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Chapter 75 サラ エクスガーデン周辺域

1



――新型だと!?――


 美鈴の愕然とした思考伝達が頭の中に反響する。それと同時に強制思考レート同期によって再加速される思考レート。


 そこにあったのはネメシスに近い外観を持ってはいるが明らかに違う『何か』だった。


 旧世代の戦闘機のような鋭角的なデザインの頭部とは裏腹に、それに続く胴体から先は、気味が悪い程に生物的な印象を放つ。


 昆虫そのものとしか表現しようない胸部、だが腹部から先は全く別の生物を張り付けたが如く長い触手の束をうねらせる。


 全身には眼球を思わせるようなセンサー群がびっしりと埋め込まれ、不気味な赤い光を浮かべていた。


 生理的な拒否感を伴うほど醜悪な外観。ネメシスより明らかに大きい。倍以上はあるのではなかろうか。


 巨体の周りを大量の小型別ユニットがまるで付き従うように浮遊する様は、蟻や蜂のようなある種の生体系を連想させた。


 一体でも相当に厄介だと、素人ながらにも感じる。


 だが、『それ』の数は一体や二体では無かった。ウィンドウに表示された敵を示すマーカーの数は10を超えている。


――サラ――

――分かってるわ――


 美鈴の呼びかけに瞳を閉じる。


 生身の身体を抱えた自分は、ナイトメアにとっては大きな足枷となっている。生体に致命的な損傷を与えるような行動に対し、ソフトウェア的に制限をかけているのだ。


 美鈴は事態によっては、こちらの身体に配慮しきれないかもしれないと言っていた。


『万が一の時、貴様は肉体を持つヒトとしての死を選ぶか、もしくは我等が同胞となってでも生きるか、どっちだ?』


 美鈴の問いが鮮明に蘇る。そして今がその時だ。


――ええ、私はここで降りる――


 自分が出した答えは美鈴の提示した選択枝には無いものだった。肉体を失うわけにはいかない。まして死ぬなんてもっての外だ。


 無意識に見たアイの横顔。


 自分は決めたのだ。彼女が目指す未来の先に何があるのか見届けようと。そしてそこに自分自身の理想も重ねようと。


 そのためには、『生身の身体を持つヒト』として、フロンティアと現実世界の間に立ち続ける必要がある。


――すまない――


 美鈴のその言葉に僅かな驚きを感じた。彼女がまさか、ただの荷物にすぎない自分を切り捨てる事に、謝罪を口にするなどと思いもよらなかったのだ。


 自分の口元に控えめな笑みが浮かぶのが分かる。この出撃によって美鈴の意外な一面を大分見せられた。それによって彼女の事がほんの少しだけ分かった気がする。


――気にしないで。これは私が私のために決めたこと。それにただの待ち呆けにはならなくて良さそうだし。エクスガーデンの回線は開けた。次は貴方達の進入路をこじ開けるわ。その後は宜しく。あいつを、必ず連れ戻して。それと成るべく早く回収しに来てよ?――

――約束しよう――


 視界に一瞬大きなノイズが走ったかと思うと、景色が一変した。自身の隣にいたはずのアイの姿が消え、頭上に大きな人型の影が唐突に現れる。


 それが100倍に加速された思考レートの中、徐々に遠ざかろうとしていた。


 ナイトメアから、自分の身体が収納されたユニットが切り離されたのだ。自分の意識は未だ仮想世界にいて、見ている光景はユニットの可視光受光素子が捉えた風景だろう。


 地上へと落下していく自身と対照的に、上空へと昇って行く漆黒の機体が、猛吹雪のために白一色に染まる空間に溶け込み消えるのを見届ける。


 ナイトメアが消えた空間を切り裂くが如く、ぞっとするような赤く強烈な閃光が走り抜けた。さらにその後を大量のユニットを従えた敵の不気味な機体が追い、空間に消えて行く。


――貴方こそ、死ぬんじゃないわよ――


 思わず心の中でそう呟き、気持ちを切り替えるべく一度瞳を閉じて深呼吸をする。


 それに合わせるようにして、僅かな振動が空間を揺らした。着地すると言うより、雪原に突き刺さるように荒々しく停止したユニット。パラシュートを開くとかの常識的な処置を一切講じる事がないまま、百数十メーターを落下し、そのまま地に接触したのだ。


 仮想世界で起きた振動が、現実に起きた振動を著しく控えめに再現したのは言うまでもない。これで本当に生身の自分の身体は一切の損傷が無いのだろうか? と疑ってしまう。


 もっともこうやって意識があるのだから、少なくとも死んではいないのだろう。


 ウィンドウに思わず呼び出した自身の生体データーに一切の異常が無い事を確認して、安堵から深いため息を吐く。


 別ウィンドウには着地の瞬間に、『慣性力制御装置』なるものが作動し、それを起動するために専用にあてがわれた全てのエネルギーを使い切った事が表示されていた。


 いつもながらにフロンティアの技術力のデタラメさには驚かされる。自分の中の常識を全てにおいて逸脱していて、最早魔法なのだ。


 さらに強制的に開いた別ウィンドウ。そこにはナイトメアから切り離されたこのユニットの生命維持を含めたエネルギーの持続時間が表示されていた。


 それがカウントダウンをするかの如く、刻一刻と数値を減らしていく。この中にいられるのは後15分も無い。


 それまでにエクスガーデンへの進入ルートをこじ開けなければ、ナイトメアが敵を倒しても次の行動に移れないだけではなく、ユニットを追い出された自分が氷点下の現実世界で凍死しかねない。


 緩衝液で満たされたユニットから極寒の外界へと、びしょ濡れの身体で出る自身を想像して、思わず身体を震わせた。


 出撃にあたってフロンティアが用意した専用着は防寒対策が施されているのだろうか? そんな疑問が頭をかすめる。


 それは得体の知れない伸縮性に富んだ素材で作られた全身タイツのような代物だった。その素材に厚みはなくあまりに心もとない物であったことを思い出す。


「まぁ、そこは考えても仕方ないわね」


 気持ちを切り替える為に、あえて口に出して言う。結局自分に出来るのは、自身が纏う衣服にもフロンティアの魔法じみた技術が使われて、それが防寒にまで気配りされている事を祈る事だけなのだ。


 そして何より先の心配よりも、先に片付けなければならない事がある。更にそれが出来る時間は限られていて、今この瞬間にも数値を刻一刻と減らしているのだ。


 決意を込めて、白一色に染まる空間の先にあるエクスガーデンを睨む。そして大量のウィンドウを自身の周りに展開した。


「待ってなさい。今すぐにでもこじ開けてあげるわ」


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