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十字架の丘で一言、さようならと言えたのなら、屍になった君の事を思い出せるのかな

最初はなんか小難しいとは思いますが、頭よさそうなこと書いてそうで実は墓荒らしとかしてます

私も能力とか欲しいな

漫画やライトノベルに出てくる能力魔法異能奇跡は不自然だ

だが否定するわけではない


現に私弥栄此方(やさかこなた)は、奇跡が起こり何故か過去に舞い戻った


志場という名前なのにシベリアンハスキーの半人半犬が虚無僧(こむそう)姿で初めてのお使いを始めたり、それをフォローする為に白髪の美少女がハゲヅラを被って尼僧(あまそう)(ふん)し、アマアマと奇声を発し警察を引き付ける事に、私は違和感を覚えない


奇跡だとか能力だとか、そういうのは全て何故か、で片付けられる

ファンタジー世界にあるマナだとか、そういうのは全て元からあったものとされる

何もかもには原因がある筈だ


私が過去に戻ってきたことにも原因はある筈だし、事務所の人間の大切な記憶がうしなわれたこと、皆に奇跡が起こり、《理想》が叶えられたことにも原因はある筈だ


偶然という一言で理不尽に片づけてはいけないんだ

私達の人生は、常に理に(かな)っている筈だから





暗闇に揺れる蝋燭(ろうそく)が私の顔を照り付けて、(ひたい)に滲む汗がすう、と鼻筋を撫でた。


寒雲が棚引く空。冴え渡る月の明瞭な光が、遮光カーテンの微妙な間隙(かんげき)から差し込んだ。

月光を浴びる窓ガラスを一瞥すると、妙に強張った表情の私が立っていた。


寂寞とした書斎を暴く脆弱な燭台の光を頼りに、遮光カーテンを開ける。

帳を閉ざして暗黒を享受する室内は卒然と、白光に闇を拭われる。


暗闇に慣れた私の目は、瞬く間に広がる光に手庇を作り、目を細めた。

月の輪郭が、流れる雲に溶ける。

差し込む儚い月光の線が、木目調のデスクの上に広がる書簡の中に紛れ込む手記を示し出していた。

それは(あたか)も私を導いているようで。

革製の黒表紙が纏う無機質さの視線の黙殺が、私の緊張をより強かな重圧へと変えた。


下の右端に美麗な筆記体の英字で、『アメミヤ』と書かれた手記。

他人の手記を覗き見する趣味は無かったが、私の興味が罪の意識を凌駕した。手記に手を伸ばす。


一瞬、本当に良いのか、と自分の中での確認が一度行われて、手が止まった。

少しの躊躇いを呈したとしても、ここまで来たのなら、するしかない。

覚悟を決め手記を手に取る。


月光を背にすると、自分の影が手記を覆い読めない。

燃え移らないようにと幾つかの書類を退けて、燭台(しょくだい)を置く。


私はデスクと対になっている可動式の椅子を窓際に寄せて、月光を頼りに手記に目を通した。


『彼が睥睨(へいげい)する罪は生。

彼女が叶える罪は理想。

私が抱く罪は傲慢(ごうまん)


贖罪(しょくざい)の日々は続く。逢着の果て罪を重ねる。


男が愛する罪は愛憎。

女が喰らう罪は欺瞞。


理想が抱く罪は現実。


生の罪は永劫払拭出来ぬモノ。死もまた然り。

理想の罪は現実をもって迎え入れる。

贖罪は傲慢でしかない。神に祈り倒しても消えはしない傷痕。

贖罪の日々は続く。須臾は永劫となり私を苛む。


優しい死を。(たもと)に溢れる血が暖かい。

ごめんなさい。


死にきれなくて、ごめんなさい。』







この際時が巻き戻ったことなぞ二の次にしていい。


兎角(とかく)思考すべきは、私は誰の葬式を終えたのか、ということだ。

顔も名前も、一切自分の記憶の内にはない。

定かな事と言えば、私は母校、屈木高校の裏にあるなだらかな丘の上に居るという事。


微睡(まどろみ)の鉄槌に頭を打たれたような、寝起き特有の頭痛の最中、高層ビルの(ひし)めく街に沈み行く夕の暖かな光が、嫌に目に染みて反射的に手で(ひさし)を作る。

手庇の向こう側には、所有者の知れぬ十字架が立っている。

傍らに添えられているのは、(はなむけ)なのか、白い包装を施された白い彼岸花の花束。


幼き頃の私は何故、ここに来たのだろうか。


簡単だ。生者として、死者を埋葬するためだ。


しかし、制服のまま葬式を、しかも一人で行った記憶などないのだ。

手庇から零れ落ちる夕の日の先には、変わらず十字架が立っている。


目を瞑り数秒。

開けて確認。

変わらず。


何をしても既成の事実は変わらない。過去は変えられないのだ。

私はこれからどうするべきなのだろうか。

十字架を引っこ抜いて土を掘り返してまで、死者の顔を確認するなど、幾ら死に慣れている私でも、悍ましくて出来る事ではなかった。


一つ溜息を吐く。

一服しようと、慣れた手つきで懐からロングピースの箱を取り出そうとした。高校の制服の懐に煙草が入っている訳がない。

しかし不思議と苛立つことなく、すんなり諦めることが出来た。身も心も、高校生に戻ってしまった、ということか。


時が巻き戻る以前のことだけは覚えている。

私はとある有名企業の上位層の中に組み込まれていた。

若年にして、エリートなどと持て(はや)された時分には、私は本当に出来る人間だと慢心していたし、それが事実でなくとも、下手な事さえしなければ下に突き落とされることなんぞ無いのだからと安心しきっていた。


だがやはり事実では無いことに変わりはない。

年が嵩張(かさば)れば、不自然に堆積して来たハリボテの業績は、同僚の嫉妬によって足元を(すく)われることとなる。何処から見つけて来たかは知らないが、私の過去の不備を上司に(ほの)めかしたらしい。

その時から職場での私の立場は隅に波及され、俗に言う窓際族の仲間入りを果たしたわけだ。


陽が地平線に沈んでいく。

刹那(せつな)陽の残滓(ざんし)が線となり、横一閃に伸びたかと思えば、いい加減光に慣れた視界から消えていった。宵闇の曖昧な暗さの中、私は何となしに十字架の先端に手を置いた。

憶測ではあるが、この肌寒さは春の一歩手前、或は秋真っ盛りといった所か。無機質な十字架の黙殺が周囲の静謐(せいひつ)を再認識させる。


死という事実は変えられない。

生は経過で、死は結果に過ぎない。死という結果、且つ事実は歪む事のない真実なのだ。目を伏せて数秒。埋没(まいぼつ)する真実を、私はどう解釈すべきなのだろうか。


私は生きている。

生者として、全うすべきことがある筈だ。事実私は機会を得た。理想を叶えるべくして私は再びこの時間に舞い戻ったのだ。

十字架の左右に伸びる部分に、両手を添える。屈伸して深呼吸。事実の婉曲は業の深きこと(はなは)だしいだろう。


だが私は――


「……っ……ルァッせえええええぇぇぇぇ……ぇぇぇぇええええいぃいいッ!」


持ち上げる様に下から上へ。

久しくぶりの瑞々しい筋肉の脈動に感動しながら、勢いのまま十字架を引っこ抜く。気持ちがいい。墓荒らし最高に気持ちいい。

誰も見てないんだ。どうせなら普段出来ない事を。


十字架は、徐々に姿を現し始めた満月を背景に、滑稽なまでに空高く舞う。

そして重力に従い、からんからんと小気味の良い音を立てて地面に叩き付けられるのを一瞥する。

愚直な行為に、根底に巣食う倫理観と道徳観が沸々と後悔と罪の意識を起こさせ、呼応して私は思わず冷たい息を呑んだ。


死への冒涜。

倒れ伏す十字架の冷徹な眼差しが私の心を貫いた。呪われるのではないかと、恐怖さえ感じた。

だがそれ以上に、禁忌を踏み(にじ)る快感が応酬系に到達した瞬間、爆発的な全能感と絶頂感をもたらし、私の脳味噌を一過する。

人間関係という、絡みつく様な呪縛から解脱したという事実が、信じられない程に気持ちいいのだ。

いっその事霊魂に呪われても文句は言わない。


最後の最後に出て来た罪悪感が、十字架を元の場所へと建て直すように要求したので、解放の清涼感を噛みしめながらに従った。

十字架を引っこ抜いた跡を見やれば、矮小(わいしょう)な人間性が今頃になってやっと湧き出て来た。

流れで死体も掘り出してやろうか、などと言う気持ちが一気に吹き飛んだ。

背筋を襲う死を無碍にした恐怖は、人間性に依拠する物だろうか。


「バ、バーカバーカ!掘られた方が悪ぃんだよォ!」


自分でも意味の解らない文句を吐いて、十字架を元の場所へ突き立てそのまま帰路へと駆ける。丘の(ふもと)はちょっとした森になっている。

木々を分け入り学校の方向へと身体が自然に動く。

きっと、若い頃の土地勘が自然と身についているのだろう。



人生やり直しの嚆矢(こうし)は、墓荒らしから始まった訳だが、これからの出来事を思うと楽しみで仕方がない。

今度こそ理想を叶えてやる。既に夜に沈み切った森を脱し、息を切らしながら久しぶりに潜る自宅の門に懐古しながら、私はそう思うのだった。







天宮知子(あまみやちこ)という人物は、淡白な人間ではあるものの、それでも私の話を真摯に受け止めてくれたし、探偵という職業柄からか、私の語彙(ごい)の欠けた説明でも言わんとしている事を汲み取って言い直してくれて、依頼は非常に円滑に進んだのを覚えている。



その時は確か、私が何事もなく高校生活に馴染み始めた頃であった。

時期としては春。

私が人生やり直し初めにやったことは墓荒らしだったが、家に着いて、久しく顔を見ていなかった両親にかけた、初めての言葉が「今日は何月だったかな」などという痴呆症染みた言葉だったのが、今になって悔やまれる。

あの時珍しく本気で両親に心配されて頭を撫でられたのが、妙に人の温もりというもが感じられて、つい自室で涙を流した事実は墓場まで持っていくつもりだ。



屈木高校。例の十字架がある丘、森の手前にある公立高校。

詳らかな説明は省くとして、この高校は非常に特殊だ、ということだけでも知っておいてほしい。

能力者が蔓延(はびこ)っている、或は女だらけの高校に私一人男でハプニングエロが沢山で夢一杯という意味で特殊、という訳ではない。

兎に角、他校とは少し変わっているということだけ知っておけばよい。


高校生活は恙なく波も立たぬ平和な物になるはずだったが、無意識に大人びていた私を周囲が見ればどう思うだろうか。

つい先日まで鼻を伸ばしながらおっぱいおっぱい言っていたゴミ屑が「ふむ、そうか」などとインテリジェンスを気取って、無い顎鬚(あごひげ)(さす)って見せれば、違和感しか残らない。

それ故にエリート街道を邁進(まいしん)する前に、自身の脳味噌を高校生レベルまで引き下げる必要があった。

相変わらず一人称は私のままではあるが、一々発言には気を付けて、一つの発言に対して一つ冗談を含めるよう心掛けている。

そうしている間に、昔の自分はどれだけ愚かなのかと、自分が置かれていた環境を思い出すことが出来た。


私は屈木高校に通う二年次で、龍紋寺政虎(りゅうもんじまさとら)という如何(いか)にも、な男と、大筒木楓音(おおつきかのん)という可愛らしい少女を友人に抱えているらしかった。

高校の頃の友人を忘れるとは流石に自分を叱りたくなったが、それでも仕事に大童(おおわらわ)だったもので、友人と顔を合わせる余裕など無かったのが言い訳だ。


所属している部活は帰宅部。

一応、龍紋寺の意中である女子に会うため、龍紋寺と技術部の部室に通ってはいるが、殆どは惰眠を(むさぼ)るばかりであるので、無所属には変わらない。

そういうその日も龍紋寺に放課後一緒に技術部に来てくれと頼まれたが、その日は自分も探偵に依頼しなければならなかったので、私用があるので今日は付き合えない、と(ぼか)して断っておいた。


屈木高校というのは非常に不便な位置している。

公立高校でも御三家と呼ばれるまでに名の有る高校であり、尚且つ幾らか国からの補助が出て、他校よりも設備が整っていたとしても、立地だけは変えられなかったようだ。

校門を出ると桜並木の続く下り坂、通称屈木坂があり、毎年入学式の頃になると新入生は疲労交じりの笑顔でこの坂を上って来るが、それは最初だけの事だ。

毎日この坂を登ろうものなら登校するだけで上半身と下半身の筋肉が不均衡になってしまうこと間違いなし。


故に通常はバスで登下校をするのだが、生憎私がバス停に着いた頃には一時間は待たなければならなかったので、自力で下ることになった。

噂の探偵事務所は屈木坂を下った直ぐそこにあるらしい。深い溜息になって出る憂鬱を押し込めて決意を固めるのであった。



橙色(オレンジ)の空に雲が滲んで、漠然(ばくぜん)とした存在感を保つ夕日が、地平線に溶けて見えた様な気がした。冬の肌寒さの残滓が風に乗って私の頬を撫でる。

今朝のぬるま湯の様な気温に不意を打たれて、コートを自宅に置いてきてしまったのが間違いだった。

後悔の前に、早く用事を済ませようと歩が早まる。


表通りは暖色であるのに反して、探偵事務所のある裏通りは早々暗闇に沈んでいた。

整備の行き届いていない裏通りは、街灯の脆弱な光が辛うじて足元を照らすだけで、様々な不安が募るばかりだ。

本当にここで良かったのだろうか。


更に路地裏へと入る。不法投棄のゴミの山。飲んだくれのホームレスが鋭利な視線を向けてくる。

建物と建物の間を()う様に進んでいく。周囲は妙な静寂(せいじゃく)に包まれていて、闇の無機質で冷然な肌触りが私の背筋を()め回すように撫ぜた。


路地裏を超えて、裏通りの奥の奥へ。

ミッターナハツゾネ。あった。

玄関先に設置された、ピンク色の妖艶(ようえん)な文字を浮かべるネオン看板に、一瞬失礼ながらも場末のオカマバーの様な胡散臭(うさんくさ)さを感じ取ったが、ある意味予想通りで良かった。

玄関扉には白地に殴り書きの黒ペンキで『白色の空探偵事務所』とブリキ板が掛けられていた。

ここだ。白色の空探偵事務所。噂の通り胡散臭さが滲み出ている。

外がこうであれば、中にはどんな魔物が潜んでいるのであろうか。

ドアノブに手を置いたまでは良いが、中に入る勇気がわかないまま、帰宅か突撃かの逡巡の狭間に立たされていた。


「ぬぇい、ままよ!」


ままよ、なんて初めて使った言葉だ。思い切って戸を引いてみる。開かない。押戸だった。仕切り直して扉を押して中へと入る。


「こ、こんばんは~?」

「えっ、ちょっと待っ」


あッ、という叫びが私の耳に入って来た。やはり立地の関係で来訪者は稀有(けう)なのだろうか。人気がない探偵事務所で久方の客に驚きを隠せないのだろう。可哀想に。


刹那私の視界に入ってきたのは、尋常ではなく異様な光景だった。

室内は奥の十字架を除いて一般的なバーの様な内装だ。

大理石の床の鈍い光沢は数少ない天井に設置された照明によるもの。

全体的にモノクロに統一されており、バーテンダーと向かい合いながら酒を飲めるカウンターに、多種多様で色様々な酒瓶は店内に彩を与える。

中央には高級感の滲み出る黒いソファーに、ガラスのテーブル。

洒落た店だ。

そしてその黒ソファーに鎮座するは、この空間を支配するかの如き異様さの権化(ごんげ)だった。

黒い軍帽に、白い軍服を着た偉丈夫(いじょうぶ)のシベリアンハスキー。

その屈強な躯体は座っているだけでもひしひしと威圧感を放っている。


が、同じ服装をした白髪ショートの女子がシベリアンハスキーの顔面に、明らかにサイズの合わぬ黒タイツを被せようとしており、シベリアンハスキーの顔面がひしひしと音を立てている様な気がした。


更に奥には鞭を持った藍色の修道服姿の幼女が、全裸で磔にされた白髪カイゼル髭の年老いた男性を(なぶ)っている。私の知っている探偵事務所との相違が目につく。


不味(まず)いですよ!志場さん早く!二足歩行で人語を()する犬は流石に不味い!」

「来客か……ッ!(わし)ながら対応が遅れた……!」

「ここが良いんですよねェ!師匠ォ!」

「あひぃん!そこぉッ!ハロちゃんもっとぉんッ!」


嗚呼(ああ)、そうか。そういう事か、と私はまず理解した。理解した上で行動すれば問題は起きない。まず犬は無視だ。世の中には触れてはいけない事が蔓延(はびこ)っている。あれは触れれば呪われるタイプだ。

ともすれば当然奥のSMプレイの二人も無視。世の中には触れてはいけないことが跋扈(ばっこ)している。あれは妖怪か西洋の妖精の類だ、見えてはいけないものなのだ。

ショートの女子が神妙な面持ちで私の表情を(うかが)ってきたので、作り物の笑みを浮かべると、ほっ、と胸を撫で下ろして騒動の謝罪をしてきた。


「ごめんなさい。ちょっと彼の顔は犬に似てるんです……名前も志場と言って柴犬みたいなんですが……実際はシベリアンハスキーなんです!許してあげてください」

「あ、はい。そうですね、私の父親も一時期そういうことがありましたので、慣れてます」

この女馬鹿だろう。

「あと奥のは救世主的な……そういうサムシングです」

「えぇ、右頬をぶたれたら尻を差し出すんですよね」

「おるァ!右頬を打たれたら左乳を差し出すんですよォ!」

我が名はメシア(エンドオブザワールド)……」


顔面を競馬用の一本鞭で打つのは宜しくないだろう。音速で人の肌を(えぐ)る武装だぞ。


「……メシアは無視していいので。取り敢えず、座ってください」


例のシベリアンハスキー、志場の座る黒ソファーへと手で促される。

一瞬「え」と顔を歪ませてしまったが、直ぐに笑顔を取り(つくろ)って、渋々(しぶしぶ)一人分の距離感をもって腰を下ろした。


このシベリアンハスキー、顔面だけ犬でそれ以外は本当に人間だ。

被り物にしては精巧過ぎる。

あと獣臭い。


ちら、と一瞥(いちべつ)すると半分黒タイツに沈んだ志場と目が合う。

爽やかな笑顔を向けて来たが、黒タイツのせいで表情が半壊している。梅干しの出来損ないみたいだ。

露骨にそれを無視して、白髪の少女が差し出していた水の入ったグラスを受け取る。

少女は落ち着き払った立ち居振る舞いで、対岸(あちら)の背の高いカウンターチェアに座った。


「……ふぅ、お騒がせして申し訳ないです。私、白色の空探偵事務所の天宮知子(あまみやちこ)と申します。それで、今日は何か依頼があってのご訪問でしょうか」

「あ、あぁ。そうだった。私は弥栄此方(やさかこなた)です。屈木高校二年次の……。えーっとですね、今回は依頼の為に来ましてですね」

「久々の依頼か……胸が躍るな」

「胸が躍ってるぅッ!」

「あひぃいん!メシア汁でちゃうぅん!」


外野共黙んねえかな。

冷静さだけが取り柄の私でもつい小さく舌打ちをしてしまった。


「す、すみませんホント。悪気はないんですけど……悪意は多分あると思います」

「悪気なく悪意を()けてるのかあの阿呆(アホ)共!あっ」

「否、良いんですよ。実際阿保なんで。それで、御依頼の内容とは」


依頼の内容。

こんな変態的な探偵に頼む依頼が、変わっていない訳がない。


私は両手を口元の前で組む。依頼はあくまで厳格に。腐っても仕事なのだ。

金銭が絡む事に真剣さが欠けるなんぞ言語道断。

()めつけるように、知子の硝子細工(ガラスざいく)の様な輝きを持つ目を見つめる。


緊張の線が張ったように、知子は無表情になったが、何処か期待しているのか身体が揺れていた。

隣の志場は尻尾をメトロノームばりに振り回している。顔面に当たっているが無視を貫く。


「私が、誰の葬式をしたのか、調べてほしい」

「誰の葬式をしたか……?」

「ほう、それは面白い依頼じゃな」


何時の間にか、先程まで全裸磔刑(ぜんらたっけい)嬌声(きょうせい)を上げていた白髪オールバックの老人が、着崩した黒スーツを身に(まと)い、知子の肩に手を置いて立っていた。

ヴィルヘルム二世を偲ばせるカイゼル髭を撫でながら、私の顔を品定めするような視線を向けて来る。


「少年……否、弥栄と言ったな。ワシは天宮伊作(あまみやいさく)。チコのおじいちゃんだ。こう見えてメシアもやっとる」

「おじいちゃん」

「あ、はい。冗談じゃよーチコちゃーん。()ねないでおくれよぉー……。思春期じゃからのぉ……。それで、弥栄君は誰の葬式を催したか、知りたいと」

「はい」

「つまりそれは、過去に接していた筈の人間を、すっかり忘れてしまった、ということじゃな?」


確かにそうだ。

だが、決定的に違う所は、遠い未来の私の記憶に残っていない、というところだ。

高校生時点の私ならば覚えていたのかも知れないが、それでも葬式をしたというのなら否でも記憶に残る筈なので、忘却は極めて不自然なのだ。


時代を遡った、ということを告げるべきだろうか。

幾ら変わっている人間達とはいえ、この事を打ち明けてしまえば、偏見されてしまわないだろうか。

取り敢えず、この件に関しては保留しておいて、伊作の質問に「はい」とだけ頷いておいた。


「おかしいとは思わんか。ワシも年を追うごとに記憶力も衰えてきているが、誰かの葬式を忘れるなんぞ、普通はありえない。違うか?」

「じゃー、弥栄のお兄ちゃんはハロと同じってコトー?」


割って入ってきたのは、物理的に老人に鞭打つ鬼畜修道幼女。

外見は小学5年生程度だろうか。身の丈にあっていない大きめの藍色の修道服に蒼色のツインテール。

おぼこさの残る、あどけない笑顔で私の首に抱き付いてくる彼女は、自らの事をハロと名乗っていた。


「同じ、ってどういうことかな、ハロちゃん」

「ハロも、弟の記憶がないの」


弟の記憶がない……。

しかしそれでも、弟がいたという事実はしっかりと記憶しているのだな、と敢えて訊き返す気にはなれなかった。

幼いが故に、周りに死んだことを誤魔化されている場合を考えると、(はばか)られる。


「儂も、意中の方を」

「し、志場さんもなんですか……」

「弥栄殿は同志という事ですな」


顔面のタイツをもぎ取って、丁寧に畳み(かたわ)らに置くと、志場は素顔を明かして自分の胸を叩いた。

本当にシベリアンハスキーなのだなと再確認すれば、気になって仕方がなく、何度も志場の方へ視線を向けてしまう。

それを察したのか、志場は巨躯を(かすか)かに揺らして静かに笑った。


「ふふ……弥栄殿、信じられないといったご様子」

「まぁ、そりゃそうですよ。誰だって驚きます」

「儂も、あんなに美しいあの方を忘れてしまうなんて……考えられぬ」


お前の容姿の話だよ、と言える筈もなく苦笑いを浮かべるだけ。

水を一杯仰ぐと、今頃になって喉が渇いていることに気が付く。

道中の不安によるものか、ここに来て緊張しているのか。


「じゃあ、ここにいる皆さんは」

「まあ、そういう事ですね。皆何かを忘れて、何かを失っている」


天宮知子の諦観めいた自嘲が、室内照明の仄暗(ほのくぐら)い演出相俟(あいま)って、彼女の顔付きに影を落とす。

知子は口元に手を当て暫くの間沈黙すると、私達にも伝播(でんぱ)して(くすぶ)りを帯びた静謐(せいひつ)が起こった。

私はこの人間達の過去を知らない。だからこそ、失ったものの大きさを知らない。大それた発言は迂闊(うかつ)に出来なかった。


伊作が煩わしそうに白髪を()(むし)りながら懐から煙草を取り出す。こう云った気まずい雰囲気が苦手なのだろう。

溜息と共に吐き出された紫煙が、照明の仄かな光にぼんやりと浮かび上がる。

グラスに残った微量の水を傾けて(もてあそ)ぶ。沈黙に流されるままに、私達の時間は過ぎていく。私には沈黙を破る権利など無かったから、ただ事務所の人間が口を開くのを待っていた。


「ねえ、チコ姉ちゃん。お兄ちゃんを仲間にするっていうのは、ダメ?」

「え、どういう」

「それはいい!流石ハロ殿であるな!いいのではないか!?チコ!」


ハロの元気の良い声が静けさの中に響くなり、志場が勢いをつけて立ち上がった。ソファーがひっくり返り、()し崩し的に私も文字通りひっくり返った。


私が、この探偵事務所に身を置く、というのか。


あり得ない。

私は依頼をしに来ただけで、自ら進んで解決しようとは思わないのだ。

二度目の人生を成功させる為に、このイベントは必須という訳でもないのだ。

ただちょっとした好奇心で、この事についての詮索を行おうと思っただけで。

立ち上がり、遠慮を呈して遠回しに拒否する。


「い、いや!そ、そんな!ご迷惑ですし」

「そうじゃなあ、ワシ等にも一応、色々あるんじゃし」

「そ、そうですよ……」

このメシアもとい伊作、実は常識人なんじゃ……?と一瞬でも思った私が馬鹿だった。

「それにワシおっぱい無いと人として判定出来ないから……おっぱい無い人間とかただの細胞じゃね?人外お断りじゃよな」

「おじいちゃん!そんなこといったら駄目でしょ!」

「あ、あの。それで、私が事務所に入るってのは……」

「ああ、いいんじゃないですか。別に、私達の秘密なんてそのうち知ることになるんだし」

「は」


あらぬ方向からの不意打ちを食らったような錯覚に(おちい)った。

何処の馬の骨やも知れない人間を迎え入れるのには抵抗がある、という一般的な返答を期待していたのだが。

しかしチコは淡白な女だった。否、寧ろ適当と捉えていい程だった。


「問題ないですよ。ただ、試すってわけじゃないですけど、一応のテストは受けてもらいますけど」

「え、いや」

「テストの内容なんですけど、ハロの初めてのお使い大作戦をですねぇ」

「その」

「ハロ殿にお使いだと!?ならぬ!儂が行く!」

「やったー!ハロまだ子供だもーん」

「あの」

「じゃあ志場賢蔵初めてのお使い大作戦、決まりですね。明日予定空いてますよね弥栄さん」

「ま、まあ空いてますけど」

「決まりですね。私達と同じ状況にいるんですから、私達と一緒に行動した方が解決の糸口は自ずと見える筈です」

「そうですけど!」

「給料も出しますし、学校から近いんでしょ?いいアルバイトだと思えばいいんです」


この女、間隙(かんげき)入れずに意見を押し付けてくるので、反駁(はんばく)する余地も与えられない。

私が言わんとしていることを悪い方向に捻じ曲げて、非常に円滑に依頼を進めようとしてくる。

探偵という職業柄、人と話す機会も多いのだろう。話の流れを自分の方へ持っていくのが上手い。


それ以上に、志場とハロの期待を含んだ視線が、熱烈に注がれているので抗うことが出来なかった。

立眩みがした。

異常事態を解決するに面倒事は避けられないとは思っていたが、流石にこの異常な空間の中、正気を保っていられる気がしない。


「では明日。学校が終わったらすぐ、屈木坂のバスロータリーで待ってますね」



その後、茫然自失(ぼうぜんじしつ)の中金魚よろしく口をパクパクさせていると、知子は首を傾げて「帰らないんですか?それとも、まだ用事が?」と訝しげに訊ねて来たので、嗚呼、この女は素で淡白な人間なんだろうな、と納得せざるを得なかった。

知子の「もう用事は済んだろ」といった気配に促されて、そのまま事務所を後にした。

薄気味悪い路地裏も、何故か事務所内の雰囲気に比べてまだ穏やかなように感じた。

何事もなく無事帰宅した頃にやっと、面倒事に巻き込まれたのだな、と理解出来た。

二日に一回の投稿頻度で、20時ー21時には投稿されている筈です

活動報告に友人が描いてくれた絵を載せちゃったりしちゃったりしますのでそちらもお願いしますね


追記:嘘です明日も投稿します出来るだけ毎日投稿します

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