虚無僧と尼が織り成す狂詩曲は、カレーの香りに包まれて
狂詩曲と書いてラプソディと呼ぶおしゃれ感
三話までは投稿するんで見てくださいオナシャス!!!!
今朝は学校に行くことが億劫だったが、両親の期待を無碍にすることは出来なかったので、今まで通りの優等生を気取って半ば意識なく登校していた。
心底シベリアンハスキーのお使い補助が嫌だったのが顔に出ていたらしく、龍紋寺政虎に目元に濃いクマが出来ていると言われるまで、自分が相当弱っている事に気が付かなかった。
専ら真面目に受けている授業も全く頭に入らず、気が付けば放課後になっていた。
「マサ、悪いが今日も行けん。早苗さんに宜しく伝えておいてくれ」
「うむ。しかし、大丈夫か。私用があると言っていたが……何か悪いことに片足突っ込んでるとかでは、ないよな?」
「実家がソレなだけ、悪事に対して敏感だな。だが大丈夫だ、ちょっと犬の散歩を頼まれただけで」
「犬の散歩……お前にも動物を慈しむ心があったとはなあ」
感慨に浸り自己完結したように頷く政虎を無視して、帰宅の準備を済ませる。
今日も昨日に続いて政虎の願い出を断らなければいけない。
申し訳ない上に、どうせならそっちを優先したいところだが、あの探偵事務所を無視すれば自分に何が起こるか想像に難くない。
教室を出て放課後の賑わいを割きながら、政虎の顔を窺って何時その由を伝えるのか逡巡している間に、政虎の方から話を切り出してくれた。
「それで、弥栄。今日は――」
「悪い。さっきも言ったが犬の散歩があってだなあ」
「?犬の散歩なんぞ、そんな時間かからんだろう」
「そうなんだけどさあ、飼い主のお姉さんが煩くて」
「犬といえば、早苗さんの飼い犬が逃亡したとか……らうたし」
「はいはい、ほんと好きだよなあ。んじゃ、また明日な」
技術部部室の周辺で別れの挨拶を交わし、重い足取りに鞭打って二年次教室のある別館木造校舎を出る。
1
澄み渡る青空は嫌味にも燦然と輝く太陽を頂き、春を感じさせる生温い微風が昨日とは打って変わって寧ろ鬱陶しささえ感じる。
気分の晴れない日は肌寒い方が引き締まって良い。
空を仰げば空の端には巨大な雲の群れがこちらへと向って来る。午後からは雨の予報だった筈だ。
石畳に映える自分の影を追いながらバス停へと向かう。
このまま帰りたいと切に願ったのは、小学生の時のマラソン大会以来だ。
一つの事が煩わしく感じると、その他全ての事もまとめて面倒になる。
思わず出た大きな溜息は部活動のランニングの掛け声にかき消され、俺の鬱憤は誰に発散されるともなく。
覚悟を決めて、億劫と共に息を吸い込む。深呼吸は心のケアにもってこいなのだ。
「こーなーた」
名前を呼ばれると共に、頭をポンと叩かれた。
溌剌とした声から感じる快濶さは今の私にとってとても羨ましい物だ。
振り向くと、そこには黒髪を高い位置で束ねた笑顔の少女。
端が滑らかに垂れる蛾眉は柔和な印象を与え、加えて黒々とした双眸には、潜む元気溌剌、勇往邁進といった、前向きな言葉が似合う凛然とした強さが溢れ出ている。
黒色を基調とした屈木高校の制服を毅然と着こなす彼女は、ともすれば大人びた雰囲気を纏い、逆にその笑顔に残るあどけなさで校内の男子の目を引く存在となっている。
大筒木楓音。
私が時代を遡った後、身内以外で初めて会話をした相手が彼女である。
過去の私をとても懇意にしてくれていた様で、私の記憶に一切ないのが不自然に思われたが接している内にそんなことどうでも良くなる程に、彼女との付き合いは楽しい。
恋愛感情こそ湧く事は無かったが、友人として信頼出来るな、と躊躇いなく思うことが出来た。
龍紋寺政虎も、その内の一人であるが、彼女の足元にも及ばないだろう。
「どうしたのー。溜息ついて。らしくないぞー」
「オオツキか、いや、ちょっと犬の散歩が面倒でな」
「え!わんちゃん!?いいなあ!何犬なの!?」
「シベリアンハスキーだよ。でっかいでっかい」
しかも二足歩行で軍服を着ている上に人語を話すことが出来る、と付け加えようとは思えなかった。
彼女の明るさは私の心に蟠る暗黒を照らし出してくれるような錯覚に陥る。
シベリアンハスキーか、と私の真似をして顎髭を擦る様な所作を見せれば、政虎の様な事を言い始めた。
「そういえば、政虎君の大好きな早苗先輩が飼い犬を探してたとか……」
「なんで皆そんなに早苗先輩の飼い犬事情に詳しいのさ」
「あれ?有名なはずなんだけどなあ」
楓音は一々身振り手振りが大袈裟で、今も額に手を付けて悩んでいるように見せている。
こういう所が一部の醜悪な心を持った女子共に不人気らしいが、これ位のあざとさが彼女には丁度似合っているのだ。
先程の仕返しで楓音の額に強めの凸ピンを喰らわして、踵を返しバス停へと向かう。
「あっ、痛!ちょっと!何すんのさ!」
「バーカ、さっきのお返しだよ。じゃあ俺犬の散歩してくっから、じゃあな」
私の不意打ちに、顔を真っ赤にして地団駄を踏む彼女を愛らしく思いながら、バス停へと小走りで行く。
丁度到着したバスに乗ると、こちらに向け舌を出して「あっかんべー!」と叫ぶ楓音の姿があった。
「ちょっと古すぎるんでないかなあ」
溜息交じりの呟きが、バスの発車と共に掻き消されたのだった。
2
連なる飲食店に併設されたバスロータリーは、放課後になると屈木高校の生徒の姿が多く見受けられるようになる。
有名ファーストフード店の前でスマホを弄りながら早く来すぎた事を後悔する。
こんな事なら、もう少し楓音と話をしておけばよかった。
バスの中で集合時間と具体的な集合場所を取り決めていない事に気が付き、白色の空探偵事務所に電話をしようとネットで探しているのだが、サイト自体存在していない。
確かにあの中にサイトを設立する程デジタル化された人間がいるかというと、いない。全員アナログに染まりきった顔だった。
暫く経って、あと十分したら直接迎えに行こうと考え始めた頃、相変わらずの黒軍帽白軍服の知子がバスロータリー向かい側の歩道から手を左右にブンブン振り回しながらこちらに近づいてくるのが見えた。
段々と近くなる知子の背後にはハロの姿があった。犬と爺の姿はない。
「ごめん、待った?」
「いや、待ってないが」
息を切らしながら苦笑いで私を上目遣いで窺う知子に、相反してハロは無邪気に私の周りをぴょんぴょこ跳ね回っている。
「はん、デートみたいなやり取りだな」
「えー!お兄ちゃんデートしたことあるの!?」
「こう見えても若い頃はモテた」
「幼稚園の頃でしょうか」
思わず若い頃と慣れで行ってしまったが、思わぬ間違いを産んでくれて助かった。残念だったな、と前置いてつい自慢げに口の端をそっと吊り上げて言ってやった。
「中学生の頃小学生の女の子にモテモテだった」
「ああ……ちなみに中学何年生の時でしょうか」
「中三だが」
「あぁ……」
もっと盛り上がるものだと思っていたが、なんだこの空気は。当時の事を思い出す。
教育実習の時先生に半ば犯罪者のような目で見られた。その視線が今ハロと知子から感じる。私が何をしたというのだ。因みに今生デートは一切してない。
「兎に角、今日はどうするんですか」
「志場さんの初めてのお使い大作戦を陰で応援しながら助けます」
「本当はハロがやりたかったんだけどねー!残念―!」
「嘘っぽいなぁハロちゃん。今度はちゃんとハロちゃんの番だからねー」
ぶぶー、とあざとく拗ねるハロの蒼髪を撫でる。幼いのにこんな探偵事務所に努めているなんて尊敬の念を覚える。
「取り敢えず、歩きながら話します」
内容としては、屈木坂を少し先に行った所、表通りにある商店街にて変装し身を隠した志場リアンハスキーが馬鹿をしないように見届けつつ、馬鹿をしでかした場合変装した私達がそれと無くフォローを入れる。
フォロー役はちょくちょく入れ替えながら行うそうだが、その中で私がこの探偵事務所に相応しいかを見極めるらしい。
伊作は探偵事務所で志場のコーディネートをしているらしく、完了した時連絡を寄越し、その瞬間から私達のミッションは始まる。
「あの……伊作さんで良かったんですか?」
「あぁ、いいんですよ。私達がやるとどうしても……可愛くなるから」
「ハロ可愛いの好きだし……伊作師匠は、ほら、あの、センスあるし、うん」
何故そこで微妙につっかえるのだ。あのドM老人がセンスあるとはとても思えない。
昨日の伊作は黒いスーツをだらしなく着崩し、髪形はオールバック。眉間に寄せる皺は厳つい印象を思わせ、鼻下のカイゼル髭が威厳を醸し出している。
が、残念ながら第一印象が最悪だ。同じ第一印象でもハロは何故かかわいく思えるのは何故だ。
「一応、この軍服はおじいちゃんが作ったんだけどね」
「へー、海軍っぽいですよね」
そう言われると、悪くはない気がしてきた。否、娘に着せる服が軍服というのはどうなのだ。
「まあ心配しなくても師匠ならやってくれるよー」
などと言っている内に、商店街の入り口に付いた。
綺羅坂商店街。昔に比べて閉店してしまった店も多いが、その衰えをカバー出来る程に活気づいている。
私も家族に頼まれて頻繁にこの商店街を使わせてもらっている常連だが、駅で数十分かけて行く百貨店よりも人の温もりを感じられて楽しい。
そして店と店との狭間にある道を通れば裏通り、そしてその路地裏を行けば探偵事務所だ。
割と近いようで、結構遠い。一度しか行ってないので体感はあてにならないかもしれないが。
凡そ10分後。話のタネも尽きかけて溜息ばかりが聞こえ始めた頃合いに、漸く伊作からの連絡がきた。
「うん、分かったわ。ありがと、おじいちゃん」
「なんて?」
「今出したから、あとちょっとで表通りの駄菓子屋と骨董品屋の間から出てくるんじゃないか、って。服装も期待していいそうですよ」
駄菓子屋と骨董品屋なら目の前に見えている。志場の巨躯なら直ぐに気付く事も出来るだろう。私達も陰に隠れて準備することになった。
商店街の名前を高々に飾り上げるアーチの門の塗装の剥げかけた柱の陰に身を潜め、志場が出てくるのを待つ。
一番手は一番慣れているという知子がフォローをすると言うので、知子も変装をしに何処かへと消えてしまった。
「下に着てるっぽいから、直ぐに帰って来ると思うよー」
「あの軍服の下に……?着痩せするタイプだとしても流石に着痩せし過ぎだろ……。ハロちゃんも?」
「うんー。そだよ」
修道服の下に着れる変装とは一体。ビキニとかだったら嬉しいな。
「お兄ちゃんは、誰を葬ったのか覚えてないんだよね」
「はは、物騒な言い方するなあ」
「自分が殺した可能性は?」
「は?」
思わぬ疑問が私の心臓を一過した。一つの心臓の鼓動が重く感じ取れる。
ハロの表情は、無表情でいて、黒く、黒く澄み切っていた。
恰もそれが当然の可能性であるように。疑問を投げかけておいて、自分の中では正解としている。
思わず口から笑みが零れる。
そんな訳はない。自分が殺した、なんて。
私にはそんな事をした記憶はない。と、断言したかった。
「はは、ハロちゃんは、なんていうか見た目によらずブラックだね」
「えへへ、知ってる。……ま、そんな可能性、ないか」
「……そうだといいんだが」
妙に緊張してしまった。冤罪にかけられたような気分だった。
暫くハロの顔を見る事がなんとなく躊躇われた。喉が渇いたので、ハロに飲み物を買いに行ってもらった。
奢りだと聞いて例によってぴょんぴょこ跳ねながら自販機から帰って来る姿からさっきの発言が飛び出すとは考えもつかない。
手渡されたレモン系の炭酸ジュースを一気飲みする。
ハロはブラックコーヒーだ。甘さが沁みる。
なんだかここ二日間、飲み物に救われている気がする。
缶の中身も心許無くなり、暫く経った頃、見張りを続けていると、漸く志場の姿らしきものが確認された。
知子は準備に手間取っているのか、まだ帰ってきていない。脱ぐだけではないのか。
緊張感が私を一気に焦燥の縁に追いやった。
焦りから私は情けなくハロの背に隠れてしまう。
「ど、どうするハロちゃん」
「さぁ、お兄ちゃん考えて。お兄ちゃんの試験なんだから、私知らないよ」
とはいっても、あの志場の姿をどうフォローすべきなのだ。
天蓋と呼ばれている、顔を覆い隠してしまう程に大きな、バケツの様な笠。真っ黒の法衣を身に纏い飄々と尺八を吹く様はそれまさに
「虚無僧じゃねえか!」
しかも帯刀までしている。警察に見つかったら職務質問待ったなしだ。
否僧だから質問されても「僧です」って言えば見逃してもらえるのか?
だが確かに賢い。二足歩行犬を隠すには最適だ。虚無僧って買い物するのか。
商店街の肉屋さんで「あ、牛脂も付けてもらえませんか?僧です」などと言うのか。私は何を考えているのだ。
取り敢えず、追おう。見失ってしまっては本末転倒だ。
知子の増援が来るまで私がここでしんがりにならなければならないのは自明の理。
ハロに呼びかけ、忍び足で虚無僧志場リアンハスキーを追跡することにした。
続きますー
明日の20:00には投稿されてます