宣戦布告
念のため、残酷描写ありにしました。
童謡な語りです。
ご注意を。
今から少し昔の話をしましょう。
遥か昔に、人間によって封印されていた化物の怨み話を。
人間の女の形をした化物は、何処までも続く暗闇の中で眠らされていました。
遥か昔、封印に施された術により、力という力がずっと消滅していたせいで、化物は長年目覚めることができませんでした。
故に、己の意識すらも維持できず、何年経っても人間からは認識されなかったのです。
しかし、ある時化物は目覚めてしまいました。
長い年月が過ぎたことにより、封印が緩んでしまい、力を消滅し続ける術が解けてしまったのです。
意識を取り戻した直後、まだぼやける化物の目には、ひたすら闇が映ります。辺りを見回しても、光は全く見えません。
(ここは何処だ? 儂はいったい何故眠っておった…?)
漠然とした不安感が化物を襲いました。
それは焦りでした。記憶がすぐには戻らなかったため、何がどうなっているのか、全く理解できていなかったのです。
少しの時間を要し、化物は心を落ち着かせます。そのおかげで、考えるための意識がはっきりと覚醒しました。
まずはもう一度、辺りを見回します。薄暗い場所であれば、目がようやく慣れた頃合いだからです。
しかし、一度目と何ら変わりもなく、全く何も見えはしませんでした。
(仕方がないか…)
まだ怠さはあったものの、一刻も早く現状を把握しなければならない。そう化物の本能は指示を出します。
起き上がってきちんと辺りを探索しようと、手を動かしました。
その時。
(ッ!)
全方位から見えない紐上の何かが全身に巻き付き、締め上げられました。同時に、激痛が全身を駆け巡ります。
化物は全くの不意討ちに全く反応できません。まともに攻撃を受けてしまい、意識を飛ばしかけてしまいました。
ですが、その痛みが引き金となって脳裏に記憶が流れます。
自分が何者かということ。
子どもがいたこと。
自殺者を喰らっていたこと。
気まぐれに人間の童を助けたこと。
それが仇となって人間に封印されてしまったこと。
人間が自分の欲望しか考えない最低な生き物だと知ったこと。
化物の心には、どす黒く、重々しい靄が生み出されていきます。だんだんと着実に、隅のすみに至るまで。
「嗚呼、嗚呼ッ!」
化物は上を仰ぎ、大声で叫びます。
拘束は、化物の身体から勢いよく溢れ出た力である靄によって捩じ伏せられてしまいました。
それは内側を全て埋め尽くしても、なお拡大を続け、とうとう身体の至るところから出始めてしまったのです。
「儂は童をただ助けただけだった! なのに! 何故儂を襲うた!? 儂は悪いことなど奴等にしてなかろう! 人間なんぞの自己満足に付き合うことなどあってたまるか! 何故ッ! 何故ッ! 何故奴等の戯れに屈辱を味あわねばならぬ!?」
化物は苦しみました。ただ怒り任せに頭を抱え、地団駄を踏み、左右上下に思い切り身体を打ち付けます。それはまさに理性をなくしている状態です。自身がどれだけ滑稽な状態であることなど、今の化物の頭にはありませんでした。
ですが、それに呼応するように、靄は空間の端から端へと広がり続けます。靄はより濃密になっていき、瞬く間に空間を覆い尽くしてしまいました。しかし、止まることを知らずに、身体から出続けていきます。
「嗚呼、憎い!! 憎いぞ人間ども!! …よくも、よくも、この儂を!!」
遂に、封印の力を越えてしまう直前。
その瞬間、靄は一斉に身体に収束され、辺りは静寂を極めました。先ほどまでの怒声がやみ、恐ろしいまでの寒さが漂い、まるで時間が止まってしまったように静かです。
そして、化物の目から緋い雫がたらりと頬を伝います。それは、憎しみと悔しさと怨みの混じった、呪いのような血の涙でした。
「…くくッ。赦さぬ、赦さぬぞ人間風情が」
化物は表情を一転させ、笑います。
それは、狂笑。
この空間を示したかのような闇が化物の心を、そして瞳を染め上げていました。
「儂を愚弄し、封印した罪ーーーー」
瞬間。
化物を中心に爆発が起こり、空間は木っ端微塵に砕け散ります。
空間は消え、靄が消えた直後のような静寂が訪れました。
それが破られたのは、ほんの数秒後。空間があった場所に、塵となってしまったはずの化物の声が響きました。
「ーーーーとくと、味わってもらおうではないか」
もともとは、連載のプロローグとして作ったもの。
でも力尽きました。
感想など、良ければよろしくお願いします。