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Chapter11 響生 一時間後

1


 照明が消さた処置室。2機の稼働中カプセルが放つ僅かな信号発光と使用者のバイタルを示したウィンドウの光が室内を照らし出す。


 響生はヒロが使用するカプセルを背に蹲っていた。


――なぁ、ヒロ。俺はどうしたらいい?――


 答えはない。


 鉛のように重い頭。まるで押しては反す波のように激しい頭痛に襲われる。そのたびに震える身体。


 けど、ここを離れる気になれない。


 呼び起こされる古い記憶。平穏で楽しかった日々の思い出。ゲーム等の部屋の中で遊びたがる内向的な自分に比べれば、ヒロは眩しいほどの活発な少年だった。


 自分を穂乃果と共に、家の外に連れ出すのは決まって彼であったし、その隣にはいつも伊織がいた。思えば彼の遊びに付き合って酷い目に遭うのはいつも自分だった気がする。


 川に行けば溺れ、工事現場に入り込めば穴に落ちる。穂乃果はその度に泣き出し、アイは決まって自分の傍に出現し、オロオロした。伊織はそんな事態を招く原因を作ったヒロをいつも罵倒していた。


 けど、全ての思い出は最終的にヒロに助けられるシーンによって締めくくられる。


 そして彼は決まって、口元に悪ガキの象徴のような笑顔を浮かべて言うのだ。


「悪かったな。でも楽しかっただろ?」と。


 その直後にヒロは伊織にどつかれ、情けない声を上げる。


 その様子に何となく笑ってしまう自分。ここまでが自分達のテンプレートだった。


 そんな日々が永遠に続くと思っていた。『あの日』までは。


 あの日、自分は何もかもを裏切った。世界を、親友を、親ですらも。


 その後、ヒロと伊織がフロンティアによって一変させられた世界で、どのように生きてきたのか自分は知らない。


 ヒロの頭部に埋め込まれた装置。ドグは彼が単なる一般人でない可能性を指摘した。フロンティアに敵対する人間の可能性。


 でも、自分は思う。地球に生きる殆どの者が、恐らくフロンティアに敵対していると。違いがあるとすれば行動するかどうかだけだ。


――もしもの時はどうするつもりだ?――


 ドグの言葉。あの時、自分はとっさに「その時は俺がこの手で」と答えた。でも逆だ。自分が彼を殺すんじゃない。自分が殺されるべきなのだ。これだけの業を背負っていながら、自分の『身勝手な感情が生んだ躊躇』がこのような事態を招いたのだから。


 再び襲う強烈な頭痛。震える身体を抱え込むようにして蹲くまり、ひたすらそれに耐える。


2


 不意に、目の前に現れた光。同時に身体を温かい何かが包み込む。


――ごめんね、ずっと一人でつらい思いさせて――


 頭の中に直接響く声。シルバーブルーの長い髪が光の粒子を纏いながら自分の視界で揺れた。


――......アイ......?


 僅かな驚き。自分の背中へと回された白く細い腕。


「何しに来た?」


 自分から漏れる低く掠れた声。優しくされることへの強い拒否感。アイの腕をとっさに振りほどこうとする。


――離さないよ――


 強い意志の宿った瞳が自分を見つめ返してきた。今までのアイには無かった表情だ。


「まさか、俺を慰めに来たとか言いださないよな?」


 アイの瞳を睨み返す。


――心配だから来た、じゃ駄目?――

「心配されたら何か変わるのか? この状況が変わるのか!」

 思わず言ってしまった言葉。アイが唇を噛みしめる。


「――それとも何か? 俺を癒すためにアイが抱かれてくれるとでも言うのか?」


 さらに追い打ちを掛けるかの如く自分の口から言葉が勝手に出た。自分の口元に下劣な笑みが浮かんでいるのが解る。


 自分は嫌われてしまいたいのだ。蔑んだ目で罵倒され、「お前はどうしようもない奴だ」と言われたいのだ。自分にはその方が相応しい。


 伏せられていたアイの瞳が自分に真っ直ぐ向けられた。次の瞬間、平手打ちが来るのを覚悟する。


――いいよ。もし、それで響生が本当に癒されるなら――


 緊張と恥じらい、そしてある種の覚悟を含んだ表情が、アイの返事が決して冗談ではないことを悟らせる。


 想像すらしなかった答えに完全に言葉を失った。


 アイの表情が僅かに緩んだ。


――あの時と逆だね? 覚えてる?


 響生の家で私と貴方が初めて出会った時、不安で泣き叫ぶ私を抱きしめて響生は約束してくれたよね?


 ずっと一緒にいるって、絶対に一人にしないって。響生はフロンティアに来るまでずっとその約束を守ってくれた。それがどれだけ大変なことだったか、今の私には解る......


 だからせめて、響生が辛い時ぐらい私が支えてあげたい。もう、お願いだから全部を一人で抱え込まないで。一緒に泣いてあげることくらい、私にもできるから――


 実体の無い細い身体に抱き寄せられる。広がる柔らかく温かい温もり。


 アイから伝わる全ての感覚がニューロデバイスへの干渉によってもたらされた幻だとしても、今はそれに縋り付いていたい。


 その欲求と優しくされることへの強い拒否感。自分だけが癒されてよいはずがない。


 心に生じた矛盾がさらに大きな痛みとなって全身を襲う。その痛みから逃れるように、アイの体を強く抱え込んだ。


 やるせなさと強い自己嫌悪、それらが全身を駆け上がり、納まりきらなかった感情が涙となって頬を伝う。食い縛られた奥歯の間からついに嗚咽が漏れだし、後はもう止まらなかった。今まで押さえつけて来た感情の全てが不安定に溢れ出す。


3      アイ


 アイは自分の胸に抱え込んだ響生の頭を撫で続けた。まるで幼い子供の様に肩を震わせ続ける響生。


 彼をここまで追い詰めてしまったのはきっと自分なのだろう。響生の今までの行動の全ては穂乃果と自分を守るためにあったのだと感じる。


 響生は自ら『感染者』となり、フロンティアに忠誠を誓うことで、きっと穂乃果の居場所を確保しようとしたのだろう。そして自分との約束を果たすために彼はこの船にいる。


 でも、このままでは駄目。


 日中、地上で鬼神の如き戦い方をした響生。でも、あれは『響生では無かった』と感じる。そして副長ザイールが見せた微笑。否応無しに感じた嫌な予感。


 フロンティアが響生に望むことは結果的に彼を不幸にするに違いない。けど、それでも響生はフロンティアの意志に全力で応えようとするだろう。全ては穂乃果のために。そして自分との約束を果たすために。


 響生を絶対に不幸になんてさせない。


――響生が私や穂乃果を守ってくれたように、今度は私が響生を守る――


 そのためには自分が強くならなければならない。


 せめて、響生がもう強がり続けなくて済むように。自分の前では彼が弱さを見せられるように。


 アイは響生を抱く腕の力を僅かに強めた。


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