5話
よろしくお願いします
沙久羅達が思っていたよりは数日が過ぎてから、召集が掛けられた。
本部棟の奥にある大講堂に学園内のすべての生徒会、児童会が集まり、更にZクラス代表が集まっていた。もちろんそこに沙久羅と耀も呼び出されていた。
大講堂の壇上に立つのは学園でもかなり有名な四人の高等部生徒会役員。
「本当に彼らが仕切っているんだね」
こそこそと沙久羅が耀に耳打ちした。
「桜華会はこの学園の中枢でもあるんだよ。誰にでもできることじゃない。ましてやこの組織は人外の者との戦いでもあるからな。相手は未確認。こっちは被害が出て初めて気づくということが多いんだ。現に今回も高等部の生徒が一人亡くなっている」
資料を指して耀は言った。
「…結構派手にやられたんだね。これは可哀想だわ」
資料の二枚目を見て、沙久羅はすぐに目を背けた。
「これはまだ良いほうかもしれない。条件によっては全くと言っていいほど証拠が残っていないようなこともあるんだよ。人が突然消えてしまったりね。何らかの痕跡を残しているものだから何とか探し出したりはするけれどね。結構時間がたったりしちゃうこともしばしばだったりするよ」
耀は視線を壇上に向けたまま言った。壇上にいる人たちの中に自分の姉がいた。書記としている姉は発言は全くしていない。ただ、黙々と議事録をまとめているようだった。
「あそこにいるのが、お姉さん?」
沙久羅が不意に問いかけた。
「…ああ、そうだね」
耀は少しの間をおいて無表情で答えた。
「ごめん」
沙久羅は耀の心境を察して、謝った。
「謝ることはないよ。最近は姉との接点がなくてね。普通の姉弟のような会話さえないんだよ」
耀は会議に入って初めて沙久羅を見て苦笑して言った。
「…俺達の班は高等部書記の藤梛班になったようだね。この後、ミーティングがあるから、いなくならないでね」
少し寂しそうな表情を浮かべて耀は言うと立ち上がった。全体の会議が終わったらしい。
「初めてなんだから、少しは手加減してくれるんでしょうね」
沙久羅は溜息交じりに愚痴のように零した。
「初めてだから、結構実戦になったりしちゃうんだけどね」
耀は頬を掻きながら、苦笑して言った。
「…本当?」
沙久羅は冗談とも取れないような耀の言いように大きく溜息をつくしかなかった。
「沙久羅。同じ班になったね。これからよろしく」
結希が嬉しそうに言いながら近づいてきた。隣には彰芳もいる。
「初仕事だからな。班分けも気を使ってくれてると思うよ。俺達と一緒にしてくれてるくらいだからな」
彰芳が耀に耳打ちした。
「姉自らが働きを見ることもないだろ」
耀は煩いとでも言いたげに大袈裟な溜息とともに言った。
「梛様は心配なんだよ。お前が怪我しないかとかさ」
彰芳は苦笑して言った。
「どこまで過保護なんだか」
過保護にされている本人はあきれたように呟いた。
「最近、話もしてないんだって?梛様が時々俺に聞いてくるんだよな。耀は訓練してるのかとか、パートナーとうまくいってるのかとかさ」
彰芳は的確な指示を出している耀の姉を見ながら言った。
「過保護すぎるだろ」
今日は何回溜息をついたらいいのだろうと思いながら、耀はまた溜息をついて姉の動きを見ていた。表情は少し嬉しそうにしてしまっているのにも気づかなかった。
「耀、良いことでもあった?」
沙久羅が耀の顔を覗き込んで聞いた。
「……いや、別に」
耀はそれ以上何も言わなかった。
その後、班分けされた沙久羅達は分担の任務をするべく散会した。
「…耀」
講堂を出たところで耀は呼びとめられた。
「はい」
事務的に耀は振り向いて返事をする。表情は硬い。
「唯衣さんも。初めての任務です。気をつけてくださいね」
藤梛高等部生徒会書記はそれだけ言うと、講堂へ戻って行ってしまった。
沙久羅はそんな二人のやり取りを見て、少し苛立っていた。
姉弟ってそういうものじゃないよね。
「耀、なんでそんなに硬い表情なのよ。弟なんでしょ?もう少し弟らしい会話をしてきなさいよ」
沙久羅はそう言うと耀の背を押した。
「おせっかいだと思うけど。この際、任務にプラスになるなら何でもやるわ。班長と仲良くなるのも情報を早くするためには重要なのよ。もう少し話してきなさいよ」
沙久羅に言われ、仕方なくと言った感じで、耀は無理やりに講堂に押し込められた。
「沙久羅さん、やる」
彰芳は口笛を吹いて、沙久羅をほめた。
「せっかく姉弟で同じ境遇なんだよ。使わない手はないじゃない?それに、ぎくしゃくしてるのは好きじゃないし」
彰芳に言われ、沙久羅は講堂の扉を見て言った。
「私は『きょうだい』って知らないから。妹がいるらしいんだけど、会ったことないし」
苦笑して答えた沙久羅の表情はとても悲しそうだった。
「…姉さん」
耀は講堂の壇上に荷物を取りに行っていた姉に声をかけた。
「……どう、したの?」
姉は驚いた表情を隠すことなく聞いた。
「いや、特に俺はないんだけどさ。姉弟らしい会話をして来いとおせっかいな友人に言われて、とりあえず来てみたんだよ」
耀は頬をカリカリと掻きながら、照れくさそうに言った。
「ぷっ…なにそれ」
姉は噴出さずには居られなかった。
「笑うなよ。俺もなんか言いくるめられてここまで来ちゃったんだからさ」
耀はおもしろくなさそうに頬を膨らませた。
「ごめん。でも、面白すぎだよ、その理由」
姉は腹を抱えて笑った。
「祐希姉さん。あんまり話もできなくなったけど、これからは俺も手伝うから。辛い役目ばかりさせてごめん。俺でも当主の補佐くらいはできると思うんだ。たった二人の姉弟だからさ、力を合わせなくちゃ駄目だったんだよな」
耀はどう言って良いかもわからない様子で頭を下げることしか思いつかず、謝った。
「耀。ありがとう。その言葉だけでも嬉しいよ。藤家の仕事はあなたがちゃんとこの仕事ができることを解ったうえで手伝ってもらうわ。でも、本当に嬉しい」
祐希は瞳に大粒の涙を浮かべていた。
「姉さん、泣くなよ。俺が困るって」
耀は焦って両手をバタつかせながら周りを見回したりと忙しなく困り果てた様子でいた。
「ごめん」
祐希は零れた涙を拭って、謝るといつもの優しい表情に戻っていた。
「もう大丈夫だよ。今回の仕事はそれほど時間は掛からないと思うけれど、気をつけて。凶暴なものが後ろにいる気がするわ」
祐希はそれだけ言うと今度こそ、高等部の生徒会メンバーのもとに行った。
「ありがとう」
耀は微笑を浮かべて礼を言うと講堂を出た。
耀が本部棟を出ると、待っていた沙久羅が心配そうに見つめていた。
「…帰ろう」
耀に促され、沙久羅は黙って耀の後について行った。
「……ありがとう、沙久羅」
しばらく歩いた頃、耀はぽつりとつぶやくように言った。
「姉弟の会話はできたんだね」
沙久羅はほっとしたような表情で聞いた。
「まあ、それなりにね」
耀は照れくさそうにしながら答えた。
「なら、良かった」
沙久羅は自分のことのように嬉しそうに表情を緩ませて耀の後を歩いた。
ありがとうございました。