方を熟すのはきついかも知れない。ましてKNQのメンツは自分を除けばその全てが生粋の純血者である創成十二氏族出身であり、居辛いだろう。
個人専用義体を用いた戦闘における実力順で美玲の次となり、副隊長と言う肩書を持つに至った自分ですら、正直彼等を扱うのは心理的にきついのだ。
真剣にそんな事を考たが、アーシャの反応は冷ややかだった。
「……貴方は何を言っているの? この私を揶揄っていて? 貴方が果たす責任とは、この私と結婚する事意外に何があるって言うの?」
アーシャがそれを言った瞬間、場の空気が凍り付く。それと同時に、一同の視線が一遍にこちらに集中した。
「はいぃぃぃ!?」
思わず裏返った声が自分から上がる。
美玲が何かを悟ったように深いため息を吐き、そして憐れむようにアーシャの肩に手を置くと、首を横に振った。
「分かる、分かるぞ。貴様の気持ちは良く分かる。およそ何があったか簡単に想像が付いてしまう私が悲しい。だが、こやつに悪気はないのだ……」
「冗談じゃなくてよ! 一糸まとわぬ私の全てを見たあげく、あんな事までして…… なのに、今更約束を守らないなんてことは無くてよね?」
肩に置かれた美玲の手を弾き、大声を上げたアーシャに再び場の空気は凍り付いた。
「ちょっと、それ本当なの!?」
「お兄ちゃん!?」
自分に詰め寄ったサラと穂乃果に思わず後ずさる。
「いや、あれは不可抗力で…… 身体に関してはその、あれはアーシャが――」
弁明するべくそこまで言った瞬間、アーシャが被せるように口を開いた。
「この私を辱しめるつもり!?」
その迫力に負けて続きを言い切る事が叶わなくなってしまう。
「響生、貴様…… よもやそのような事を……」
ワナワナと拳を震わせる美玲。その瞳に宿る殺意に、
「誤解だって!」
と叫ぶ。
「こやつはこれでも、陛下の婚約者なのだ。我慢ならん事があるとは思うが、ここは、こやつを貴様に代わって私が後で八つ裂きにしておく。それでゆるしてはくれぬか?」
美玲の小刻みに震える身体から、殺意を含んだ黒いオーラが立ち上るのが見えた気がする。
「八つ裂きって…… えぇ? えぇぇぇぇ!?」
混乱する自分をよそに、アーシャは落ち着きを取り戻し、異様に涼しい顔をこちらに向けた。
「女王の婚約者ね…… 何も問題無くってよ。むしろ私の夫であればそれくらいの地位についていなければ困る。私の国では、偉大な男ほど妻を多く娶るのが習わしだった。逆に言うなら妻の数がその男が成した功績の証ってこと。国王たる私の父には32人の妻がいたわ。
それに陛下の方にだって、側室を迎える話が来たって話しでしょう? なんか全員振っちゃったみたいだけど」
「ええ!?」
それに今度はサラが声を上げる。
「うむ、あの件は私の兄も陛下に振られた一人だ。えらく傷ついていたぞ…… まぁ、悪いのは無茶振りをした創成十二氏族会であろうがな。だが……」
美玲はそこで言葉を区切り、何かを考え込むかのように顎に細い指を当てた。
「ちょ、何言ってるの!? フロンティアってそういう所なの? 一夫多妻なの!?」
「いや、基本的にはそうではない。だがしかし…… 出来なくは無いな。フロンティアは各エリアによって法律が多少異なる。それが許されてる地域も確かにあるにはある。そこで婚礼及び法的手続きをしてしまえば…… そうか、その手があったな」
「うんな馬鹿な……」
思わず自分から漏れた声。
「フロンティアはもともと色んな出身地の人の集合体で成り立っている。宗教も文化も違う者達の集まりだ。それぞれの文化を蔑ろにすわけには行かぬであろう?
で、あればこの私も、貴様には果たしてもらわねばならぬ約束がある。貴様は『私と私のプライド』を一生守ってくれるのであったな?」
「!?」
言葉の最後で、此方を見た美玲。その瞳に何やら偉く期待が宿っているように見えるが、何を期待されているのかが全く分からない。
「ふーん、そう言う流れ?」
サラの顔に悪魔的な笑顔が浮かんだ。とんでも無く嫌な予感がする。
「じゃぁ私も。果たしてもらってない約束があるわ。ね? 響生。無事に帰ったら抱いてくれるって約束したでしょう?」
「ちょ!? お兄ちゃん!? それ、どういう事!?」
「響生、貴様と言うやつは……」
身体ごと此方に向けた美玲。その拳の震えは先ほどとは比較にならない程に大きくなっている。こちらを睨むその瞳に宿る殺意が、あまりにまがまがしい。
確実にまずい。非常にまずい。全くもって何でこんな事になっているのか分からないが、とにかく命の危機を感じる。
――よし、逃げよう……――
「俺さ、アイに呼ばれてたの忘れてた……」
言いながら後ずさり、徐々に一同から距離を取る。そして脱兎の如く走り去りながら、空間転移をしようと決めた瞬間だった。
「呼んでないけど?」
空間に響き渡った声。同時に光の粒子が舞い始め、それが集まり一気に人型を形成する。
「あ、アイ!?」
「最早、逃れる事は叶わぬな」
美玲が此方へとつかつかと歩み寄ってくる。それに言いようの無い恐怖を感じた。
「あわわわわ。ちょっ! まった! 誤解だ! これには訳が!」
「問答無用!」
優雅な軌跡を描いて宙を舞う美玲の片足。
迫りくるエンドの中で考えたこと。それは『何故、KNQの女性用制服は下半身の構造がチャイナドレスの様になっているのだろうか』だった。
悲しいかなこの魅惑的な衣装のおかげで、回避行動に必要な全ての時間を、本能的に足の付け根に視線を奪われ失う事となる。
日頃の訓練によって寸分たがわず急所を捕らえた美玲の右足により、毎度の如く酩酊し始める意識。
その中でアイが小さな悲鳴を上げ、美玲が「ふんっ!」と鼻を鳴らす。
――な、何故こうなった……?――
何度繰り返そうとも答えにたどり着けない問いは、月詠のリソースの中に消えるのだった。
2
「ちょっと、大丈夫? みんな、もう行っちゃったよ?」
アイのその声に薄目をあけ、未だクラクラする頭を掻きむしる。起き上がらなければと思うが、アイに膝枕をしてもらっていると言うこの状況に、あと少しだけ甘んじていたい。
結果、そのままの姿勢でアイの顔を眺め、
「そっか……」
とだけ答えた。
「そろそろ、私達も管理自治区に行って合流しないと、打ち合わせの時間は決まってるんだし」
「そうだな…… そういや、穂乃果とサラは?」
「橘さんに任せた。王帝宮を案内してもらってる」
エクスガーデン先代表、飯島宗助に仕えていた『橘』は、飯島の強い推薦もあり、ここ王帝宮にて執事長を務めてもらっていた。彼は非常に優秀だった。
アイのスケージュール管理から、身の回りの世話は勿論、不在時の帝宮の取り回しに、本来の仕事ではないはずの警護隊に過ぎない自分達の世話まで、ありとあらゆる事に関して完璧に熟してくれている。彼が居なかったなら、此処での生活が安定するまでに遥かな時間がかかっただろう。
そろそろ流石に起きるか。などと考え身体を起こそうとすると、唐突にアイが顔を覗き込んできた。
「ねぇ、恋多き男は、出世できないって聞いたことない?」
アイの顔に浮かんだ満面の笑みに、血の気が引いて行くのが分かる。
「い? えぇぇぇ!?」
半分悲鳴のような声を上げながら、身体を起こす羽目となった。
「冗談だよ。私が色々疑ってるって、期待した? もう! 響生が気を失ってる間、美玲に平謝りされて大変だったんだから」
そう言って頬を膨らませたアイに、頭を掻きむしる事しか出来ない。
「それは…… 非常に、申し訳ない……」
「良いよ、謝らなくて。どうせ何が悪いのか分かってないんだから」
「……」
「ほら、分かってないって顔してる。ていうか、響生は顔に出過ぎ。これじゃ隠し事なんてできないね」
そう言って、アイは此方を揶揄うように笑った。
「隠し事何てしたところで、繋がる度に全部ばれんじゃんよ……」
言った瞬間、顔を真っ赤に染めたアイ。その表情に自分がとんでもない事を口にしたことに気付く。そして自分も急速に顔が火照っていくのが分かった。
「馬鹿……」