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Chapter 53 響生 エクスガーデン・ネットワーク隔離地区

1



 一瞬にして黒煙に飲み込まれたかの如く、不鮮明になる視界。


 大量の黒点が視界上を高速で動き回るのと同時に、神経に直接干渉するような羽音に精神が食い荒らされるかの如き錯覚を覚える。


 至る所から聞こえてくる人々の悲鳴。


 本能的に手にした大剣を薙ぎ払い、身の回りの空間だけでも確保しようと試みるが、それは殆ど無意味な行為でしかなかった。


 視界に現れ始める警告メッセージ。その内容に目を見開く。


――こいつら、義体の制御系に干渉しようとしてる!?――


 僅かな間に大量のユニットに纏わりつかれ、身動きが取れなくなってしまう身体。それらが身体を這い回る悍ましい感覚に、激しい生理的拒否感が襲う。


 それに思考力の全てが奪われ、意識して平静を維持しなければ、直ぐにでも発狂してしまいそうだった。


「クソっ! 何だこれ!! かっ!」


 隣で聞こえたヒロの叫び声が唐突に途中で悲鳴に変わった。皮膚の至る所に血をにじませ、崩れるように片膝をついたヒロ。


 アーシャは身体に纏わり付くそれらを手で振り払おうともがき、身を捩っていた。その表情が激しい苦痛に歪む。


――このままじゃ――


 必死で思考を巡らすが、焦りばかりが先行して、全く何も出てこない。


『どうだ! 成す術がないだろう!? これが力だ!』


 空間に多重に響き渡るベルイードの声。それが後半で勝ち誇ったかのように奇怪な笑い声に変わった。


「ベルイードぉぉぉぉ!!」


 心の底から湧き上がる激しい怒りに突き動かされるようにして上がった叫び声。それと同時に身体を捩るようにして動かし、大剣を振り回す。それが通過した軌跡で多くのユニットが爆散するが、状況は一切変わらない。


『無駄だと言う事が分からないかね? 所詮君は『感染者』、人型の義体しか操れない『人類の型遅れ』だ。手も足も出まい!? 『肉体持ち』のくせに散々この私を馬鹿にしやがって! お前如きが私の人生を狂わせるなど有っていいはずがない!!』


 更に感情を剥き出しにした歪な声が響き渡る。


 それと同時に視界に迸るノイズ。唐突に表れた大量の光が、急速に何かの形を作り上げていく。


 やがて浮かび上がった人物の姿に思わず目を見開く。瞬間的に有りもしない全身の筋肉が強張るのを感じるのと同時に背筋を冷たい感覚が走り抜けた。


 高出力の量子場干渉の中で起きたあり得ない現象。視界中に合成された男がゆっくりと目を開き、此方を見下ろした。


――どうやら、大分気に入ってくれたようだね。うん、そのようだ、間違いない――


 アーシャの記憶の中で見た男と全く変わらぬ容姿。そして何よりもこの特徴的な言葉使い。『最悪』の襲来。


『素晴らしい! この力は素晴らしい!』


 脳内に響き渡った荒木の声に答えるようにベルイードの歪んだ声が反響する。


 荒木はその言葉に全く興味を持っていないかの如く、視線を此方に向けたまま微動だにしない。


――僕は君に訊いているんだよ。気に入ってくれたよね?――


 荒木が何を言っているか分からない。僅かに細められた瞳に宿る常軌を逸脱した『何か』に身体は硬直し、言葉を発することすら叶わない。


――分からないかね? うん、分からないと言う顔をしているね。やれやれ、困ったね。僕にそれを説明させたら、台無しじゃないか。うん、間違いない。


 直接対決したかったのだろう? 彼と。君と彼の間には何か大きな因縁の様なものがあるんじゃないのかい? うん、間違いない――


 そこで言葉を区切った荒木が、大げさな仕草で手の平を自身の胸に当てた。


――だからこの通り、僕が現実世界へと彼を連れて来てあげたよ。嬉しいだろう? うん、嬉しいはずだ。


 君は以前、義体を性能限界の遥か上で操って見せた。ソフトウェア―が持つ感情パラメーターが義体の物理限界を左右する? 


 僕は信じない。けど、起きてしまった事を否定するのは科学者にあるまじき姿勢だよ。だから、再現試験を行うことにした。うん、したんだ。


 あるはずのない現象に原因となるデーターが垣間見れたら面白いと思わないかい? うん思うはずだ。君の中に眠る復讐者としての感情が爆発するとき、何が起きるのか。僕はそれが見たい。うん、見たいんだ――


 瞬間的に瞳を見開き、此方を舐め回すように見つめた荒木。その口元が歪な笑みを宿して大きく歪む。


 そして大げさに手を広げ、辺りを見渡した。


――ユニークな兵器だろう? そう、思うよね? うん、思うはずだ。丁度、君達の運用ユニットの中に面白いものを見つけてね。閃いたんだ。これを試すにも丁度いい機会だよ。うん、本当にいいタイミングだ。


 だから君は存分に復讐を楽しむといい。うん、楽しんで。まぁ、最も簡単にはいかないと思うがね。その方が君もやりがいが有るだろう? うんそのはずだ。僕は観察させてもらうよ。うん、良いデーターを期待してる――


 一方的な言葉を残し、荒木の身体が光の粒子と化し四散し始める。


「荒木!!」


 思わず上がった叫び声。


――焦らなくてもいい。僕は逃げたりしない。君には興味があるからね。うん、間違いない。君は僕をもっと楽しませてくれるだろ? そうだよね? 間違いない……――


 まるで金縛りにでも遭ったかの如く荒木が消えて尚、その空間から眼を逸らすことが出来ない。


 このような状況に遭って尚、目の前の脅威よりも、残り香のような荒木の気配に神経が過剰に反応してしまう。


『私を……』


 空間にベルイードの震えた声が多重に響き渡った。


『――無視するなぁぁぁぁ!!!』


 感情が爆発するかの如きヒビ割れた声が幾重にも重なり、それに呼応するかのようにどす黒い霧が荒れ狂う。


 そして更に響き渡った何重にも重なる荒い息遣い。


『――なるほど、確かに『あれ』はイカれている。中央が血眼になって探す理由も分かる気がする。だが、『あれ』を利用しているのは私だ。私なんだ!


 此処で起きた全ての事は『あれ』のせいになるだろう。そうだろう? 私は哀れな犠牲者だ。イカれたテロリストによって破壊しつくされた中立エリアのただ一人の生き残り…… それが私だ。それで全てやり直せる。そうだろう? 素晴らしいアイデアだとは思わないかね?』


 歪な声で反響を繰り返し垂れ流される醜悪な思考に、唖然とする。


「馬鹿な……」


 そう漏れた声は自分でも驚く程に掠れ、侮蔑を含んでいた。


『この状況をよく見たまえ。お前に何が出来る? 何が『許さない』だ! この状況でお前に何が出来る!?』


 荒だった声と共に多量のユニット群が密度を増し荒れ狂い、それが一斉に身体へとまとわりつく。


 ユニット群の一部が関節の隙間から装甲ジャケットの内側に入り込もうとする悍ましい感触に全身の毛が逆立つような感覚が襲われた。


『そうだ、思い出したぞ! お前は『あの時』惨めな程に涙で濡れた顔を、醜く歪ませ此方を睨んでいたな?』


 そのベルイードの言葉に、心の奥深くで『何か』が騒めくのを感じた。


『そう、その目だ。遠く及ばない隔離領域の外側。監視者である我々に向けたその目。あれは傑作だったよ。ウィンドウ越しに見た君のその目。さぞかし悔しかったんだろう?』


 記憶の底から呼び起こされる張り裂ける程に痛みを伴った感情。


『だが、どんなに悔しがったところで、この現状は覆らない。それが『力』だ。それが権力だ!『純血者』と『それ以外』の差だ!』


 ベルイードの狂ったような笑い声が、異常な音量で空間に響き渡る。


 脳裏に鮮明に浮かび上がるあまりに凄惨な光景。


 力なく地に横たわる身体はあまりに細い。その表情は、勝気に振る舞う普段の彼女からは想像も出来な程に憂いが浮かぶ。


 広がり始める血だまりに、成す術もなく自分は両膝を突いた。


 こちらへと伸ばされた細く白い腕が小刻みに震える。燃えるような赤い瞳には既に殆ど光を灯していない。強い憂いと無念によってあふれ出た涙が、赤味を失った頬を伝った。


――すまない……――


 思考伝達に乗り伝わった最期の言葉と共に、多量の記憶が雪崩れるかの如くフラッシュバックする。


――君も君のプライドも全て、俺が守ってやる――


 果たされなかった誓い。なのに、それを言った瞬間、彼女が大きく開いた赤い瞳と、次に見せたはにかむような表情が、胸を引き裂くが如き強烈な痛みと共に蘇る。


 だが、それがいったい何時の記憶なのか分からない。


 狂おしい程の思いと強い痛み、それを遥かに超える怒りが、リアルすぎる光景と共に心を支配してく。


『生粋の純血者、しかも誰もが羨む名家の出であるにも関わらず、『感染者』に肩入れする等と言う非常に愚かな行為を行った。その結果があれだ。純血者に有るまじき醜く哀れな死。名を何と言ったかな? 思い出すに足りぬ名だな。純血者の片隅にも置けない』


「……美鈴……」


 低く掠れた声が自身から漏れる。


 それを切っ掛けにして、『何か』が自分の中で爆発する。濁流の如く流れ込む多量の記憶。もはや、どれが本当の自分の記憶なのかも分からない。


 だが、その記憶の全てが自我をも消滅させるほどの感情を沸き起こす。渦を巻いて湧き上がろうとする憎悪を伴った激しい怒りが、全身を震わせた。


 噛み締められた奥歯がギリギリと音を立てる。


 収まりきらなかった感情が遂にあふれ出し、言葉にならない絶叫が空間を震わせた。


「ああああああああああぁぁぁぁぁ――!!」


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