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37話

よろしくお願いします

「耀っ!」

 沙久羅が時海のいた方を振り返る。もうすでに結界の中で彼の姿は見えなかった。

「戻ろう、耀」

 縋る様に沙久羅は言ったが耀は先程から動こうとはしなかった。

「…耀?」

 様子がいつもと違うのに、沙久羅はやっと気付いた。

「イヴァーレさん、私達を耀の部屋まで連れて行って」

 沙久羅はすぐそばにいるであろう精霊王に願った。

『…そなたの命令は聞けぬ』

 イヴァーレはかたくなに拒んだ。

「命令なんかじゃないわ。お願いよ。私はあなたを縛ることはできないもの。今は彼が命令を下せない。だから私がお願いするの」

 沙久羅は必死に願った。このままにしておくことなんてできるはずもない。この人なしでいられるはずなんて今の自分にはないのだから…。

『……わかった』

 イヴァーレはしばらく考えた末にようやく沙久羅の要求を呑んだ。

「ありがとう」

 沙久羅はほっとして息を吐いた。

 間近であんなものを見せつけられたら誰だって精神がおかしくなってしまう。

 沙久羅は溜息をついて、耀をソファに座らせた。

「私の声は、聞こえている?」

 耀の放心したような様子を心配して沙久羅は聞いた。

「……」

 耀は聞こえているのだろうが答えはしなかった。また、守れなかったことがこんな状態にしてしまっているのは沙久羅にも解った。

「耀、お願い」

 今は立ち止って良い時ではない。いつ何が起こるかも解らない状態なのだ。

「私が上手くできるとは思えないけど…」

 沙久羅はそう一人呟くと耀の手を強く握った。

「ごめんなさい、あなたの意識に入らせてもらうわね」

 沙久羅は静かにそう言うと耀の額に自分の額を当てた。



 今はいつなのだろう?

 上はどこだろうか?

 自分は本当に今存在しているのだろうか?

 ここは本当に暗くて、上も下も、全くわからない。自分の感覚さえも解らない。唯一残っている思考を途絶えさせたくなくて、色々考えてはみるものの、上手くはいかなかった。

 何処か遠くで自分を呼ぶ声が聞こえるような気もするが、答えることはできないし、放っておくしかなかった。一体誰の声だというのだろう。聞き覚えがあるような、全くないようなおかしな感覚。

 そう言えばと、少し前の記憶が蘇る。

 自分は何かを見たせいでこうなったことだけは理解した。今はそれ以上は無理だった。

 暗いな、ここは……

 耀はただあたりを手探りで探っているしかなかった。

 やっと少し前に進んだ。しかし、もしかしたら後退したのかもしれない。まだ、光も何も見えなかった。


 誰か、助けて…


 初めて弱音を吐いた。彼女以外には見せたことのない弱い自分。他に誰も見ていなければいいな。こんなのは恥ずかしくて、いられない。

「この、ばか耀」

 突然、頭に響くような高めの声がすぐ近くで聞こえた。

「早く、助けを呼びなさいよ。探しちゃったじゃない」

 声は安心したように耀に語りかけていた。そして、声は光の粒となり、人の形に成長した。

「帰るわよ。私の能力じゃ、短時間が限度なんだからもたもたしないで」

 あっけにとられている耀の手をかなり強引に引いて、声の主は光に包まれたままで何処かに耀を連れて行こうとした。

「…どこに行くんだよ」

 声の主の手を振り払って、耀は立ち止った。

 放っておいて欲しかった。誰が助けを呼んだって?あれは、暗くてどうしようもないから口にしてしまっただけだ。

「何をごちゃごちゃと……耀、あなたは逃げないと決めたのでしょう?自らの運命からも、私の運命を変えるまでは逃げないって言っていたじゃない」

 忘れたの?と声は責めるように言い放った。

「…何度言わせる気?私はあなたがいなければ、もう何もできないの、だから、帰って来て…」

 懇願するように声の主は耀に抱きついた。徐々に失われていく光がいっそ儚げだった。

「……もう時間がないの。私の能力では限界だわ」

 声の主は消えようとしている自分の身体を見ながら言った。もう、光はかなり消えかけていた。

 そう言えば、この声の主には見覚えがあった。いや、それだけじゃない。自分の最も大切な女性ではなかったか?

「…沙久羅」

 初めて耀が名を呼んだ。声の主は嬉しそうに微笑んだ。

「お願い。現実を考えれば、あなたのためになんて言えない。でも、私のために帰って来て」

 沙久羅は耀の手を引いた。自分のすべてを持ってしても手放したくない人。他の誰にも変えることなんてできない存在を今、失うわけにはいかなかった。

「耀、あなたはこのまま彼の存在を消してしまうの?それとも、一矢報いてみる気はあるの?」

 沙久羅は消えかけている自分の身体を気にするのをやめて叫ぶように問いかけた。

 今、自分の能力を削ることは自殺行為に等しかった。魔の力に抗う能力を失うことになる。それでも、耀を失うことに比べたら沙久羅の中ではそんなことはどうでもよくなっていた。

 もう自分はどうなってもかまわなかった。ただ、この人を助けたい。迷うことばかりのこの人を守りたい。

『主よ。本当に失ってはいけないものを忘れてはいけない。私は失いかけた事がある。主も今、まさに失いかけていることに気づくべきだ』

 イヴァーレが耀の耳元で囁くように言った。彼の姿は闇にまぎれて解らなかったが、すぐ近くにいることだけは解った。

「耀」

 力の限り沙久羅は呼びかけた。後少しだけで良い、耀をこの闇の世界から連れ出せるまで…

「…沙久羅には敵わないな。迷う時間もくれないんだな」

 苦笑して沙久羅を抱きしめた。

「当り前でしょ。私を守ってくれるんじゃなかったの?私は待っていることはできないんだからね」

 これで大丈夫。沙久羅は力尽きたように耀の腕の中から掻き消えた。

 耀はキッと上を見上げた。戻らなくてはならない。

 誓った約束を違えないために…

ありがとうございました。

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