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Chapter 35 ヒロ

1



 呪いを込めるかの如く響き渡った凄まじいまでの咆哮。それに交じり響生の身体から聞こえ始めた異音は、自分達が『死霊の鼓動』と呼び忌み嫌う音だった。それが明らかに出力を増して周波数域とボリュームを急激に上げて行く。


 ネメシスが放つ独特の動力音と全く同種の音が、響生の肉体から放たれている事実に、精神を掻き毟られるような感覚に襲われる。


 装甲ジャケットの表面をまるで血が脈打つように巡り始めるエネルギーラインの光。それは死霊達の兵器に共通して見られる特徴だった。


 最早、ヒトの社会に溶け込む事を目的に作られた装備ですらない。響生が、レジスタンスの施設で再会を果たした時よりも、さらに死霊に近い存在へとなっている気がした。


――響生……


 自身を唐突に襲う激しい頭痛。それが頭に高電圧の電極を突き刺されたかの如く駆け抜ける。痙攣する身体。


 この施設に来て、死霊共の気味の悪い兵器が放った電撃を食らってから、せっかく忘れかけていた頭痛が再発した。


 それが更に2度目を食らった事でより顕著になる。感情の高ぶりと共に視界に走り抜けるノイズ。激しい頭痛を伴いフィードバックされるのは決まって焼き尽くされた故郷の光景。そこに無残な姿で横たわる夥しい数の人々の姿までをも鮮明に蘇る。其処かしこで骸と成り果てた者に縋りつき、泣き叫ぶ人達の声が幻聴となり聞こえだす。


 慣れ親しんだものの全てを『あの日』に一瞬で失った。親や兄弟、そして友人、思い出や未来すらも。そして始まった地獄。


 自我をも崩壊させるほどの感情が強いうねりとなって押し寄せ、自分が今見ている光景が現実なのか記憶なのかすら曖昧になりかける。


 が、以前なら憎悪と共に湧き上がる激しい衝動がない。代わりに自身を支配したのは、あまりに強い『やるせ無さ』を伴った疑問だった。


――何故……


 憎悪をむき出しにした響生の視線の先には、死霊であるはずのベルイードの姿。その事実に死霊達の世界の複雑さを思い知らされる。


 ゴーグル型の視覚デバイスごしに垣間見た死霊達の世界は、自分が想像していたものとは全く別ものであった。


 否応なく導き出される一つの結論。彼等の世界はヒトの感情が交差し合う、複雑極まりない『ヒトの社会』そのものなのだ。


 それを知ってしまったからこそ、どうしようもなく感じるのだ。


――何故……


 と。


 これから起こる全てを見逃してはいけないと直感した。意識すらも飛びそうな程に激しい頭痛に逆らい、目を見開く。


 次の瞬間、視界に走るノイズが爆発したかの如く光を伴って弾けた。異常な程にクリアになる思考。あれほどに自身を苦しめていた頭痛が嘘の様に引いていく。


 世界の全てが止まり、音が消えた。鉄鬼兵の移動によって舞い上がった粉塵までもが形を変える事無く空中に停止しているのだ。


 その中で、響生が持つ大剣から吹き上がる光だけが静かに揺らいでいた。


 僅かに腰を落とした響生の脚部が、急激に膨れ上がって行く。大量の火花をまき散らし、クレーターの如く陥没する地面。まるで何かが爆発したかのような凄まじいまでの波動が景色を歪め空間を伝っていく。


 根本的にヒトが行う跳躍とは違う。紛れもない死霊の跳躍。


 瞬間的な音速突破が齎す衝撃波が空間を駆け抜け、解放されたエネルギーの赤外放射によって身体を焼かれるような感覚さえ覚えた。


 左手の大型ハンドガンに迸る稲妻の如き青い帯電光が爆発的に広がり、空間を真っ白に染め上げる。


 次の瞬間、鉄鬼兵を貫き、まるで銃口と床を繋ぐように現れた直線状の『何か』。『線状の空間の歪み』としか言い様の無いそれが、溜め込んだエネルギーを一気に解放するかの如く強烈な光を爆発させる。


 通常では考えられない速度で放たれた弾丸の通過痕跡が、光の槍と化し鉄鬼兵を串刺しにしていた。


 さらに次々と同現象が起こり群衆を囲む鉄鬼兵の駆動中枢を貫いていく。


 響生の視線はムカデのような一際巨大な機体に向けられたままにも関わらず、左手の大型ハンドガン自体が獲物を探すかのように動き、次の標的を射抜いて行く。その動きは否応なくネメシスの触手を連想させる。


 呪いの如き咆哮は更に感情を帯びて激しさを増し、大剣を引き絞る右腕が内部で爆発が起きたかの如く膨れ上がった。


 次の瞬間、巨大な大剣が弧を描き唸りを上げる。音速を遥かに超える速度で通過した切っ先が、可視化する程の大気密度の差を生み出し、それが衝撃波となって帯状に広がった。


 装甲ジャケットを赤熱させるほどの猛烈な突進。その運動エネルギーの全てを受け継ぎ投げ放たれた大剣が、赤褐色の光を放ちながら、ムカデ型の機体の前方に展開した鉄鬼兵の群れへと吸い込まれて行く。


 迸る衝撃波。多量の流体液と砕け散った装甲をまき散らしながら、大剣は鉄鬼兵の群れを抜け、ムカデ型の機体へと深々と突き刺さった。


 その衝撃で一際大きな巨体が余りにあっさりと浮き上がる。そしてそのまま壁面へと叩き付けられ、串刺し状態のまま宙吊りとなった。


 それを見届けた事で、極限状態で維持されていた集中力が途絶える。途端に襲われた激しい頭痛。


 圧縮された時間が弾けるように動き出す。


 其処かしこで鳴り響く耳を劈く様な爆発音。群衆を取り囲んでいた鉄鬼兵が、多量の流体液を撒き散らし、崩れ落ちる。


 大剣が通過した場所では多量の粉塵と共に大破した機体の一部が四散し、それが再び地に落ちる事で、激しい衝撃音を響かせていた。


 ムカデ型の機体は、宙刷り状態のまま身体を激しく捩らせ続けていたが、やがてそれも痙攣した様な動きを最後に完全に停止した。


 あの機体に首を挟まれ、宙吊りにされた時の記憶が鮮明に浮かび上がる。


「いいザマだ……」


 思わず漏れた言葉。


 一瞬にして瓦礫の山と化した風景。至る所に鉄鬼兵の一部が散乱し、血の様な色をした流体液が床を染める。


 その光景に背筋を冷たい物が駆け上がるのを感じ、思わず身体を震わせた。


 鬼神の如き響生の戦闘行動。それに驚きと共に表現しようのない感情が湧き上がるのを感じる。


「馬鹿な……」


 巨大なウィンドウの向こう側では、ベルイードが血走った目を見開いた状態で表情を硬直させていた。


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