表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/61

41話

よろしくお願いします

「つまんない」

 少女が膝を抱えて呟いた。

「兄様、つまんない。つまんないったら、つまんない!」

 最近の少女の言動はこればかりだった。

 沙久羅を取り逃がしてしまった事が相当悔しいらしい。

「解ったから、少し静かにしないか。集中できん」

 年上の青年が少女の頭を軽く小突いて言った。

「何をやっているのよ。……無駄むだ。忽然といなくなった人間を探し当てることは不可能よ。あなたのその魔力でもね。魔王様の能力ならありえたかもしれないけれど…」

 うっとりと魔王の名を口にした少女は嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 その少女を何とはなしにみていて、一つの事に思いついた。見落としていた。自分の長が自分達を出し抜いたとどうして解らなかった。

「この世界には、いないと言う事…っ」

 少年はテーブルをダンと強く叩いた。

「なっ…なによ」

 少女はそれに驚いて少年を見上げた。

「忘れていた。俺達はこちらの世界に送られた。魔王はこちらの世界に干渉しないとなぜ思っていたのだろう……何の情報もなく、左遷同然の処遇。それが魔王に出し抜かれることになるとは…」

 悔しそうに少年は叫ぶようにテーブルを何度も強く叩いて言った。

「…魔王様…」

 少女は呆然とした。彼の言うことが本当なら、自分は本当に魔王から背を向かれていたことになる。あの、小さな虫けらのような少女のあどけない表情が浮かんだ。魔王の愛情を一身に受けている少女。特別待遇も甚だしい。

「……あの、女……」

 唇を強くかみしめた。血が滲むのも構わなかった。悔しい。あの女さえいなければ、魔王の愛は自分に向いていたものを……

「魔王様に事の真相を……」

 少女は踵を返して魔界へ行こうとした。

「待て、ここで我らが真相を知ったことを知られてみろ、俺達はあちらに帰ることは未来永劫ない。ここは少し抑えるんだ」

 少年に言われ、少し頭を冷やした。

「……それで、どうするのよ…」

 この者の言うことをとりあえず聞いておくのも良いかと思うようになっていた。

今はあの女を殺さなかったことを後悔していた。だからこそ、冷静になるべきだった。愛しいものを奪い返す。自分のために、我々魔族のためにも……



 数日が更に過ぎた。現実世界では特に変わったことも表立ってはなく、表向きの平和は保たれていた。

 そのうちに美羅依は魔王にコンタクトを取ることができた。

「魔王が沙久羅さんを匿っていることは間違いないわ」

 美羅依が全員集まった席で口を開いた。

 これまでにはなかったことだった。魔王がこちらの人間に、特に敵対していた自分たちに心を開かないまでも会話を持ちかけるなど……

「魔王は沙久羅さんを如何こうする気はないようだわ。純粋に助けただけみたい。魔王が助けたい人のために連れて行っただけらしいの。沙久羅さんのかつての唯一の親友だった少女があちらの世界で魔王の近くにいると言っていたわ」

 不思議そうな表情で美羅依は言った。人を助けたり、匿ったり。前世より以前の魔王にはあり得ない行動だった。

「…人は変わる。魔王も変わると言うことなのではないの?」

 結希が当り前のように言った。

「数千年の時を生きて来て、初めての感情が芽生えたと言うのか?」

 桔梗があまりの話の展開についていけないような表情で机を強く叩いて叫んだ。

それほどまでに凄まじかったこれまでの戦いを結希達は知らない。彼女たちは今回たまたま巻き込まれてここにいるだけの者達だ。いくつもの記憶を延々と引き継いできた七家の当主達はやりきれない思いでいっぱいだった。

「『魔王も』ではなく、あの極悪非道の魔王をも変える力を持った人間が今、魔王のもとにいると言うことが奇跡なのだと俺は思う」

 柚耶が呟くように言った。これまでの事を忘れたわけではない。前世でされた屈辱を許せるはずもない。だが、人のような感情を持つことができたのなら、対話を持つことも可能なのではないかと考えていた。

「私もそう思うわ。魔王の言うことにはこちらに元腹心の二人がいると言うこと。その者達は魔王を裏切った者たちだと言うのよ。好きなようにするが良いとまで言っていたわ」

 美羅依は変わらない面も見られる魔王に逆に安堵したのを思い出した。でも、人に対しての考え方がわずかに変わって見えるのは気のせいではない。

「あちらにいる沙久羅さんには悪いけれど、今はこちらにいる魔王の元腹心だった魔族をどうにかしないといけないみたいね」

 美月が考え込んだ表情で言った。

 確かにその通りだ。沙久羅は囚われているとはいえ、安全な場所にいると言っても良い。それよりも切り捨てられた魔族がどう出るかが解らない。

「…耀」

 ずっと考え込んでいた耀を心配そうに姉の祐希が小声で囁くように名を呼んだ。

「大丈夫。安全であるならば、俺はやるべきことをやる。それだけだよ」

 耀は真っすぐにその場にいる者達を見渡して言った。

「魔王はこちらにこれ以上の干渉はしないと言っていたわ。こちらに送りこんできた魔族の始末も自分でする気はないみたい」

 呆れたように美羅依は言った。そういうところは変わっていない。自分に被害がなければ後はどうでもいいと以前言っていたのを思い出した。それと同時に前世の記憶の片隅に魔王の凍りつきそうなほどに冷たい瞳が美羅依を射すくめた。

「…大丈夫。今、魔王はここにいない。俺が傍にいる」

 美羅依の手を取って柚耶が耳元で囁いた。

「……うん。ありがとう」

 美羅依は握られた手から暖かいものが流れてくるような気がした。

「では、まず、潜伏している情報から話そうか」

 話を切り出したのは学園で情報を統括している不空会会長をしている彰人だった。

「もうそんなところまで調べてあるの?」

 驚いたとでも言うように美月が聞いた。

「この学園の情報網をばかにしちゃいけない。もちろん、今回は梛の力も大いに使わせてもらったけれどね」

 言いながら地図を広げた。この学園都市の詳細地図がテーブルに広げられた。そこにはいくつかの印まで付いている。

「まだ完璧じゃないから本当は出したくはないんだけど、結構上手く隠れていてね。なかなか尻尾を出さないんだよ。魔王の情報だと一人は参謀までしていたくらいの知識、知恵を兼ね備えている。こちらに来るのは初めてではないらしい。もう一人は単純に言うと筋肉バカ。って言ってたから、頭脳系は苦手らしい。感情に任せて動くとも言っていた。そうだったよね、美羅依先輩?」

 彰人の言いように美羅依が無言で頷いた。

「この間の戦闘の時にチラリと姿を現したのがその筋肉バカと言われた奴らしい。人を殺すのは虫を殺すのと同意らしい。実行犯はすぐに捕まえられると思うけど、問題は頭脳派の奴。こいつがいる限り、二人共に捕まえるのは困難だと言わざるを得ない」

 彰人は続けた。

「ここに書いてある印は潜伏場所と思われるところなんだけど、実際は(もぬけ)の空。確かに以前はいたんだと思うような形跡はあった。けれど、それだけだったんだ。最近は頻繁に場所を変えているらしい。今のところ後追いのような形で見つけている状態だよ」

 大きく溜息をついた。

「不空会もお手上げ状態か」

 難しい表情で祐亨が呟いた。

「結構てまどりそうだね」

 柚耶も唸った。不空会は、特に今は梛がいる不空会だからこそ、この国の情報、下手をするとこの世界の情報をも持つとまで言われている。その不空会でさえ、情報が不十分とは……

「…これって、おかしくない?」

 地図をずっと見ていた美月が指差したのはあるアパートだった。

「他のところは無人の廃墟だったりするじゃない?でも、ここは違う。私、たまにこのアパートの近くにあるケーキ屋に行くから知っていたのだけれど、そこは一般の人たちが住んでいる場所だよ」

 学園都市内にはアパートも各所に造られているが、それは一般の特殊能力は全く持たない者達専用に公開されている物件である。自分達のように特殊な能力がある者は学園で用意した寮か、かなり値の張るマンションに住むしかない。

「そういえば、ここ数日、この近辺で人が一人亡くなっていたな」

 思い出したように祐亨が言った。

「歳は五十くらいの男性。餓死って聞いた」

「あ、それ聞いた。ほぼ白骨化していて、身元確認が難航してるって桜華会で言ってたよ」

 美月が思い出したように言った。

「どうして中等部の桜華会でそんなやつ扱ってんだよ」

 柚耶が初耳だと言わんばかりに言った。

「ああ、高等部までは上げてなかったんだ。実はその白骨化死体って血液抜かれてたみたいだって言うから、現場に近い中等部で調査することになったんだよ。怪奇系は警察から桜華会にまわされる事多いからね」

 学園都市内の怪奇事件は主に桜華会、不空会が扱うようになってきている。ただの一般人が起こしたと思われる殺人事件や事故などは警察の仕事というように分担されてきているのが実情だった。警察所内でも桜華会や不空会の経験者が多く在籍しているからこそ連携できていると言って良かった。

「美月、それうちにも入ってなかったよ。桜華会との連携、もう少し考えないと…それよりもこのアパートは少し張ってみる価値はありそうだね」

 少し不満そうに彰人は言って、すぐに興味は違う方に向いている。

「情報は美月と彰人に頼もう。俺達は二人から貰った情報を元に対策を立てる。向こうの世界に行かせるわけにはいかなくなったからな」

 耀を見つめて柚耶が言った。

「…すみません」

 耀はどう言って良いかわからずに項垂れて謝る言葉しか思いつかなかった。

「そういう時は謝るんじゃないんだよ、耀」

 祐希に言われ、俯いていた顔を上げ、全員の顔を見回した。

「……ありがとう、ございます」

 その場にいた全員が笑顔で耀を見つめていた。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ