7話
よろしくお願いします
「…それで、どうして私はここにいるのかわかんないんだけど…」
額に指を立てて考えてみる。耀は言葉巧みにまぁまぁと言いながら沙久羅を自分のマンションに連れてきていた。
「あそこでは集中できないからね。慣れた所が良いからさ」
沙久羅を案内する間、そんなことを言っていた気もした。
「確かに慣れたところのほうがいいとは言ったわよ。それにしても、なんでこんなに広いのよ」
学園都市には数棟しかないワンフロア一室の高級マンション。その最上階に耀は案内した。
「俺の家、金だけはあるから」
お茶を出しながら耀は苦笑して答えた。
「お金持ちのすることはわかんないわ。…ま、だれにも邪魔されないというのは本当のことのようだし、ここでも良いわ」
沙久羅はせっかく出してくれたお茶を啜りながら言った。
「実戦に関してはそれほど注意することはないんだよ。でも、ひとつだけ守って欲しいのはパートナーを信じること。俺は沙久羅を裏切らない。それだけは信じていてほしい」
耀は真っすぐに沙久羅の瞳を見て言った。
「…解った。でも、本当にそれだけで大丈夫なの?」
沙久羅は少し不安げに聞いた。
「厳密に言うともう少しあるけど、前提は仲間を信じること。特にパートナーは信頼してこそ本来の能力が発揮されると言っても良い。学園も無暗に決めているわけではないって事だよ」
耀は能力の相性もあるからね、と付け加えた。
「へぇ、さすがに詳しいわね」
感心したように沙久羅は言った。
「まあ、姉が高等部の生徒会役員だからね。それなりには聞いていたよ」
耀は自然とそんなことを言って、自分でも驚いていた。今までは姉とかかわりがあることをなるべく隠そうとしていたのに、今はそんなこと気にすることもない。
「驚くことないじゃない。それが普通の答えなんだよ。良かったじゃない。お姉さんとの大きな壁は無くなったみたいだね」
沙久羅は嬉しそうに微笑みながら言ってやった。姉弟が普通の会話もできないなんて、不幸以外の何ものでもない。自分の顔も名も知らない妹のことを心の片隅にしまって、沙久羅は微笑むことができた。
「じゃ、まず先にあなたの能力のことを知らなければいけないわね」
沙久羅はそう言うと耀の前に座った。
「これは本当は時間をかけてゆっくり行っていく方が良いのよ。でも、あなたの場合、ある程度能力を使うことができていることと、時間がないという切羽詰まった状況だからこそ、やらなければいけない状況だということを先に理解しておいてね」
沙久羅はそう前置きして、耀の額に右手の指先を揃えてあてた。
「…ティルト・ファルティア・オルト……オクティリオス・ネガート…」
長い詠唱が続いた。詠唱が進むにつれて、耀の額と沙久羅の指の間に光の粒子が集まりだした。
「意識を額に集中して。熱さが解るでしょう?」
沙久羅は光から闇に変わっていく指先の光の粒子を見ながら言った。
なんて強い。
沙久羅は能力をすべて指先に集中した。一歩間違えば自分も巻き込まれかねない闇の能力。底知れぬ暗闇。漆黒を現したような能力の塊がわずかながら指先に集まっているのを感じていた。
これは、とんでもないものを持っていたようね。
封印しなければならなかった耀の姉の気持ちがわかった。この能力では幼い耀の精神状態がもたないと考えたのにも頷けた。人が持つすべての負の感情を一塊にしたような、この世のすべてを黒く塗りつぶしてしまえそうなほどの、そこにいるだけで恐ろしさを感じてしまうほどの闇。
「わかるかしら?あなたの中に眠っている本来の能力のことを。冷たい闇を思わせるかもしれないわね。でも、それがあなたの本来の能力。そして、知らなければならない力なのよ」
沙久羅は手に鋭い痛みを感じていた。耀の能力が沙久羅を傷つけていた。
沙久羅の言葉をすぐ近くで聞きながら、何処か遠いところで聞いているような感覚が耀にはあった。
心に生まれた恐怖感。
喪失感。
苦悩。
ありとあらゆる負の感情が流れ込んできた。
ともすれば、その感情に押しつぶされてしまいそうなほどの闇。
『意識を額に集中して』
沙久羅の言葉がやけにはっきりと聞こえた。
そう言えば、自分の能力を知ることをしている最中だったということを思い出した。
言われるままに額、というか沙久羅の温かさが感じられるところに意識を集中することにした。
『あなたの知らなければならない能力よ』
沙久羅の言いたいことは少しわかった気がするが、まだ深いところまで行っていない気がした。
あと少しで届きそうなんだけど。
耀はそれが何なのか分からずに手を伸ばそうとした。
ありがとうございました。