表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/158

Chapter 64 アーシャ



「まぁ、この光景は『現実世界から見た君達』を上手に体現していると僕は思うのだけどね。うん、間違いない。


 君達が仮に受肉して戻ろうとも、現実世界の者は君たちをヒトとは見ないだろう。人の皮をかぶった得体の知れない『何か』…… つまり今君達が見ている光景と同じものを現実世界の人々は心理的に見ることになる。うん、間違いない。


 これは以前言ったと思うけど、君達と人類は既に別の種だ。その事実を受け入れないからこうなるんだよ。うん、間違いない」


 不気味に身体を揺らしながら立ち上がった者達の視線が、明らかな意思を持って一斉に此方へと向けられた。


 それに、思わず手にした短剣を構える。その瞬間荒木は口元の歪な笑みを強め、喉を鳴らした。


「いいのかな? 彼等を傷つければ、神経ネットワークが壊れてしまうかもしれない。なにせ彼等の全身を表現しているマイクロユニットは、そのまま『彼等の意識』を維持するためのネットワークなのだからね。現実世界に出た君達はあまりに、儚い存在だ。うん、間違いない。


 まぁ、それでも彼らは動き続けるのだけれどね。うん、動くんだ。その意識がサミアの管理下にあるうちはね。


 けど、元の状態に戻すことが出来なくなってしまうかもしれないね。もっとも君らがバックアップやらログやらを使って元に戻すと言うなら、もはやどうでも良いのだろうけどね。でも君らはそれをやらないのだろう? うん、君たちは出来ない。うん、間違いない」


 荒木の言葉によって硬直してしまう身体。得体の知れない意志の宿った瞳がまっすぐと此方へと向けられる。それだけで、僅かながらに身体が震えた。 


「それに、君が一番この状況下では分が悪いよ。うん、間違いない。さっき君の身体が停止したのをもう忘れてしまったのかな? そもそも君の装備を用意したのは僕だと言う事を忘れてはいないよね?」


 荒木はそこで言葉を一度区切り、大げさに憐れみを浮かべた表情をする。そして再び嘲笑するかの如く喉を鳴らした。


「まぁ、でも安心していい。僕の実験の真意は君達と彼らを戦わせる事ではないよ。うん、無いんだ。


 僕は知りたいだけだよ。うん、知りたいだけだ。葛城智也が君たちの世界に残した装置の『鍵』。僕は『それ』の何たるかが知りたい。


 『絶対支配』を完成させるための『鍵』の正体をね。それはきっと僕の願いを叶える近道となるに違いない。うん、違いないんだ」


 荒木が何を言っているのか分からない。


「僕が何を言っているのか分からないかい? 分からないのだろうね。うん、分からないと言う顔をしてる。馬鹿だね。


 でも知る必要もないよ。うん、無いんだ。だから君達も彼等の一部に加わってしまうと良い。


 サミア、仕上げだよ。彼等も飲み込んでしまって構わない」


 次の瞬間、姉を中心に広がる光が、更に強さを増し広がった。光が絡みつくかの如く、自分達を飲み込む。


 と同時に上がった断末魔の如きヒロの叫び声。それだけではない。響生までもが、頭に手を当て短い悲鳴と共に片膝を突いた。飯島に至ってはまるで瀕死の昆虫の如くひっくり返り、6本の足をばたつかせている。


 さらにネメシスから流れ出続ける血の色をした赤い流体液が、まるで意思を持ったかのように地を伝い、彼等の身体に纏わり付いた。そして飲み込むかの如く身体を這い上がり始める。


 その光景に身の毛もよだつほどの嫌な予感がした。


――何とか、何とかしないと!――


 そう思った瞬間、頭に流れ込んだ強烈な思念。


――書き換える。全てを書き換える。全て、全部、何もかも。書き換える書き換える書き換える!――


 世界そのものを呪うかの如き強烈な思念に、思わず頭を押さえる。と同時に、絶望としか言いようのない光景が頭の中に、投影された。それは今まで姉と共に歩んできた景色。


――これは姉さんの……?――


 強い憂いを伴った言いようのない痛みが胸を抉る。


――全て、私のせいだ……――


 終わらせなければならない。


――響生! 姉さんを!――


 強い感情を伴った悲鳴のような声が思考伝達に乗った。




2 響生




 頭の中に唐突に響き渡ったアーシャの絶叫。それを聞いた瞬間、頭の中に雪崩れ込んでいた思念が嘘のように消えた。いや、正確には消えたのではない。それはその思念を受け入れる事に成功したと言う感覚だった。


 先まで自我を食い荒らすかの如き頭の中で暴れまわっていた声に、今は落ち着いて耳を傾けることが出来る。


 クリアになった思考と共に、直前に流れ込んだアーシャの想いに身体が無意識に動いた。静かに昂り始める感情。


 確かな攻撃の意志が自然と口から洩れ、やがて咆哮となって空間を振動させる。


 大剣『ラーブルフヒルデダント』から吹き上がる荷電粒子の物理炎が爆発的に光量を増した。跳躍に備えて膨れ上がる脚部の可動式装甲。


 加速された思考レートの中、爆風の様な土埃が舞い上がる。クレーターの如く陥没していく地面を、感覚的に捉えると共に行われる脚力任せの、凄まじい加速。


 それは瞬間的に音速を超えるに至り、粘性液体の如き大気を切り裂くが如く、目標へ向け突進する。引き絞られた大剣を突き出すべきは、ただの一点。


 が、微塵の容赦もなく、確実に仕留めるために突き出された大剣は、空間に唐突に出現した闇色の物体に激突し、激しい衝撃が自身を襲った。


 同時に何かが爆発したの如き衝撃波が空間を駈け抜ける。


――うん、君らしい良い判断だ。面白いだろう? まるで、Amaterasu:01内で君と遊んだ『あの時』のようだとは思わないかな? ここが現実世界だという事を考えるととても興味深いよね? そう思うよね? うん、思うはずだ――


 荒木からの思考伝達を受け取ってしまったがために起きた『強制同調による異常な思考レート加速』。時間の全てが停止したかの様な錯覚に襲われる。


 闇色のパネルに大剣を突き立てたまま、空中に停止する自身の身体。


 その中で、荒木の瞳だけが、まるで止まった時間を無視するかの如く此方に向けられた。その異常さに背筋を冷たいものが駆け上がる。


――君が、サミアを狙っていれば、ここでの勝負はついたのかも知れないけどね。うん、確かにその可能性はあった。


 彼女の義体は特殊でね。流石に意識はバックアップから呼び出せても、身体までは僕も直ぐは用意出来ない。まぁ、君なら僕を真っ先に殺しに来ると思ったよ。うん、間違いない――


 荒木の瞳が此方を観察するかのように見開かれる。思考の全てが読み取られるような、それに感じた言いようのない拒否感。


――けど、良く君は僕達が実体化していると気づいたね? それとも何も考えていなかったのかな? いや、君は気づいていた。うん、確かに気づいていた。興味深いね。とても興味深い――


 荒木の瞳が此方を舐め回すが如く、不気味に動く。


 完全に意識が荒木に捕らわれた中で、視界の片隅で起きた僅かな変化。


 荒木の隣に控えるサミアの身体から流れ出た光が、意思を持ったかのように揺らめき自分へと延びようとしていた。


 その光に触れてはろくな事にはならないと解ってはいても、異常な加速レートの為に空中に固定され、動かない身体。


 光に飲まれた瞬間、頭の中に響き渡るサミアの思念が、爆発したかの様に膨らんだ。


 その中で、聞いた確かな言葉。


――妹を…… アーシャを……――


 それが聞こえた瞬間、強制的に通常状態まで戻された思考レート。圧縮された時間が弾ける様に動き出す。


 大剣が超音速で黒色のパネルに衝突した事により、発生した衝撃派が爆風の如く広がり、轟音を轟かせる。


 弾かれるように明後日の方向に吹き飛ぶ自身の身体。弾丸の如き勢いで背中から、壁面へと突き刺さり、地響きと共に大量の瓦礫が落下した。


 土煙の向こう側に微かに見えた風景、そこに浮かび上がったサミアを戦闘支援システムが自動拡大する。


 彼女は瞳だけを静かに此方に向けていた。その瞳は何かを訴えるが如き、強い憂いが浮かぶ。


 必然と脳裏に蘇るサミアの言葉。その瞳はそれが、訊き間違いなどでは無いことを意味していた。


 『妹を…… アーシャを…… お願いします』


 彼女の瞳がゆっくり閉じられた。そして再び開かれたそこには、彼女を始めて見た時と同じような、世界の全てを呪うが如き憎悪が冷たく宿っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ