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Chapter13 穂乃果

1



 ウィンドウに映し出されたカプセルの中で眠る少女。その少女の全身を赤い計測光が激しく往復する。


 時間の経過と共に別ウィンドウに表示された人型図形の情報量が明らかに増えていく。


「転送始めんぞ」


 父の言葉に合わせるかのように、理論エリアに再現された無人のカプセルの中に、赤い光が唐突に生まれる。それがカプセルの下方に集まったかと思うと、凄まじい勢いで何かの形を作り出していく。


 それが『足』ではなく足の骨格であったことに、穂乃果は目を見開いた。


 余りにリアルな骨格に早くも感じてしまった恐怖。骨格が膝のあたりまで形成されると、それを追いかけるかのように、血管と筋肉組織が形成され、表皮が覆っていく。


 組織形成が胴体に達したところで、こみ上げた吐き気に穂乃果は思わず目をそらした。


「開発段階では外側だけだった。それこそ見てくれだけの人形だったんだ最初はな――」


 父の声に再び顔を上げる。真剣な表情でウィンドウとカプセルの中を交互に眺める父。


「――けどな、人の脳ってのは不思議なもんでよ。身体を流れる血や、それによって生じる脈動の感覚を覚えてんだ。鼓動の高鳴りだとか、筋肉収縮によって起きる震えだとか。


 脳で生まれた感情が身体に影響を及ぼして、それがさらに脳にフィードバックされて、連鎖的に別の感情を生むんだ。


 この感覚がないと強烈な違和感に襲われる。自分に見かけそっくりの他人の身体でも駄目だ。結局、全てを再現せざる得なかった。たとえ内側を見る機会はなくてもな。


 俺はその事実を知ったとき思った。『魂ってのは例え、肉体を失おうと生きてる証を求めるんだ』ってな」


 父の思いに答えるべく、再び決意を込めてカプセルの中を覗き込む。


 その時にはすでに頭部までの表皮形成が終わり、液中に揺らめきながら赤い輝きを放つ長い髪が、徐々に光を失いつつあった。


 一糸纏わぬ姿で再現された少女の身体。間近で見ると姉とはまた違うスタイルの良さに見とれてしまう。


 『羨ましい』の一言しか思いつかない豊満な胸の膨らみに、穂乃果は思わず自分の胸元へと視線を落とし顔を顰めた。


「体形の違いを気にしてる余裕があんなら、まだ大丈夫だな?」


 途端に聞こえた父の声にビクリと肩を震わす。


「パパってモテなかったでしょ?」


 思わず出た言葉。すぐに反撃が来るかと思えば、思いのほか傷ついた表情をした父。


――自業自得だよ――


 心の中で呟き、再びカプセルを覗き込む。そして少女の肩に広範囲の火傷の跡があることに気付いた。


「あの傷、可哀想...... 消せないの?」

「先の戦争に巻き込まれた時についた傷かもしれねぇな。けど、勝手に消さねぇ方がいいんだ。他人から見たら痛々しい傷でも本人にとっては大事な思い出を伴う傷ってこともある。逆に思い出したくもない記憶を蘇らせる傷ってことも、もちろんあるがな。

 さて――」


 父の瞳が再び真剣なものにかわり自分を見る。


「問題はここから先だ。何度も同じ事を聞くが、ここから先はエグいぞ? 恐らく相当なショックを伴う。本当に見るんだな?」


 父の目を真っ直ぐ見つめ返す。


「私にとっては必要なことだから」


 父が覚悟を決めるように瞳を閉じた。


「分かった。


 魂をこのオブジェクトに接続する。物理的にな」


 物理エリアを映し出したウィンドウの中で少女の身体が幾つもの金属製のアームで固定された。特に頭部は必要なまでに固定される。


 少女の後頭部の下に鋭い先端を持つアームが伸びる。次の瞬間、その先端から細い何かが射出された。しかもそれは一回ではない。アームの位置を僅かに変えながら、凄まじい勢いでの連続射出が繰り返される。流体液に広がり始める血。少女の身体が電流を流されたかのように激しく痙攣する。


 再びこみ上げる吐き気。さらに別のアームが伸び、彼女の額を通過して、目の上でピタリと止まった。


 とうとう耐えられずに両手で顔を覆う。


「ここで見るのを辞めるか? 無理しなくてもいい。確かにこいつを見ればお前ぇは自分が何であるかが解るだろう。決して生前のコピーなどではないと自信が持てるはずだ。けどな、やっぱりお前ぇは幼すぎる」


 恐怖に抗い必死で首を横に振る。


――ここで辞めるわけにはいかない。

「解った。説明を続けるぞ? 激しく痙攣するのは、神経に電極が繋がった証拠だ。身体が電極の微弱圧に反応して起きる現象にすぎねぇ。彼女の脳はまだ眠った状態だから、見てくれは激しいが、本人は何も感じてない。痛かった記憶はないだろ?」

 両手で顔を覆ったまま何度も頷く。溢れてくる涙。それが恐怖によるものか、もっと別の感情によるものなのかすら、自分にはもはや解らない。


 さらに続く父の声。


「残酷なようだが、重要な作業だ。身体に繋がる神経の大半は脊髄に集中してるが、視神経は目の奥だ。聴覚と平衡感覚神経は当然耳の奥だし、嗅覚神経は鼻の奥だ。当然、全部綱がねぇとなんねぇ」


 涙でボヤけた視界の中で、血で真っ赤に染まったカプセル。


「ステージ1終了だ。重要なのは、この時点では彼女の脳はまだ生きている。生体状態の脳をフロンティアに接続したんだ。


 ここまでよく耐えたな。あとはオブジェクトの方だけを見ていればいい。怖いのはもう終わりだ。


 ほら、彼女が目覚めるぞ?」


 閉鎖エリアに再現されたカプセルの中で少女がゆっくりと目を開く。


「俺が見えるか?」


 カプセルに向かって父が大声で話しかける。


 少女は虚ろな目を父に向け、一度瞬きをしてから、しっかりと頷いた。


――この状態のまま、脳の電子化を進行させんだ――


 頭の中に響く父の声。会話を思考伝達に切り替えたのは彼女への配慮だろう。


――現実の彼女の身体には血管からのニューロデバイスの挿入を始めた。


 ここから先は脳神経細胞を同じ数のニューロデバイスに置き換える工程だ。やがて彼女の脳の全てがニューロデバイスに置き換わる――


 父の視線に促され、脳の形を模した図形が写し出されたウィンドウを見る。ウィンドウの中で青で表示された脳の生体部が、下の方から僅かずつ赤色に変わっていく。


――すべて置き換わったら、今度はニューロデバイス一つ一つを同じ役割を果たす理論プログラムに置き換えて行くんだ。


 その間、彼女は連続した意識を保ち続ける。生体状態からオブジェクト化が終了するまで、連続した意識を保ち続けるんだ。


 それ故にフロンティアに生きる流入者は、生体からの意識のコピーではない。解るか?――


 穂乃果は何度も頷いた。自分の目から再び涙があふれ出してくる。けど、決して先のような恐怖ではない。


――全行程終了まで20時間前後、だが彼女は後数分もすれば、このフロンティアで地に足をつけ歩き出すだろう。


 そしたら今度は、彼女が今までのお前の様に苦しむ。だから次はお前ぇが彼女の支えとなってやれ。響生にそう頼まれたんだろ?――


――うん――


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― 新着の感想 ―
[良い点] 魂の論理化のプロセスはテセウスの船と同じ理屈でしたか。それゆえ、単純なカーボンコピーではなく唯一無二のものであるという実感と感動につなげるのが素晴らしいドラマでした。 [気になる点] 幻肢…
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