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Chapter 57 アーシャ

1



『ほう…… 確かに素晴らしい出力だ。その小さな体にネメシスと同等の反応ユニットを宿していると言うのは、どうやら嘘ではないらしい。だが、それが何になる! それが人型の義体しか操れない感染者の限界だ!』


 嘲笑を含んだ何重にも重なり合う不快極まりない声が空間に響き渡る。


 それと同時に響生の放った一撃によって偶然確保された空間に、大量のユニットが再び押し寄せようとしていた。


 が、それが成される刹那、今度は目も眩むような赤い閃光が頭上を切り裂いた。瞬間的に赤一色の強い光に染まる視界。


 同時に、大気膨張が生み出した衝撃波によって、落雷の如き破裂音が空間を揺るがした。


――この光…… まさか!?――


 『死霊の咆哮』と呼ばれる独特の音。それは『死霊の鼓動』と並び、絶対的な『死』の訪れを告げる音だ。


 身も凍るような悪寒の中、光の発信元であろう方向に恐る恐る視線を走らせる。


「何てこと……」


 そこに在ったのは、ランナーを失い瓦礫に埋もれたはずのネメシス。それが今、その八つの目に禍々しいまでも赤い光を宿し、巨体を起き上がらせたのだ。


 伸び上がる触手の先端は赤熱し、先の集積光を放ったのが自分である事を誇示するかのような残光を放っている。


 ただでさえ、最悪と呼べる状況でこんなものまで相手に出来るはずがない。


 深い絶望によって途切れてしまった集中力。解除されてしまった思考加速。弾けるように元の時間の流れを取り戻す視界の中で、ネメシスが大量の土煙を残し消えた。


 次の瞬間、頭上を覆った巨大な影。それが瞬間的に膨れ上がる。自分達の真上に跳躍したネメシスの影であることは言うまでもない。


 自動再開された思考加速によって伸び上がった時間の中で、それが動力を全開に加速落下してくる。


 その全ての触手が自分達を鷲掴みにするかの如く、放射状に広げられた。抗う術の無い死を感じる。


 一切の行動をする時間すらも与えられず、大地に食い込んだ触手。一瞬にして闇に沈む視界。瞬間的に身体を焼かれるような熱気が襲う。


 この瞬間全てが終わったのだと感じた。


 だが、いつまでたっても身体に残り続ける感覚が、まだ自分が生きていることを告げた。いつの間にか固く瞑ってしまった目を恐る恐る開けようと試みる。


 その刹那、肩に『何か』が飛び乗るのを感じた。


――悪いけど君を中継に使わせてもらうよ。適性がありそうなのが君しかいないんだ――

「何? どういう事!?」


 言いながら本能的に肩に乘った何かを払いのけようとした瞬間だった。後頭部から有線リンク用のケーブルが勝手に引き延ばされるのを感じ、ケーブル自体を掴もうと試みる。


 だが、『何か』の動きがあまりにも俊敏だったために、ケーブルはあっという間に伸びきってしまった。


――これで暫くの時間は稼げるはずだけど、説明する時間が惜しい。ごめんよ――

「ちょっ!――」


 思わず上がった抗議の声。何に自分が繋がれようとしているかも分からない中、強烈な拒否感に襲われる。


 抗議は、脳に電流を流されたかのような強い衝撃によって途切れてしまった。ブラックアウトする視界。そこに浮き上がるメッセージウィンドウ。


 強制接続が開始された事実に、今更抵抗することが無駄だと知る。


 激しい混乱が襲う中、身体が宙に浮きあがるような独特な感覚に襲われる。徐々に再構成されていく視界。


 そこに在ったのは紅蓮の炎に飲み込まれていく街の姿。それは否応にも忌まわしい一つの記憶を思い出させる。滅びゆく母国の姿。


 だが、自分の記憶の中にある光景と酷似するが、その規模は桁違いだった。燃え盛る炎が飲み込もうしているのは、自分が生まれ育った王都よりも遥かに巨大な街だ。


 映像の中でしか見たことのない天を目指すかの如く聳える巨大建築群が犇めき合い、立体的に複雑に交差する交通網。


 それが、嘗て先進国と呼ばれ、栄華を誇っていた国の都市である事は容易に理解できた。だが今、その全てが崩壊し炎に飲み込まれようとしている。


 目の前に広がるあまりに凄惨な光景。だがそれは、リアリティーに何処か欠ける。これだけの炎に曝されながら、身を焼くような熱気が伝わってこない。


――これは……?――




2 飯島




 自動的に暗視モードに切り替わる視界。響生の大剣に宿っていた激しい帯電光が今は消えている。それでも残った熱が、ネメシスの触手により作り出した極小空間内に閉じ込められ、ウィンドウに示された温度数値を急激に上昇させ始めた。


 だが、この上がり方であれば、例え生身の人間であってもしばらくは耐えられるはずだ。


 組みあがった触手の間に僅かな隙間を作れば、その心配は解消されるのだろうが、それを行う時間も惜しければ、適正サイズを見誤れば敵ユニット群の侵入を許すことになってしまう。


 もっとも正当なランナーであれば、それくらいの操作は難なくやって見せるのであろうが、生憎自分は整備士でしかない。


『まさか、こんな強制手段を使わなきゃならないなんて。まぁ、でもこれで俺っちも少しは役に立ったって事かな?』


 自分でもうんざりする程に罅割れ、歪んだ合成音が閉鎖空間に響き渡った。大量の虫型ユニットにたかられたせいで、どうやら声帯ユニットがやられてしまっている。


――いや、逆か…… 全力で足を引っ張ることに成功した…… って方が正しいのかな?――


 間違いなく響生なら、そう思うのだろう。


 けど、極限の選択ではあったが、今回ばかりはこれしかなかったと感じる。


 正直、響生に何が起きたのか分からない。だが、自分が見た彼のステータスが異常であった事は確かだ。その波形は荒木によって精神汚染を行われたランナーの波形に酷似していた。それだけに嫌な予感がする。


 暗視モードの視界では、響生が大剣を構えたままの姿勢で、時間が止まったかのように静止していた。アーシャもまた同じような状態だ。そして唯一生身の人間であるヒロだけが、地面に伏すようにして倒れていた。


 生身の人間を極限と言って良いレベルで再現した、生体ユニットを用いた義体が直立停止する様は見ていてあまり気持ちの良いものではない。


 まして、その足元には本物の生身の肉体を持つヒロが倒れているのだ。異なる姿勢で意識を失うそれらは、あまりに対比的に見えた。


 その姿は否応にも『自分達がいったい何なのか?』と言う答えの出ない疑問へと思考を導いてしまう。


 小さなサソリはその思考を振り払うように、首を大きく振り、視界上のウィンドウを凝視した。そこに刻まれた時間が刻一刻と過ぎていく。


 生身の脳、つまりはヒロの脳がついて行ける最大思考レートでアーシャを経由しリンクされたヒロと響生。


 その意図すらも伝えられずに繋げた彼等ではあるが、上手くいけば数分と経たず意識が戻るはずだ。問題はその時、響生が正常かどうかである。それは彼の旧友であると言うヒロにかかっているとも言えた。


――お願いだから、早く戻ってきて!――


 閉鎖空間の外側では、ベルイードが多重に響き渡る不快極まりない声で、何かを喚き散らしている。


 ネメシスの外部センサーを使い、外の様子を把握しようと試みる。


 視界に新たに開いたウィンドウに映し出されたのは、大量のユニットによって宙吊りにされた一人の人物の姿だった。


 その人物に愕然と目を見開き、有りもしない口が生唾を飲み込む。心の奥底を抉り掻きむしられるような感覚に襲われた。


 小さな身体が激しい感情の揺らぎによって小刻みに震える。自身から漏れる罅割れた声


『――お、親父!!』


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