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Chapter 67 サラ RX-21ナイトメア 理論領域

1



 『外の天候は猛吹雪である』と言う情報は正しいのだろう。そこに広がる全ては、白一色に染まり、完全にホワイトアウトしていた。


 本来なら見ていて直ぐに飽きてしまうはずの光景。だが、そこに重ねて表示されるさまざまな情報の合成が洗練されているために、飽きるどころか無意味に見つめ続けてしまう。


 ホワイトアウトした視界の向こう側には、降り積もった分厚い雪によって形づくられた地形がはっきりと見えるばかりではなく、その下に嘗て存在していたであろう、建物の残骸までもが、合成されていた。


 異様な速度で後方へと流されていくそれらを追って、身体ごと後に向けると、前方とは全く違う荒々しい光景が広がっていた。


 低空を音速の3倍以上の速度で移動するナイトメアが放った衝撃波が、長年に渡って降り積もったのであろう雪を破壊すると共に巻き上げ、まるで爆撃されたかの如き雪柱を次々と形成させていた。


 その凄まじい光景とは裏腹に、コックピットをイメージしたと言うこの理論領域は無音に等しく、僅かな振動すらも無い。


 そのせいで大掛かりなシミュレーターに搭乗しているようであり、これから戦場に向かうと言うリアリティーが欠けている気がした。


 自分の生身の身体がナイトメアの背中のカプセルに納められているのだから、命の危険は間違いなくあるのだが、付きまとうはずの恐怖が極端に薄い。それに意にし得ぬ違和感を覚えずにはいられなかった。


 対して美鈴は、話しかけ辛い雰囲気がいつも以上にある。彼女は間違いなく戦場に向かうリアリティーを肌で感じているのだろう。


 刻々と表示内容を変えるウィンドウ群と静寂が支配した空間。無限に続くかのように思われたその静寂を打ち破ったのは、美鈴の短い一言だった。


「あれだ……」


 それと同時に前方に浮かび上がった小さなマーカー。その横に表示された対象までの距離を示していると思われる数値が、凄まじい速度で桁を減らし一気にゼロになる。


 後ろへと線上に流れていた景色が唐突に止まり、機体を中心に広がった衝撃派が雪を巻き上げながら円盤状に広がって行く。


 雪煙が去るにつれて、現れた光景に思わず息を飲んだ。『血染め』としか表現しようのない、赤い雪が広範囲に広がっていた。


 その中心に在るのは、長い触手の束を四方に乱れさせ横たわる『巨大なモンスターの死骸』。


 紛れもないネメシスだった。巨大な頭部は中心付近まで切り裂かれ、そこからは今も尚、血の色をした赤い流体液が流れ続ける。


 自分にとって忌々しく、そして恐怖の象徴でしかなかったはずの『化け物』の、あまりに痛々しい姿に、胸を押しつぶされそうな感覚に襲われた。


 同時にそのような感情を抱いてしまった自分に強い拒否感を感じる。


 心の奥底で、幼き日の自分が『彼等に対する憎しみを、忘れてはならない』と訴えていた。


 彼らが『何であるか』を知り、アイが抱く理想に協力して尚、『自身の心の在り方』に整理が付けられない。


 その蟠りを強引に追いやろうとして、無理やりに口を開く。


「……生きてるの?」


 美鈴は静かに首を横に振った。噛み締められた唇が、彼女の感情を色濃く反映して僅かに震えている。


 そして、何かを振り切るように一度瞳を閉じると、片手をウィンドウの上に滑らせた。


 新たに開いたウィンドウにゲージが映し出される。どうやら、大破したネメシスから何らかのデーターを吸い上げているらしい。


 美鈴が静かに口を開いた。


「肉体を持たない我等にとっては、機体に残された固有ログだけが、自身が『その瞬間』まで、確かに『そこ』に存在していたと証明してくれる唯一のものだ」


 それに返す言葉が見つからない。重苦しい静寂が空間を支配する。


 やがて、静かに再上昇を開始したナイトメア。無意識に再度遠方へと視線を向けようとした刹那、美鈴が唐突に口を開いた。


「貴様は、信仰する宗教を持っているか?」


 その予想もしなかった問いに、自身の口が僅かに強張るのを感じる。


「ないわ……」

「ならば、貴様は死後の世界を信じるか?」


 更に浴びせられた質問の意図が分からず、結果として、


「え?」


 と、短く答えにもなっていない言葉が漏れるのみとなってしまう。


 静かに前方を見つめ続ける美鈴。その表情は後ろからは見えない。僅かな間を置いて、再び美鈴が口を開いた。


「……たまに怖くなる。我等は『ヒトによって創造された法則』の元、仮想世界に純粋に生まれた。言わば人工的な存在だ。そんな我等に魂はあるのかと。我等が死んだら貴様等と同じ世界に行けるのかと……」


 その問いに静かに瞳を閉じる。


 自分には一生理解できない様に思えた『純粋なフロンティア生まれの人々』。彼等が何を考えているのか、僅かながらに分かったような気がした。


「死んだら、何も無いわ。『無』よ。それは、フロンティアだろうと現実世界であろうと変わらない。少なくとも私にとって死とはそう言うもの」


 だからこそ『生』に縋って来た。女で有る事を武器に使い、あらゆる手段を使って惨めに生き延びてきたのだ。


「随分と淡泊なんだな」


 返って来た短い答えに、溜め息が混じっている事が、えらく滑稽に感じる。


「私は意外だわ。貴方がそんな事を考えてるなんて」

「……で、あろうな」


 再び溜め息を吐いた美鈴。それを受けて、口を開こうとした刹那、唐突に響き渡ったアラート音。


 同時に、一際大きなウィンドウが空間に展開する。


 それを見た美鈴が露骨に動揺した声を上げた。


「帰投命令……だと!? ラグランジュ・防衛艦隊!? だが、いったい何故!?」


 彼女が発した断片的な言葉からは、『何が起きているのか』分からない。ただ、尋常ではない荒々しい声が、決して良い方向に事態が進んでいない事を示していた。


 それを、自分にも解るように説明を求めようとして、口を開いた瞬間、空間に漂い始める光の粒子。それが見る間に集まり、ヒトの形に膨れ上がる。


 ただでさえ、狭いコックピット内に誰かが強引に転移しようとしている事は明らかだった。


 それに抗議する間もなく、空間の余剰スペースに嵌め込むかのように、異様な姿勢で集まった人型の光は、瞬く間に実体と化し重量を得ていく。その圧力に思わず上がった悲鳴。


 僅かに遅れて、それに美鈴の悲鳴が重なる。更にそこに『転移者』の悲鳴が重なった。


 転移者が誰で有るか知るには、あまりに密着しすぎている。声から女性で有る事だけは分かった。


 身体を捩ろうとした瞬間、転移者の膝が股の間に入り込んでしまったために、本能的に全身全霊の力でそれを締め上げてしまう。


 その瞬間、転移者が短い悲鳴を上げ、身体を大きく捩った。今度はそれに美鈴が悲鳴を上げる。


「や、止め! そんな所に手を突っ込むな!」


 裏返った声が、狭い空間に響き渡った。


 更に転移者が身体を捩ろうとする。敏感な部分に伝わった圧力に意図せず身体がビクリと震えた。


「お願いだから、動かないで!」


 思わず上がった自身の叫び声。更に美鈴の聞いたことが無い様な細く高い声が重なる。


 その声に感じた不安。


「美鈴! 操縦は!?」


 絶叫とも言える自身の声が、極小空間内に響き渡った。


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