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Chapter 38 ヒロ エクスガーデン ネットワーク隔離地区

1



 ベルイードを映しだす一際大きなウィンドウが唐突に消えると、一旦は静寂に包まれた空間が一気に騒がしくなった。


 至る所で湧き上がる歓声と共に、一部では怒号が響き渡り残った鉄鬼兵に対し、其処かしこから瓦礫が投げつけられる。


 それでも尚、指揮者を失った鉄鬼兵は攻撃する事も撤退する事も出来ずに場に立ち尽くしていた。


 もはや収拾がつかなくなったように思えた空間。だが、それも飯島宗助の声がフロアーに響き渡ると次第に沈静化を見せた。再び誘導に従い避難が始まる。


 視線を響生へと向ける。彼はウィンドウが消えて尚、それが在った空間を睨むように見据えていた。


――響生……


 鬼神の如き荒々しい戦闘を行った響生。しかもその強さは圧倒的であり、殆ど一方的に鉄鬼兵部隊を蹴散らしてしまった。


――けど……


 湧き上がる感情に任せて、伊織を抱えたまま響生の背後に歩み寄る。だが、何者をも拒むかの如き雰囲気に阻まれ、声を掛けることが出来ない。


「何をしている? お前も早く此処を離れろ。奴はまたいつ戻って来てもおかしくはない」


 振り返る事すらせずにそう言った響生。だが、それに答えるよりも自分の中に生じた疑問を居ても立っても居られずぶつけてしまう。


「お前…… 大丈夫なのか……?」


 自分から出た声は驚くほどに掠れていた。


「何が?」


 尚も振り返らずに答えた響生。


「お前の立場とかそう言うのがだよ」

「さぁな」

「さぁって、お前……」


 ここに来てようやく、首を動かし振り返る素振りを見せた響生だったが、それは自分の方では無かった。


「飯島、伊織の状態は?」

「意識はもうサーバーに引き上げたよ。けど、より安全を確保したいなら、ディズィールとのコネクトが安定してる今の内に転送した方が良いと思う。スラムのは正規サーバーじゃないし、ベルイードが何をするか分からない」


 それを聞いた響生は、再び視線を前方に戻してしまう。それに感じた言い知れぬやるせ無さ。


「聞いたなヒロ、それでいいな?」

「あ、ああ……」

「なら、それを置いて早くお前も避難しろ」

「それって……?」

「その『抜け殻』だ。それに伊織の意識が戻ってくることは、もう二度とない」


 そう言った響生の声は一切の感情を感じさせない、冷徹極まりないものだった。


「なっ!?」


 全身を駆け上がる強烈な拒否感。思わず響生に掴みかかろうと、一歩踏み出すがそれは飯島が間に入った事により遮られてしまった。


「気持ちは分かるけど、響生の言ってる事は事実だよ。しかもその身体は生身の肉体じゃない。飽くまで器、レセクタブルだ。


 君も彼女もこの身体がもう持たないと分かってて放棄するために此処に来たんでしょう?」


「それは…… だけどよ」


 伊織の顔を見つめる。それと共に、透明なカプセルの中で永眠する伊織の姿が強烈にフィードバックされる。


「それを君が守る事に意味はないよ。それは彼女の遺体でも何でもない、一時的に彼女の意識を宿していた消耗品に過ぎない。だから君がそれを守って傷つく様な事が有ったんじゃ、僕たちが彼女に合わせる顔がないよ」


 彼等の言っている事を理解は出来るし、それは正しいと思う。だが、ここに来て感情がどうしようもない程に拒否してしまっているのだ。


「分かった…… 伊織の身体はこの施設に置いて行く。元々そのつもりだったのは事実だ。けど、それは此処じゃねぇ。

 お前等に取っちゃバカバカしいかも知れねぇけど、この身体には一時とは言え、伊織の意識が宿ってたんだ。それを、こんな場所にゴミみてぇに捨てれるわけねぇだろ」


 響生が振り返った。その瞳が、複雑な感情を宿して細められる。


「好きにしろ」


 それだけを言って再び、視線を前方に戻した響生。


 それ以上、話そうとしない響生を暫く見つめ、その場を去ろうとした刹那、唐突に空間に響き渡った衝撃音。フロアーの壁面が弾け飛ぶ。


 空間を横切る凄まじいまでの赤い閃光。それは対角側の構造物を切り裂き消えた。直後、赤々とした溶融面を持つ切断面が急激に膨れ上がり、耳を劈くような爆発音と共に破裂するかの如く構造物が四散する。


「なっ!?」


 土煙の中に浮かびあがる特徴的な八つの赤い光。それに照らし出されるようにして、複雑に蠢く無数の触手。


「ネメシス! まさか、そんな物をここで使うなんーー」


 飯島の悲鳴にも似た裏返った声は、異常な音量で響き渡った奇声としか言いようの無い声に掻き消されてしまう。


 エフェクトの掛かった独特の歪んだ声が、空間そのものを振動させるかの如き音量で響き渡る。言葉では無い。全く意味を持たない感情の爆発としか表現しようのない叫び声。発狂。それがネメシスから発せられているのだ。


 あまりの異常事態に停止しかける思考。次の瞬間、立て続けに目も眩むような赤い閃光が再び空間を切り裂いていく。それが至る所で構造物に突き刺さり、轟音と共に大爆発を起こした。ろくに標的も定めずに放たれたとしか思えない集積光の乱射。


「無茶苦茶だ!」


 飯島が頭を抱えるようにして叫び声を上げた。


 全くもって無計画に12門全ての集積光砲を打ち尽くしたネメシスが、触手をやたらに振り回し始める。それが構造物に打ち付けられる度に、大量の瓦礫が破壊的な速度でばらまかれ、避難中の人々に襲い掛かる。


 さらに触手を振り回したままの状態で行われたデタラメな加速。だが、完全な飛翔ではない。まるで地に巨体を擦りつけるようにして行われたが故に、進路上の構造物が根こそぎ倒壊し、最後は激しくバウンドしながら対角側の壁に、轟音と共に突き刺さった。


 閉鎖エリア内に、大量の瓦礫を含んだ破壊的な気流が荒れ狂う。それが避難中の人々を容赦なく襲った。悲痛な叫び声と共に迸る多量の鮮血。


 異様な光景だった。今まで自分達が相手にしてきたネメシスと行動パターンが明らかに違う。暴走状態としか表現のしようの無い強引過ぎる振る舞い。


 いや、嘗て自分が暴走状態に追い込んだネメシスですらもっとまともな動きをしていた。


「なんか、おかしいよこれ……」


 飯島もそれを感じたらしく、声を上げる。


 響生はそれに答えず、ネメシスを凝視し僅かに体勢を低くした。瞬間的に肥大化する脚部。全身を巡るエネルギーラインの光が強さを増す。


 乱雑に振り回された触手が自身を固定する周囲を弾き飛ばし、解放された巨体が凄まじい轟音をまき散らしながら地に沈む。再び響き渡る意味を持たないネメシスの奇声。


 それと同時に、爆炎のような粉塵が巻き上がり、再びネメシスが移動を開始する。だが、進行方向に対して身体の角度は奇妙な程に捻じ曲がり、奇怪な蛇行を始めた。


――機体を制御しきれていない?――


 まるで、操縦技術を全く持っていない者が、破壊衝動だけで機体を暴走させているような状態。


 だが、それ故に被害状況が尋常では無いものになっている様に見えた。このまま放置すれば、ものの数十秒で壊滅的な結果を齎すことは目に見えている。


 爆発したかの様な音を空間に響かせ、響生が遂に跳躍した。後方に引き絞られた大剣から吹き上がる光が急激に強さを増して行く。


『く、来るなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


 次の瞬間ネメシスから耳を疑うような声が上がった。エフェクトの掛かった歪んだ絶叫。だが、それでもはっきりと分かるほどの恐怖が伝わる。


 それに感じた思考の混乱。


――何が起きてる?――


 闇雲に振り回されていた触手の先端が強烈な赤い光を灯し始める。それが一斉に響生の方向に向けられた。


 空間を包み込む強烈な光。無数の光の柱が一方向に向かって伸びあがる。だが、それは一つとして響生に当たってはいない。


 見当違いの方向に向かって放たれた破壊的なエネルギーが、それでも響生を捕らえようとして、射線上の全てを溶融させながら角度を変える。


 その内の一本が空間中央に聳える巨大な塔を掠めようとした刹那、轟音の中で飯島が何かを叫んだ。


 だが、それは周囲の音に呑み込まれただけではなく、脳内に突如として響き渡った絶叫によって完全に掻き消されてしまう。


――ダメエエエエエエェェェェェ!!!――


 その声と供に視界の片隅で土煙が上がり、何かが一直線に塔に向かう集積光の射線上に向けて昇って行く。それが何であるか分かると同時に絶句してしまう。


――人!?――


 だが、到底ヒトが持つ跳躍力ではない。それは響生が行う跳躍と同様、砲弾の如き勢いで集積光の射線上に到達しようとしていた。


――あの女か!?――


 だが、いったい何故。


 少女の小さな陰に比べ、放たれた集積光の光はあまりに太く絶望的だ。


 響生の左手で、大型ハンドガンが爆発的な光を放った。


 次の瞬間、少女を飲み込み塔を掠めようとしていた集積光が、唐突に方向を変え上空に抜けた。


 まるでその事実にビクつくかの如く他の集積光も大きくブレ、上空に抜ける。


 響き渡った耳を劈くような爆発音。空間に激しいノイズが走り抜ける。次の瞬間、何も無いはずの空から、巨大な瓦礫が出現し落下し始める。


 不可視のドーム状天井が集積光によって崩壊を始めたのだ。


 ネメシスの装甲面に着地した響生が、再び激しい衝撃音と共に跳躍する。左手のハンドガンが再度、爆発的な帯電光を放ち、独特の射撃音が連続的に響き渡る。


 まるで破裂するかの如く巨大な瓦礫が真っ二つに割れた。それでもまだその大きさは絶望的なまでに大きい。


 少女の影と、其処へ向かう響生の影が粉塵に呑み込まれて行く。


 直後、大地を震わせるかの如き衝撃音と共に、巨大な瓦礫が地に落ちる。舞い上がる大量の粉塵が、空間の全てを飲み込んで行く。


「響生!!」


 その中で、無意識に上げた叫び声。だが、それすらも白一色に染まる空間が飲み込んだ。


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