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Chapter 60 飯島

1



 唐突に通常レートに戻される思考。圧縮された時間が弾けるように動き出す。白一色に染まる視界の中に稲妻の如き帯電光が迸り、球状空間に侵入しようとしていた大量のユニットが根こそぎ爆散する。


 突然に動き出した時間と共に、五感に流れ込んだ濁流の如き情報に、自分が何を成すべきかを見失いかけた刹那、


――空間の再構築を!――


 と頭に響き渡った罵声。強制同期により、戦闘態勢の義体スペックと同レベルまで思考レートが再上昇する。


――分かってるよ!――


 それに思考伝達で答えるのと同時に、視界上のウィンドウに仮想の手を滑らせる。


 入力された命令に従い球状空間が再形成される刹那、漆黒の影が頭上を凄まじい勢いで通過し、触手の隙間にその身を滑らせた。


 全く予想もしなかった事態。外へと飛び出したのが誰であるか分かると同時に思わず、


「アーシャ!!」


 と叫ぶが、声が出たのは既に隙間が完全に閉じた後だった。


――私の事は気にせず貴方は与えられた仕事をなさい! 早く!――


 直後、頭の中に響き渡ったアーシャの思考伝達。


――そんな勝手な事! 君は自分の立場が分かってるの!?――


 感じた強い憤りから、半ば怒鳴るような声が思考伝達に乗る。


――私は、彼が直前まで何を考えていたのか知っててよ。だから私は『彼がしようとしている事』の穴を埋める――


 極限状態の中、返って来た声は妙に落ち着き払ったものだ。それがよりこちらを混乱させる。


――意味が解らないよ!――

――良いから信用なさい! 私と彼を強引に繋いだのは貴方でしょう!? そしてこれは貴方に『借り』として付けさせてもらうわ――


 頭に響き渡ったアーシャの声は最後で、笑うかのような響きすらあった。


 まるで自分だけが置いてけぼりになっているような状況に、僅かな苛立ちを感じつつ、


――たくっ! どうなっても知らないからね!――


 と響生とアーシャの双方に対して、半ばヤケクソ気味の思考伝達を送る。そして、自分に与えられた次の仕事に取り掛かった。


 それはこのドーム状空間に残されたアクセス者達のデスフラレンス・システムの起動。嘗て開発者自身が、皮肉を込めて『死神からの招待状』と呼んだプログラムの強制起動だ。


 本来、個人の生命観の尊重に基づき『肉体の生命危機による自動起動』を設定している者以外、自らの意思によってのみ起動されるはずのプログラム。


 それを『特殊状況下における緊急措置』を理由に他者の意思により、強制起動しようと言うのだ。


 フロンティアの法がいかにこれを許していようとも、それが後にどれほどの禍根を残すかは、過去に起きた様々な事件が証明している。ましてこれほどの人数に対し、それを行ったらどうなるのか。


 自身の視界上には、実行の最終確認を求めるウィンドウが浮かぶ。だが、その次に進むことが出来ない。


 別ウィンドウには、自分が愚行により救おうとした少女が、血溜まりの中心で身体を小刻みに痙攣させていた。その瞳には辛うじて、命の輝きが残っている。


――死にたくない!――


 彼女は確かにそう言った。だが、彼女にとって『生』とはどのようなものか。それすらも分からない。


――あいつが背負うって言ってんだ。それしかねぇんだろ――


 まるで自分の葛藤を見抜いたかの様に頭に響き渡った声。


――そんな簡単じゃない!――


 それに、感情むき出しの思考伝達で応じた。


――うんなこたぁ解ってんだよ! 誰にもの言ってんだ!? あっ? 俺もそれが正しいとは思っちゃいねぇよ! けど……――


 それに返す言葉を失う。その言葉を放ったのがヒロでなかったなら、言い返す事が出来たのかもしれない。


――その重さはあいつ自身が一番わかってんだろうよ。全て見てきたよ。お前ぇのせいで、あいつの記憶の中を彷徨うはめになったからな。おかげで見たくもねぇもんを色々見ちまった――


 まるで吐き捨てるかの如き口調。だが、その声色は強い憂いを伴っていた。


――最初はあいつ自身の妹だった。俺の頭の中に、あいつが見た瀕死の妹の姿が焼き付いちまってる。そして次は伊織だ。あいつは意識の無ぇ俺をよそに決断するべきかずっと葛藤してやがった。そしてそれは、今にいたってもだ!

 それでも、俺はあいつを許せねぇ! けど、それ以上に自分じゃ何もできなかった癖に、あいつを許す事が出来ねぇ自分の方がもっと許せねぇ!

 あいつが経験してきたのも結局地獄じゃねぇか。クソっ! 全部一人で背負い込みやがって。結局そういうところ昔と変わってねぇ!――


 激昂とすら表現出来る程の強い感情を伴った思考伝達が伝わる。


――クソッ! 頭が痛てぇ……――


 そして続いた掠れたような声に、彼が生身で在りながら、百倍近い思考レートで会話している事実を今更ながらに気づく。


――それ以上は駄目だ! 君の脳が――


 慌てて警告するが、それは、


――うるせぇ!――


 と一括されてしまう。


――迷ってるお前ぇは正常だよ。純粋な死霊にしちゃぁ驚く程な。それに、それは『命令したあいつに全てを背負わせる』つもりもねぇって事だろ?

 けどな、あえて言ってやる! 覚悟を決めて、さっさとお前ぇも背負いやがれ! じゃねぇと皆死んじまうぞ!? それであいつやお前ぇが背負う物の大きさと、どっちがでけぇかお前ぇに判断つくのか!? それ以前に、ここで俺等が死んじまったら背負う事すら出来ねぇだろうが!――


 頭痛がしてもおかしくはない程の音量で頭に響き渡った声。その激しさとは裏腹に、心が平静を取り戻していくのを感じた。


 血溜りの中心で少女が身体を震わせ、今にも消え入りそうな呼吸を続けている。それでも見開かれた瞳は、途切れようとする意識に必死に抵抗しているように見えた。


――……判断は……つくよ。少なくとも自分にとってどっちが大きいかはね……

 『理想の死を求める者』を望まない形で生かしてしまった重さより、『どんな生でも縋りつきたいと願っている者』を救えなかった重みの方が俺っちは、きっと辛いと感じる。

 おかげで決心がついたよ。俺っちも背負ってやるさ……

 それにしても君も、相当に馬鹿だね。それを俺っちに言っちゃたら、君も背負わなきゃいけないだろうに……――


 それに対する返答は無かった。


 思考レートの同期から彼がリタイヤしてしまったために、自分の思考伝達が彼に伝わったかどうかも怪しい。


 最終確認を求めるウィンドウに仮想の手を伸ばす。


――にしても響生、こんな大きなもの俺っちにまで背負わせて、これは大きな『貸し』だよ? 無事に帰ったら姫っちとのゲームプレーくらいは認めてもらうからね――


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