60話
よろしくお願いします
魔王の再統括から数日が過ぎた。
魔王の心の変化に反応して少しの間日の光が差すようになってきていた。
「この世界は魔王の心に反応するようね」
微かな日の光に眩しさを覚えて佐久羅は言った。
「このまま、人界と同じように日の光が差す世界になると良いな」
耀が懐かしむような瞳を日の光に向けた。
「なるよ。ここには美奈がいるもの。魔王を一番に考えるひとがいる」
佐久羅は耀に向き直った。
「そうだな、必ずなるよな」
魔王の居城は魔王の魔力によって一瞬に直されていた。
「こんなところにいたのか。神の御使いが勝ったぞ」
魔王の側近という魔族が息を切らせて知らせに来てくれた。
「本当ですか?ありがとうございます」
佐久羅は側近の手を握り、礼を言うと駆け出した。
「すみません、慌ただしくて。後で魔王にも挨拶に行きます」
耀は律儀に謝りながら言うと佐久羅の後を追った。
「人というのは慌ただしい生き物なのだな」
魔王の側近のリスキートは苦笑して元来た道を引き返したのだった。
「美奈、美奈」
突然扉を勢いよく開いた少女は部屋の主の名を呼びながら、入室の許可をとる暇もなく駆け込んできた。
「ちょっ、佐久羅様」
「…あっ、にゃぁぁ」
メイドが止める暇もなく駆け込んできた少女は部屋の主に抱き着いた。まだ声を出すことになれていない少女は可笑しな悲鳴を上げてベッドに倒れこんだ。
「美奈、あっちも勝ったよ」
佐久羅は着替えている最中だった美奈に抱き着いていた。
「佐久羅って、ごめん」
耀は扉から入ろうとして、すぐに踵を返して扉を閉めた。
「耀様、賢明な判断でございます」
扉の向こうからメイドの声が聞こえてきた。
「はぁ…うん、終わるころに迎えに来るから、少しの間頼みます」
耀はそう言うと扉から離れて行った。
メイドのラティアはそれを確認したところで、ベッドで戯れる二人をため息交じりに見遣った。
『あっ、あの…佐久羅?』
体が触れているために美奈は接触テレパスで話ができる。
「ごめん、美奈」
佐久羅はただ美奈を抱きしめていた。
『よかったね、佐久羅』
美奈はただそう声をかけて頭を撫でてやっていた。
「佐久羅様、耀様が後で迎えに来られるそうですので、とりあえずそこをお退きください。美奈様のお着換えだけはさせていただきます」
ラティアは冷たい口調で言い放った。
「……はい」
自分が起き上がるついでに美奈もベッドの上に座らせる。
「ごめん、美奈」
照れたように顔を赤らめて佐久羅は苦笑した。
『びっくりしたけど大丈夫だよ、佐久羅』
美奈はにこやかに答えた。佐久羅とつないでいる反対の手で美奈はラティアを手招きする。
『とりあえず、着替えちゃおうか』
「はい」
ラティアは美奈の手を取り、美奈の声を聴くと頷いた。
「佐久羅様、お話はそれからでよろしいですね」
「はい…ごめんなさい」
ラティアの怒りの圧力を受け、佐久羅は小さくなりながらベッドから降り、近くのソファに腰を落ち着けた。
「佐久羅様、美奈様が『嬉しいはずなのにどうしてそんな顔をしているの?』と言われていますが」
ラティアは美奈の着替えを手伝いながら声だけを伝える。
「…あ、いや…顔に出ちゃってるかな?」
「はい、すごく」
佐久羅の言葉に美奈は無言で頷き、ラティアは声に出して美奈と一緒に頷いていた。
「はい、できました。私はいないほうがよろしければ退室いたしますよ」
ラティアは佐久羅の傍に寄って跪いた。
「別にいても大丈夫だよ」
佐久羅はそう答えて、美奈のいるベッドの端に膝をついた。
『どうしたの?』
美奈は心配そうに佐久羅の手を取って聞いた。
「うれしいはずなのに、美奈と別れなければならないと思うと寂しい。それに、私はまた人を巻き込んでしまった。今度は美奈だけじゃない、耀や美羅依さん達やほかの沢山の協力してくれた人たち。それにラティアさん達までも。私は疫病神だよね」
佐久羅は苦笑して美奈を見上げた。
『馬鹿だなぁ、佐久羅は』
美奈は晴れやかな笑顔で言った。
『何考えすぎてるのよ。佐久羅は私を巻き込んだなんて思っていたの?これはあなたのせいじゃないし、私が望んだ結果だよ。佐久羅がそう思っている人たちは少なくとも迷惑をかけられたと思ってはいないし、逆に巻き込んで悪かったと思っているはずだよ。皆事情があってこれに関わっているはずだしね。佐久羅、私はここに残るけどあなたの友人であることは決して忘れないし、心はいつも一緒にいると思っている。寂しいなんて思わないで。本当なら永遠にあなたには会えないところだったのを魔王は叶えてくれた。そして、ここに来てあなたにこの世界そのものを変えてもらった。これ以上の感謝のしようもないくらいに私たちを救ってくれたんだよ。こうして少しずつ日の光が届くようになったのもあなたがここを変えてくれたから。魔王の心を変えてくれたからだよ』
美奈の言葉に佐久羅は顔を上げた。
「ありがとう、美奈」
佐久羅は目じりに涙を溜めていたが笑顔で美奈に言った。
『佐久羅はいつも考えすぎる。私はそっちに行けないんだから、その癖直さないとだめだよ。本当によかったね、佐久羅』
美奈の頬を涙が伝った。悲しくないはずはなかった。もう会えないと思っていたかつての親友に会うことがかない、こうして笑顔で明日を信じることができるようにしてくれた。これ以上にないくらいに幸せをこの少女は置いて行ってくれる。
『…たまにはこっちに遊びに来てね』
美奈は佐久羅の首に両手を回し、抱き着いた。
「うん、うん」
佐久羅はそれを抱きとめ大きく頷きながら優しい涙を流したのだった。
ありがとうございました。




