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Chapter 48 ヒロ エクスガーデン ネットワーク隔離地区


 


 激しい衝撃音と共に舞い上がった大量の粉塵。それが空間の全てを飲み込み一気に押し寄せて来る。その身の毛もよだつ光景に思わず顔を腕で庇った。


 次の瞬間、全身を襲った圧力はさながら爆風の如きものだ。本能的に体勢を低く取り、身体が舞い上がってしまうのを必死で防ぐ。全身を容赦なく硬質の粒子が叩きつけた。身体の至る所で皮膚が切り裂かれる感覚に歯を食い縛り耐える。


 やがて、荒れ狂っていた気流が去って尚、辺りは舞い上がった大量の粉塵によって土色に染まり、何も見えない。その中で其処かしこで上がった火の手が、不気味な赤い光を拡散していた。


 耳に入り始める人々の悲痛な叫び声。苦しみもがく呻き声までもがはっきりと聞こえてくる。


 その光景は否応なく『あの日』の記憶をフィードバックさせる。激しい頭痛と共に視界をノイズが走り抜ける。


――響生、あいつは無事なのか!?――


 意にし得ぬ不安に駆られ、土気色に染まる空間の向こう側を凝視する。


 やがて見え始める天井から落下した巨大な瓦礫の影。さらにかなりの時間が経過して、ようやく透明度を取り戻し始めた空間には目を疑うような光景が広がっていた。


 最初に此処に来た時の印象とは程遠い。小汚いながらに人の生活感に溢れていた空間は、夥しいまでもの瓦礫に埋まり、見る影もない。抜け落ちた天井からは、今も尚小さな瓦礫が落ち続けていた。


 これの下敷きになったのだとしたら、到底生存の見込みは無い。ただし、それは響生が『普通の人間』であったならばだ。


 響生は外見こそ自分達と変わらないヒトであるが、その正体は全くの別物であり、むしろ死霊達の兵器に近い存在だという事を、先ほどまで嫌と言うほど見せ付けられたのだ。


 それでも尚、この光景を前にすると絶望的な感覚が全身を支配してしまう。


――響生…… 俺はまだお前に何も聞いてねぇぞ。こんな事でまさか……――


 脳裏に過った『最悪』を、首を大きく横に振る事で強引に追い出す。


『君は早く此処を離れて!』


 いつの間にか自分の肩に乗っていた小さなサソリから聞こえた言葉に、思わず目を見開いた。


「なっ! お前、俺に響生を見捨てろと!?」

『響生の義体はこんな事で壊れる程やわじゃない。身動き出来なくなってる可能性はあるけど』

「なら!」

『どうするって言うの? これを全部掘り起こす? あのネメシスがいつまた動き出すか分からないのに?』


 サソリが尻尾を突き出す様にして指示した方向には、巨体の大半を瓦礫に埋もれさせたネメシスが、漆黒の装甲を不気味に振動させている。


「けどよ――」


 食い下がろうとして咄嗟に出た言葉は、語気を荒らげたサソリの甲高い電子音声に遮られてしまった。


『君に何か出来るの!?』


 浴びせられた言葉に、強い拒否感を感じずにはいられない。だが、言い返せる言葉が無かった。自分が如何に非力な人間であるかを思い知る。無意識に震え始めた身体。


『君には生きてここを出てもらわなければならない。ディズィールに君を連行するためにもね。分かったら早く行って』


 それだけを言い、小さなサソリが肩から飛び降りた。まるで、『自分は此処に残る』とでも言いたげな態度に感じた強烈な不満。


「……お前はよ?」


 飯島は小さな身体を瓦礫の中に聳え立つ塔へと向けた。


『俺っちには、やらなきゃ行けない事が有る。スラムのサーバーの住人を転送しなきゃならない。君には見えないかもしれないけど、あのサーバーは1万人規模の人口を抱えてるんだよ』

「俺だけを行かせて、良いのかよ? 逃げるかもしんねぇぞ?」

『君は逃げないよ。君が未だに大事そうに抱えている『その義体』。それに宿っていた魂に別れを告げる事も無く、君が何処かに行けるとは俺っちには思えない。そうでしょう?』


 器用に身体を捩り、小さな赤い瞳を此方へと向けた飯島。その言葉に絶句する。


「なっ!?」

『信用するって言ってるの。色々あったけど、俺っちは君が嫌いじゃないよ。フロンティアに接続する術すらないのに、肉体を失った彼女を思い続けてる所が特にね。君達のような存在がいれば俺っちは孤独にならずに済む』


 飯島から出た言葉に、全身が痒くなるような異様な感覚に襲われた。


「……どういう…… 意味だよ?」

『君は、俺っちを流入者だと思ってる?』


 唐突に返された質問に停止しかかる思考を何とか動かし、それに答える。


「違げぇだろうな。お前は今の現実世界の事情に疎すぎる」


 飯島は答えを聞くと再び視線を此方からサーバーへと向けた。


『だよね、俺っちは君の予測の通り『純血者』だよ。生まれながらに肉体を持ってない。

 でも、そう思ってたなら、親父っちを見て疑問に思わなかった? 父親が肉体を持っているのに何故、俺っちが肉体を持って無いのか、ってね』


 飯島の言葉が指し示す可能性に、瞬間的に身体が震えた。


「まさか…… お前――」

『そう。俺っちは『流入者』の母と『感染者』の父の間に生まれた子だよ。一応、俺っち自身は『純血者』って事になる。けど、俺っちの様な存在はフロンティアの中じゃ珍しいし、立場が微妙なんだ。悲しい事にね。俺っちが何を言いたいか分かったでしょう?』


 返す言葉が出てこない。


『分かったら早く行って! 君に何かあったんじゃ、今度こそ俺っちが響生に握り潰されそうだ。そんな気がするだろう?』


 若干大げさ過ぎるのでは無いかと言うほど、オーバーなアクションで唯でさえ小さな体を竦めた飯島。その滑稽さに思わず口元に笑みが浮かんだ事に気づき、自分で『それ』に驚いてしまう。


「ああ、違げぇねぇ」


――とことん変わった奴等だ。響生、お前の周りにいる奴等は……――


 目の前に広がる瓦礫の山に再び視線を移した。そして瞳を閉じる。


――すまない……――


 意思を固め、踵を返した瞬間だった


 いびつに歪んだ絶叫が、空間そのものを震えさせるが如き音量で響き渡った。ネメシスの周辺で、瓦礫が溶融し赤い光の柱が幾重にも出現する。


 あまりの高エネルギーが通過したために瞬間的な大気膨張が齎す、落雷の如き衝撃音が空間内に響き渡る。


 瓦礫の中から持ち上げられる触手群。それをデタラメに振り回し、ネメシスが瓦礫に沈んだ巨体を這い上がらせようとしていた。


 赤い光を湛えた八つの巨大な瞳が動き回り、それがやがて一点を見つめる。


『コワサナキャ…… コワサナイト……』


 到底ヒトのものとは思えない歪んだ音声の中に感じた激しい怯え。強い脅迫観念に取りつかれているかの如き、普通では無い『何か』を感じる。


『まさか、あいつここのサーバーを落とす気じゃ!?』


 飯島が、裏返った声を上げた。


『響生! まずいよ! ネメシスが! クソ! 何でネットワーク切ってんだよ!』


 更に焦りを増し、言葉の最後で絶叫へと変わった飯島の声。


 それに反応するように、視界を一際強いノイズが走り抜ける。同時に脳が焼かれるほどの強烈な頭痛に襲われた。


「おい、一つ確認する。あのサーバーの中にまだ伊織はいるのか?」

『そうだよ!』


 その言葉に視界を覆うノイズが更に強さを増した。激しい頭痛の中に蘇る独特の感覚。荒木によって埋め込まれた、死霊共の一部が今再び目覚めようとしているのが分かる。


 この施設に来て、死霊達が放つ電撃を食らう度に、独特の頭痛と共に感じた『それ』を、自分は意識的に抑え込んで来たのだ。


 激しい頭痛と共に鮮明に蘇る『あの日』の記憶。凄惨極まりない光景と共に死霊達に向けた激しい憎悪と怒りが、渦を巻いて自分を飲み込もうとする。


 荒木によって脳へと埋め込まれた『それ』が目覚めてしまえば、自分は再び憎悪に支配されたバーサーカーへと成り果てるだろう。『それ』は脳のそう言う部分に埋め込まれているのだから。


 地に片膝を突き、抱えていた伊織の義体をゆっくりとその場に寝かせる。改めて見るとその細い身体はあまりにボロボロだった。自分は彼女をこんなになるまで連れまわしていたのだ。それでも伊織は自分に愚痴ひとつ零さず寄り添っていてくれていた。


 こみ上げる感情を振り切るように瞳を閉じる。そして立ち上がると、確固たる意志と共に目を開き、地に這いつくばる小さなサソリの更に一歩前へと歩み出た。


「お前、その小っこい身体に武器は積んでるか?」

『そりゃ集積光くらいはあるけど、とてもじゃないけどネメシスの装甲は貫けないよ』

「相手が生身の人間ならどうだ?」

『それなら十分に…… けど、標的はネメシスでしょ!?』

「標的は俺だ。もし、俺が『頭のおかしな言動』をブツブツ言い始めたら、躊躇なく俺を殺せ。じゃ無いととんでもねぇ事になる。いいな?」

『ちょっ!? 何、物騒な事言ってるの!? 何をする気!?』

「俺にも一つ出来る事があんのを思い出したってだけだ」

『出来る事って何!?』

「まぁ、見てな」


 それだけを言い、瓦礫の中から触手を振り回し這い上がろうとするネメシスを凝視する。途端に視界を激しいノイズが埋め尽くして行く。それに呼応するかの如く頭痛は増々激しさを増し、立っているいる事すら困難なものへとなった。


 堪らず顔を覆うようにして、当てた片手をヌルりとした感触が伝う。いつの間にか鼻から滴った血が腕をつたっていた。


 混濁し始める意識の中で鮮明に蘇る『あの日』の光景。自我を飲み込むが如く押し寄せる激しい感情の起伏に抗い、更に意識を集中した。


 ここで飲まれる訳には行かないのだ。だが、抗えば抗うほどに頭痛はより激しいものへとなり、意識を奪おうとする。


 ノイズに塗れた不鮮明な視界の中に、遂に歪んだウィンドウが現われた。そこに映し出される大量の触手を持つ死霊達の兵器。最終待機状態。


 これを実行してしまった後の自分が、どうなるのか分からない。それでも今はこれしか無いのだ。伊織を失う訳には行かないのだから。例え、自身の命に換えたとしても。


 脳裏に伊織の悲し気な表情が鮮明に浮かんだ。


――悪りぃな、伊織――

――Start a Compulsion Connection――

――強制接続開始――


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