39話
よろしくお願いします
常に夜の帳が支配するこの世界では昼も夜も区別がない。時間さえもあやふやな世界だった。
「目が覚めたら朝で、眠くなったら夜なんて、なんて時間に囚われない世界なのかしらね」
沙久羅が疑問に思っていた事を美菜に聞いていた。
『日の光と言うものがこの世界にはないの。闇だけが支配する世界だから、空の色なんて気にする人はいないわ。ただ、雨や雪が降ることがあるから季節はあるところもあるみたいだよ。砂漠の場所や緑の草原、山や谷、川や海もあるらしいのだけれど、私はここから出たことがないから、解らないわ』
美菜は苦笑して伝えた。
「少し面白そうな世界だけれど、空が闇しかないのは寂しいわね」
溜息を吐いて沙久羅は言った。
そんな話をしていると、扉が叩かれる音がした。そちらを沙久羅が見やると一礼してメイドが姿を現した。
そのメイドが顔を上げて沙久羅の姿を見て驚いていた。
「ああ、あう」
落ち着かせようと美菜が声にならない声で両手をメイドに差し出した。
「……ああ、あなた様が美菜様のご友人ですか」
美菜の手を取りながらメイドは笑顔で言った。
「美菜様からお話だけは聞いておりました。向こうの世界での唯一の友人であった事も聞いております。まさか、今お会いすることになるとは思ってもいませんでしたが…」
メイドは苦笑して言った。
「唯衣 沙久羅と言います。皆、沙久羅と言うので、そう呼んでください。…メイドさんの名前を聞いて良いですか?美菜にまだ聞いてなかったので」
沙久羅は笑顔で言った。
だいぶ落ち着きを取り戻してきた。
「失礼いたしました。私の事はラティアとお呼びください。沙久羅様」
美菜の手を優しく撫でながら沙久羅に向かって言った。
「…様はつけなくて良いですよ。私はそんなに偉いわけではないですから」
沙久羅は両手を焦って振った。
様なんてつけられたら、恥ずかしくて仕方ない。
「いいえ、あなた様はれっきとしたお客様です。美菜様のご友人でもあります。私は美菜様と一緒にあなた様もお守りいたします」
美菜の手を離し、優雅に礼をした。
『ラティアは凄く強いんだよ』
美菜は沙久羅の手を握って笑顔を向けた。
「それは心強いな」
沙久羅はにこやかにそう答えたのだった。
ダンッ!
床が抜けてしまうような大きな音を立てた。そこにはなす術もなく佇んでいる耀の姿があった。
「……」
言葉が見つからず、両手を強く握り、その焦燥感に耐えるしかなかった。
「…沙久羅が…?」
ただそう口にするしかない友人達も掛ける言葉さえ見つからなかった。
「ごめんね、私が守ってあげられていればこんなことにはならなかったのに…」
美羅依がすまなさそうに耀に言ったが、耀本人には殆ど聞こえてはいなかった。
「美羅依、今こいつに何を言っても聞こえてはいない。お前も良く分かるだろ?」
柚耶が美羅依の肩を抱いて言った。
「今日のところは…俺達は帰るよ。祐希、後を頼む。この後をどうするかは耀の行動で決まることは教えてやってくれ」
柚耶はそう言うと美羅依達を伴って帰った。
「……」
しばらくの沈黙が続いた。残ったのは耀と祐希、耀の友人の彰芳とパートナーの結希だけだった。
「…ごめん。取り乱して」
沈黙を破ったのは耀本人だった。
「沙久羅を助けられなかったのは俺のせいなんだ。俺がいつまでもこんなところで立ち尽くしているわけにいかなよな」
振り向いた耀は笑顔でその場にいた者達に言った。
「…耀」
痛々しそうに祐希は弟を見上げた。
「姉さん。そんな顔をしないでよ。気が滅入っちゃうじゃないか」
苦笑して耀は祐希の肩に手を置いた。
「これからどうするんだ?」
率直に彰芳が聞いた。
「まだ、解らない。沙久羅を取り戻したい気持ちはある。今から行って沙久羅を取り戻せるならそうしてるよ。けど、それでは沙久羅を助けるどころか、姉さん達の邪魔にしかならない事も解ってはいるんだ」
耀は気持ちの赴くままに言葉にした。如何して良いかわからなかった。助けたい気持ちだけでどうにかなるならしているが、きっとそれだけでは足りない。頭ではわかっていても焦ってしまう気持ちが一番大切な何かを忘れさせている気がした。
「思っていたよりも冷静でいてくれて助かった。今すぐにでも行くと言ったらどうしようかと思っていたんだよ」
彰芳が素直に言った。
「お前は本当に俺には厳しいんだな」
耀は苦笑して彰芳を見た。
「次期当主候補だという事も忘れてなければなお良かったんだけどな」
溜息交じりに彰芳が耀の頭を子供にするようにガシガシと撫でた。
「今は姉さんがいるんだから別にかまわないだろ?」
彰芳の手を強引に避けて横を向いた。自分の周りにいる者は皆、自分に期待する。当主候補だと言う。それが自分にどれだけの重圧を掛けているのかも解っていないかのように…
「耀、俺達はお前の命が大切だ。彼女の命よりもお前の命の方が大切だと言う事を忘れるなよ。俺は藤梛家の守護の者なんだ」
彰芳は突き放すように言った。だが、その瞳は今にも泣き出しそうに耀を見つめる。
「…そんな顔して俺に辛い事を言わなくても良いんだ、彰芳」
耀は彰芳の肩に手を置いて笑顔を向けた。
解っている。そう言わなければならない彼の立場も天秤に掛けなければならない辛さを一身に背負うその優しさも。
「お前は、本当に優しい奴なんだからさ。俺を助けてくれるだけで良いんだ。彼女は俺が助ける。一番良い方法を探し出して、共に生きられる道を探すよ」
笑顔が少し歪む。彼の本当の優しさが嬉しくて、泣きだしそうだった。
「俺は、そんなお前だから付いていくんだ」
彰芳は笑い返した。友として、主の守護者としてこの人を守ろうと決めた。
「ありがとう。姉さんも結希もありがとう」
彼の後ろで心配そうに見ていた二人にも礼を言った。
「では、話しを始めましょうか。これからについてはあなたに決定権があるわ。私達七家も協力する。沙久羅さんをこちらに連れ戻しましょう」
祐希が宣言した。他の全員も異存なく大きく頷いた。
ありがとうございました。




