Chapter14 ヒロ ディズィール物理エリア 流入者処置室 4時間後
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身体が水中に漂う感覚。ゆっくりと目を開く。合わない焦点。意識の覚醒と共に自身を襲う激しい頭痛。
脳に『死霊共の機動兵器から抜き取ったと言う特殊発信機』を埋め込む施術をして以来、常に頭が重い。時折襲ってくる頭痛は間隔を狭めると同時に激しさを増す一方だ。
――クソッ! あのヤブ医者が!
無意識に頭を押さえようとした瞬間、手に感じた粘性の抵抗に思わず目を見開く。が、視界はぼやけたままで一向に回復の兆しが見えない。全身に感じる強烈なまでの違和感。
その理由に気付いた途端、本能的な恐怖に襲われる。手を必死で動かし、液面に浮上しようと試みる。だが、直ぐに頭が硬質の何かに当たった。絶望的なまでの恐怖に飲み込まれる。パニック状態。
五分あるいは十分以上もがき続け、ようやく液中において呼吸が可能である事実に気付く。徐々に取り戻される落着き。それと共に再び激しい頭痛に襲われた。
片手で頭を押さえ、状況を理解しようと試みる。液中のために目の焦点が合わない。手探りで自分がいる空間の形状を導き出す。
直径五〇センチメートル程の筒状の空間。
――医療ポッド?
いや、そんなはずはない。そんな設備を持ち、尚且つ運用可能な状態の施設など残されていない。残されているとすれば、それは死霊共の直轄エリアだ。
何者かによって直轄エリアに連れ込まれた可能性。必死に記憶を遡る。曖昧な記憶の中、僅かに残る『死霊共に連れ去られたはずの親友の顔』。
――響生、お前まさか......
だとしたら伊織を連れ、即刻ここから立ち去らねばならない。
――そうだ、伊織、伊織は何処にいる!?
再び感じた焦り。
――開け、開け開け開け!
目を瞑り必死で念じる。途端に強さを増す頭痛。その凄まじさに意識が再び遠のきそうになる。
限界を感じた刹那、視界に浮かぶ『Code “Melu”』の文字。そして頭の中に『幼い子供が呻く様な声』が響き始めた瞬間、唐突にカプセルの天井部が解放された。
容器の外へ流れ出す液体。鳴り響く警報音。必死に容器の壁に縋り付き液面から顔を出す。次の瞬間、感じた息苦しさに激しく咳込む。
大量の液体が肺から吐き出される。そのあまりの苦しさに感じる目眩。
容器の外へズルリと頭から滑り落ちる。立ち上がろうとするが、上手くいかない。
顔だけを起こし、辺りを伺う。床や天井、壁面までもが金属で作られた異様な空間。そこに自分が先まで閉じ込められていた機械と同じ物が、5機設置されている。内、明らかに稼働中のものが一機。
「......いおッ」
口を開いた瞬間、再び激しく咽た。
手だけで這いつくばり、稼働中の機械へと近づく。そしてたどり着くと、機械の壁面に縋り付くようにして立ち上がった。
赤い液体で満たされた機械内。その中を覗き込む。液体の色味が強すぎて、よく中が見えない。
それでも顔を押し付け必死で中を確認する。やがて目が慣れて来たことによって浮かび上がる内部の様子。
中に広がる異様な光景。血の気が引けていく。
「な、何だよこれ......」
掠れた呻き声が漏れる。
「何だよこれ!」
ヒロは激しく首を横に振った。
「う、嘘だろ...... 何故こんな......」
混乱する思考。
中に居たのは紛れもなく伊織だった。けどその姿は到底受け入れられるものではない。
金属製のアームで必要なまでに固定された細い身体。後頭部には数億はあろうかと思われるワイヤーの束が突きささり、そこから血が液中に広がり続けている。美しかった顔は眼球の位置すら無視してワイヤーの束が突き刺さり、その面影すらない。
胸の中心を貫くように太いチューブが挿入され、黒い液体が流し込まれ続けていた。それによって黒く変色した血管が全身に浮き上がり、異様な相貌に変化した身体。
時折、痙攣する指先がこのような状態にあって尚、伊織が生きていることを示していた。
襲われた強烈な吐き気。胃が裏返るような感覚に抗いきれず吐瀉物をぶちまける。その場に崩れ落ちる身体。
憎悪、怒り、絶望、そんな言葉などでは到底表せない感情が全身を支配していく。
「伊織、嘘だろ、何なんだよこれ、何なんだよ!! クソッ、クソ! こんな、こんなことって……」
収まりきらなくなった感情が、意味を持たない罅割れた叫び声となってあふれ出す。
「ああぁ! あああぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」
無人の処置室に絶叫が響き渡った。