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Chapter12 穂乃果 理論エリア 閉鎖領域 サァリィーブラァル・オブジェクター オペレート室



1


 必要最低限の物しかオブジェクト化されていない簡素な部屋。けど、空中には夥しい量のウィンドウが浮かぶ。その殆どが、人の脳や身体に関する情報だ。


 兄は先からずっと一つのウィンドウを見つめ続けている。そこに映し出されているのは、一人の少女の姿だ。


 兄の友人である彼女のことは自分もよく覚えている。自分のことなどそっちのけで危険な遊びをしようとする兄ともう一人の友人に代わり、彼女はよく自分の面倒を見てくれていた。


 ウィンドウを見つめる兄の瞳に宿った強い憂い。自分の時も兄はこのような表情をしていたのかもしれない。


「いいんだな?」


 父の声に兄が振り返った。そしてゆっくりと頷く。


「ああ、やってくれ」


 父が頷く。


「お前ぇの決断を、俺は尊敬するぜ。今のお前ぇはあの時とは違う。『人の複雑さ』ってやつを色々知っちまってる。それでもあの日と同じ決断を出したんだ。きっとお前の判断は間違ってねぇ」

「ありがと。けど、それを決めるのは俺じゃない」


 兄が言いながら再びウィンドウを見つめた。


「少し顔色が良くなったか」

「ああ、そうかもしれない。物理エリアと切り離されたから、頭痛を感じなくて済む」

「切り離されたってお前ぇ」


 父が目を見開く。


「俺の身体は今、強制同期中。フロンティアにオブジェクト化した脳と、現実の俺の脳の間に神経ネットワークの構造差が生じたとかで、『リアルの脳の方』を『こっち』に合わせるだとさ」

「お前ぇ、それ承諾したのか!?」


 父の声量が増した。兄はまた誰にも相談せず重要な事を決めたのかもしれない。


「ああ。物理エリアで感じてた頭痛もそれで治るみたいだし、ドグが言ってた崩壊の方も避けられるみたいだ」


 淡々と答える兄。その様子に不安を感じてしまう。


「馬鹿野郎が! それは脳の構造をニューロデバイスを使って強制的に組み替えるってことだ! 構造の差異が出た部分を根こそぎニューロデバイスに置き換えるってことだぞ!」

「ああ、解ってる。けど、俺は『感染者』だ。ドグのような『アクセス者』とは違う。

 俺の本体は飽くまでフロンティアにオブジェクト化された脳だ。扱い的にあっちは『完全生体の義体』ってところなんだろうな。


 けど、だからこそ俺は一般民と同様のシステムアクセス権が与えられてる。権利だけ主張して、義務を受け入れない訳にはいかないよ」


「だからって、お前ぇ」


 尚も食い下がる父に兄が真っ直ぐと顔を向けた。


「いつも心配かけて悪いな、親父。それに穂乃果も。でも俺は大丈夫だ。


 この世界で生きていく。フロンティアに来たとき俺はそう決めた。けど、今は、だからこそ現実世界とこの世界の双方を行き来出来る『今』を大事にしたい。そのために、必要な決断だった」


 父と自分の顔を交互に見ながら、真剣な表情で語った兄。初めて兄の本音の一部を聞けた気がする。


 父の表情が僅かに緩んだ。


「やっぱりお前ぇ、顔色が良くなったな。物理エリアから、戻ってきたお前ぇに対するアイの態度が妙に白々しかったが...... そう言うことか」


 父がニヤリと笑う。兄が慌てたようにドグから視線を外した。


「照れるこたぁねぇ、男が一皮剥けるには、女の存在が必要不可欠なんだ。俺にもそんな時期があったなぁ。けどなぁ、人生の先輩としてこれだけは言っておくぞ? 避妊はちゃんとしたんだろうな? 後で色々めんどくせぇ事になるぞ」

「え!?」


 父の言葉に思わず自分から変な声が漏れる。


「馬っ!」


 兄が顔中を真っ赤に染めて振り返えった。


――えっ!? うそっ


 あまりのことに思わず両手で口元を覆ってしまう。


「ん? 何か違ったか?」


 父が、さらに嫌らしい笑みを顔に浮かべた。


「まだ、なんもやってねぇ!」


 兄が怒鳴る。その言葉にほっとする自分。


「お? 今『まだ』って言ったか?」


 言葉尻を捉えて勝ち誇ったかのように笑う父。


「余計なこと考えないで集中してくれ、オッサン! 失敗したら一生恨むじゃ済まなねぇぞ!?」


 顔を真っ赤にしたまま喚く兄。


「誰が失敗なんてするか! 俺を誰だと思ってる! 俺は創始者『葛城 智也』の右腕だった男だぞ!」


 兄の言葉に父がさらに喚いた。


――まったくこの二人は何をやってるんだろ?


 自分から出た溜め息。けど、地上から戻ってきた直後の兄の姿よりは、よほど良いと感じる。


「ほらほら、そんな事やってる場合じゃないでしょう?」


 二人を一喝する。


「まったく趣味の悪りぃオッサンだ」


 兄が吐き捨てるように言った。そして頭をかきむしる。


「さて、そろそろ始めるぞ? 本気で全工程を見るんだな?」


 父が先までうって変わって真剣な視線を自分に向けた。それに精一杯の意志を込めて頷く。


「流入者の多くはこれを見たがる。望んだ奴には見せる事にはしてるが、正直お前の歳で見せるのは忍びねぇ。成人してる奴でも、泣き叫んだり、嘔吐する奴もいる。それだけのショックを伴うってことだ。


 それでも、見たいんだな?」


 さらに念を押す父。でも、これは自分が先に進むためにはどうしても必要なことだ。


「私は知っておきたい。どうしても自分がどう言う道をたどってこの世界に来たのかを」


 父が頷き表情を僅かに緩ませる。


「解った。お前ぇも成長したってことだな」


 そう言った父の表情は、喜びとも悲しみとも取れる複雑なものだった。


 そして決意するように頷くとウィンドウの操作を始めた父。その操作に合わせるかの様に物理エリア施術室のカプセルと同じ物が光の粒子を纏いながら出現していく。


 兄は作業の開始を確認すると口を開いた。


「じゃあ、伊織と穂乃果を頼む」

「あぁ、任せておけ」

 父の返事に頷く兄、そして視線を自分へと向けた。その瞳には僅かに躊躇が感じ取れる。


「穂乃果、伊織がこっちに来たら、ケアを頼む。多分俺より、穂乃果の方が良いと思うんだ」

「解ってるよ、お兄ちゃん!」

 渾身の笑顔を作り、力強く頷く。兄に頼ってもらえた事が純粋にうれしい。


「ありがと、穂乃果」


 兄は言いながら複雑な感情を宿した微笑を浮かべる。


 そして頷くと瞳を閉じた。途端に兄の身体を光の粒子が包み込む。それが弾けた後の空間には、兄の姿はなかった。


 いつも見慣れている兄の空間転移。けど何故か兄のいなくなった空間が、妙にさみしく感じる。


 そして、それは唐突に根拠のない強い不安に変わった。


――もう二度と兄には会えなくなるのではないか――


 そんな予感が急に過ったのだ。なぜ自分がそんな事を思ったのか解らない。


――きっと兄が居なくなると感じる不安が、いつもより強めに襲って来ているだけ――


 穂乃果は自分にそう言い聞かせると、落ち着きを取り戻すために瞳を閉じ深呼吸をする。けど、その不安はいつも以上に消えそうにない。


「始めんぞ」


 聞こえた父の声に、穂乃果は気持ちを切り替えるかのように強く頷いた。


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