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Chapter 41 響生 エクスガーデン ネットワーク隔離地区

1



 完全に闇に沈んだ視界に浮かぶインフォメーションウィンドウの光がやけに眩しく見える。


 僅かな間を置いて自動で暗視野モードで切り変わる視界。だが、今度は大量の粉塵が視野を覆ってしまった。


 しかもそれが全て緑色に光って見えるが故に、視界全体がやたらとノイジーな状態となってしまう。時折おこる強いチラつきが不快極まりない上に、結局何も見えない。


――アーシャは無事なのだろうか?


 思考コマンド入力によって、サーモグラフィーを呼びだす。それによって熱を帯びた彼女の身体が浮かび上がるだろうと予想したが、視界に浮かび上がる人型らしき物は何もなかった。


「アーシャ!」


 呼んでみるが、やはり返事が無い。


 あの瞬間。大量の瓦礫が上空から降り注ぎ埋もれる刹那、落下するひと際大きな構造体に大剣を突き刺し、それを天井と柱とすることで自身とアーシャに最低限の空間を確保したはずだった。


 光が途絶える寸前のアーシャの位置も当然確認している。なのにそこにいるはずのアーシャの姿が浮かび上がらない。それどころか空間の広さや形すらもはっきりしない。


 受信周波数帯を可視光領域の外側にまで広げてみるが、紫外領域、赤外領域ともに結果は同じだった。電波領域まで周波数帯を落とすと粉塵に多量の金属片が紛れ込んでいるのか、ノイズはより一層激しいものになる。


――電磁波が駄目なら…… これでどうだ――


 思考入力コマンドで、超音波反響による空間情報収得を試みる。途端に視界に空間の輪郭をつかさどる光線が加わった。


 それに衝動的にガッツポーズを決めそうになる自分を制し、空間を観察する。


 およそ自分が想像した通りの立ち上がることすら困難な狭い空間。やはりそこに人型の陰影は存在しない。


 だが、空間の一角に強い違和感を覚えた。そこを目指し、這うようにして移動する。そしてその一角に手を伸ばした瞬間、さらに強い違和感に襲われた。


 空中で停止した手。何もないはずの空間でそれ以上、手を奥に進めることが出来ないのだ。かと言って何かに触れているような感触はない。


 手の位置を変えて見てもやはり同じ現象が起きる。混乱する思考。


――どういう事だ?――


 さらに位置を変えて手を伸ばすが、結果は同じだった。こうなると、もう違和感の正体を確かめずにはいられない。


 その空間の前に座り込み、両手で探るようにして、手が進まない原因を探り出そうとする。


――ここに何かある?――


 触った感触すらしないのだが、『それ以上手を進められない領域』には明らかな形があるのだ。


 その形を明確にしようと更に両手で探ると、何となくわかってきた。『不可視の侵入不能領域』はある種の反発力と言うか弾力を持っている。


 そして、手の位置を変えた瞬間、ひと際強い反発力が返ってきた。それは弾き返されるが如き強いものだ。


――ん?――


 その空間に慌てて手を戻すが、今度はあっさり通過してしまう。


――……移動……した?――


 身体を更に奥に滑り込ませようと、地に伸ばした手が空中で止まる。先ほどと同現象。


 今度は逃げられないようにそれを掴むように力を込めるが、何かを掴んでいるような感覚は無い。なのにそれ以上、手を握ることが出来ない。


 五感と現象の不一致。疑念は確信へと変わった。ここには間違いなく『認識できない何か』が存在する。そして、自分の右手はその一部を間違いなく掴んでいるのだ。


 地のすれすれで浮き上がった自分の手が掴むそれは、筒状の弾力を持った何か。もう片方の手で探ると、自分の手を中心に一方は先に行くほど細くなり、もう一方は先に行くほど太くなり弾力を増す。


 本体があるとすれば太い方だろうと当たりをつける。得体の知れない領域を片手でしっかりと固定したまま、空いている方の手を、本体があるであろう方向を目指し這わしていく。


 不可視の領域がビクリと震えた気がした。それを切っ掛けに手がそれ以上先に進まなくなってしまう。


 その原因を探ろうと手に力を入れ、さらに感覚を研ぎ澄ませる。


――挟まれた?――


 手に伝わる感触こそないが、本体を目指そうとしていた手が、何処からともなく現れた同質の領域との間に、かなりの圧力で挟まれているのだ。


 だが、完全に抗いきれない程の圧力ではない。強引に手を進めると、ついに行き止まりに触れた気がした。それと同時に瞬間的に増した圧力。


 それに違和感を感じつつも、其処が行き止まりある事を確かめるべく、圧力に逆らい手をごそごそと動かした次の瞬間、嘗てないほどに不可視の領域が震えた。


 そして空間に響き渡った耳を疑うほどの金切り声。


――え? 悲鳴?――


 頭に浮かんだ疑問の答えを探す間もなく頬に感じた凄まじいまでの衝撃。身体は一瞬にして浮き上がり、狭い空間の端まで弾き飛ばされる。


 瓦礫に激しく頭を打ち付けながらも、咄嗟に中腰で起き上がり身構えた。緑色の光線で縁取られた空間には何も存在しない。だが、確実に何かがいる。


 悲鳴の原因こそ分からないがそれは間違いなく女性のものだった。だとすれば答えは一つ。


「答えてくれアーシャ、そこにいるんだろ?」


 返事は直ぐには来ないだろうとの予想に反して、間髪入れずに返ってきた声。だが、それは全く想像していなかった言葉だ。


「そこにいるんだろ? じゃないでしょう!? 分かってたくせに! この変態!! 自分が何したか分かって!?」


 激しい感情を伴った声を浴びせられ、混乱する思考。


「何…… えっと……」


 意味も分からないまま、オウム返しのように言葉を繰り返し、自分がした事を順を追って思い出す。


「なんかよく分からない圧力の間を…… 手を奥に進めて、行き止まりに……」


 其処まで言った瞬間、


「それ以上言わないで! 汚らわしい!!」


 悲鳴のような叫び声と同時に弾丸の如き勢いで何処からともなく投げつけられた瓦礫。


 更に、


「変態!! けだもの!!」


 と再び意味の分からない罵声を浴びせられ、完全に停止してしまう思考。


 その状態で本能的に瓦礫を避けようとした結果、狭すぎる空間に頭を打ち付け、遅れて飛んで来た瓦礫がヒットすると言う二重苦に襲われてしまう。


 フィードバックされた痛みの大きさに思わず呻き声を上げた。


 低すぎる不安定な天井が、地響きのような不吉な音を立てる。それに意識を奪われ、顔を上げると、再び飛んできた瓦礫が顔面にヒットし、


「ヘブッ」


 と言う情けない悲鳴を残して、仰け反るようにして倒れてしまう。


 天井から伝わる不吉な低い音が強さを増す。


「ちょっ! ストップ! 崩れる! 崩れるから!」


 堪らず上がった悲鳴のような声。


「うるさい! 変態!」


 その声と供に更に飛んで来た瓦礫。


 それもまた見事に顔面で受ける結果となり、再び情けない悲鳴を上げる。


 遂に大量の土砂が、瓦礫の隙間から雪崩れ込み始めた。その光景に背筋を冷たい感覚が駆け上がる。


 祈るような気持ちで、それを見つめることしか出来ない。流れ落ちる土砂は急激に勢いを落とし、やがて止まった。それにほっと胸を撫でおろす。


 僅かな光が、土砂が落ち切った隙間から空間へと流れ込んだ。それによって格段に鮮明度が上がる視界。


 空間へと浮かび上がる小柄な少女の姿。


 赤を基調とした民族衣装のようなローブは、瓦礫の落下に巻き込まれためか、見るも無残に引き裂け、その内側に着込む身体に張り付くようなデザインの可動式装甲ジャケットの黒い表面を晒していた。


 特に長かったはずのローブ裾は、殆ど失われていて股下数センチ程しか残されていない。


 拘束帯によって固定された両手には新たな瓦礫が握られている。が、彼女と目が合った瞬間、それは手からあっさりと離されてしまった。そして、千切れてしまったローブの裾を両手で無理に引き延ばそうとする。


「こっちを見るな! 変態!」


 それに、慌てて目を背けてしまってから、大きな溜息をついた。


――見るなって何をだよ……――


 彼女は爪先から首の付け根の辺りまで全て、漆黒の可動式装甲ジャケット、つまりは特殊繊維で作られた黒色の人工筋肉に覆われているのだ。


 まさか、あの派手な衣装は、内側に装甲ジャケットを着こんでいる事を隠すためのものでは無く、装甲ジャケットを通して浮かび上がる身体のラインを隠すための物だったとでも言うのだろうか。


――……まさか……な――


 自分の頭の中に浮かんだ、あまりにバカバカしい考えを否定しつつ、新たな思考をめぐらす。


 咄嗟に解いてしまった意識融合状態。ネメシスに止めを刺そうとする強烈な意思に逆らい、アーシャの救出を優先した。


 その結果がこれだ。二人して瓦礫に埋もれてしまった。外のネメシスはまだ動ける状態だろう。


 上の瓦礫を弾き飛ばし、ここから出るには大剣が必要だ。けど、その大剣はこの空間を支えるための柱となってしまっている。


――成す術なし……か……――


 もし、術が有るとすれば。


 僅かに視線を動かしアーシャに向ける。途端に飛んできた瓦礫。今度こそ避ける事には成功したが、顔面すれすれを通過し、地に突き刺さる。


 思わず出る深い溜息。そこに襲った更なる追撃を結局顔面で受ける事になり、悶絶した。


――前途多難だな…… これは……――


 それにしても。


――何故、こうなった……?――


 誰も答えてはくれないであろう疑問が、量子の揺らぎの中に消えて行く。同時に出た今宵何度目かの情けない悲鳴が狭い空間に反響した。


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