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Chapter 34 響生

1



「本当はね、異端者とはいえ我がエリアの大切な納税者諸君にこんな強引な事を私もしたくなかったんだよ。だが、流石に犯罪歴のある危険人物を匿っているとなると見逃せませんな」


 ウィンドウの向こう側で大げさに困ったような表情をし、首を大きく振って見せたベルイード。だが、その口元には下劣極まりない笑みが浮かぶ。


 先代表がアクチュエーターに支えられた不自由な身体を強引に動かし、ベルイードを真っすぐと見据えた。


「彼は正式な釈放手続きに則って釈放されている。それは私が確認した。客人として扱う事に何か問題が?」

「正式な釈放手続きね…… 軍曹殿はその重犯罪者と特別な関係があるようですな? 随分と強引な手を使って彼を釈放に導いたそうじゃないですか。

 まぁ、この際、それは良しとしましょう。問題は彼が居たゲリラはその規模もさることながら、落としたサーバーも目を覆いたくなるような数であることですよ。その様な組織に居た者がエリア内にいては安心できないと言う訴えが多くてね、私としても動かない訳には行かないでしょう。


 軍曹殿はそのような者を拘束もせず放置し、この小汚いスラムで長を気取る貴方までもそれを良しとしている。まして『客人』などと。これではゲリラとスラムの人間が共謀して良からぬ事を企てていると疑われても仕方ないですな」


 まるでこじ付けの様な強引な言い様に感じた憤り。さらに伊織に残された時間は僅かであり、荒木がこのエリアに潜伏していると言う事実がより自分を焦らせる。


「馬鹿な…… あのゲリラ組織は壊滅した。こんな事をやっている場合ではない! あいつが、その組織を統率していた荒木がこの施設サーバーに潜伏している可能性が高い。

 貴方もディズィールからその伝令は受けているでしょう!? 急いで奴を見つけないと!」


 自身から出た声は予想以上に荒立ったものとなった。ベルイードがそれが耳障りだと言いた気に、片耳に小指を突っ込み穿り出だす。


「確かに協力要請は来てますがね。だが、飽くまで要請であって命令ではない。まぁ、命令など出せる訳がないのですがね。軍には政治に口を挟む権限なんて無い。と言うより有ってはならない。基本的な原則ですよ。それがいかに辺境の一エリアだとしてもね」


 ベルイードはそこで言葉を区切ると小指の先に付いた汚物を息で吹き払い、勝ち誇ったような笑みを強調した。そして侮蔑の宿った瞳を此方を見下ろすかの様に向け直す。


「――何より私はあの船の指揮官が嫌いでね。ザイール・フォートギスと言えば女王派の人間としてあまりに有名だ。

 300年も昔の人間の思想を追うなど馬鹿げているとは思わないかね? 我々は肉体を失ったんじゃない。新たな段階に到達したんだよ。現に嘗ての文明など我等の前に脆くも崩壊し、風前の灯では無いか。『肉体持ち』など我等の『情け』によって存在が許されてるに過ぎない。それを今更に現実世界への帰還などと鳥肌が立つ」


 全く持って論点から外れた言動に募る苛立ち。


「お前の思想や派閥なんてどうでもいい! 荒木を放置すれば――」


 思わず出た怒鳴り声を掻き消すかの如くベルイードが更に言葉を重ねる。


「検索を掛けてみましたがね。そのような者は我がサーバーには居ませんよ。大体にして入れるはずがない。フロンティアのセキュリティーに守られた正規サーバーが、ゲリラ如きの侵入を許すわけがないでしょう?」

「お前は何も分かってない! あいつは! 荒木は!」


 必死の訴えに僅かな興味すらも無い事を強調するかのように、椅子に横柄な態度で座り直し、視線を此方から逸らしたベルイード。その態度に怒りは限界を超え、ついに身体を震わせ始める。


 感情に任せて怒鳴り散らそうとした瞬間、肩にそっと置かれた先代表の手。それによって沸騰しかけた思考から熱が抜ける。


「私は彼が元老院直轄の任務で動いていると聞いている。それを邪魔しては君の立場としても不味いだろう」


 その言葉にベルイードは大げさに困ったような表情を浮かべた。


「心外ですな。私は何も邪魔をしている訳ではないですがね。現にサーバーの簡易検索も実行した。十分すぎる程に協力したつもりですよ。

 それでも非協力的だと言うのなら、サーバーの全エリアの詳細検索を行いましょうか? しかし困りましたな。プライベート領域や企業や政治部の機密領域もこれに含まれてしまう。議会の承認を得る事はもちろん、住民投票にて是非を問う必要もあるでしょう。まぁ、皆嫌がるでしょうな。後ろめたい物を隠している者は特にね。故に時間が掛かるのですよ。

 これらの手続きを経て正式な回答が出せるまでに…… そうですな、半年ほどお待ちいただきたい」


「なっ!?」


 顔にこれ以上ない程の満面の笑みを湛え、紡ぎ出された言葉に絶句する。


「分かって頂けましたかな? 軍曹殿。ですので私としては軍曹殿の任務への協力よりも、既に議会で決定された事項を先に片付けなければならないのですよ。つまりはこのエリアの正常化だ」


 卑屈な笑みが勝ち誇ったように強調された。


「ああ、そうだ、念には念を入れておかなければ。我がエリアの民衆の生命が掛かっているのだからね。


 そこの『重犯罪者の連れ』…… 彼女もゲリラに身を置いていた過去がありますな。その様な者にバトルユニットベースの生体義体を与えるなど女王派の考えることは全く持って分からない。


 これは十分に脅威ですよ。まず最初に彼女を何とかしなければなりませんな。捉えなさい」


 ベルイードの言葉に鉄鬼兵の脚部の先端から飛び出た触手が、伊織に伸びる。響き渡る細い悲鳴。


 首に巻き付いた触手によって宙に吊るし上げられた伊織が、その苦痛に身を捩る。


――響生マズいよ。彼女の行動可能時間はただでさえ少ないのに、あんな負荷が掛かる事をされたら……――


 脳内に響き渡る飯島の声から、伊織が置かれた状況の深刻さが伝ってくる。


「止めろ!!」


 叫び声と共に痙攣の残る身体を震わせながら立ち上がったヒロ。


「お前の目的は俺だろ!? 俺ならここに居る!」


 決死の形相でそう言ったヒロを見つめ、ベルイードが可笑しくて堪らないと言うように、状況に場違いな声を上げて笑った。


「いや失礼、君の行動が余りに予想外かつ滑稽だったのでね。これはこれは…… だがね、君を捉えてお終いと言うわけにはいかない所まで事態は発展してしまっている。先からそれを説明していたのですがね」


 憐れみと侮蔑を宿した瞳がヒロを見つめる。その口元には依然として下劣極まりない笑みが浮かんでいた。


「たのむ…… 伊織には時間がねぇんだ……」


 自身を犠牲にしたヒロの訴えに、フンと鼻を鳴らし


「私の知った事では無いですな」


 と言い切ったベルイード。


「クソっ!」


 ヒロの手が腰に掛けられたハンドガンへと伸びる。


――まずい!


 そう思った時には既に遅く銃口は伊織を捕らえる鉄鬼兵へと向けられ、放たれた銃弾が装甲に弾かれ、火花を散らしていた。


 次の瞬間、別の鉄鬼兵が放った触手がヒロに絡みつき羽交い絞めにしてまう。


 ベルイードの表情が目に見えて変わった。口元に浮かんだ下劣な笑みはより醜悪な物になり、その瞳には展開の全てが自分の思い通りになった事への歓喜が浮かぶ。


「発砲したね…… これで二度目だ。しかも今回は自衛のためでもない。これは、もう言い逃れが出来ない敵対行為ですな。彼には未だにこのフロンティアに敵対する意思がある。

 そしてこのような者を、匿ったこのエリア自体を脅威と判断した私は正しい。先代表、貴方はその首謀者だ」


「無茶苦茶だ!!」


 飯島が悲鳴のような裏返った声を上げた。


「無駄だよ。彼の目的は最初からこのエリアの排除だ。彼が就任してい以来ずっとね」


 深い溜息と共に、首を大きく横に振った先代表をベルイードは哀れむとも蔑むともつかない表情で見下ろし、口を開く。


「惨めなものですな、先代表殿。私にはあなたの取った行動全てが愚かに思える。そんな動かない身体の何処が良いのです?

 感染者が自身の肉体を選ぶ事を何故認めているのか私には疑問です。私から言わせれば、それはフロンティアに対する裏切り行為だ。我等を侮辱している。ましてフロンティアの政職者である貴方がそれをする等、許される行為ではなかったんですよ」


「お前には分かるまい」


 先代表が下唇を噛みしめベルイードを睨む。


「分かりたいと思いませんがね。


 どちらにせよ、議会はこのエリアの解体再構築と、エリアの住人、いや危険分子達の電子化強制回収によるリスク回避を決めた。ああ、君のような回収不能の元感染者は我がエリアからの追放が決まったよ。これで貴方は好きなだけ外の世界で『肉体持ち』と戯れる事が出来ますな。私は慈悲深いでしょう? 自分でも吐き気がするほどに寛大な処置だ。ともあれ、これでようやく我がエリアは正常化される。


 許せないのですよ。『肉体持ち』などと言う、身体を持っているだけで何の役にも立たないくせに優越感に浸っているような『下等な存在』が。側にいるだけで、全身が痒くなるほどにね」


「純血派らしい考え方だな」


 『純血派』と言う言葉に強烈な頭痛と共に視界を走り抜けるノイズ。フラッシュバックした『傷だらけの美玲の姿』に湧き上がる感情。制御する術のないどす黒い『何か』が渦を巻き自分の中に荒れ狂おうとするのが分かる。


――こいつ…… 何処かで……


 こいつには見覚えがある。遥か昔に自分はこいつと顔を合わせている。それが何時、何処でなのかが分からない。だが、確かに見覚えがあるのだ。


 それを思い出そうとすればするほどに、ベルイードに向けた得体の知れない憎悪が膨れ上がって行く。視界を覆うノイズは一層激しさを増し、頭痛は意識を保っている事すら困難な程に強さを増した。


 片手を上げるベルイード。それに呼応するように鉄騎兵が武器を一斉に構える。




2 ヒロ




 腕の一つも動かせない身体。足掻けば足掻く程に、無機質な触手が身体に食い込んでくる。


 内臓が締め付けられ骨が軋む。身体を巡る血流が絶たれ、意識が混濁し始めるのが分かる。それでも苦痛に歪む伊織の表情だけがはっきりと分かった。


 全身を機械化した者達の前にあまりに無力な自分を呪う事しか出来ない。そして全ての切っ掛けを招いたのが紛れもない自身である事に強い拒否感が襲う。


 誰もが死霊共から自分達の世界を取り戻す為に戦ってきたのだ。それでも伊織が彼等の一部となってしまった今、彼女が生きる世界は彼等の世界しかない。


 この半年間、葛藤を続けて来た。それこそ気が狂いそうなほどに悩み苦しんだのだ。そしてようやく出た決断。それに従い伊織を此処へと連れて来た。


 なのにここへ来た瞬間、自分達は犯罪者へと成り下がった。多くの仲間を失い、それでも戦い続けた日々の全てが、此処では否定され犯罪行為でしかない。


 あまりに当然の結果だった。自分は何を期待していたのか。何が自分の判断を狂わせたのか。


 答えを求めて泳がせた視界に、響生が映り込む。血流低下によって色を失い歪んだ視界の中で、俯き加減の響生が僅かに顔を上げ此方を見つめる。


 次の瞬間、彼が消えた。


 混濁した意識のせいでは決してない。火花を散らしたかのような残光を残し消えたのだ。続いて感じた激しい衝撃。宙吊りにされていた身体が唐突に解放され、落下し始める。


 それが地に叩き付けられる刹那、新たな圧力を感じた。急激に回復した血流によって全身が異常に熱い。ようやく自身が響生の片腕に支えられるようにして立っている事実に気付く。


 視界上では寸断された触手から放出された血の様に赤い液体が宙を舞っていた。


 本能的に探した伊織の姿。彼女もまた響生のもう一方の腕に抱えられるようにして立たされている。


「響生…… お前……」


 無意識に出た声に重ねるようにして、響生の肩に張り付く小さなサソリが、悲鳴のような声を張り上げる。


「ちょっ! 何やってるのさ!?」


 響生はそれには答えず此方へと瞳を向けた。


「伊織を支えてやってくれ。意識を失っている」

「あ、ああ……」


 未だに完全に自由が利くとは言い難い身体を何とか動かし伊織を支える。


「これは、偉い事になりましたぞ? 軍曹殿! これは立派な敵対行為だ! よもや軍曹殿もフロンティアに敵対意思を持っていようとは、これだから肉体持ちは信用できない!」


 言葉とは裏腹に目の前の展開が面白くて堪らないと言うかの如く、手を叩いて笑い声をあげたベルイード。


 ウィンドウに向けられた響生の瞳に宿る赤い光が禍々しさを増した。


「一つお前に質問する。それらの機体群は『行動不能時における意識の自動転送機構』は装備されているな?」


 唐突な質問に、意表を突かれたかの如く表情を強張らせたベルイード。だがそれは直ぐに侮蔑を宿したものに戻る。


「は? 当たり前でしょう」

「それは良かった」


 言葉と同時に手にした大剣から吹き上がる高エネルギー粒子の反応光。更に腰から大型のハンドガンまでをも引き抜いた。


「ヒロは伊織を連れて下がっててくれ。飯島、量子場干渉を行っている機体は付き止められるか?」

「それは簡単だけど。でも、何をする気!?」

 響生の肩の上で小さなサソリが耳障りな合成音を上げる。


「量子場干渉をまず止める。その後は蹴散らすのみだ」

「えええ!? そんな事したら! 相手はゲリラじゃないんだよ!?」


 その質の悪いスピーカーから発せられた如き裏返った声に響生が目に見えて苛立たし気な表情をする。何時もの響生ではない。


「だから何だ? それに時間が無いんだろ? 伊織を早く」

「うんな無茶苦茶な!」


 抗議を続けるサソリを響生が摘み上げた。


「俺はあいつが憎い。それこそ殺してやりたい程にな…… これでも大分我慢している」


 あまりに低く掠れた声でそう言い大剣を握る手をワナワナと震わせた響生。赤い光を湛えた人工の瞳孔がベルイードを映して限界まで開いていた。その瞳に宿るあまりに強い憎悪に寒気すらも感じる。


 その感情を宿す瞳をこの地上で何度も見てきた。大切な者を奪われたが故に激しい憎悪に取りつかれた者の瞳だ。


 彼等の多くは守るべきものを持たず、行動の一切を強すぎる憎悪を晴らす為にだけに捧げ、生きる理由すらもその感情に由来する。


 復讐者。ベルイードを睨む響生の瞳はまさに彼等だけが持つ『それ』だった。そこには、『対象』に再び巡り合えた事への歪な歓喜すらも宿る。


「何言っちゃってるの!?」


 抗議を続けようとしたサソリを握り潰すかの如く掴み変えた響生。


「量子場干渉を行ってる機体はどれだ!!」


 ベルイードに向けられた激しい憎悪をそのまま叩き付けるかの如き罵声を浴びせられ、サソリが目に見えて身体を丸めた。


「あのデカいムカデみたいなやつ……」

「あれか……」


 低い声でそう呟いた響生が、まるで興味を失くした物体を放るかのように、小さなサソリを此方へと投げる。


 宙で一回転して器用に伊織の身体へと着地したサソリ。


「先代表に住人の避難指揮をとらせろ。直ぐにだ。それと量子場干渉が止まったら伊織の転送作業を忘れるなよ?」

「人使いが荒いったらないね! 全く! どうなっても知らないからね……」


 小さなサソリが声を張り上げる。だが、それは響生に睨まれた事によって言葉の最後で消え入りそうなものになってしまう。


 視線を再びベルイードへと向けた響生。その表情が目に見えて激しい憎悪を宿して歪んで行く。


 まるでそれに呼応するかの如く、大剣から吹き上がる高エネルギー粒子の反応光が増し、手にした大型ハンドガンから激しい帯電光をまき散らし始める。


 僅かに腰を落とした響生。


 犬歯をむき出しに噛みしめられた奥歯が、憎悪の全てを解放するかの如く開かれる。


 次の瞬間、獣の如き凄まじいまでの咆哮が地下空間に響き渡った。


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