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Chapter 72 アーシャ

1



――引くぞ……――


 響生から出た信じられない言葉。それに身体が震えるほどの拒否感を覚える。それでは話が違う。


――貴方、私との約束は覚えていて?――

――勿論、覚えてる。けど……――

――けど、じゃない! 私はそのためにここまで!――


 強い怒りを伴った複雑な感情が、更に身体を強く震わせた。


――恐らく君の姉は……――


「あれは、姉じゃない!!」


 響生が出した『姉』と言うワードに、ついに抑えきれなくなった感情が、荒々しい言葉となって溢れ出る。


 その瞬間、頭の中に歪な笑い声が響き渡った。


――やれやれ、サミアの容姿は元の状態で再現したというのに…… 成程、それが君の答えなのかい? 残念だ。うん、とても残念だよ――


 嘲笑を含んだ生理的に受け付けない声が、更に頭の中に木霊する。


――だが、それは果たして正しいのかね? 君の言う『姉』とは、生物的な血の繋がりを示すのかな? で、あれば正しい。彼女のコードは『葛城 愛』のものだ。もう、君とは血の繋がりは無い。もっとも、肉体を持たない彼等に対して『血の繋がり』と表現するのが正しいのか疑問だけどね。うん、間違いない。


 さて、質問だ。例えば、Aという人間の体にBという人間の脳を移植したら、果たしてその個体はAなのか、Bなのか。それが脳では無く記憶だったら? さぁ、どっちなのだろうね――


「姉は死んだ! お前が殺した!」


 頭の中と感情の双方をかき乱される感覚に、思わず叫ぶ。


――うん、間違いない。その通りだよ。それは正しい。肉体的にはね。だが、彼女の記憶は間違いなくサミアのものだ――


「その記憶はお前が作った複製!」


――だが、僕のサミアは間違いなく君を妹だと認識しているよ。そもそも、複製と分ける意味があるのかな? まして、オリジナルは既に存在しない――


「そんな事、分かりきってる」


――分かりきってる? いや違う。君は解っていない。うん、分かっていないよ。これが僕がやったのではなくて、たまたま偶然にしてサミアの記憶が、別の個体で目覚めたとしたら、君はそれを受け入れただろう? うん、受け入れるはずだ。


 君は、理由が解らないまま、今のサミアを姉として受け入れたはずだよ。『生まれ変わり』や『転生』等と言う都合の良い言葉でね。全てを神の所業として受け入れたはずだ。うん、間違いない――


「そんな事……」


 激しい拒否感が全身を襲う。


――響生君は理解しているはずだよ。フロンティア側に付いている彼ならね。ああ、きっとヒロ君も理解しているはずだ。何せ彼は自分の恋人を、あれ程憎んでいたフロンティアに送ったんだから――


「そんな訳ない。お前の考えなど、誰も理解できるはずがない!!」


――果たしてそうかな? 本当にそうなのかな? 肉体を放棄した時点で、血の繋がり等意味はなさない。何せ身体は存在しないのだからね。しいて言えば現実世界での彼等の身体は、その場から動くことも叶わないサーバーだ。


 だが、彼等は単なるニューロネットワークのシミュレートと現実世界に生きるヒトを区別しないと言う――


 自分の思考が更に混乱していくのが解る。同時に心までもグチャグチャにされていく。そのあまりに強い拒否感に、無意識に両手で耳を塞ぐ。


――ならば、そこに移すのが『ニューロネットワーク構造』では無くて、『純粋な記憶』だったら? ヒトの脳の構造などどれも似たりよったりで大差など無い。単なる記憶の再生装置に過ぎないのだとしたら?――


「止めて……」


 これ以上、荒木の事を聞いては駄目だと感じた。だが、頭に響き渡る声は、耳を塞いで尚、容赦なく反響を繰り返す。


――魂とは何なのだろうね?――


 その言葉に全身の毛が逆立つような寒気に襲われた。


「お願い、もうやめて!」


――そして何よりも君自身が――


「聞きたくない!」


――まだ決めきれていない。うん、間違いない――


 その瞬間、自分の中で何かが弾けた。張りつめていた何もかもが、音を立てて崩れて行くのが解る。


 頭の中に記憶の底から、姉と過ごした日々が勝手に蘇り、それがまるで罅割れたガラスの様に砕け散った。




2響生


 アーシャから断末魔の如き叫び声が上がった。頭を両手で抱え、限界まで見開かれた瞳から溢れ出た涙が頬を伝う。


 そのあまりに悲痛な表情に、胸を抉られるような感覚に襲われた。同時に湧き上がった荒木への激しい憎悪に身体が震える。


――面白いね。うん、本当に面白い。


 全く変わらないのであれば、それはもはやオリジナルと同じだ。区別など出来ない。僕は自分と言う存在も含めて、そう定義しているのだけどね。


 むしろ『葛城 愛』の能力を得て転生したという状況だ、喜んで欲しいね。


 まぁ、でもこうやって葛藤する人間を観察するのは面白いよ。うん、本当に面白い――


 更に頭の中に響き渡った生理的に受け付けない声に、激しい憎悪が湧き上がる。


――お前は何処までヒトの心を弄べば気が済む!?――

――弄ぶ? それは心外だね。うん、心外だよ。僕は遊んでいるつもりはないよ。いたって真剣だ。真剣にやっている。

 そうだ、君達にひとつ称賛をおくろう。先の君達の連携は見事だったよ。精神リンクと言うのは便利だね。素晴らしい。会ったばかりの者でも君は受け入れる事ができるのだね。おかげであれ程、フロンティアを恨んでいたアーシャがすっかり君の仲間のようだ。


 流石はフロンティアが保有する正当な『鍵』と言うべきか? ならば、僕の心も受け入れてはくれないかな?――


 荒木の最後の言葉に胃が裏返るような強い吐き気に襲われる。


――どうだね? ヒトとヒトが不完全ながらに直接つながり、そこにシステムのアシストが加わるのはさぞ気持ちが良いだろう? ヒトを超える存在になった気がするのではないかな? だが、君が君の意志で今行動していると誰が証明する?――


 頭に響き渡る声を無視し、状況を再確認する。視界内のマップに目を走らせ、生きる屍となり果てた者達の位置を確認する。


――いや、良い。僕にとっては更に好ましい。人類の新たな段階を見た気がするよ。葛城智也の目指したものはこの更に先にあるのかな?――


 状況は最悪だった。生きる屍となり果てた彼等は言わば荒木の人質だ。手を出す訳にはいかない。彼等を解放するにも、その鍵となるはずの荒木が目の前にいないのだ。


 奴の本体はエクスガーデンのメインサーバーの中なのだろう。


――ああ、君はこの手の話に付き合ってくれないのだったね。詰まらないね。本当に詰まらない。仕方ない、僕もやらないと行けない事があるからね。暫く彼等が相手してくれるはずだよ――


 荒木の言葉と同時に、今まで直立したまま身体を揺らしていただけの、屍達が一斉に動き出した。


――そうだ、リアリティーが足りないね。うん、足りない――


 次の瞬間、鼻をついた強烈な腐敗臭に、胃が裏返る程の吐き気に襲われる。


 場の空気が変わった。湿気を帯びた生暖かい空気に包まれ、景色までもが物理的に歪んで行く。


 血の匂いが混じった腐敗臭は増々強くなり、死者達の呻き声が至る所で響き渡った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして、普段は他人の作品をチラ見して「はーいっ」って呟いて消してしまう私ですが、この作品は最後まで読んでいました ドロドロとした内容も然ることながら、流れるようで陰惨な文章表現に非常…
[良い点] あらきいいいい しゃべり方がきもすぎてたまんねええええ誉め言葉!!! 追記:活動休止中だけど、読んでしまったあああああw
2019/11/28 08:15 退会済み
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