47話
よろしくお願いします
居室へ戻ると魔王の言う通り、ベッドでばてている沙久羅がいた。
『沙久羅』
美奈は腰に手を当てて沙久羅を覗き込んでいた。
「…あ、美奈」
苦笑して沙久羅は答えたが、それも億劫なほどに疲れていた。
『沙久羅、無茶はしちゃだめだよって、言ったよね』
美奈は沙久羅の耳を強く引っ張って言った。
「いっ…痛い、いたたたっ…美奈ぁ、ごめんってぇ」
沙久羅は引っ張られた耳を美奈の手から離そうともがいたが美奈の指は細く、強く握れずにいたため、逃れることはできなかった。
「ほんとにごめんよぉ」
眦に涙を浮かべて謝った。
『もうしない?』
美奈の問いかけに強くうなずく。
「しない、しないから許してぇ」
二人のやり取りを見ていたラティアがくすくすと笑った。
「失礼いたしました。あまりにも微笑ましくて」
ラティアの笑いに美奈も笑顔になり、沙久羅から手を離した。
『まあ、これくらいにしてあげるわよ』
美奈はため息をついて許すことにした。
「もう、美奈は怒ると怖いんだから」
引っ張られていた耳を擦りながら沙久羅は言った。だが、少し反省する。
「お二人とも、夕飯ができています。お持ちいたしますね」
ラティアはそういうと部屋を出て行った。
「美奈、今日のお勤めは終わり?」
ベッドの上で寝そべって沙久羅は聞いた。
『うん、今日は終わり。そういえば魔王様はしばらくこの城から出るみたい。出張みたいなものかな』
美奈は沙久羅の手を取って答えた。
「じゃあ、明日から美奈と一緒にいられるんだね」
沙久羅はにこやかに言った。
『そうね、一緒ね』
美奈は嬉しそうに言ったが、一瞬不安そうな顔をする。
「美奈、心配する気持ちはわかるけど、魔王さんだったら心配いらないんじゃない?この世界では最強なんだからさ」
美奈の小さな頭を撫でて沙久羅は言った。
『そっ…そんなんじゃ…』
美奈が言い終わらないうちにラティアが突然ドアを蹴破るように入って来た。
「美奈様、沙久羅様、この部屋から絶対に出てはなりません」
そういうとラティアは懐から鍵のようなものを取り出してドアに掲げた。
「封印の魔法陣?どうしたの?」
沙久羅がその鍵から放たれた魔法陣に見覚えがあったのか、ラティアに問いかけた。
「謀反です。魔王様に楯突く者どもが美奈様を狙ってこの城へ押し寄せてきたんです」
「さすがにいやでも気づくよな」
小さく呟いてカグエリルは外を眺めた。カリスの動きは当然見張られていたわけだし、この世界の最高権力者たちの情報網は侮れないこともわかっていた。
「…では、こちらも動くとしますかね」
楽しそうに一人呟くと最近購入した携帯電話を取り出した。
「そろそろですよ」
電話の向こうの人物は楽しそうに答えた。手筈は上々。後は魔王の宝を奪えば良い。
「カリス将軍、せいぜい暴れてください。私のためにね」
カグエリルは楽しそうに舌なめずりをした。
『そろそろですよ』
電話の向こうからカグエリル将軍が言った。この世界の通信機はどこにいてもつながり、情報も逐一調べられて本当に便利だった。
「じゃあ、始めようかな」
通信を切るとカリスは楽しそうな声を上げた。これが笑わずにいられようか。仇敵と言っていい奴らを殺せる上に邪魔なものたちをも消せるのだ。楽しくて仕方ない。
「お前たち、目一杯暴れていいからな」
後ろに控えていた人ならざる者達へ号令をかける。
その者たちは一斉に散らばった。
「今日が年貢の納め時ってやつだよ、神に魅入られし人の子達よ」
美羅依達七家の者達は一度集まっていたが、現在は美羅依が一人で家路についていた。
「美月もわからず屋なんだから」
美羅依は珍しく怒りをあらわにしていた。
家の躾で感情をあらわにすることを禁じられている七家の、それも当主である者が感情を出していることは極めて稀なことだった。
皆、頼んだわよ。
美羅依は回りに気取られない一瞬、虚空を見上げてまたゆっくりの歩調で歩き出した。
しばらく歩いていると人気のなくなった路地に何かの気配を感じた。
「人では、なさそうね」
人の姿をしたその者達は、かつては人であった器。この学園は魔王配下の者達には絶好の狩場だ。何せ、異能の能力をその身に宿している者が全国から集められている。魔族の器には最適な環境だった。
「あら、よくお分かりで。桜華会会長様」
嬉しそうに返事をするのは最近姿を見なくなっていたターゲット、比賀 奈都。魔界ではカリスと言ったか。
もう人であった頃の記憶すらないだろう彼女はすべて魔族に食われてしまった器と化していた。家族である親は以前に見つかった血を抜かれた変死体の男性であり、母親はすでになく、たった一人の兄も魔族の餌食となってしまっていた。可哀そうなことをした。まだ中学生で、これから楽しいことだってあったはずだ。たった一時、暗い感情に引き摺られてしまったばかりに、そして運が悪いことに魔族が追放されてきたばかりに犠牲となった哀れな少女。そして、その少女を取り囲んで守るように立っている数人の人だった器はやはり学園の生徒で、能力が未発達な少年たちだった。
ああ、早く解放してあげなければ。
美羅依は右手の掌を真っ直ぐに少女に向けた。
ありがとうございました。




