51話
よろしくお願いします
耀は突然の浮遊感を覚え、その後に落ちる感覚と目の前に微かに石壁が通り過ぎていくのを見て、かなり高い所から落ちているのを実感した。
「お前が迎えに来ているということは、向こうは大体片が付いたということだな。カリスは逝ったようだな」
魔王の声に微かに残念そうな響きがあるのはなぜだろうと耀は疑問に思った。今まで、美羅依達から聞かされていた魔王の印象とだいぶ違うことがうかがえる。それとも、自分を抱えているのは、本当は魔王ではないのだろうか?
そう思っているとイヴァーレが正真正銘の魔王であると教えてくれた。
「大人しくなったと思ったらそんなことを考えていたのか。そうだ、私がこの世界の王であり、そなた達の言う魔王だ。それにしても人とは面白い生き物だな」
魔王は楽しそうに言うと、着地したようで落下していく浮遊感が突然終わった。それと同時に耀を地面に放り出した。
「地に着いたのだ。男なら私についてくるが良い。お前の探している娘のところまで連れて行ってやろう」
魔王はそういうが早いか、すぐさま走り出した。
「…なっ…ちょっ」
理由を問おうにも魔王は時間さえくれない。それに心なしかやはり焦っているようだった。
「ついて来れぬなら、置いていく」
魔王はさらにそう言い捨てて走り去った。
「ついて行けばいいんだろう?」
耀はそういうと魔王に遅れないように走り出した。それについて行けば沙久羅に会えると言っていたではないか。
そう思い直して魔王を追った。
「それにしても、何に焦っているのだろう?」
「お前の娘も我の大切な娘も今、命が危ういのだ」
魔王はそれだけ言うと飛ぶように走り去った。耀もついて行くが、魔王のそれは尋常ではなく、あと少しで本当に見失うところで城にたどり着いた。
そこで見たのは壁という壁にへばりつくように蠢いている黒い何かが全体を覆っている姿だった。
「…なっ」
「とりあえず、精霊もそなたも目を閉じておれ」
そういうと魔王は頭上高く右手を掲げた。それを振り下ろすと、蠢いていた者達はピタリと動きを止め、一体残らず体液をまき散らしていた。
「後で流すしかないな」
舌打ちをしながら魔王はそう呟くと自らの城に堂々と正面切って入って行った。
その後には死骸が魔王の通る道を残して山のように積みあがっていた。
魔王の「もう眼をあけてよい」との声を聴いて目をあけるとそこには死骸の山が築かれ、魔王が目の前に石壁をさらす城に向かって歩いていた。それの後をやっとの思いで追いかけ、死骸を目の当たりにして一瞬怯んだが、耀も魔王に続いた。
心境としては何もここまでしなくてもと思う気持ちもあったが、周りの見えていない今の魔王にはこの者達は邪魔者にしか見えていないのではないかと思った。
「…突っ込むぞ、人よ」
魔王はそういうと目の前に群がってきた魔族の者達をいつの間にか手にしていた黒く輝く剣で一閃した。魔族たちも魔王相手に一人で勝つつもりはないようで数にものを言わせて襲い掛かってきた。
「イヴァーレ、遅れは取れないよ」
耀は覚悟を決めて、沙久羅が連れ去られてから特訓したものを披露した。
「ほほう、器用なものだな」
魔王も感心したように無傷でいる耀に目を向けた。
「何せ、あなたに沙久羅を連れ去られてから特訓しましたからね」
魔王の言葉に皮肉を込めて返事すると目の前に立ち塞がる魔族の者達を次々と手にした鈍く銀色に光る大剣で薙ぎ払っていった。
「使い物にならねば、ここに打ち捨てておこうと思ったが、何とも勇ましいな。あの娘もだがお前もなかなかに面白い人間のようだ」
魔王はそう評価してまた前に向き直った。
「…なんか、思っていたのと違うような気がする」
ぽそりと耀は呟いた。
「人とは変わることができるのだろう?私もまた人と触れ合って少し変わっても不思議はあるまい」
魔王は楽しそうに言った。その間にも目の前に立ち塞がる魔族の者達は魔王によって薙ぎ払われていった。
「俺、いらなくない?」
その様子に耀が呟いたのも仕方のないことだった。魔王は楽しそうに自分の行く手を遮る者達を次から次へと薙ぎ払い、耀はほとんど手を出すこともしていない。
「まあ、そういうな。これからそなたの力を借りなければ我でも少し難儀する相手なのだよ」
魔王の言葉に群集の間から小さな人影が姿を現した。
「魔王って、この世界の一番偉い人だよな」
「その通りなんだが、謀反を起こされてな。ちと厄介なことになったのだよ」
魔王と耀の前に立つ小さな人影は魔王の側近の一人だった。
「魔王様」
剣を握るその人は沈痛な面持ちで魔王を見ていた。
「なぜです。あなたがこの世界を裏切るなど」
そこには将軍達が行く手を遮っていた。今にも美奈の結界は消えかけようとしている時なのに、このままでは命を落としかねない。
「我がこの世界を裏切ったことなど一度もないわ。全くカグエリルに踊らされおって、嘆かわしい。本当に我が信用できるのは美奈とリスキートだけのようだな」
魔王はそういうと怒りを露わにしていた。
「人の子よ。時間がない。そこの闇の精霊ならそなたの娘のところまで案内できるだろう。今ならそなたは将軍達には見えていない。ここは我が引き受けるゆえ、混乱に乗じて先に行け。一緒にいる娘も救ってくれると信じているからな」
呟くように魔王は言うと地面を思い切り踏みしめた。そこには盛大に砂煙が立ち、地割れが起こる。
耀はその砂煙に隠れて、イヴァーレに導かれて先を急いだ。
魔王は怯んだ将軍達にめがけて低く跳躍する。先ほどよりも鋭い斬撃を繰り出した。しかし、将軍達も歴戦の猛者揃い、神の使い達とも何度もやり合っている者達がほとんどである。魔王の斬撃を全員で何とか防ぎ切った。
「ほほう。やはり一筋縄ではいかぬものよの」
魔王の表情は本当に楽しそうだった。
これまで本気で戦うことなど数度しかなく、味方と言える将軍達と本気でやり合ったことなどなかった。
「楽しいのう?ヘルミナート」
一瞬で間合いを詰め、将軍の一人のヘルミナートの顎を掴んで引上げ、見下ろした。
「…ま、まおっ」
完全に虚を突かれ、剣も術も間に合わなかった。
「油断はするなといつも言っておろうが、馬鹿者」
魔王はそういうとヘルミナートの鳩尾に剣の柄を食い込ませた。ヘルミナートは勢いよく弾き飛ばされ、そのまま意識を失っていた。
「まあ、鍛錬は怠ってはいなかったようだな。死にはしていないだろうよ」
ヘルミナートが倒れているところを眺めて魔王は吐き捨てるように言った。
「だから、他人に気を取られているとこういう目に合うと、前にも教えておいたというのに」
嘆かわしいと言いたげに首を横に振りながら、右手を頭上高く一振りしていた。そのさらに上には顎を殴られ、宙に放り出された青年が弧を描いて落ちてくるところだった。
「鍛え直しと行こうではないか、者共?」
魔王は意地の悪い笑みを浮かべてその場にいるすべての魔族を一瞥した。
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