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Chapter 47 穂乃果

1



「『互いにヒトであるが故に争いは避けられない。けど、互いに人であるが故に分かり合えると私は信じる』、陛下がこのフロンティアに残した有名な言葉です」


 片膝を突いたまま、静かに顔を上げ、ゆっくりと語り始めたザイール。その最初の言葉に姉の表情は目に見えて変わった。瞬間的に見開いた瞳が殊更強い憂いを宿し細められる。


「陛下が眠りに就いた後、このフロンティアが歩んできた歴史、そして現在。その理想は未だに叶っておりません。


 我等は『あの日』人口と世界の半分を失い、それでも陛下の導きがあって纏まり、今に至る繁栄を築きあげました。我等が長年の悲願であった地球への帰還をも果たしました」


 言葉をそこで区切ったザイールが、何かに耐えるように瞳を閉じた。


「――ですが、それによって我等が手にしたものは、虚無にも等しいものです。


 ようやく帰還を果たしたこの星で、我等はサーバーの外に出ることが出来ない。現実世界の何を見る訳でもなく、何を体感できる訳でもない。


 しかも地上を焦土と化してまで築いたサーバーは、現実世界の者によって幾度と無く落とされ、その度に数万を超える人口を失う。現実世界に於いての危険分子の掃討は、切りが無く、終わりが見えません。それこそ『純血派』が掲げる思想のように『現実世界全ての者を電子化強制回収』するしか術がないのでは? と思える程に。恐らく、現実世界が我々を受け入れる事は永遠にないでしょう……


 そして、我等もまたサーバーが落とされる度に本能に焼き付いた恐怖と共に思い知る。我々が如何に脆い存在であるかを。そして我等にとって現実世界とは何なのかを。


 現実世界は我等を決して『ヒト』と見る事が無く、我等もまた現実世界に生きる者に対する『恐怖』を拭い去れません。


 それでも、我等はこの地を離れる事が出来ないのです。それは呪いの如き呪縛。全ては我等の故郷が此処であると言う事実が故に……」


 再び開かれたザイールの瞳には、やり切れない感情が宿っていた。


 その視線の先に音もなく展開したウィンドウ。其処に映し出された現実世界の風景は、自分が嘗て生まれ育った頃のものとは、あまりにかけ離れたものだった。


 何処までも続く瓦礫の山、嘗て聳え立っていた高層建築群は、内部構造を剥き出しに途中から拉げ、地にはそこかしこで、嘗てヒトであった者達が無残な躯を晒していた。


 それを踏みつけ、旧式の軍事車両が自動小銃を持った男達を載せ列を成し走り去っていく。


 久ぶりに見た現実世界の風景。現在の現実世界がどのようなものかを知識として知っていて尚、心を抉られるような感覚に襲われる。感じた息苦しさに、思わず手を胸の前で握りしめた。


「今の現実世界の惨状は酷い物です。我等を倒すべき大きな敵と定める一方で、限られた資源の巡り、彼等自身が血で血を洗う争いを続けています。


 フロンティアは現実世界からの流入者を拒む事無く受け入れる一方で、感情的な部分で彼等を許す事が出来ず、彼等の迫害へと繋がる。そしてそれは、フロンティア内部に新たな勢力を生むと共に危険分子を誕生させる要因となっています」


 ザイールの言葉と共に切り替わった映像には、収容領域で暮らす流入者達の怯えたような瞳が映し出され、さらに展開した別のウィンドウには、プライベート領域を持たない者達が商業領域の路上を宛も無く彷徨う様が映しだされた。そして映像は彼等が集まり暴徒化する様子を映し出したものへと切り替わる。


「皮肉な物です。ヒトとしての倫理概念にのっとり流入者を受け入れたところで、互いの心に刻まれたヒトしての感情が、互いを拒む。根底に焼きついた憎しみを消すことが出来ない。


 こんな状況で、『純血派』が掲げる思想、『現実世界の全ての者の電子化強制回収』など行えば、何が起こるか。


 このフロンティア内に燻る流入者達の不満は新たに流入した者達の意思と合わさり、一気に燃え上がるでしょう」


 言葉の最後で僅かに語気を強めたザイール。その瞳がある種の使命感のような感情を宿して、真っすぐに姉へと向けられた。


「――唯でさえ、今のフロンティアは『純血派』と『女王派』から発生した多数の勢力が入り乱れ、互いにいがみ合っている状態です。彼等は切っ掛けさえあれば、フロンティアを分断しかねない争いを起こす。


 『現実世界と言う大きな敵』を失い、さらに流入者達によって切っ掛けが作られる。そうなれば、次に何が起きるかはあまりに明白です


 ヒトによって創造されたこの世界。その法則の全てはヒトによって創られた。我等はその世界に生き、自らが生きる世界の法則を支配する者。フロンティア同士の戦争が、いったいどのようなものになるのか……」


 ザイールが言葉を区切った事によって、僅かに生まれた間が、無限の時を刻む。ザイールを静かに見下ろしていた姉が、大きく首を横に振った。


「だから、貴方達は『妹』の人生を奪うと言うのですか? これはフロンティアの理念と照らし合わせても、決して犯してはならない過ちの部類に入ります」

「それは…… それでも、我等には必要なのです。陛下の様な能力を持った存在が。この世に生きる全ての人々の、心を癒し、統一し、恒久平和へと導く存在が」

「完全なる思想の統一を目指す事は、旧時代から幾度となく行われてきました。それが何を齎すのかは、歴史が証明しています」

「旧時代のものとは違います。陛下のお力によって実現する世界は!――」


 静かにゆっくりとした口調の姉とは対照的に、ザイールの声が明らかな感情を宿して荒立った。それを遮り、姉が更に口を開く


「嘗てない程の地獄です。いえ、地獄すらマシなのかもしれない」

「決してそんな事は!」


 言葉と共に、上半身を前へと突き出したザイール。必死に食い下がろうとする彼女に姉の瞳は、更に強い憂いを浮かべた。


「私の持つ能力は『呪い』です。少なくとも私にとっては。


 私はただ『私の思いを皆に伝えたかった』だけです。心と心を直接つなぎ、私の思いの全てを皆に伝えたい…… ただ、それだけのはずだったのです。それが、まさかあのような事になるとは……


 私は『あの日』、掛け替えの無い多くのものを失いました。色々な事を語り合い、時には意見の衝突から幾度となく喧嘩に発展して尚、私と共に歩む事を決めてくれた親友の椿。慣れない政治の世界で私に色々なアドバイスを下さった先輩たち。そして多くの仲間を、私はあの日、一瞬で失ったのです。唯一私と日常的に心を繋いでいたことで、私の能力に耐性を持っていた彰人だけが、残りましたが……


 貴方達が称賛する『あの出来事』は私にとっては意図しなかった事故であるのと同時に、私が犯した最大の罪であり、間違いに他なりません」


「そんな……」


 ザイールの愕然と掠れた声が空間に響き渡る。さらに他の男達も顔に明かな困惑を浮かべていた。


 姉の瞳が、何かに耐えるかの如くゆっくりと閉ざされる。


「この呪われた能力が一たび発動すれば、それは『同調』などと言う生易しい物ではすみません。それは巨大な一つの意思に呑み込まれるが如きものです。そして、一つになった意識が、再び個に戻されようとも、完全には元に戻れません。彰人は私の能力を『絶対支配』と呼んでいました」


 姉を見上げるザイールの困惑した瞳に、さらに強い感情が宿る。


「ですが、それでもフロンティアは陛下によって救われた! それは歴史的な事実であり、今のフロンティアが有るのは『それ』があったからこそです。でなければ我々はとっくに……


 貴方の力があったからこそ、フロンティアは『時間加速』を選択出来ました。それがあったからこそ、フロンティアは現実世界に比べ遥かに進んだ技術を得るに至り、今の立場を確立できたのです!」


 ザイールの声は信じて来た『何か』の崩壊に必死に抗うかの如き、激しいものだ。それに対し、姉の瞳は増々憂いに沈んで行く。


「その時間加速によってフロンティアは、現実世界との繋がりを持つ者のほぼ全てを失いました。結果、齎された悲劇がいったいどれほどのものだったのかは、今の現実世界を見れば分かるはずです。少なくとも、『あの時』はまだフロンティアの殆どの者にとって、現実世界は故郷であり、大切な人達を残して来た世界であり、決して滅ぼすべき敵では無かったのです。それを私が変えてしまった……」


 その言葉を受けて、拳を震わせていたザイールが遂に立ち上がった。それによって空間に張り詰めた緊張感が一気に増す。


「ならば、陛下はご自身が齎したこの世界の結果に対して、責任を果たすべきです!」


 激しい感情の伴った声を浴びせられ、尚且つ同じ高さとなった視線を受けて尚、姉は眉一つ動かさなかった。


「分かっています。だからこそ、私は私の思考をこの船に刻みました。それが、私と彰人の間で交わされた約束を果たす手段であり、私の誓いでもありますから」


 ザイールの瞳が再び見開かれた。


「船に刻んだ……? ならば貴方は……!?」

「今の私は、この船のシステムに刻まれた『葛城 愛』の記憶を持った儀人格であり、言わば 『亡霊』です。

 私が果たすべき責任は貴方達が思い描くものではありません。私が果たすべき責任とは『葛城 愛』と言うそう存在を、この世の法則を無視してまで復活させようとする動きが生じた場合、それを阻止する事。そして『あの日』の事実を正しく伝える事。願わくば、『あの日』私が犯した罪を繰り返させないために。


 彰人が『あの日』予測した懸念がこうして今現実になってしまった事が悲しくて仕方ありません。ですが、お陰で私の大切な『妹達の一人』を守る事ができました」


 言葉の最後で、ザイールを見つめる姉の瞳に鋭さが増した。


「こうでもしなければ我々は! 我等に残された手段は限られているのです。自ら滅びるか、現実世界を滅ぼすか。もしくはその全てを取り込むかです。『純血派』が掲げる手法によって『取り込み』を行えば、その先に続くのは更なる悲劇。そして我等は滅びます!」

「ザイール、貴方は理論演算回路中に存在するこの世界を現実たらしめる理由を何だと思っているのです?」

「それは……」


 ザイールの瞳が姉から逸らされる。


「望む事の大半が叶うこの世界、ですが目の前で起きる全ての現象は、理論演算によって再現された幻。肉体すら存在せず、全ての行為は只の快楽行為であって、生命活動に一切の影響は及ぼさない。それでもこの世界は現実と認識される……


 それは人同士の関わり合いがあるからに他なりません。良いも悪くも全ては『そこ』から生まれているのです。


 求め、すれ違い。時には憎しみ合い。それでもそれがあるからこそフロンティアは現実と認識される……


 精神だけが彷徨うこのフロンティアに於いては、『それ』こそが生きて経験を積むと言う事に他なりません」


 ゆっくりと諭すように語られた姉の言葉は、フロンティアを背負って生きて来た者故の重みを帯び、それを聞く者の心に突き刺さる。


「その上で、もし今のフロンティが『それ』を捨て、『究極』を望み、それを故人の力を使ってまで叶えたいのであれば、それが貴方だけではない、フロンティアの総意と言うのであれば、仕方ありません、私が『真の究極』を用意いたしましょう。全ての人が例外なく幸福を得られる環境を……


 人同士の繋がりから、世界は歪む。確かにその通りです。ならば私が望み通り、それすらも理想化して差し上げます。全ての人に、個人用カスタマイズされた理想の世界を用意する事は、この複雑な世界そのものの演算に比べたら、さして難しい事ではありません」


 そこで言葉を区切った姉の瞳は、今まで宿していた憂いが嘘の様に消え去り、凍てつくが如く冷たい物だ。何処かそれはヒトの感情を遥かに超えた得体の知れないものにすら感じられる。


 再び全身を駆け上がる悪寒。姉の口が更にゆっくりと開かれる。


「――理想の親、理想の子、恋人、友人、すれ違うだけの他人すらも理想化された世界。そこでは現実に於いては失われたはずの死者すらも蘇る。世の中から争いも憎しみも、永久に消えるでしょう。殺戮を望む者の欲望ですら、誰の命を奪うことなく叶いますから」


 ザイールの身体が、後ずさりするように僅かに揺らいだ。と、同時に控えていた男達の表情が目に見えて歪む。それはある種の怖れを含む驚愕だ。


「しかし、それでは!」


 張り上げられたザイールの声は、狼狽とも取れる程に震えていた。


「そうですね。これはフロンティアが忌み嫌う思想。フロンティアに於いては誰もが一度は考える恐怖の一つ。この世界が、そのような物である可能性に人々は怯えています。


 ですが、『恒久平和』などと言う極論を持ち出せば、このような極端な手法しか残りません」


 姉の言葉に、激しく首を横に振ったザイール。


「違います! 私はフロンティアの理念に基づいた理想を実現したいのです。意識が繋がる事によってのみ成される理想。真の意味で、他者の思いを知り、痛みを知り、全てを共有することで共鳴し一つになる。それはフロンティアが掲げる理想にして理念ではないのですか!?」

「ザイール、それは私には不可能です。私の『能力』はヒトの心を繋げるものではありません。一方的に飲み込むものです。何度言えば分かるのですか」

「ならば、どうしろと言うのです!?」


 感情を剥き出しにしたザイールの声が空間を駆け抜けた。


「それを決めるのは今を生きる貴方方です。悩み苦しみ、道を探しなさい。故人の力に頼るべきものではありませんよ」


 まるで突き放すが如く冷淡さすら感じさせる言葉に、ザイールの身体が目に見えて震えだす。


「その過程でどれほどの命が失われると思っているのです!?」


 再び響き渡るザイールの罵声。


 姉は困り果てるかのように溜息を吐いた。その表情が心なしか緩んだように見える。


「私は貴方の成そうとしている事を否定はしますが、止めはしません。貴方達がそれを成そうと言うのであれば好きになさい。ただし、今はこんな事をしている場合ではないではないですか? まず目の前の問題に対処なさい。出撃している貴方の部下に、危険が迫っています」

「陛下がどうあっても受けて下さらないと言うのであれば、我等はその役割をアイ様に望むだけです」


 姉を睨み下唇を噛みしめたザイール。姉が諦めたかのように瞳を閉じた。


「それで良いのです。私は『故人の力に頼るべきではない』と言っているだけですから。『妹』が自分の意思でその道を選ぶと言うのであれば、それも一つの歴史が導き出した答え、この時代の意思という事でしょう。ただし、それは『私が警告した事態』を招く事を覚えておいてください。また、暁が我父により託された『鍵』が何であるのかを、身をもって知る事になるでしょう」


 ゆっくりと静かに姉から放たれた声はあまりに冷たく、空間すらも凍てつかせてしまうのではないかと思える程に凄みを帯びていた。


「我等が創始者、葛城智也は『それ』をするために『希望』を残したのでは無いのですか!?」


 それでも尚、食い下がったザイール。だが、その表情には明らかな限界が見え始めていた。それほどに、今の姉と話す事は精神力を消耗するのだろう。今の姉は『自分が知る姉』では決してない。それに強い不安を感じる。


「あの装置は貴方達がしようとしている『それ』をするための装置では決してありません。『それ』が出来るだけです。少なくとも、父があの装置に託した想いは、『貴方達が考えるより遥かにシンプル』なものです。


 ディズィールに積まれた装置は、貴方達が『希望』と呼ぶシステムの一部、『出力拡張デバイスの一端』ではありません。『希望』とは、あのデバイス単体に与えられた名なのです」


 言葉を区切った姉を中心に、周辺の景色を飲み込み唐突に広がった闇。さらに其処に巨大な装置の設計図のような図形が浮かび上がった。そこから伸びあがった複雑極まり無い光線が、不規則な編み目を形成し、やがて月詠を中心に広がる壮大なネットワーク網を浮かび上がらせる。


「貴方達は父が残した全く別のシステムを、勝手に一つのものとして見ています。


 フロンティア全土に中央の意思を伝達するための巨大なネットワークに接続された『Collective Consciousness System』の原型までも、『希望』の一部と見ている。もしくは意図的に一つのシステムとして使おうとしている。違いますか?」


 姉の言葉にザイールは下唇を噛みしめただけだった。


「――確かにあれも父が残したシステムです。それは現在の疑似化されたシステムでは無く、人と人の心を直接繋ぐもの。このシステムは、肉体を失って尚生きる事を選んだ当時の私達の願い、ヒトの理想、それに基づくフロンティアの理念と共に作られました。確かにあれは貴方の言う『理想』を叶えるためにあります。


 ですが、あれは『核』となる者の『心』を飲み込み、数多くの悲劇を生みだしてきた装置です。あれは決して理想通りに機能することがない。故に、フロンティアの理念の象徴としてのみ存在する装置。それは貴方も分かっているのではないのですか?」


 空間に展開された図形を見つめていた姉の瞳がザイールへと戻される。


「それはもちろん承知しています。『Collective Consciousness System』に纏わる定説、信頼し合う家族以上の仲でもなければ、他者の意識を受け入れ、自分の意識を預けるなど不可能。それが故に、核になる意識を持つ者に要求される精神は並ではない。


 繋がった全ての人間の感情や意識に抗うことなく、まず自分が受け入れ、その上で個を保ち続けなければならなない。さらに全ての人間にとって、『その者が持つ意識』が受け入れるに足る物であり、心地よい物である必要がある。そんな神の如き精神を持つものは存在しない……


 ですが過去に唯一、それを成した者がいる。それが、陛下です」


 ザイールは憔悴しきった瞳を、それでも尚、姉へと真っすぐに向けていた。


「違います。私はそのような精神を持つ者ではありません。私が『核』となれたのは、呪われた能力があるが故です。私の能力は他者を一方的に飲み込むもの…… だからこそ、自身が飲み込まれずに済みました。ですが、それはあの装置に込められた願いとは、正反対のものと言っても過言ではありません」


 言葉を区切った姉が、ザイールへと一歩近づいた。


「それでも、貴方達はあの装置を起動するのですか?」


 ただでさえ、今にも張り裂けてしまいそうな程の極度の緊張で支配された空間が、さらに重みを帯びて行く。


 再び片膝を地に突き、最後の気力を振り絞るかのように姿勢を正したザイール。その憔悴しきった瞳に、強い意志が目に見えて燈った。


「我等には…… それが必要なのです。全ては存続するために……」


 姉が静かに瞳を閉じる。


「分かりました…… どうやら覚悟は出来ているようですね。なれば、後は『妹自身』がどのような答えを導き出すのか、私はそれを見届けるのみです」


 再び開かれる姉の瞳。


「――一つ良い事を教えてあげましょう。あれを起動するためには『鍵』が必要です。


 当時の私はシステムの『核』であり、『鍵』は彰人でした。それがどういう意味か勘の良い貴方なら気付いたはずです。『妹』を『核』として起動する場合、『鍵』が誰になるのか……


 貴方が自らの理想をどうあっても叶えたいと望むのであれば、『彼等』を全力で守りなさい。彼等を失えばその瞬間、あのシステムを起動する術は永遠に失われます」


 ザイールを見下ろす姉の瞳に宿る感情が何なのか分からない。


「陛下…… 何故それを我々に……?」


 ザイールが明らかな驚きと共に目を見開き姉を見上げた。


「先にも言いましたよ? 『私は貴方達の考えを否定はしますが、止めはしない』と。それに私には見届ける義務がありますから…… 貴方達が導き出す答えを」


 そう言った姉の瞳は既にザイールに向けられていなかった。何処か遥か遠くを見つめ、静かに瞳を閉じた姉。


 次の瞬間、その表情が唐突に苦痛に歪む。僅かによろめいた身体。それを支えようとザイールが駆け寄る。


「陛下!」

「少し…… 長話が過ぎたようですね」


 姉は言いながら、静かに左手を持ち上げた。その薬指に光の粒子と共に実体化する白銀色の指輪。姉が兄からもらったと言っていたものだ。それを、まるで何かを懐かしむかのように見つめ、目を細めた姉。


「出来ればもう二度と、私が表に出てこなくて済むように願います。『目覚めてしまった私の愛しい妹』が、自らの人生を悔いの無いものとするために……」


 それを最後に姉は崩れ落ちるようにして身をザイールへと預け、意識を失った。


 その直後、頭に直接流れ込むようにして響き渡った声はあまりに切なく、胸を抉るほどに悲し気なものだった。


――これで、いいですね? 彰人……――


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