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Chapter 29 ヒロ エクスガーデン ネットワーク隔離地区 飯島ラボ

1



「限界かなぁ。自立駆動骨格の方もエネルギー切れが近い。正直この残量はヤバいよ。恐怖を感じると言うか」


 複雑な図形や専門用語が羅列されたウィンドウから溜息と共に視線を外した飯島。


「んなぁこたぁ分かってんだよ。だからこうやって来たくもねぇ中立地区にはるばる来たんだ。もっとマシな答えはねぇのか?」


 思わず発した苛立たし気な声に、飯島が蔑むかの様な感情の籠った瞳を此方に向け、再び視線をウィンドウに戻す。


「って言われてもね…… 自立駆動骨格自体は反応ユニットの交換で大丈夫だけど、肩の修理は此処の設備じゃ無理。ディズィールに行けば何とでもなるけど。生体部は損傷以前にそもそも寿命だね。自立駆動骨格だけで動き回れるけど、流石に君もいやでしょう? たまにそう言う趣味の人もいるけどさ」


 まるでウィンドウを『見ろ』と言わんばかりに、此方に向けた飯島。そこに人の骨格を精巧なまでに模写した金属の塊が映し出される。だが、それは明らかに『人のそれ』ではない。


 肋骨の内部には得体の知れない回転体を宿し、関節部は『人』とは明らかに異なる駆動構造が晒されている。さらに頭部では赤い光を宿した剥き出しの眼球が此方を見据えていた。


 金属光沢を放つ骨格に刻まれたエネルギーラインを血管が脈打つように光が流れて行く。その様は人とは全く異なる悍ましい存在を連想させた。なまじ人の内骨格を精巧に模写している為に、死神めいていて強い拒否感が湧き上がる。


 伊織が目を見開き、小さな悲鳴を上げた。


「おいっ!」


 思わず声を荒らげ飯島に掴みかかろうとするが、その手が実体の無い彼を突き抜けてしまう。


「少しは学習してよねっ! こっちは五感に君の行動が干渉してすっごい嫌な感触がするんだよ、それをされると。


 まぁでも、これは、そうだよねぇ、やっぱり…… 昔、知り合いの技術者が『最高にクールだ』って言ってたけど。俺っちもこれは…… 趣味と違うなぁ。


 だとすると、新しい義体に乗り換えるのが一番手っ取り早いと思う」


 


「そんなことが出来るのか?」


 飯島の言葉に見えた希望。それが強く反映された声が思わず漏れる。それに対して飯島は僅かに瞳を此方に向けただけだった。 


「出来るよ。ただ生態部品を使った物はもう作れないだろうし、汎用ヒューマノイド型になるんだろうけど、カスタマイズしたい感じでしょ? 顔とか体形とか本人に似せてフルオーダーしたら、とんでもない値段するよ? お金持ってるの?」

「……」


 彼の発したあまりに当たり前の事に返す言葉を失う。何故、その発想が無かったのか。暫くの後、自分から漏れた声は酷く掠れた物だった。


「うんなもん有るわきゃねぇだろ。こっちの世界じゃ通貨なんて概念は消失しちまってんだ。何か欲しけりゃは他人から奪うか、自分が持ってるものと交換するかの二択しかねぇ」


 言葉と共に声に乗ってしまった感情のせいか、飯島が視線を此方から逸らす。


「だよねぇ。じゃあ、俺っちが昔、趣味で作った奴が幾つかあるから、取りあえずはそれを使うってのはどう?」

「そんなのが、あるのか?」


 思わず食い気味に出た言葉に、飯島が『これでもか』と言うほどの自慢気な表情をする。


「俺っちを誰だと思ってるのさ」


 言いながら空中に浮かぶウィンドウに手を滑らせた飯島。途端に大量の埃を撒き散らしながら、壁面の一部が引き出しの如くスライドし、迫り出す。その内部に横たわる人型の影。


 まるで死体安置所を連想させる光景に思わず顔を顰めるが、その中に安置されていた物が『人』とはかけ離れたものであったために更に目を見開く。


 迫り出した複数の引き出しの一つを、真っすぐと指さした飯島。


「俺っちのお勧めはこれ! 一番の自信作!」


 その声と同時に大量のケーブルに繋がれた『それ』が、引き出し内部のアームに支えられ起き上がる。


 やはり『それ』はあまりに異常だった。白と黒だけで構成されたドレスの様な奇怪な衣装。しかもその素材は硬質の何かで構成され、さながら可動式装甲ジャケットの様相を呈していた。


衣装のデザインと質感のあまりのミスマッチぶりに思わず息を飲む。


 グリーンシルバーのツインテールが、複雑に光を反射しながら腰へと流れ落ちた。顔は蝶を模ったような黒色の仮面を付けている為に見えない。


――違う――


 この仮面こそが彼女の顔なのだ。それどころか、衣装と思われた『それ』すらも彼女の一部である事に気付く。全身が硬質の素材で覆われた人型の『何か』。強烈な拒否感が湧き上がる。


「な、何なんだこいつは!?」


 思わず声を荒らげるが、飯島は口元に浮かんだ自信あり気な笑みを更に強調した。


「メイド型バトルロイド・マリアちゃん!」


 高らかに宣言するが如く発せられた言葉に困惑する思考。


「メ……」


 オウム返しの如く無意識に言葉を繰り返そうとするも、それ以上出てこない。


「そのFカップのバストから放たれるミサイルは、男なら心理的に避けられない! 魅惑の赤い瞳には集積光砲も搭載してるよ!」


 異常なテンションで放たれた飯島の言葉に返す言葉を失い硬直する。そして訪れる静寂。


 暫くの後、沸々と怒りがこみ上げ、飯島に掴みかかろうと試みるが、その手はやはり空を切ってしまう。それが更に怒りを助長させた。


「ふざけてんのか、おめぇは!」


 ここに来て最大級の罵声が自分から上がった。飯島が『訳が分からない』と言う表情をする。


「ええっ!? 大真面目だよ! 女性型戦闘ロボって言えば、目から怪光線と胸からミサイルはロマンでしょう!? 君もそう思うよね!? ね!? ね!?」


 飯島が助けを求めるかの様な視線を伊織に向けた。伊織の表情が明らかに強張る。


「これは、ちょっと…… その…… 嫌やわ」


 掠れた声でそう言った伊織に飯島の目がますます見開かれた。


「えええぇ!? これ傑作なのに…… じゃあ、これは!? 戦闘幼女キリカちゃん!! 手にしたピコピコハンマーをただの玩具と侮るなかれ、これには1000ギガワットの――」

「それも、ちょっと…… 無理やわ」


 飯島の声を遮る様にして発せられた伊織の言葉。飯島が愕然と項垂れる。作業台の横に置かれた得体の知れない機器に手を突き、憔悴しきった様な表情の飯島。その姿は心底落ち込んでいるように見える。


「当たり前だろ! だいたい何で、耳が猫なんだ!?」

「だってこの方が可愛いくない?」


 まるで縋る様に、潤んだ瞳を上目使いでこちらに向けた飯島。それに背筋を悪寒が駆けあがり、身体を震わせた。


「そう言う問題じゃねぇ! もっと自然なやつはねぇのか!?」

「そう言うのはちょっと……」


 まるで、叱られた子供の様に飯島が此方から視線を逸らす。


「たくっ、何なんだよ! 期待させやがって、ガラクタばかりじゃねぇか!」

「が、ガラクタ!? 酷い! あんまりだ!」


 さらに泣き出しそうになる飯島。


「――そりゃ、自然な奴が作れるなら俺っちだってそうしたいよ。プリティーな美少女のユニットが作れるならとっくにそうしてる! けど、無理なの!」


 言葉の途中から表情を一転させ逆切れモードになった飯島が、手をグルグル振り回しながら、さらに口を開く。


「難しいんだよ! 凄く難しいの! 今まで誰も成功した事無いの!」


 まるで子供が駄々をこねるかの如き態度の滑稽さに、こみ上げていた怒りは一気に冷めてしまう。代わりに脳裏に浮かんだ疑問。


「何故だ? お前らは俺達より遥かに進んだ技術を手にしてるんだろ?」

「確かにそうだけど…… ねぇ、橘を君はどう思う? あれが大手メーカーの現行最新型だよ」


 その言葉によって蘇る橘の張り付いた様な笑顔。それは仮面のようであり、不自然極まりない。感じた生理的拒否感までもが蘇り、思わず表情が歪む。


「その表情を見ると、かなり違和感を覚えたんだろ? 橘は変わり者だよ。純粋なフロンティア生まれでヒューマノイドタイプの義体を使用してるんだから……」


 力の無い虚ろな瞳を、自身の作った作品へと向けた飯島。


「――ヒトがヒトを見るとき、僅かな違和感でも見逃さないんだ。表情に纏わる変化は特にね。血色の変化や瞳孔の開き方までも無意識に観察しているんだよ。それほどにヒトはヒトの感情の変化を気にする生き物だ。本能的にね。だから難しいんだ。凄くね。

 何より、どんなにそれらしい物を作ろうと、それは決して生身の身体じゃない、偽物なんだ。だから、それで現実世界に出ても、制限だらけで、とてもじゃないけどヒトらしい生活ができない。それこそロボットになったかのような生活が待ってる。君は身をもってそれを体験したろ?」


 飯島の瞳が伊織に向けられる。唇を噛みしめ視線を逸らした伊織。


「それが分かっているから、純粋なフロンティア生まれの者は、決してヒューマノイドタイプの身体を使用しようとしない。肉体を持たない自分が惨めになるし。

 俺っち達が潜在的に持ってる恐怖というか疑問を直視することになるからね。そこまでして、外の世界に出る理由を持つ者は君の様な、現実世界に繋がりを持つ流入者に限られてくる。後は俺っちや橘の様な変わり者。けど、それは今のフロンティアではあまりに少数だよ。

 だから、この分野の研究は遅れてるんだ。ううん、むしろ後退してると言って良いかもしれないね」


 言葉を区切り、瞳を閉じた飯島。再び開かれた紫色の瞳が強い憂いを宿して此方へと向けられる。


「君は俺っち達が、『人の姿で君達の前に現れた事があったか?』と訊いたよね? それが出来ない理由の一つがこれだよ……」


 飯島の言葉が終わると共に訪れた重苦しい静寂。


 それを破ったのは伊織だった。


「ねぇ、あれは?」


 上体を起こした伊織の視線が、一点に注がれている。それは迫り出した引き出しの中で唯一、直立アームが起動していない箱だった。


 液体で満たされたカプセルの中で、腕を胸の上で組んだ姿勢で安置された少女。長い銀色の髪が液体の中で静かに揺らいでいた。全身が外骨格で覆われた他のタイプとは明らかに違う。 


「ああ、あれは僕の作品じゃないよ。それに壊れてて動かない。オークションで売られてた骨董品を買ったんだ。旧時代の最全盛期にビックサイエンスが作った汎用ヒューマノイドで、あの『葛城愛』がこれと同タイプを義体として使用してたって説があるんだ。本当かどうかは疑わしいけど」

「直せるの?」

「直せるよ。使われてる技術としては、もちろん今のフロンティアから見れば大したものでは無いし。

 けど、この義体からは、作者の『思い』みたいな物が伝わってくるんだ。使われてる素材や、表情筋に対応する顔部の可動ワイヤーの本数や配置とか……

 直してみようと思ったけど、俺っちなんかが弄ったら『それ』を汚してしまうって言うか、触らない方が良い気がしてそのままにしてあるんだ」


 まるで憧れの対象を見るかのような視線を、カプセルの中で眠る少女に向けた飯島。


「そう…… なんや……」


 伊織の戸惑うような声が空間を伝う。伊織の意図を知って尚、彼女の言葉に被せて、自分が発言する事が躊躇われてしまう。それほどまでに飯島がカプセルを見つめる表情は、それが彼にとってどれ程大切な物かを物語っていた。


 飯島の瞳がゆっくりと伊織に向けられる。


「――でも、君が『これ』が良いってなら、直すよ。『これ』は間違いなく誰かが使うために作られた。そして作者もそれを強く望んでいたに違いないんだ」

「私は――」


 伊織が言葉を発しかけた瞬間だった。空間を激しい振動が襲う。天井から大量の埃が落ち、機器類が倒れ始める。


 空間に次々に開いていく警告を表示したウィンドウ。視界の大半が赤く点滅するそれらに埋め尽くされてしまう。


「鉄鬼兵部隊!? あいつ…… でも、何故このタイミングなんだ!?」


 愕然と上がった飯島の声。だがそれが意味する事が何なのか分からない。


 地響きが伴う振動が強さを増す。その中でことさら不安気な伊織の瞳が此方を見つめていた。


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