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Chapter 70 アーシャ

挿絵(By みてみん)



 100倍に加速された思考レートの中、土煙の向こうに浮かび上がるオレンジ色の光。それは、あまりの移動速度の為に赤熱した響生の装甲ジャケットに違いなかった。


 頭の中に濁流の如く流れ込む、響生の感情の凄まじさに思考の全てが飲み込まれそうになる。


 激しい憎悪を伴った真闇とも呼べる精神。それは姉が持つ闇を遥かに超えているとすら感じられた。


 視界が歪む。五感情報までも汚染されて行く。その中で感じた強い衝動。それが自分の意志なのか、響生の意志なのかすら解らない。


 が、その衝動によって気づいた事もある。確かにこれはチャンスだ。好機があるとすれば今しかない。


 攻撃意思に反応して視界に現れたインジケーターが、義手である左腕にエネルギーチャージを開始したことを告げる。さらにターゲットスコープが標的をロックし、自動追尾状態に入った。


 これで視界の全てが響生から流れ込む五感によって汚染されようとも、標的を外す事は無い。義手である左腕はオート制御によって、ターゲットを殺すべく正確に動いてくれるはずだ。


 響生との同調によって思考レートが異常加速して行く。その中で視界はついに響生のものと完全に入れ替わってしまう。


 彼の超速移動が生み出した大気の歪み。その向こうに見えた荒木の姿。それが、異様な思考加速レートの中、凄まじい速度で近づく。


 振り上げられた大剣か放つ高エネルギー粒子の炎が、爆発的に輝きを増した。頭の中に直接響き渡る獣の如き咆哮は、更にボリュームを増す。


 そしてついに荒木の頭部へと振り下ろされた大剣。


 が、それはまたもや、空間に唐突に出現した黒色のパネルによって防がれてしまう。


 凄まじいまでの衝撃波が、瓦礫を巻き上げながら広がって行く。大剣の切っ先が通過した延長線上の空間に放たれた余波が、構造体壁面に炸裂し、異常な破壊痕を刻んだ。


 それでも、黒色パネルに食い込んだ大剣はそれ以上、先に進まない。


 見れば、僅かではあるが不自然に歪んだパネル状の領域が多数存在し、それが荒木を囲むように、浮遊している。


――光学迷彩!?――


 唐突に現れたように見えた黒色パネルは、最初からその場に存在していたのだ。しかも、荒木を囲むように配置されたそれには、僅かな隙間しかない。


――君は学習というものをしないのかい?――


 頭の中に響き渡る生理的に受け付けない声に思わず、身体が震える。


――そうでもない――


 それに答えた響生の思考伝達は、先の咆哮からは想像も出来ないほどに、落ち着いた声だった。


 次の瞬間、迸る強烈な帯電光。歪な光路湾曲領域を作り出す『光学迷彩を纏ったパネル』の隙間にねじ込むようにして突き出され響生の左手。そこに握られていたハンドガンが閃光を爆発させた。


 光が失われるにつれて、露わになる愕然と目を見開いたまま硬直する荒木の姿。その眉間から赤黒い液体が僅かに溢れ出ようとする刹那、頭部そのものが歪に膨らんで行く。


 唐突に通常感覚に戻される思考レート。


 次の瞬間、『それ』がまるで破裂するかの如く飛散した。


 響生の視界を通して目の前で起きた光景に、胃が裏返るような強烈な吐き気に襲われる。


 荒木の身体が僅かに揺らいだ。だが、そのまま倒れるかのように思われた『頭部の無いそれ』は、その場に踏み留まり続ける。


 それだけでは無い。まるで茶化すかのように、血まみれの両腕が大げさな仕草で持ち上げられた。


――少し驚いた。うん、驚いたよ。君はやはり面白い。一度は僕を殺しただけの事はある。残念ながらあの時は同期が間に合わなくて、その瞬間の貴重な記憶が僕には無いのだがね――


 薄気味悪い声が頭に響くと同時に、荒木の両腕が力尽きるかの如くだらりと垂れ下った。


 直後、その身体が液化するかの如く形を失い、飛沫を上げ崩れ落ちる。


――これで満足かね? 少しは気が晴れたかな? だけど、僕を狙うのは間違いだと言ったはずだよ。うん、確かに言った。君達にとって事態は何も変わらない――


 生理的に受け付けない独特の言い回しで、頭に響き渡るあまりに絶望的な言葉。


 けれど、


――これも予測出来ていて?――


 遂にフルチャージ状態になった義手が強烈な赤い閃光を放った。同時に左腕を襲った耐えがたい激痛。それでもオート制御下の左腕は、一切揺らぐことなく標的の方向を維持し続ける。


 あまりの高エネルギーが通過したために、大気は一瞬にしてイオン化し、光の線となって浮かび上がる光路。瞬間的に熱膨張を起こした空気が落雷の如き轟音を轟かせた。


 自身の身体には行き過ぎた出力で義手から放たれた集積光は、空間を切り裂き、姉、サミアを飲み込む。


 やがて、視界を染め上げていた強烈な光が消えた後、姉が居た空間には何も残されていなかった。


 その後ろの壁面が赤々とした溶融面を晒している。ネメシスの集積光には及ばない。だが、それでも姉を蒸発させるには十分な出力があったはずだ。


 視界に浮かび上がる警告。今の一撃に大半のエネルギーを使い、行動可能時間が著しく減少した事を告げている。


 それを超えれば、内臓の一部までをも人工物に置き換えられたこの身体は、生命維持を出来なくなるだろう。


 けれど、そんな事はもはやどうでも良かった。強烈な脱力感に襲われる。同時に凄まじいまでの虚無感が心を侵食していく。


 それは集積光を放った左腕に走る激痛を超える痛みを伴って胸を抉った。目的を果たした喜びなど微塵もない。その場に崩れ落ちるように片膝を突く。


 胸に閊えた行き場の無い感情を紛らわすべく深く息を吐こうとした刹那、強烈な気配を感じた。僅かに遅れて全身を襲った凄まじいまでの風圧が、感じた気配が、決して間違いでは無い事を告げる。


 僅かに上げた視線の先に落ちる影、それを追って更に視線を上げると、そこにはあり得ない光景があった。


 それを処理する間も無く、腹部に感じた強い衝撃。気付いたときには身体は宙に舞っていた。そのまま凄まじい速度で、背中から瓦礫に叩き付けられる。


 衝撃と共に肺の空気が一瞬にして失われ、激しい苦痛が全身を痙攣させた。


 歪んだ視界の先にはっきりと見えた姉の姿。その顔に浮かび上がる幾何学的な文様の上を、血が脈動するかの如く光が駆け抜ける。長い黒髪が僅かな光を宿し、重力を無視するかの如く舞っていた。


 自分を見つめる姉の瞳に宿る感情が何なのか解らない。虚無をも思わせるその冷たい輝きに、全身の毛が逆立つような悪寒に襲われる。


――アーシャ!!――


 叫ぶかのような思考伝達が頭に響くのと同時に、此方へと跳躍した響生。


 が、その進路上に唐突に現れる漆黒のパネル。凄まじいまでの衝撃音と共に響生がそれに激突してしまう。


 姉の姿が目の前で唐突に消えた。再加速された思考レートの中、大気密度の差が生み出す景色の歪みが、彼女が異様な速度で移動した事を告げていた。


 次の瞬間、空間に再び響き渡った衝撃音。パネルの影から身体を歪に歪めた響生が、弾丸の如き速度で地に叩き落される。舞い上がる土煙。さらに追い打ちをかけるかの如く、空中で発生した赤い閃光が地に突き刺さった。


――こんな事……――


 僅かな間とは言え、響生と共に行動して『彼の強さ』は異常だと分かった。それが故に、目の前で起きた事象が理解できずに混乱する。


 姉はまるで、そこに地があるかの如く空中に立ち。響生が落下した先を見下ろしていた。


 体中に光の模様を浮かび上がらせた姉を中心に、渦を巻くかように『光学迷彩によって歪んだパネル状の空間』が旋回している。その様は姉が持つ異様な雰囲気をより増幅していた。


――彼女の義体は特殊だと僕は言ったよ? うん、確かに言った。僕の矮小な仮の身体を守っていたのは、彼女の義体のオプションだよ。だから言ったんだ。僕を狙うのは間違いだと。うん、何度も言った。


 さて…… フロンティアの新作義体と、僕の新作義体、果たしてどっちの性能が上なのかね? 少しだけ試してみたい気がしてきたよ――


 頭に響いたその声は無邪気さすら含み、場違いに楽し気であった。それがより戦慄するほどの恐怖を自分に感じさせてしまう。


 やがて狂ったように笑い出した荒木。その異様な声が頭に響き渡り反響した。


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