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Chapter 30 サラ ディズィール・理論エリア・特別閉鎖領域 臨時構築空間

1



 意識の片隅へと届いたアラート音。それに静かに目を開く。


――いつの間に眠ってしまったのだろう――?


 酷い頭痛。ただでさえ睡眠不足なのに、度重なる思考レート加速による疲労がさらに追い打ちをかける。


 先天的に患った致命的な脳の欠陥を補正するために、胎児の段階で導入されたニューロデバイス。


 それは自分に『生身の肉体で思考レート加速を行う』と言う通常のアクセス者には有り得ない『適合者』としての能力を与えた。


 けど、この能力は決して万能ではない。強制的な脳活性に伴う色彩感覚のロスト。思考加速中は世界の全ては白黒に変わる。限界を超えて活動しようとする脳に食い尽くされるかの如く、急激に低下する血糖値。それに対処しようとする生命としての機構が、結果的に肉体そのものを衰弱させる。


 消耗が激しいのだ。目眩と強い吐き気、時には意識すらも失う事が有るほどに。


 強い頭痛に頭を押さえながらも、アラートの鳴った原因をウィンドウから得ようとする。


 だが、自分には理解不能な言葉が羅列されたそれからは、何も得る事が出来ない。仕方なく事態の好転を願い視線をアイへと移す。


 顔を始めとした肌の露出を駆け上がる光のラインが心なしか薄くなった気がする。それに希望が繋がった気がして、思わず彼女の顔を覗き込むようにして額へと手を伸ばす。


 瞑られた瞼が僅かに動いた気がした。


「アイ」


 呼びかけると、今度は目に見えて反応があった。それをきっかけに肌の露出部を覆う光の波紋が、急速に消えて行く。


 軽く閉じられていた瞼が更に一度強く瞑られると、ゆっくりと開かれようとしていた。


「アイ!」


 青い瞳が虚ろな光を宿して此方を見つめる。それが唐突に強い不安の様な感情を宿して見開かれた。そして上体を跳ね上げるようにして起き上がったアイ。


「アキト…… アキトは何処!?」


 思いもよらない第一声に意味が分からず思考の混乱を感じる。


「誰よそれ?」


 思わず出てしまった言葉に、アイは只でさえ大きく開いた瞳を更に大きく見開いた。そしてそのまま愕然と硬直してしまう。


「……誰…… だろう……?」


 暫くの後、アイから漏れた力なく掠れた声。


 それに大げさに溜息を付いて見せ、口を開く。


「夢でも見てたの? こっちは心配してずっと側に付いてたのよ? なのに貴方は夢の中で『その誰か』と浮気でもしてたのかな?」


 悪ふざけを含めた軽い冗談を言ったつもりだったが、アイは再び表情を強張らせ、視線すらも此方から逸らしてしまった。


 おかげで自分がどうしようもなく意地悪な事をしてしまった様な気分になり、それを誤魔化そうと出た咳払い。


 そして、アイの機嫌を何時もの状態に戻すべく話題を変える。簡素なデスクの隅で一際洗練された輝きを放つ小さな指輪に視線を向けた。


「――それ、閉鎖領域に落ちてたって。随分と可愛いらしいオペレーターが届けてくれたわよ。上手い事やったみたいね? 良かったじゃない」


 が、自分の視線を辿り、指輪を見つけたアイの反応は全く予想外のものだった。デスクの上に置かれた指輪を手に取り、怪訝そうに見つめるアイ。


「これは…… 私の…… なの?」


 そう、呟いた彼女の表情は殊更困惑して見える。


「そうだって言ってたわよ? 違うの?」

「……分からない……」


 暫く指輪を見つめていたアイは大きく横に振り、それをデスクの上にそっと戻そうとした。その瞬間、彼女の瞳から零れ落ちた大粒の涙。


「……涙…… 私、泣いてるの? 何故……」


 その普通じゃない様子に感じた強い胸騒ぎ。


「ねぇ、どうしたの!?」

「分からない…… 分からないけど…… 何か凄く……」


 こちらに向けた青い瞳から止めどなく涙が伝っては滴り落ち行く。


「本当にどうしたの!? 普通じゃないわよ? 今の貴方」

「大丈夫…… 多分少し…… 混乱してるだけ……」


 涙を拭おうともせず、強引に笑って見せようとするアイ。それに更に強い不安を覚える。


「混乱って何が?」


 アイから出た言葉の中で少しでもヒントになりそうなものを拾い上げ、問い返す。


「記憶が…… でも、自分で整理付けるから…… 大丈夫……」


 返って来た到底『大丈夫』と言う結論に結びつかなそう言葉。それに愕然と目を見開く。


「記憶って!? どう言う事!?」

「……最近、こういう事が良くあるの…… でも今日のはいつもより酷い……」

「よくあるって…… それどういう事!? ねぇ、念のため確認しとくけど、もちろん私の事は分かるわよね!?」


 強い不安から出た問い。それにアイの視線が此方から逸らされてしまった事が更に不安を掻き立てる。


「分かる…… 多分。その内…… 思い出す…… から」


 返って来た言葉に文字通り絶句した。


「ちょっ!?」


 それ以上の言葉が出てこない。アイは頭を抱えこむようにして蹲ってしまった。会話の止まった空間を静寂が包み込む。


 やがて蹲ったままのアイから、細く震えた声が聞こえた。


「お願い…… 少しだけ一人にして……」


 それに感じた強い憤り。一人に何て出来るはずが無い。


「でも……」


 が、出かけた抗議に被せるようにして「お願い……」とアイの言葉が重ねられてしまう。もはや言える事など何もなかった。


「分かった……」


 どうしようもない虚無感に苛まれながら、臨時構築空間と別領域を繋ぐ扉へと足を向ける。


 音も無く開いた自動ドアの前で立ち止まり、再び蹲ったままのアイへと視線を向ける。


「――その指輪だけは大事に持ってて、何があっても。そうじゃ無いときっとすごく後悔する。それに…… このままじゃ、あまりに私が惨めじゃない……」


 それだけを言い、一歩前へと踏み出す。背後で閉ざされてしまった扉。そこからそれ以上動くことが出来なかった。


 アイの友人として出来る事が自分にはこれ以上何もない。


 ただ、それでも最低限自分にはしなければならない事が有る。それは『人』としてだ。そしてそれはアイの望みを裏切る事になる。


 一度瞳を閉じると意識して開き、特別閉鎖領域へのコールを行うためのウィンドウを立ち上げた。


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