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Chapter 51 ディズィール特別閉鎖領域

1



 藍色を示す超高空の空が、その深みを急激に増し黒味を帯びていく。遥か水平線は、落ち行く天照の光を受けて、柔らかな黄金色の光を放っていた。


 その美しい光の帯を境に上を見ても下を見ても、飲み込まれそうなほどの闇が広がる。宇宙との狭間、超高空から見る夕日は、見る者の心を震わすほどに美しい。


 360度全面に渡って閉鎖領域内に再現された壮大な光景とは裏腹に、その空気は重苦しい雰囲気に包まれていた。


 クルー達の顔にありありと浮かぶ憔悴。各自交代で、思考レート加速を用いた休息を取ってはいるものの、終わりが見えないミッションと、その中で起きた想定を超える事態の連続に神経が摩耗し消耗し尽くしているのだ。


 副長ザイールですらも、例外ではないらしく、眉間に刻まれた皺はいつも以上に深く見える。


 彼女にとって一番堪えたのは、ようやく目覚めたはずの艦長が姿を消してしまったことかもしれない。


 それに対処し、閉鎖領域へと戻って来た直後の表情があまりに印象的だった。まるでマシーンの如く、常に冷静沈着な副長がこのような露骨に疲弊した表情をするなどと、予測すらしなかったのだ。


 艦長が消えてしまった原因は荒木によって汚染されてしまったシステムの誤作動による予期せぬ転送との事であったが、そのバグは修正されたらしい。


 主のいない艦長席がやけに寂しく見える。彼女の意識は未だに覚醒状態になく、特別閉鎖領域の片隅に構築された臨時空間に戻された。


――どうなっちゃうんだろう……――


 得体の知れない不安から逃れるように自身が担当するウィンドウに目を戻す。そこに表示された内容に変化がない事を確認することによって、得られる僅かな安堵に縋りつこうと試みた。


 が、そこに表示された目を疑うような内容に、血の気が引けて行く感覚に襲われる。


「エクスガーデンとのネットワークが切られました!」


 自身から上がる裏返った声。それと同時に別のウィンドウに映し出された映像の異常に他のオペレーター達も騒ぎ始める。


 中でも特に異常だったのが、エクスガーデン上空に待機するネメシスからの映像だった。


 中立エリア内を巡回している大量の浮遊ユニットが、まるでエクスガーデンを閉ざすかのように障壁を形成し始めたのだ。


 正六角形のパネルが見る間に隙間なく積み上がりエクスガーデンを覆い隠していく。


「な、何だこれは!?」


 掠れた声を上げ、食い入るようにウィンドウを見つめるオペレーター。必死で思考を巡らせるその視線の先で、更に異常事態が起きる。


 高速で摘みあがっていくパネルの合間に見えた強烈な赤い閃光。次の瞬間、映像が激しいノイズを残し唐突に途絶えてしまう。


「何が起きた!?」


 閉鎖領域内に響き渡った罵声。それに答えるべきであるのが、自分であることに気づき、慌ててウィンドウに目を走らせる。


 それによって導き出された結論の受け入れ難さに、背中を冷たい感覚が駆け上がり身体が震える。


「信号ロスト……」


 やっとの思いで発した声は、自分でも驚くほどに掠れ、震えていた。


「なっ!?」


 騒然となり一瞬の静寂に包まれた閉鎖領域。が、それは別のオペレーターが上げた声によって、一気に慌ただしくなる。


「ランナーの自動転送は成されたのか!?」

「形跡がありません!」


 そう答え、次に当然来るであろう指示に備え、情報をかき集める。


「なら、此方からの遠隔操作による転送を急げ!」

「はい!」


 が、自身が放ったその返事は、絶望としか表現しようのない感情と共に、取り消さねばならなくなる。


「周辺エリアの通信が…… これは、量子場干渉です!」


 自身の判断で、閉鎖領域に浮かぶひと際大きなウィンドウの表示内容を切り替える。映し出されたマップ上でエクスガーデンを中心に形成された通信不可領域が急速にそのエリアを拡大していく。


「何が起きているんだ……」


 隣では同期のオペレーターが両手で頭を掻きむしるようにして、担当ウィンドウを睨みつけていた。


 誰もが必死に答えを探す中、それを遮るかのように響き割った警報。真っ先に異常が現れた自身の担当ウィンドウに思わず悲鳴を上げる。


「情報流入量、異常増大! 当艦は電子攻撃に晒されています!」

「電子戦部隊を総動員して対処しろ! 月読への通信可能な僅かな機会が迫っている現状、回線の遮断は何としても避けたい」


 副長ザイールのよく通る声が閉鎖領域内に響き渡った。


「ですが、これがまた奴だとしたら……」


 一人のオペレーターが発した言葉に、心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。全身を支配する激しい悪寒。


 完全なセキュリティー防壁に守られているはずのこの閉鎖領域に突如として現れた『招かれざる者』の姿が鮮明に脳裏に蘇る。


 今すぐにでも回線を全切断してしまいたい衝動に駆られるが、それをすることによって、ディズィールが孤立している時間が、さらに長くなってしまう。月読が持つ膨大な情報網による戦闘支援が受けられなければ、この艦の能力は著しく制限されてしまうのだ。


「可能性は高いであろうな」


 落ち着いた声でそう言い切った副長の言葉に、強い拒否感を覚え、それを否定する材料を無意識に探してしまう。


「で、ですが先の不正アクセスとはパターンが全く違うというか、攻撃が脆弱です。いえ、十分脅威ではありますが、先のような異常な浸食速度が見られないと言うか……」


 副長が細い指を思案気に顎に当てた。


「砲雷長、貴方ならこの状況どう打開する?」


 顎に手を当てたまま視線だけを砲雷長、ドルトレイ・アルギスに向けた副長。それに閉鎖領域の皆が驚いたように目を見開き、彼女を見つめた。


 今までに副長が、部下に意見を求めるなどと言うことがあっただろうか。僅かな間をおいて、砲雷長が立ち上がる。


「はっ、私なら電子戦部隊から数名を同乗させた上でナイトメアを出します」

「やはり、そうなるか……」


 副長はアルギスの言葉の続きを待たず、視線をウィンドウへと戻した。


「――我が艦の艦載機で最速の機体、それがナイトメアです。それを持ってロストしたネメシスのランナーを救出、量子場干渉の発生源を叩きます。電子戦要員は、エクスガーデンが何故か行っている通信封鎖の復帰に必要でしょう」

「だが、艦が電子攻撃に晒されているこの状況で、電子戦部隊から一人でも引き抜く事が可能なのか?」


 副長の問いに目に見えて、アルギスの表情が厳しいものとなる。


「現状まだ余力はありそうですが、この電子戦を仕掛けているのが奴だとすれば、難しいと言わざるを得ません」


 その言葉を受けてゆっくりと瞳を閉じた副長。


「で、あろうな。恐らくこれこそが奴の狙いだろう。衛星配置が『月詠』への通信を可能とする僅かな時間を狙いすまし、この攻撃だ。間違いないであろうな。我らは足止めされている」

「……何か手は打てないのですか?」


 アルギスが副長の表情を探るかの様に見つめた。 


「現状ディズィールを動かす訳にはいかない。下手に動かせば月読との通信のチャンスを失うばかりか、奴によって再び艦のシステムを落とされかねない」

「ですが――」


 アルギスの言葉を遮るかのように副長が目を開く。


「エクスガーデンに潜入した響生達に賭けるしかない」


 その瞬間、アルギスの顔が僅かに引き攣ったように見えた。そして詰め寄るかの如く一歩前に歩み出る。


「奴自身が明かした目的の中に彼が入っています! このままでは奴の描いた筋書き通りに事が進んでしまいます!」

「分かっている」


 再び顎に手を当て静かに瞳を閉じた副長。その眉間に只でさえ深く刻まれた皺が、さらに色濃く浮かび上がった。


 重苦しい静寂が閉鎖領域を支配する。張りつめそうな程の緊張が僅かな時を無限に変化させる刹那、空間に迸った強い光。


 唐突に出現した多量の光の粒子が、見る間に二人の人型を作り出す。背中へと流れ落ちる特徴的なシルバーブルーの長い髪。それが、転移時の風圧を受けて静かに揺らいでいた。


「か、艦長……」


 オペレーターの一人が掠れた声を上げた。


 艦長の友人であるという赤毛の民間人に支えられた体制での転移。それは彼女の状態が未だ正常とは程遠い事を、痛いほどに伝える。


 細い身体が殆ど力が入っていないのではないかと感じるほどに、頼りなく揺れていた。


 オペレーター達が息を飲む中、艦長の顔がゆっくりと持ち上げられる。その瞳には、『今の彼女の状態からは想像も出来ない』ほどに強い光が宿っていた。


「……ザイール、状況を教えてください」




2 サラ




 漆黒の闇の中に浮かぶ夥しい数のウィンドウ。そこに表示されている全てが重要な情報であるはずだが、理解出来そうなものは殆ど無い。


 他に何かしようにも、身体が『奇妙な光の波紋を浮かべた硬質のシート』に半ば縛り付けられるようにして固定されてしまっているため、自由が殆ど利かず出来ることも無いに等しい。


 サラは諦めたように、ウィンドウから今まであえて見ないようにしていた『自分の前のシートに座る銀髪の少女の背に』に目を移した。


 正直気まずい。自分とこの少女『美鈴』とは相性が悪いのだ。自分と彼女では立場も生い立ちも違う。そして何より価値観が全く異なるのだ。


 そんな美鈴とこれほどに狭い空間に押し込められ二人きりでいるなど、苦痛以外の何物でもない。


『私が行くわ』


 今更ながらに何故こんな事を言ってしまったのか、と自分でも思う。


 けど、あのアイの表情を見たなら、自分はいつでもそうしてしまっただろうとも感じる。


 いつから、私はこんなにもお人好しになってしまったのだろうか。


 そこまで考えて、不意に脳裏に浮かんでしまった男の顔。それが頭の中で情けない笑顔を浮かべている。


 思わず出たため息。


――理由はアイだけじゃないか――


 結局自分もあいつが心配でたまらないのだ。


――つくづく私は……


 再び出るため息。


「嫌なら、来なくても構わない。私としても背に大荷物を抱えての出撃などしたくはないのだからな。だから降りるなら今のうちだ。機体がカタパルトに移動してしまっては、その機会は失われる」


 振り返りもせずそう言った美鈴の態度に思わずムッとなる。


「冗談はやめて、今更どの面さげて降りれるって言うのよ」

「貴様は民間人だ。降りても誰も咎めないと思うがな」


 こちらの事情など全く無視な言動に溜め息しか出ない。


「そうかもしれないけど、そういう問題じゃない」

「リスクは分かっているのであろうな? 戦闘の可能性もある。それに身体は緩衝液に満たされたカプセルの中とは言え、貴様は生身だ。電磁射出と機体の最大加速は貴様の身体に重大な結果をもたらすかも知れんぞ?」


 さらに続いた追い打ちに、


「分かってるわよ」


 半ば不貞腐れたように答え、『見るんじゃなかった』と言わんばかりに視線をウィンドウの向こうの闇に移した瞬間、漆黒に染まる視界が唐突に変わった。その眩しさに思わず目を庇う。


 目が慣れるにしたがって飛び込んでくる降下型潜行巡察艦ディズィール降下兵格納庫の風景。それは、自分が普段目にする理論エリアの光景や物理エリアとは全く別物だった。


 数百機に及ぶネメシスが、頭を下にした状態で宙づりに整然と並ぶ姿は、精神が押しつぶされそうな程に威圧感を伴い、否応にもこの船が死霊達の戦艦であることを思い出させる。


 気を紛らわしたいと言う思いが、結果として無駄な皮肉を込めた言動へと繋がった。


「意外にレトロな作りのコックピットなのね。私のイメージだと貴方達って精神と機体を直接つないで操縦してるのかと思ってた」

「そのイメージは間違っていない。そもそも肉体を持たない我らにはコックピットと言う概念すらない。これは貴様に配慮してこのようなイメージ空間を構築しただけだ。私が見ている光景は貴様が見ているものと全く別物だ」

「ふーん、そうなんだ」

「興味が無いなら訊くな。私は出撃準備で忙しい」


 言葉の最後で、明らかに語気を荒らげた美鈴に、流石にこちらの感情も逆撫でされる。


「やけに気が立ってるわね? ひょっとしてモヤモヤしてるんじゃない? 原因はあの指輪のせい?」

「貴様は何が言いたい?」


 ついに振り返った美鈴。その燃えるような真紅の瞳が、強い威圧感を持って細められた。


「別に」


 それにあえて視線を合わせたまま短く答え、口元に挑戦的な笑みを浮かべる。


「諦めが良いふりをしてモヤモヤしてるのは貴様の方であろう?」


 想定外の反撃に僅かに自分の顔が引きつるのを感じ、それを悟られまいと直ぐに口を開いた。


「貴方こそ何が言いたいの?」

「別に」


 僅かな表情の変化すら見せずに、そう答え視線を前へと戻した美鈴。再び気まずい静寂が、空間を包み込む。


 が、暫くの後、それを打ち破ったのは美鈴だった。


「……あの二人を見ていて思う。艦長殿と響生の間には私や貴様では到底築くことの出来ない絆のようなものがある」


 静かに紡ぎ出された言葉が、あまりに予想外だったために思わず目を見開き彼女を見つめる。


 ウィンドウに忙しく手を滑らせているものの、その顔は僅かに俯いて見えた。


「確かにね…… 良く言えば、見ててイライラするほどにお互いを気遣ってる。悪く言えば、互いの傷を舐め合う事で深く繋がってる」

「どちらも悪口に聞こえるのだが……」

「そう聞こえた? けど、そういう絆なら貴方と響生の間にもあるんじゃないの?」

「無い…… はずだ。私と艦長殿とでは、あやつと関わってきた年数がまるで違う…… だ、だが、何故そう思う?」


 言葉の最後で、僅かに声を上ずらせた美鈴。


「響生の貴方を見る目よ。あいつは、貴方を見るとき、たまにアイを見るときと同じ表情をするのよ。いいえ、アイを見るときよりももっと…… もっと切ない『何か』を押し殺したような目で貴方を見る時がある。だから過去に貴方と響生の間に何かあったんじゃないかって思った」


 それを言った瞬間、あまりに唐突に美鈴が振り返った。大きく開かれた瞳には、普段の彼女からは想像も出来ないほどの無邪気さが宿る。


「そ、そうなのか? 確かにあやつはたまに意味不明な言動をすることはあるが……」


 声は更に上ずり、顔は目に見えて血色が増していた。その、滑稽さに思わず吹き出しそうになるのを、何とか堪える。


「意味不明な言動?」


 笑いを堪えた為か、自身の声までもが妙に高いものとなってしまった事に気づき、思わず顔が引きつる。


 けど、美鈴はそれに気づく様子も無く、まるで考え込むかのように腕を組んだ。


「うむ、まるで昔から私のことを知っているような言動だ」

「例えばどんな?」

「過去に『私を守る』と約束しただとか何とか…… まるで私とあやつで過去に大きな戦場を駆けた事があるような事を言い出す時がある」

「違うの?」

「私にはあやつの言うようなことをした記憶がない。正直、あやつが何を言ってるのか分からない時がある」


 全くもって意味が解らない。けど、それが故に強い興味にそそられる。


「どういうこと?」

「解らん」


 帰ってきた短過ぎる答えに、思わず今日何度目かになる深いため息をついた。


「私には貴方が何を言っているのか解らない」

「で、あろうな。私にも解らない」


 その瞬間、美鈴が顔に浮かべたあまりに情けない表情に、ついに堪え切れずに吹き出した。


「何よそれ」


 それだけを、言い再び笑ってしまう。美鈴はと言うと耳までをも赤く染め、身体を小刻みに震わせていた。 


「ゴメンゴメン、て言うかさ、それってあいつに振り回されてるって事じゃない」

「なっ!? ち、違う! 私に限って、そのような事は断じてない!」


 顔を真っ赤に染め首をブルブルと激しく横に振った美鈴。それに、


「どうだか?」


 と更に追い打ちをかける。


「き、貴様こそどうなのだ!?」


 余程余裕がなくなったのかシートから立ち上がった美鈴を見上げ、意識して涼しい笑顔を作って見せた。


「この私が振り回されてるように見える?」

「……」


 軍服の裾を握り絞めるようにして拳を震わせ、何かに耐えていた美鈴だったが、やがて糸が切れたかの様に脱力し、深いため息をついた。


「……貴様は何故そんなに冷静でいられる?」


 その質問に答えようとして、唐突に襲われた虚無感。それに胸を締め付けられるような感覚に襲われる。


 同時に美鈴を揶揄う事に成功した事への高揚感が嘘のように引いてしまった。


「さぁ…… 多分誰かを本気で好きになるとか、そんな感情は忘れてしまったんだと思う。今まであまりに色んな経験をしてきたから……


 私から見てあの二人は眩しすぎる。ホント笑っちゃうくらい純粋で。互いの立場を考えたら、乗り越えなきゃ行けない壁は眩暈がするほど高いはずなのに…… あんなの見せつけれたら邪魔が出来るわけ、無いじゃない……」


 美鈴が此方から視線を前方に向け、再びシートに腰を下ろす。だが、彼女の視線はウィンドウを見つめているものの、その手は動いてはいない。再び訪れた静寂。


 暫く間を置いて再び美鈴が口を開いた。


「……誰に対しても真剣だからな。それが、あやつの良いところだ。だが、たまに心配になる」


 まるで独り言のように発せられた声。


「と言うと?」

「響生は、兵士に向いていないと私は思う。もちろんあやつの戦闘センスは素晴らしく、私の知る限り誰よりも強くはあるが……」


 そこで言葉を区切り、美鈴は静かに息を吐いた。


「――響生は『戦場で死』は当たり前のものだと思っていた私をその身を挺して守ってくれた。自身の妹の命がかかっていたあのような状況、見捨てられて当然だったのだがな……


 それ以前に国益を何よりも優先する兵士本来の姿からは掛け離れている……」


 何処か遠くを見つめるように視線を投げかけ、そう言った美鈴。彼女の言っていることが自分にも良くわかる。


「出来もしないくせに、目の前にいる者の全てを救おうとして必死なのよ。私だって…… どちらかといえば、敵であったはずなのに……」


 そこまで言って、不意に蘇ったAmaterasu:01での記憶。響生は行き場を失い、生きる気力すらも失った自分に、掛け替えの無い場所をくれた。


「いずれ、それがあやつ自身を滅ぼす気がして私は怖い」

「けど、あいつは呆れるくらい後先を考えてない。しかも救われた側の気持ちなんて全く無視」


 その言葉に美鈴から力の無い笑い声が上がった。


「ああ、確かにそれは言えているな。こちら側の立場などもお構い無しだった」

「誰に対しても真剣に向き合うくせに、肝心な事は何も解ってくれない超絶鈍感男」

「違いない」


 短く答え、再び喉を鳴らした美鈴。それに釣られて自分も笑ってしまう。すると今度は美鈴が声を上げて笑い出した。


「今回の任務で捕獲対象に妙な感情移入するとかして、面倒なことになってなきゃいいけど…… 流石にそれはないか」

「いや…… 響生の事だ。あり得る」


 やや、大げさではないかと言うほどに美鈴が何度も頷く。


「やっぱり? なんか頭痛がしてきたわ」

「奇遇だな。私もだぞ」


 額を押さえ首を大きく横に振った美鈴。


「なら、急いだ方が良いんじゃない? これ以上悩みの種増やしたくないもの」

「賛成だ。何よりこの件にはあの荒木が関わっている。しかも現地のあの状況、どうにも嫌な予感がする」


 そう言った美鈴の口調は、完全に何時もの彼女のものだった。


「波乱が予想されるわね、確かに。けど、何があってもあいつを無事に連れ戻す。じゃないと私はアイに会わせる顔がない」


 降下兵格納庫から移動を開始したナイトメア。僅かな振動と共に横スライドした機体が、筒状の細長い空間で停止した。


 空間の前方に向けて、まるで誘導するかのように壁面を光が駆けて行く。その先には夕闇に染まる水平線が黄金色の光を放っていた。


「私も、あやつに返さねばならない借りがある」


 『死霊の鼓動』と呼ばれる独特の動力音がボリュームを増しながら、急激に波長域を上げていく。機体に伝わる振動が、明らかに強さを増した。


 筒状空間に迸り始めた帯電光。空間に一際大きく浮かび上がっていたウィンドウがその表示内容を変えた。


「姫城 美鈴 RX-21 ナイトメア出る!」


 次の瞬間、筒状空間を爆発的な光が包み込んだ。


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