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Chapter 80 『女王の帰還』

1 響生


――サラ、飯島さん聞こえますか?――

――ええ、聞こえてるわ――

――こっちも聞こえてるよ――

――お願いがあります。貴方達で、アーシャさんとヒロの移動をサポートしてください。ゲートの開放と、必要であれば後方からの追撃阻止するためのゲート閉鎖をお願いします――

――了解、任せといて。ついでに本サーバの掌握の足掛かりも作っておくわ。本格的なのはディズィールの電子戦部隊に任せるとしてね――

――おお、サラっちはやる気満々だねっ!――

――その呼び方、凄く嫌なんだけど。それにやけに馴れ馴れしいわね貴方――

――響生の友達は俺っちの友達、全ての女の子と俺っちは仲良くなりたい!――

――まったくおかしいのがまた増えた。頭痛がしてきたわ。お願いだから邪魔はしないでよね――

――大丈夫、俺っちは役に立つよぉ? ナイトメアや響生の義体の戦闘システム、誰が作ったと思ってんの? ヒトは見かけによらないってね――

――まだ会ったことも無いし、見たこともない――

――じゃあ、俺っちの画像データ送るよ――

――要らない。死ね――

――……――


 暫くして、飯島の幼児のような泣き声が、頭の中でけたたましく響き渡り、たまらず思考伝達を閉じる。


 アイは困ったような何とも言えない愛想笑いを浮かべていた。 


「なんかアイ、雰囲気変ったって言うか強くなったな」


 それは紛れもない本心だった。以前のアイであればヒロやアーシャとあのような交渉をやってのけるなど考えられない。


「そりゃ強くもなるよ。私、艦長だよ?」


 溜め息交じりに茶化すような態度でそう言ったアイ。


 確かにそうなのであろう。アイは自分よりも遥かに高い階級を与えられ、ディズィールのクルー全ての命を背負う立場にある。その責任に伸し掛かるプレッシャーは自分などには想像すらできないものに違いない。


 そんなものと常に対峙していれば、否応なくヒトは変わるのかもしれない。けど、それはアイに芯の部分にある強さがそもそも在ったからなのだろう。アイでなかったなら潰れているとすら思うのだ。


 あまりに早い速度で成長し、変わっていくアイに不安を伴った複雑な感情が芽生えるのを感じる。


「まぁ、でも一番の原因は響生かな? 響生が私に心配ばかりかけるから。いちいち動じ無いように私も少しは強くならなきゃって」


 意地の悪い笑顔を作り、此方を下から見上げるように覗き込んだアイに、たまらず視線を逸らした。


「それを聞くと、何ていうか…… 非常に、申し訳ない……」


 言いながら、思わず頭を掻きむしる。アイは自分のその態度が可笑しくてたまらないとでも言うように笑った。


「任務だもの、仕方ないよ。送り出してるのは私だし……」


 言いながら僅かに視線を逸らしたアイ。


「まぁ、そうなのかもしれないけど…… えっと、次は量子場干渉の排除だっけか? けど本当に良いのか? 量子場干渉が消えればディズィールの上位命令無視は露見するんだろ?」


 アイの顔から笑みが消えた。


「色々考えたけど、皆を救うにはこれしかない。恐らく上空の艦隊は時が来れば、この施設もろとも、このエリアを焦土に変える。それにそんな事をしても多分荒木は死なない。このエリアにいる一個体が消えるだけ」

「んな、馬鹿な!」


 意図せず言葉が乱暴になってしまった。それほどにアイの言葉に衝撃を受けたのだ。正気の沙汰とは思えない。


「でも、軌道上の艦隊は『それ』をやりかねない。だから出来うる限りのリスクを回避するには、通信を回復させるしかない」


 情報共有で得た事実を、思考をフル回転させて整理する。軌道上に集結している艦の殆どが先の大戦で使用された地上殲滅に特化した艦艇である。アイが言う通り、どうにも嫌な予感がした。ただ、一つ思い当たることもあった。


「これにフロンティアの内政が絡んでる可能性はないか? 世論が『純血派』が掲げる『全人類の強制電子化』を支持する方向に動いてる。そっちの線で考えた方が、辻褄が合うんじゃないか? いくら何でも、自国民を巻き込んでエリアごと殲滅するなんて」


 アイが細い指先を顎に当て瞳を閉じた。


「確かにその可能性もあると思う。艦隊の集結は世論を受けての、『強制電子化』を行う為の準備…… もしくは国民に向けてのアピール。でも、艦隊が集結しているのはこのエリアの真上を通る軌道。静止軌道上にも展開されてる。ならばその双方の可能性……」


 ゆっくりと閉じていた瞳を開いたアイ。


「やっぱり、艦隊が此処を殲滅する可能性は高いと思う。私達はサミアとメルの能力について本国に報告してしまっている。彼女たちの能力によって、ディズィールで何が起きたのかも含めて。乗員の中には未だに正常に戻りきらなくて、隔離されてるヒトもいるの。


 そこから、このエリアで進行している惨状を推測するのは難しくない。実際、もうここには正常な人間は殆どいない、殆どが荒木の洗脳下にある」


「でも、それはアーシャが居れば正常に戻す事が出来るだろ!?」

「本国はそれを知らない」


 完全に行き詰った。確かに現状を打開する最良の手段は、ネットワーク復帰に違いないのだろう。正確な情報を共有し、上空の艦隊を止めるしかない。


――だが、逆にエクスガーデンの現状を知って、即時攻撃が行わてしまう可能性はないだろうか?――

「大丈夫。そんな事はさせない。それに彼等の支援が現状打開に必要。そのための策が私にはある」


 漏れてしまった思考に反応してそう言い切ったアイ。もう、何も言う事は無い。


「そうか…… お前がそう決めたなら。よし、じゃあやろう」

「響生、その前に一つだけいい?」


 アイは言いながら、こちらを酷く思いつめたような表情で見上げた。


「あぁ……」


 その普通ではない様子に身体が強張る。


「もう一度、この指輪の意味を訊いておきたい」


 まったく想像していなかった言葉に、心臓を鷲掴みされたような感覚に襲われた。義体にはありもしない血液が頭に大量に昇り、急速に顔が火照って行くように感じる。


「え? また言わせるのかよ!?」


 思わずそう叫んでしまったが、アイの表情は変わらなかった。


「うん、聞きたい。どうしても」


 こちらを真っすぐと見つめ続けるアイの瞳に半ば押し切られるようにして口を開く。


「その…… これからもずっと一緒にいて欲しいって言うか、何て言うか、俺のそういう気持ちだよ……」


 こちらを見つめるアイの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。


「凄く嬉しい…… 嬉しいけど、響生は、もう十分私と一緒にいてくれた。幼い時からずっと。もう、良いんだよ? このまま私しか知らなくて良いの? 現実世界の子じゃなくて良いの? 私は響生と一緒に現実世界を歩くことも出来ないんだよ? 響生には色々な可能性がある。現実世界に帰ることだって出来る。それを全部棒に振っちゃっていいの? まだ、今なら引き返せるよ?」


 まるで今まで抑え込んでいた感情の全てが溢れだすように、一気に言葉を吐き出したアイ。


 それに胸を押しつぶされそうな感覚が支配した。アイをここまで追い詰めてしまったのは自分なのだろう。自分が逆の立場だったら同じ思いに苦しむに違いない。


 一つの重要な決断によって、自身が持つ可能性の中から一つを選ぶのは容易だ。自身は他の可能性を捨ててでも、選び取るその可能性の価値を知っている。それは他の可能性よりも遥かに魅力的だからこそ、それを選び取るのだ。


 だが、もしこれが自身の決断によって、他者の可能性が潰れてしまうのだとしたら、それが特に大切な者の可能性を潰してしまう事に繋がるのだとしたら、それを選ぶことは大きな恐怖を伴うに違いない。


 だから伝える必要がある。飾らない自分の言葉で、揺るぎ無い今の想いの全てを。


「思い詰め過ぎだよ。俺がそうしたいんだ。何を言い出すかと思えば…… ずっと一緒にいる子を好きなったら悪いのか? アイが肉体を持っていない事なんて関係ない。俺はアイが好きでアイとこれからも一緒にいたい。それはずっとだ。それこそどちらかが寿命を終えるまでずっとだ。一緒にいる事が叶わないのなら、俺は現実世界を選ばない。俺にとってはそれほどにアイが大事だ」


 普段だったら、決して言えないようなセリフが、感情に任せて溢れ出た。おかげで息が上がってしまっている。この身体は呼吸を必要としない筈なのに。


 限界まで見開かれたアイの瞳が細められた。それによって更に溢れた涙が頬を伝う。


「そう…… なら、もう我慢しなくていいね? 感情に任せて響生を束縛もするし、嫉妬もする。まして現実世界の女なんかに響生を渡さない。響生が誰かに取られそうになったら、私はその子に敵意をむき出しにして振る舞う。それでも良いよね?」

「あぁ……」


 何度も頷いた。


「最後に…… 私がディズィールを降りるとしても…… 私がどのような立場になったとしても…… それでも、貴方は私の隣に居てくれますか?」


 ことさら強い不安を宿した瞳が此方を見つめていた。それによってアイが更に大きなものを背負おうとしているのだと直感する。それが何であるのかは分からない。だけど彼女の背負っているもの、これから背負おうとするもの全てを受け入れ、支えたい。純粋にそう思った。


「何で敬語なんだよ……? 当たり前だろ。何でアイの立場で、好き嫌いが変わると思ってんだ…… 何故ディズィールを降りるのかはよく分からないけど、アイがそうしたいんだったら良いんじゃないか? 別に。何をやろうとしてるのか解らないけど、一緒に頑張ろう」

「……有難う…… これで私も覚悟を決める事ができる…… なんか、本当に私が一人で考え過ぎてたんだね。バカみたい……」


 涙をぬぐい、ぎこちない笑みを浮かべたアイ。その表情が愛おしくて、逆に見てはいられなかった。


「だいたいな、俺と一緒にいるのが、そんなに覚悟が必要な事なのか? なんか酷く心外…… !?」


 視線を逸らしてしまった事を誤魔化そうして出た軽口は、最後まで言い切る事が出来なかった。


 唇に触れた温かく柔らかい感触。それがニューロデバイスを通して伝わったまやかしの感触だとしても、脳をグシャグシャに掻き乱し、思考の全てを停止させるのには十分すぎた。


 瞬間的な激しい混乱が過ぎ去ると、心が温かい何かで満たされていくのを感じる。その何もかもが溶けて行くような感覚に、何時までも浸っていたい欲求に駆られる。


 だが、悲しいかな、何事にも終わりは訪れる。顔を自分から、僅かに遠ざけたアイは一度恥らうように眼を逸らし、再び目が合うとはにかむように笑った。


「そうだね、響生と一緒にいると決める事は、貴方が思っている以上に大変で覚悟が必要なこと。モテる男子のお嫁さんになるって事はそういうことだよ。分かる? 鈍感さん?」


 言葉の最後でアイの笑顔が酷く意地の悪いものに変わったのを受けて、


「はぇ!?」


 裏返った声を上げてしまう。


 混乱する自分をよそに、アイの表情が真剣なものとなった。


「量子場干渉、潰すよ。私が指し示す方向に、その発生源がある。そこに高エネルギー体による一撃…… ベルイードに響生がブチぎれてやった『あれ』でいい、『あれ』をやって。それで量子場干渉は消失する」


 アイの指が指し示す方向にマーカーが浮かび上がる。


 それを成すのには一つ問題があった。


 アイを受け入れる容量を確保するために、戦闘支援システムをデリートしてしまっているのだ。ターゲットスコープが起動しない今、このまま大出力の一撃を放っても目標から大きくそれてしまう可能性があった。


――飯島、目標攻撃のアシストできるか? ターゲットロック、連動義体制御の復帰。もしくはそれに相応する支援を得たい――

――知らないよそんなの! 響生っちはずっとイチャついてれば良いだろ!!――


 鼻水を吸い上げる汚らしい音と共に、嗚咽の入り混じった酷い有様の声が脳内に響く。


――ねぇ、あんた本気で言ってるの? ほんとクズ! ほんと死ね!――

――酷い! あんまりだ!――


 再び、幼児のような泣き声が脳内に響き渡り、思わず思考伝達を切りそうになるのを何とか抑える。飯島とサラの相性は、絶望的に悪いのかもしれない。


――飯島さんお願い。貴方しか頼る人がいないの――

――アイっちのためなら直ぐやるよい!!――


 アイのあからさまな猫撫で声の思考伝達に、こうもあっさりと反応した飯島に、頭痛を伴った脱力感を感じる。


 だが、要求は素晴らしい速度を持って実行された。


 視界にターゲットスコープが現れ、マーカが速やかにロックされる。これで外す事は無い。


 大剣ラーグルフ・ヒルデブランドを掲げ、意識を集中する。それに応えるように吹き上がる高エネルギー粒子の反応光。


 あの時、放った一撃の感覚は確かに身体の中に残っている。


 義体を駆け上がるエネルギーラインの光が強さを増す。戦闘支援システムを失っている為に数値は解らないが、それでも自身の中の反応ユニットが膨大なエネルギーを送り出している事を確かに感じた。


 大剣から吹き上がる反応光は更にその光を増大させ、巻き込まれた周囲の大気が励起によって雷のような放電光をばらまき始める。


 あまりの高出力のエネルギーに大剣自身が、真っ白に輝きはじめ、空間を振動させるような甲高い音が鳴り響き、更にそれが周波数を上げて行く。


――臨界状態。撃てるよ響生――


 飯島の声が脳内に響いた。戦闘支援システムを失った自分には、非常に有難いアシストだ。なんだかんだで熟すべきことはちゃんとやってくれる。


 目を見開き、目標を見据える。大剣を振り下ろそうとする右手が、瞬間的に爆発するかのように膨らんだ。


 渾身の一撃を放とうとする意志が、無意識に咆哮となって口から溢れ出る。


 放たれた目も眩むような光。衝撃波が可視化するほどの大気密度の差を伴って空間を伝って行く。切っ先が通過した延長線上のあらゆる物が消し飛び、遥か遠くでエネルギーの全てを吸収した構造体が、巨大な火球と化して爆発した。


 地を揺るがすような振動と共に、凄まじいまでの衝撃音が鳴り響く。


 この一撃が、残りの行動可能時間を著しく減少させたのは言うまでもない。それがどの程度なのか、戦闘支援システムを失った今では分からないが、恐らく通常戦闘で1時間も残っていないだろう。


 けれど、不思議と不安は無かった。アイの目を見れば分かる。彼女は自身が提示した策に、絶対の自信を持っているのに違いなかった。ならば、自分はそれに従うだけで良い。


  


2 アイ




 量子場干渉の消失と共に、直ちに回復が始まるネットワークシステム。ディズィールの存在を強く感じる。


 接続が回復した事で、今までとは桁違いな速度で思考がまわり始める。自分にははっきりと見える複数の未来。ディズィールの高度演算が導き出した多重未来予測だ。


 ネットワークに繋がる全ての者の声が聞こえる。ザイールを初めとした全ての者の存在を身近に感じる。


 これがいつもの自分だ。


 だが、軌道上に展開された艦隊の意志が伝わってこない。ディズィールより上位の存在。動きの読めないこの存在が忌まわしい。おかげで、それを考慮に入れた未来が見えない。


 だから、それを書き換えるのだ。ディズィールを最上位の存在へと書き換える。それに必要な覚悟は既に得た。響生は自分がどのような立場になろうと、隣にいると約束してくれたのだ。だから、もう何も迷う必要は無い。


 ディズィールの深部へと意識を巡らしていく。情報の濁流の中の更に奥へ奥へと意識を集中させる。


 やがてたどり着いた不揮発性領域。深い蒼に満たされた世界がそこにあった。ここに刻まれた存在、ディズィールの意志に自分は会わなければならない。


 それは、嘗て初めてディズィールに超深度接続を試みた時に、情報の濁流に飲み込まれた自分を救い上げてくれた存在だった。


 蒼一色の世界を更に奥へと進んで行くと、そこに一人の少女が立っていた。腰まで届く程の長い黒髪が特徴的な少女だ。


 肌の色は、異様に白く血色を感じさせない。その中で血のように赤い唇が吸い込まれるが如き妖艶さを漂わせていた。瞳の色は漆黒としか表現出来ないほどに黒く深い。


 まるで怪異。誰もが恐れ慄く程に人間離れした美しさを持つ少女は、自分にとっては母の面影を強く宿したものだ。ほんの僅かに父の面影も宿している。


 本来だったら、自分自身もこの容姿をもっていたのだろう。


 蝋人形の如き生気の一切を感じさせない白い肌は、少女自身が『自分を死者と位置付けている』事を強く反映しているのかもしれない。


 少女はあまりに広く、何もないこの蒼い世界でただ一人、ここに立ち続ける存在だった。彼女は自分が此処に来るのをずっと待っていたのだ。


 気の遠くなるような時間を、この情報の海の中で待ち続ける存在を知っていて尚、自分はここに来るのに大分時間をかけてしまった。


 けれど、それはどうしても必要な時間だったと感じる。


 少女は静かに微笑み、此方を見据えていた。


――貴方がここに来たと言う事は、自身の意志で、この道を進むと決めたのですね?――


 少女の目の前まで歩み跪く。そして恭しく頭を垂れた。彼女はそんな事を望まないだろう。彼女は自分を『双子の妹』と表現したのだから。


 けれど、自分にとって彼女はそれほどの存在だった。


 違う。ようやくそれほどの存在として認められたのだ。彼女は自分にとって長年、嫉妬の対象であり、それに整理が付けられて尚、すっきりしない感情を向ける相手であった。


 それが今、彼女と同じ道を歩むと決めて初めて、受け入れられる存在となった。


――はい。私は私のためにこの道を選びます――


 その意思をはっきりと言葉にして伝える。


――手を――


 促されて右手を前へと差し出した。その上に少女の手が重ねられる。


――これより先に進めば引き返す事ができなくなります。本当に宜しいのですね?――

――はい――


 意識して頷き、少女の瞳を見据えた。少女が静かに頷く。そして唐突に膝を落とすと、此方を覗き込むようにして笑った。


 今までの雰囲気とがらりと変わった見かけの年齢相応の無邪気な笑顔だった。


――そう。なら、貴方は貴方が好きな事をやれば良い、存分に持てる力の全てを使って。大丈夫、きっと今の貴方なら、嘗ての私よりもうまくやれる。だから後は、お願いね――


 手をそっと引き寄せられ、まるで本当の妹を愛でる様にして包み込まれる。暖かかった。何よりも。


――うん、後は私に任せて。今まで有難う、姉さん……――


 少女の腕に更に強く力が込められ、僅かな間をおいて静かに身体が離された。


――さぁ、宣言を。それで、私と言う存在に貴方が上書きされる――

――私はここに、『葛城 愛』の全てを継承し、女王即位を宣言します――


 次の瞬間、視界を眩いばかりの光が覆いつくした。その光に溶け込むようにして、少女の存在が薄れて行く。


――私もこれで、安心して深き眠りに就ける…… 彰人、私は確かに貴方との約束を未来に繋げました。貴方もこれでようやく、眠りに……――


 少女の誰にともなく空間に向けて紡がれた最期の言葉は、強い切なさを帯びて光を震わせた。


 やがてそれも光の中に消え失せると、一気に光そのものが自身の中へと流れ込んで来る。


 身体が滾る様に熱い。自分の中にある何かが変わった訳ではない。それでも何かが滾るような力を自身の中に感じた。


 意識して目を開く。すると響生が心配そうな顔で此方を覗き込んでいた。


 時間にして、コンマ数ミリ秒、その僅かな間に意識の離れた自身のオブジェクトは揺らいだのだろう。響生は実体の無い仮想の身体をしっかりと支えてくれていた。


「有難う。大丈夫、ちょっと重要な手続きを済ませてきたの」

「手続き?」

「後でわかるから、今は気にしないで。それより――」


 視線の先で空間が不鮮明に歪んだ。空間に激しいノイズが走り抜け、漆黒のパネル群が現れる。


 やがてパネルが弾けるように広がった。その中心である空中に立ち、此方を感情の籠らない瞳で見下ろす少女。サミアだった。


 更に一度は液化した筈の血の色をした流体液が膨れ上がる。それはやがて、二度と見たくは無かった者の容姿を作り出した。


「これはこれは、まさか僕の望んでやまない貴重な唯一のサンプルが、このような所にわざわざ出向いて頂けるとはね。嬉しいね。本当に嬉しいよ。


 けど、これは頂けない。本当に頂けないよ。まったくとんでも無い事をしてくれた。これじゃあ、流石の僕も出てこない訳にはいかないよね。うん、行かなくなった。もうすこし準備をしたかったのだがね。残念だ。本当に残念だよ。その埋め合わせは君がしてくれるのだろう? 嫌だと言ってもしてもらうのだけどね。うん間違いない。僕がこのまま君達を行かせると思うかい?」


 響生が大剣を両手で構えた。その構えは普段、片手で剣を構える本来の戦闘スタイルとは根本的に異なって見えた。


 その理由を共有した情報から瞬時に理解する。今の響生はレールガンを扱える状態にない。


――アイ、ここを放棄して離脱してくれ。戦闘支援システムを失った今の状況では、俺はまともに戦えない。ましてサミアには万全の状態で戦っても勝てるか怪しい――


 その思考伝達に『響生の剣を握る手に自らのそれを重ねる事』で、共に戦う意思を伝える。


 瞳をゆっくりと閉じる。それによって、自分に流れ込む膨大な量の情報を強く意識することが出来た。それこそが自分にとって唯一の力だ。


――離脱の必要は無い。何故なら私達は勝てる。響生、私を信じて、私の全てを貴方にあげる。だから貴方は私の全てを受け入れて。絶対に勝てる。行くよ!――


――コード・エンペラー解放…… これをもってフロンティア・システムの全てを私に返上せよ――

――Starting Direct All Collective Consciousness System――


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― 新着の感想 ―
[一言] 話が大詰めへの一線を超えましたね、この先どうなるのか楽しみです。
2020/02/29 23:17 退会済み
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