6話
よろしくお願いします
「…はい?」
沙久羅は自分の耳を疑った。
「何回も同じこと言わせるなよ。恥ずかしいだろ」
耀は少女のように頬を幾分赤らめて言った。
「だって、私があなたに教えることなんてないじゃない」
沙久羅は溜息をついて、何を言っているんだかと思いながら答えた。
翌日から訓練をしながら任務に就くことになっていた耀と沙久羅は地下訓練場にいた。
訓練場はかなり広い敷地があるため、少しくらい大きな声でも周りには聞こえない。更に人目につくことも少ない森林区域にいれば誰がいるのかもわからないほどだった。
「私はあなたに教えてもらおうと思ってきたのに。私が教える立場なんておかしいじゃない」
腰に手を当てて、怒り心頭といった調子で耀に詰め寄った。
「もちろん、実戦に関することは俺が教えるけど、俺に魔術を教えてほしいんだ」
耀はもう一度頼んでみた。
「耀、解ってるの?あなたの能力は私の能力とは違うものでしょ?変換するとなると相当の能力が必要になるわよ。結希よりも相当の能力とセンスが必要になる」
沙久羅は解っているはずのことを確認するように聞いた。
「俺には今の能力は使えない」
耀は仕方ないというように理由を少しだけ話した。
「使えないんじゃないわよね」
沙久羅は責めるように言い返した。
「…ああ、使いたくないって言うほうが正しい。それに、この能力は闇雲に使うわけにはいかないんだ」
耀は沙久羅から瞳を逸らして、辛そうな表情をした。まともに顔を合わせたくなかった。
「瞳を逸らさないでよ。少しは知っているわ。あなたは闇の能力が使えるのでしょう?それも当主に匹敵するくらいの強い能力の持ち主だと聞いたわ」
沙久羅はゆっくり息を吐きながら言った。
「沙久羅は知らないんだ、この能力の恐ろしさを」
耀は叫ぶように強く言った。
「……怖がってちゃ、何もできないんだよ。そんなことも教えてもらえなかったの?あなたの周りには過保護な人が多かったのね」
あきれたような表情で溜息交じりに言った。
「私には冷たい人ばかりだったからね。自分の能力を知るところから始めたわ。せっかくあるんだもの、有効に使わなくちゃと思ったの。あなたはそれもしてこなかったのよね。ただ恐れて、暴走するのも仕方のないことだと思うわ」
沙久羅はけれどと耀に詰め寄った。
「使うの。暴走しないように制御するのよ。あなたならできるわ。強い力はそのためにあるんだもの。そのためになら、教えるのも良いわ」
心の中で結局、自分も甘いのかな。と、沙久羅は思わずにはいられなかった。
昨日、耀の友人の彰芳が自分に頼むと言いながら話してくれた過去のことや能力のことを知らなければただ突き離していた。
「あなたのその本来の能力を使いこなせなければ、魔術への変換は難しいわ。そんなんで良く実習ができていたものよね」
これには沙久羅も呆れていた。まさか、能力の半分以下でやっていたなんてこと知りたくもなかった。
耀の潜在能力の高さが恨めしい。
「そう言わずに」
耀は苦笑するしかなかった。とりあえず、教えてくれる気にはなってくれたらしいことが分かっただけでも良かったと思った。
ひとつ腑に落ちないのがどうして彼女が不機嫌なのかがよくわからない。時々鋭い視線を投げかけてくる。
耀にはまさか沙久羅がライバル心をメラメラと燃やしていることなど当の本人には知る由もないことだった。
ありがとうございました。