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Chapter 77 響生 エクスガーデン物理エリア

1



「行き止まり…… こっちで合ってるんだろうな?」


 ヒロの憔悴し切った呻くような声。


「そのはずだ。マップの通りに進んできている」


 飯島が示した最短ルートに従い、撤退の最中である。生ける屍と化した者達に埋め尽くされたドーム状空間から、嫌がるヒロを強引に脇に抱え込み跳躍。その状態で彼の生身の身体に損傷を与えないギリギリの速度で通路を走り今に至る。


 屍達を振り切る事には成功したものの、状況は決して良くはない。


 目の前には通路を隔てる巨大な壁、後ろからは苦しみ藻掻くが如く悲痛な呻き声が迫る。目の前の壁は恐らくは隔壁であろう。予測はしていたとはいえ、こうして現実に『行き止まり』を突き付けられると、精神的な負担が大きい。


 焦りから高速で巡り始める思考。それは自動的に体感時間の物理的な延長、思考レートの上昇をもたらす。


――どうする?――


 破壊するべきか。高出力の一撃を放てば、それは可能だろう。だが、あと何か所に隔壁が存在するのかが分からない。義体のエネルギーには限りがあるのだ。


 そもそも、それが隔壁であるのかすら分からない。隔壁だと確証を得られないのは、視界全体が荒木によって作り出された『趣味の悪い拡張現実』に汚染されてしまっているためだ。


 目の前に広がる光景は、記憶にある『あの日』そのもの、黒煙を上げ炎上する旧時代の市街。


 隔壁であろう『それ』は横倒しになった雑居ビルの壁面へと姿を変えている。


 それが事態をより悪化させていた。これでは隔壁を手動で開放出来るのか、すら分からない。移動不能のオブジェクトとしての外観は、もとよりそれが開放不可能だったと考えるべきか。


 『あの日』を再現したこの精神を抉るような拡張現実から逃れるべく、戦闘支援システムを含めた拡張機能の全ての再起動を試みたが、全くの無駄であった。


 義体の五感がいとも簡単に乗っ取られている。それは荒木が此方を単純に潰そうとすれば、それがいつでも可能である事を意味していた。荒木がそれをしないのは、奴にとってこれは『遊び』なのだろう。


 そこまで考えて、無意識に噛み締められた奥歯がギリギリと音を立てた。


 義体の通信セキュリティーは以前のものと比べると格段にアップしているはずだ。だが、奴が相手ではどんなに高度化しても意味を成さなかったのかもしれない。


 いや、奴自身ではなく、奴が手にしている『不幸な少女』に特殊性があるのだ。彼女は如何なる暗号も、目にするだけで解いてしまうだけでは無く、それを組み替えてしまう。


 思考に割り込む意識の中に、メルの存在を感じる。それに言いようのない憤りを感じた。


 虚ろな視線を投げかける意思を持たない少女の姿が記憶から呼び起こされ、さらにそれが『美玲によって救い出された彼女』の笑顔と重なる。


 荒木が負傷したメルを放置し、バックアップから全く躊躇無く再び彼女を呼び出した瞬間の光景が鮮明に脳裏に蘇った。たまらず込み上げた吐き気。


 奴は何の躊躇も無く、命を複製し使い捨てるのだ。


 だから恐らくアーシャの姉、サミアのバックアップを荒木は有しているはずだった。


 俯き加減のアーシャの横顔を無意識に見る。『姉を殺して。姉の意識を荒木から解放して』と自分に願った彼女。


 自分はその願いを叶えていない。


 恐らく彼女の願いをそのまま叶えたとしても、荒木がサミアを再びバックアップから呼び出す光景を目にするだけだろう。そしてそれはアーシャの心を更に完膚なきまでに引き裂くに違いない。


――アーシャ、あとどれくらい動ける?――


 思考伝達による呼びかけにアーシャの反応は無かった。彼女は『心ここにあらず』と言った感じに、虚ろな視線を下方へと落とすのみだ。


――悪い。ステータスデータ貰うぞ――


 返事は無かったが、此方からの操作によるデータ開示要求を拒否されることも無かった。


 ウィンドウに表示されたデータによると彼女の行動可能時間は2時間も無い。更に左手は義体の耐久性を無視して仕込まれた集積光砲を使用した事により、損傷していた。


 行動可能時間は当たり前のことながら、その行動によって大きく変わってくる。2時間の猶予は絶対的な値ではないのだ。戦闘行動などのエネルギー消費が激しい行動を強いた場合は更に著しく減少するだろう。


 荒木が気紛れにいつ襲ってくるかも分からない。アーシャの行動可能時間や今の精神状態を考えると戦闘になる事だけは避けなくてはならない。


 時間が惜しい。決断しなくてはならなかった。


 目の前の障害物を破壊すると決め、それを行う為に大剣を構えようとした瞬間だった。


 唐突に鳴り響いた衝撃音と共に、空間が激しく揺れた。その凄まじさにヒロが転倒する。


 低く唸るような音が地響きと共に空間を高速で駆け抜けて行った。


「何だ!? 地震か!?」


 ヒロが片手で額を押さえ、身体を起こしながら呻くような声を上げる。


「違う。これは……」


 その揺れには覚えがあった。決して自然現象などでは無い人工的な揺れ。それは近隣で地形が変わる程の巨大な爆発が起きた時の特徴的なものだ。


――エクスガーデン構造体の外側、それも直ぐ近くで何かが起きている?――


 けれど、いったい何が。


 起きている事態によっては、施設の外に出ることによってより絶望的な状況になりかねない。


 視界の隅で激しい揺れによって、構造体に走り抜けた亀裂。そこから血の色をした流体液が流れ出る。


 それに強烈な嫌な予感がした。


 地に溜まり始めた流体液が不自然に膨らみ始める。見れば壁面を伝う流体液までもがまるで沸騰するかの如く至る所で膨らみ始めていた。


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