46話
よろしくお願いします
このままあいつらは固まって動くだろうか。
時間は無情にも過ぎていく。魔王様への供物を一刻も早く差し出さなければ私は切り捨てられる。
両手を見ながらそんなことをカリス将軍は思っていた。まだ捨てられたわけではないと自分に言い聞かせていた。
「小娘め」
憎々しげに呟く。
そんなカリス将軍を冷ややかな目で見つめるのは人の身を乗っ取ったカグエリル将軍だった。
まだ、捨てられたとは思っていないのですね。
まあ、せいぜい私のために働いてください。私が魔王の地位を簒奪するその時までね。
カグエリル将軍はほくそ笑んでいた。今の魔王のように手を拱いて、この世界を蹂躙できないなんてことはしない。一気に攻め込んでこの世界などものともせずに進行し、神の国まで乗り込んで制圧してやる。
我ら魔族を地の底に追いやりのうのうと生きているこの世界も、あの忌まわしい神の世界も気に食わない。
そして何よりこんな世界に自分を放り込んだ魔王を許せるはずもなかった。
「…みていろ」
カリスにもわからないようにそっと手を握った。
それにはまず、この世界の神の御使いを手土産にしなければならなかった。
だが、神の力を持つその者たちは個々には弱いくせに集まると厄介だった。
「おびき出しますか」
ため息をついて言った。その方法は諸刃の剣。おびき出して一人をとらえたとして奴らが黙っているわけはない。それに、わざと自分を囮にしてくるかもしれない。それではかえって自分に危害が及ぶ。
「……カリスに任せますかね」
カグエリル将軍は一人ぽそりとつぶやいた。自分は高みの見物をしよう。どうせ、後で切り捨てようと思っていた奴だし、ここで死んでもらっても別段かまわなかった。
「カリス将軍、実は……」
カグエリル将軍はカリス将軍を呼んで、作戦を話した。諸刃の刃となるその方法を取らせるために。
「たぶん一生、あいつはわからない。信頼のおけるものを一人も作らなかったカグエリルには王というものがわからないだろうな」
魔王はため息交じりにひとり呟いた。
『あの、策略家の?』
魔王の手にそっと自分の手を重ねて美奈は聞いた。
「そうだ。王というものは孤独なのだ。だが、信頼のおけるものがいたとき、王は強い。あいつはわかっていないのだ。私はこの数年でわかった。お前というものを手に入れて初めて分かった。本当に信頼できる者のいることの大切さがな」
魔王は美奈の頭を優しく撫でた。
「…お前の友人はまだおとなしくしているようだな。そろそろ暴れ出す頃合いかと思ったが……」
『沙久羅はそんな子じゃありません』
美奈は魔王を睨み上げた。
「お前同様聡いのだな。そして自分の立場も理解している。よき友を持っていたのだな、美奈」
魔王は感心したように言った。
今までにない我慢強い子供だった。美奈も同様にどんなに辛い境遇だとしても耐え抜く器量を持っている。
『魔王様、沙久羅は返してくださいますよね。私のようにはしないでください。それとも私では満足できませんか?』
幼い少女は魔王に縋った。必死に友のために自分の命を引き換えにしても返そうとしていた。
「向こうの世界が落ち着いたら返す。だが、お前は手放さない。お前を手放したら私はまた一人だ。それこそこのような世界を亡ぼし、お前のいた世界を手中に収め、それでは飽き足らず、神の国も攻め落とすだろう」
『そのようなことはさせません。私はずっとあなたの傍にいます。離れることはしませんよ』
魔王の辛い表情を和らげるように美奈は頬に手を添えて、なだめるように言った。その瞳は穏やかで魔王の考えなど見通しているように感じられる。
「美奈、お前がいる限りお前の友の世界には私は決して手を出さないと誓おう。だが、お前が私を裏切ったときはすべての世界を破壊する」
魔王は切ない表情で美奈を見下ろした。
『そんな顔をしないでください。では私も誓いましょう。あなたとともにいるということを。決して裏切りません。裏切ったときはあなたの思うようにしてください。私の命はあなたがくれたものです。あなたに必要とされることさえも私には過ぎた物なのかもしれませんね』
美奈は苦笑して答えた。
ああ、どうして私は自分を殺した相手を好きになってしまったのだろう。この孤独に耐える王を私は見てきた。見てきたからその辛さや寂しさをわかってしまった。かつての自分がそうであったかのような錯覚を起こす。友がいながら、一人でいるという恐怖をこの人は幾年月味わってきたのだろう。
『私はあなたのものです。それだけは変えられない事実ですから、あなたがいらないというまで傍にいましょう』
美奈は今までにない笑顔を魔王に向けた。
離さないで。私は決して離れない。
美奈は決意を瞳に宿して魔王を見上げた。その顔は晴れやかに今まで悩んでいたことが晴れたように爽やかだった。
「そろそろカグエリルが動く頃だろう。そしてお前の元の世界の住人達が、あの神の使い達がお前の友を助けようとする頃だ。カグエリルが仕掛け、それにあらがうすべを持たなければお前の元の世界は数日で奴のものとなるだろう」
魔王はどこかを見据えて話し始めた。
『そんな…』
美奈は絶句した。どうにかして手助けをしたかった。
「そんな顔をすることはない。今まで何度私と遣り合ったと思っているのだ。私は幾度となくあの世界から忌々しくも力をそぎ落とされて落とされたかわからない。それほどに奴らは強いのだ。たぶん、神の使い達は同じ時期にカグエリルへけしかけるだろう。見ているがよい。私の予測が正しければ数日のうちにお前の友の迎えは来る」
美奈の頭をそっと撫でて魔王は言った。
そう、あの者たちは決してあきらめることはしない。今まで一度もあきらめることも、私に負けたこともないのだからな。
魔王は今までの長い長い闘いの日々を思い出していた。
初めはただ自分に従わないものが許せなかった。神もその使いも。
いつからだろうか、あの者たちに興味を持つようになったのは。たくさんの時間を生きる魔族と違い、人は短い生を生きる。そしてあの者達はその短い生を精一杯生き、死して尚、記憶を残して私と対等の時間を生きていた。
だから興味がわいた。どう生きていくのか見てみたかった。だから、あの者たちの中の一人を罠に嵌め、貶めた。屈辱にゆがむその中でも気高さは失わず、ついには私をこの世界に60年という年月閉じ込めることに成功した。なぜそこまでできるのかはわからなかった。だが、今思えば愛するものを持った今の自分にならわかる気がする。
『…魔王…さま?』
美奈が不思議そうに聞いてきた。
物思いにふける魔王を見たことがなかった美奈は少し戸惑ってしまった。
「何でもないのだ。そろそろ部屋に戻るが良い。友が力を使い果たしてばてている様だ」
苦笑して魔王は言うと美奈をメイドに預けた。
『…まあ、大変』
美奈は驚いてメイドにすぐに自室へ戻るように促した。
「美奈、しばらく私はここをあけねばならん。くれぐれも無茶をするな。何かあればこの間のように私を呼べ。声が届けばすぐに駆けつける」
魔王はそういうともう美奈の方を見ることもなく、奥へ消えたのだった。
美奈は大きく一つ頷いた。心の片隅に少しの不安を抱えて、自室へ戻ったのだった。
ありがとうございました。




