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Chapter 46 穂乃果 ディズィール・プライベート領域

 挿絵(By みてみん)



「艦長…… いえ、陛下、お迎えに上がりました。フロンティア中央立法議会・元老院にて、皆が陛下の御帰還を待っております。荒木によってネットワーク網が破壊された現状、直ぐにお連れする手段が無いのが心苦しいのですが。どうか、ご容赦を……」


 北欧の森林地帯をモチーフにしたプライべート領域。一年を通して変わる事のない穏やかな春の陽気を湛える静かな空間は、嘗てない程の物々しい雰囲気に包まれていた。


 激しい光を伴うライトエフェクトと共に転移してきた、十数人にも及ぶ軍服姿の男達。


 それを従えるのはこの船、独立降下型・潜航巡察艦ディズィールの副長ザイール・フォートギスである。


 その眼光は見る者を震え上がらせる程に鋭い。彼女が放つ雰囲気だけで、全身の筋肉が萎縮し身体が強張るのを感じる。


 だが、静かに立ち上がった姉の放った威圧感は、副長、ザイールを遥かに超える物だった。空間を満たす大気が、姉が立ち上がった事によって、霊気を帯びたかの如く重く冷たい物へと変化する。


 ザイールを始め、恭しく片膝を突く男達を見下ろす姉の瞳は、ザイールのそれよりも更に鋭く、空間を統べるかの如きものだった。


 それに背筋を冷たい感覚が駆け上がり、身体が震えるのが分かる。姉の隣に座っていたメルが何かに怯えるかのように椅子から飛び降りると、一目散に此方へと駆けて来て後ろへと隠れた。


 自分が知る姉の雰囲気とはあまりに程遠い。それに強い不安を感じずにはいられない。


 言葉を発しない姉。異様な緊張感を伴った静寂が空間を支配する。それに痺れを切らすようにザイールが再び口を開いた。


「……我等を、いいえ、人類すべてを陛下の御力で再びまとめ上げ、導いて欲しいのです」


 静かに瞳を閉じた姉。僅かな間を置いて姉から静かに発せられた言葉は


「拒否します」


 と言うあまりに短い物だった。だが、それは何人たりとも異論を許さない程に重みを帯び、声と共に空間を得体の知れない圧力が駆け抜けたのではないかと錯覚する程だ。


 愕然と目を見開いたザイール。姉が深い溜息と共に静かに瞳を開いた。


「――それに、その呼び方は止めてください。それは私が眠りに就いた後、貴方達が勝手に作り上げた地位でしょう。私の嘗ての地位は『代表』であったはずです。さらに言えば私が属していたのは上院の『元老院』ではなく、下院である『代議員』ですよ」


 姉の言葉にザイールがゆっくりと顔を上げる。二人の視線が合わさった事によって、空間の持つ緊張感が更に増した。


「それは、承知しています。ですが、当時の議会は事実上の一党独裁制。陛下と陛下が率いる政党の支持率は凄まじく、他の政党が入り込む余地など無かったと記録されています」


 瞳を僅かに細めた姉。それだけで姉が放つ威圧感が数倍に膨れ上がる。


「今もそうですか?」

「いいえ…… 現在のフロンティアに於いては、二大派閥である『女王派』と『純血派』から発生した多数の政党が入り乱れる渾沌とした状態です」

「議会は当時と比べ正常化されているようですね。ならば、それで良いではないですか」


 姉の声は穏やかなものであったが、『この話をこれ以上続けるつもりは無い』と言う意思が、張り詰めそうな空気を伝う。それでもザイールの瞳は姉の瞳を真っすぐ見上げたままだ。


「もし、純血派の、それもとりわけ過激な思想を掲げる党が、第一党になったとしてもですか?」


 言葉と共にザイールの瞳に宿る光が強さを増したような気がした。


 ザイールの言葉に胸を締め付けられるような感覚が襲う。政治がそのような方向へと流れようとしている事を、少なからず自分も知っていた。それに強い憤りと不安を感じずにはいられない。とりわけそれによって流入者である自分や、感染者である兄、アクセス者である父の生活はどのように変化するのかと考えると、強い不安を感じるのだ。


 だが、姉の表情は微動だにしなかった。冷たさすらも感じる強い光を帯びた瞳でザイールを見下ろし続ける。


「第一党になるのなら、それが民意というものでしょう」


 まるで至極当然の事を言うかの如く、冷淡に発せられた言葉に、再びザイールが目を見開く。


「なっ!?」

「理由は大方想像がつきます。皆、この長すぎた戦争にうんざりしているのでしょう。だからこそ、純血派が掲げる『全ての人類の電子化強制回収による統一』が一定の支持を得るのではないですか? 確実に戦争が終わりますから」


 『それは仕方の無い事だ』と言わんばかりに、瞳を閉じた姉。


「陛下はそれで良いのですか!?」


 ザイールの語気が遂に感情を宿して荒立った。


「『陛下』は止めて欲しいと言ったはずですよ? ザイール」


 瞳を閉じたまま、放たれた言葉にザイールの腕が僅かに震えた。


「質問にお答えください! 陛下!」


 空間を走り抜けた強い感情の宿った声に、姉は深い溜息と首を大きく横に振る事で答えた。


「どうあっても、そう呼ぶつもりなのですね? 貴方は……


 仕方ありません、話を進めましょう。貴方の質問に答えるのなら彼等の思想は、『私、個人の理想』から大きく外れています」


「ならば!」


 半ば身を乗り出すようにして、言葉を続けようとしたザイールを姉の言葉が遮った。


「――ですが、貴方達が私にさせようとしている事も、私の理想からは大きく外れていますよ」


 姉の瞳に宿る光が、明らかな感情を宿して強さを増した。それによって姉が放つ威圧感は格段に増し、肌を焼くかの如き感覚が全身を襲う。


 その瞳を真正面から受けて尚、ザイールは止まらなかった。


「そんな事はありません! 我々は、陛下の理想を築くために、陛下の御意思には命を懸けて従います。我々は再び『強いリーダー』が欲しいだけです。陛下は未だにこのフロンティアにおいては英雄なのです」

「本当にそうでしょうか?」

「無論です!」

「ならば、言います。私は私の理想を築くために、今度こそ永久の眠りに就きます。これに従いなさい」

「なっ!?」


 唐突に止まった会話。異様な程の緊張感を伴った静寂が空間を支配する。無限とも思える重苦しい時間を経て、先に口を開いたのは姉だった。


「貴方達がアイに行おうとしていた行為は、目を覆いたくなるほどに残酷なことです」


 ゆっくりとした口調で紡がれた言葉。それとは裏腹にザイールを見下ろす姉の瞳に、強い怒りを伴った侮蔑が宿っている。


「もちろん、分かっています! ですがそれでも我々は――」

「いいえ、分っていません!」


 姉の口調がほんの僅かに荒立った。それだけで空間を伝った衝撃波の如き波動が、この場に存在する全ての者の身体を一瞬にして畏縮させる。


 静かに瞳を閉じた姉。同時に長いシルバーブルーの髪が、光を宿し重力から解放されたかの如く舞い上がる。


――アマテラスよ、私に残された寿命をこのオブジェクトにフィードバックなさい――


 唐突に響き渡った脳内に直接流れ込むかの如き方向感の無い声。


 次の瞬間、起きた現象に思わず両手で口元を覆う。目の前で起きているあまりの事象に気道が詰まり、息が出来ない。


 姉の複雑な偏光を放つシルバーブルーの長い髪が、見る間に艶を失い色あせて行く。唯でさえ細い身体は更にやせ細り、露出した部分の肌は、干乾びるかの如く大量の皺が急速に広がろうとしていた。やがて骨に張り付く様にして僅かに残った皺だらけの皮膚に、浮かび上がる血管。


 あれほどに憧れ、美しかった姉の姿は見る影もない。皺だらけの茶褐色の肌に、異様な程に落ちくぼんだ瞳。


 それは老婆と呼ぶにも、あまりに異様な姿だった。肉体の持つ寿命、もしくは限界と呼ぶべき何かを、とうに通り越しているように見える。


 その中で瞳だけが、肉体とあまりに不釣り合いな強い光を宿し、ザイールを見下ろしていた。


 愕然と項垂れるザイール。 


「貴方達がしようとした事がどれほど、罪深い物だったのか、ようやく気付いたようですね?


 Amaterasu:01より回収したログと『月詠』に残されたログを辿り、ヒト一人が歩んだ人生のフィードバックを行えば、このような事が起きるのは必至。これはあまりに残酷だと思いませんか? そこまでして、貴方達は死者に何を望むのですか……」


「これは……想定外です……」


 弱々しく震えた声が空間に響き渡る。


「想定外? いいえ、その危険性は承知していたはずです。ですが、『この結果を望んだわけでは無かった』と言ったところでしょう。恐らく貴方達が望んだのは、『私が持っていた能力』を覚醒させる程度の記憶のフィードバック。貴方達が欲しがっていたのは『私』では無く『私の能力』だったのではないですか? 『貴方達は貴方達の意のままに動く女王』を望んだ。違いますか?」


 ザイールは既に姉を見ていなかった。地に落とされた視線。


「思考を巡らして『答え』を作ろうとしても無駄と言う事は分かっていますね? 『私の能力』が何たるかを知らぬ貴方ではないでしょう?」

「仰る…… 通りです」


 ザイールの言葉を受けて、瞳を閉じた姉。途端にその姿が、時間をさかのぼる様にして見る間に見慣れた姉の姿に戻って行く。


 それでも、全身の震えが止まらない。彼等が姉に行った事への強い憤りと怒りが、どうしようもなく身体を震わせるのだ。


「答えなさい、ザイール。このような事をしてまで、貴方達は何を成そうとしていたのです?」


 再び静かに紡がれた姉の言葉。


「それは、陛下がそのお力を使えば直ぐ分かることです」


 顔を上げる事無く行われた返答。


「私は、『それ』をしたくはありません」

「何故ですか!?」


 再び感情を剥き出しにしたザイールの瞳が姉に向けられた。


「貴方は私を何だと思っているのです?」


 そう言った姉の瞳に、もはや怒りは宿っていなかった。そこに在るのは悲しいまでの強い憂い。その表情に愕然と目を見開いたザイールが再び項垂れる。


「申し訳……ありません……」

「話して、くれますね?」


 再び訪れた静寂。重々しい空気が空間を支配する。


「全ては…… 我等がフロンティアのため…… このままでは何れ我等は滅びます。全ては『ヒトの業』、我等がヒトであるが故に……」


以前Yunika様に頂いた絵に、ピノ吉様がロゴを入れてくださいました(≧▽≦)

更にYunika様がそれにサインを入れてくれました!

高級感が増しただけでは無く、二人もの方が関わった怖れ多いイラスト...(汗

本当に震える思いです。


一瞬ではありますが、メルが登場するシーンと言う事もありまして、ここに置かせて頂こうと思います。



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