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Chapter 73 響生 エクスガーデン物理エリア 拡張現実汚染領域

1



 まるで世界そのものが上書きされて行くかの如く景色が書き換えられて行く。


 燃え上がる都市の炎に照らされ、空が紅蓮に染まっていた。異臭を伴った黒煙はどしゃ降りの雨の中にあって尚も空間に留まり続け、視界を奪う。


 そこかしこで響きわたる悲痛な叫びが脳を直撃し、精神を引き裂くが如き痛みを伴った自責の念を呼び起こした。


 悪夢として繰り返し見る『あの日』の光景。心に張り付き離れない景色。


――結局またこれか――


 頭の中に無念の中に死した者達の怨念が鮮明に聞こえる。瞳を持たない落ち窪んだ空洞の奥に灯された激しい憎悪。その全てが自分へと向けられていると感じた。


 自身の中に広がる死で溢れた世界。いや、荒木はこれを『ヒロのイメージ』と言っていた。ならば、この光景は彼の心そのものと言う事だ。


 彼もまたこの世界に囚われているのだろう。それは恐らく彼だけではない。『あの日』を経験した多くの者にとって、それは共通の世界観なのかもしれない。自分にとっては懺悔の場として。その他多くの者にとって死と絶望の象徴として。


 これと全く同じ光景の中、ヒロと対峙した時の記憶が鮮明に蘇る。「俺の命を背負え。そして生きてる限り悔い続けろ」と言った彼の言葉と、それを言った彼の表情が胸に焼き付き離れない。


 自分は過去の繋がりの全てを裏切り此処に立っているのだ。


『響生!』


 飯島の声で我に返る。ここで立ち止まるわけには行かない。全てを背負い生きて行くと決めたのだから。


――飯島、彼等が元の状態に戻る可能性はあると思うか?――

――分からない。けど、可能性はゼロじゃないと思う。高レベルの精神汚染を受けても復帰した例は確かにあるから――


 それを受けて高速で巡る思考。マップ上に示された本サーバーの位置を確認する。可能性があるとすれば、『それ』に侵入し、今度こそ荒木を葬るしかない。そして、それは不可能に等しいだろう。


 サーバーが荒木の手の内にあるとするならば、仮想世界内の荒木はマスターであり神に等しい存在だ。Amaterasu:01内で奴と対峙した際には、通常領域において触れる事すら許されなかった。


 両手で頭を抱え込むように抑え、蹲るアーシャ。リンクされたステータスデータは彼女の行動可能時間が、残り僅かな事を示している。


 そして、この場にはヒロもいるのだ。彼等を連れて、勝算の無い戦闘をするために本サーバーを目指す訳にはいかない。


 決断しなければならなかった。瞳を閉じる。


――撤退する。最速でエクスガーデンを離脱する経路を模索してくれ――

――それしか…… ないだろうね……――


 頭に響いた飯島の思考伝達には、強いやるせなさと憂いが乗っていた。


 飯島である小さなサソリが、『先代表であった者』を見つめる。その赤く光る人工の瞳からは表情を読み取ることが出来ない。


 生きたまま屍にされた者達が、呻き声を上げながら迫る。彼等を傷つける訳にはいかない。


 アーシャとヒロを強引に脇に抱え込むようにして掴む。その瞬間上がった彼等の悲鳴を無視して跳躍した。


 着地したのは、非正規サーバーの上。もっとも、荒木によってその姿は旧世界の廃ビルの様な姿へと上書きされている。


 荒木によって変えられてしまった人達が、ここまで這い上がってくる可能性はあるが、暫くの時間稼ぎにはなるだろう。


――飯島、ルートは決まったか?――


 それに答えるように視界上のマップにルートが示される。


――これが最短だよ。けど、隔壁が至る所で落ちてる。恐らくこの施設にある全部の隔壁が閉鎖状態にあると思っておいた方が、良いと思う。勿論ネットワークに繋がらない現状、新しい情報は解らないけど――

――こじ開ける術は?――

――一応、隔壁の傍には必ず手動で開けるための設備があったはずだよ。ベルイードが余計な事をしてなければ――

――余計な事?――

――あいつはここを『肉体持ち』が居ない直轄エリアにしたがってたからね。肉体持ちしか使えない設備を極端に嫌がってた――


 その言葉に胸クソの悪い、何とも言えない感覚に襲われた。


――それでも行くしかないか……――


 そう思考伝達に乗せた瞬間、


「私はここを動かない」


 アーシャが呻くような声を上げた。


「アーシャ」

「絶対に嫌! 姉の姿をしたあの化け物を私は!」


 血走った目を見開きそう叫んだ彼女に、胸を抉られるような痛みを覚える。


 けれど……


 アーシャの瞳をまっすぐに見つめ返す。


「荒木に切りかかった時、サミアの思考伝達が聞こえたんだ。サミアは言っていた『妹を、アーシャをお願いします』と……」


 それを言った瞬間、ただでさえ見開かれた瞳を、更に大きく開いたアーシャ。


 やがてその瞳にやるせなさと強い憂いが宿り、身体ごとその場に崩れ落ちる。肩を激しく揺らし嗚咽に耐える姿はあまりに痛々しく感じた。


「この施設は荒木の手に完全に落ちた。引くしかない。すまない、俺のせいだ」


 施設の人々が元の状態に戻る可能性はまだある以上、彼等を傷つける訳にはいかない。


 彼等を救うためには本サーバーの奪還が必要条件であり、それにはディジールの支援が必要だった。だから少なくともディズィールに通信が届くエリア、量子場干渉の外側にまで引く必要がある。


「引くって何だ!? 伊織を置いて行けって言うのか!?」


 感情をむき出しに詰め寄って来たヒロへと視線を向ける。


「すまない……」


 身体を引き裂かれるが如き痛みと共にそう告げた。それしか言えなかった。


「なっ!? んな事許さねぇ! 絶対、許さねぇぞ!」


 肩を掴み激しくゆするヒロに


「聞き分けてくれ」


 と短く告げた。


 その瞬間、引き絞られたヒロの右拳が顔面を捕らえた。生身の人間が殴られた時のものとは程遠い、鈍い音が響き渡る。首の関節の微動すらも起こらない。なのに、強い痛みを感じた。


 再び引き絞られるヒロの拳。


『待って』


 飯島が牽制するように打ち出されようとしていたヒロの拳の上に飛び乗った。


「どけっ!」


 飯島を振り落すべく振り回される拳。


『彼女だけは、僕が今助けるから!』


 それを受けて、僅かにヒロが落ち着きを取り戻す。


「出来るのか!? 嘘じゃねぇだろうな!?」


 荒々しい声でそう言ったヒロに、飯島が静かに小さな首を動かし頷いた。 


『僕のこの身体を使えばいい。非人型義体に対する理論神経接続は出来なくても、彼女の意識を保つためのメモリー替わりにはなる』


 飯島の言葉に感じた強い不安。


「二人分の容量はあるのか?」


 通常の義体にそんな容量のメモリーは持ち合わせていない。以前自身の義体に美鈴の意識をかくまった際には、戦闘支援システムの全てを破棄して容量を稼いだのだ。


『やだな、こんな小さな体にそんな容量を持ち合わせてるわけないだろ?』


「なら――」


 思わずでた言葉を遮る様にして、飯島が言葉を被せる。


『僕はこれを使うよ』


 そう言って小さな前足で床を指した飯島。彼の意図が分からず言葉につまる。


『この非正規サーバーだよ』


 それは飯島が此処に残ると言っている事に他ならなかった。


「許可出来ない」


『あー、もう手続きしちゃったんだよね。すでに転送作業中』


「飯島!」


『僕も少なからず責任を感じているんだよ。親父っちが失脚した時、僕はベルイードの対抗馬になる事を拒んだ。あいつが代表に就任したら何が起こるかは分かってたはずなんだけどね。親父っちがああなってしまった以上、ここの人達に対する責任を果たす必要が僕にはあるんだよ』


「だからって!」


『そうさせてくれ。父の意思を継ぎたいんだ。今更だけど……


 それに僕が此処に残る事は他に意味があるんだ。僕はこのサーバーから、本サーバーへの侵入方法を探ってみるよ。それは僕にしか出来ない。退避するにも隔壁が閉まったままだったらシャレにならないだろ? 可能だったら荒木とサミアが存在するアドレスも特定するよ。大丈夫、上手くやるさ』


 小さなサソリの瞳に灯る赤い光が不安定に点滅した。


『僕の目から光が消えて。再び灯ったならこの身体に彼女の意識のロードは成功だ。そしたら、彼女を精神汚染から救ってあげて。アーシャちゃん、頼んだよ……』


 アーシャはそれに答えなかった。


 サソリの目に灯る赤い光が完全に消失した。


 サーバーの縁に立ち眼下を確認すると、壁をよじ登ろうとする死者達の内、一体の身体が唐突に融解するかの様に形を失い崩れ落ちる。特徴からみて間違いなくそれは伊織であった個体だ。


 瞳を閉じる。


――飯島…… すまない、有難う――


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― 新着の感想 ―
[一言] 仮想世界の話なんですね。 皆さんだいたいファンタジーにもっていくけど、こういうのもありだと思います。 面白かったです。
2020/05/15 16:36 退会済み
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