3話
よろしくお願いします
同時刻、森林公園の片隅で標的に向かって光の刃を突き立てていた少年が携帯の着信に気づいて、一時中断した。
「どうしたんだ?」
一緒にいた少年がそれに気づいて聞いて来た。
「耀、明日、時間空けとけよ。消えたら承知しないからな」
「あ、ああ。解ったよ」
少年はまた魔法陣を立て直し、練習に励んだ。一緒にいた少年も練習を再開した。
翌日は日曜日。学園も休日で、寮住まいの者達が主に練習場は使用していた。
「良かった、来てくれて」
嬉しそうに結希は歩いてきた沙久羅を見て言った。
「結希の言うことを聞かないと後が怖いじゃない」
「わかっていればいいのよ」
結希は楽しそうに練習場に降りていった。沙久羅もそれに続く。
「彰芳、聞いてないよ」
小声で抗議する藤梛 耀が沙久羅の目に入った。
「パートナー同士、話さなきゃいけないこともあるだろ。だいたい、お前たちってこれと言ってやってないじゃないか。実習はごまかせても実戦はそうはいかない」
結希のパートナー、山路 彰芳はそういうと結希を連れて、行ってしまった。
「実戦って…」
沙久羅は全くわからないというように首を傾げた。
「唯衣さん。もうすぐ俺達も実戦に駆り出されるようになるらしい。パートナーを組んで約一年がたったね。俺はクラス委員だし、学園の抱えている問題もそれなりに知っているんだ。学園の内情は姉から聞いて知ってるから、これから起こることも大体の予想はつく。けれど、君は小学6年からの転入だと聞いた。だから、この学園について知らないことも多くあるんだと思う」
「ち、ちょっと、待って。……何の話かわからないんだけど」
沙久羅は突然話し始めた耀に戸惑っていた。実戦って何?学園の内情?知らないことばかりだった。
「クラス委員のパートナーになってしまったことを悔いるしかないと思うけど。実戦っていうのは、その名の通り、実際に戦うんだ。この世ならざる者達とね」
耀は森林公園に向かいながら話しだした。突拍子もないような不思議な話だった。この世ならざるものって一体?疑問が疑問を呼ぶような話。解らないことだらけだった。
「良く聞いてほしい。実は彰芳たちはもう実戦をいくつもこなしている。この学園には時々奇妙な事件があるだろう?」
確かに言われてみると、突然人がいなくなったり、けがをしていたりすることがあったりしていた。しかし、みんな一様に何も言わなかった。
「一部の人間しか知らない真実。確かにこの世ならざる者達はいて、現実世界に被害を出している。人を襲って食べてしまったり、酷いものだと襲うことが快感になってしまい、それを繰り返す者が出たりしているんだ」
夢物語を聞かされているようだった。
「それを倒す者が必要なんだ。能力を持っている者は例外なくその任務に就く。生徒会役員が中心になってやってはいるけれど、追いつかないんだ。事件は後を絶たないし、増え続けていると言って良い。
だいたい、こんな広い練習場が必要な理由はより実戦に近い状況も作れるようにするためなんだ。少しは、理解できた?」
途方もない話。この学園都市に起こっている奇怪な事件を解決するために、自分たちの能力が使われる?例外はないって…。
「断ることはできないってこと?」
沙久羅の問いに無言で頷いた。
「人の役に立つことは素晴らしいことだと思うわよ、こんな私でもね。でも、命をかけなくちゃならないってことでしょ?」
「ああ」
耀は辛そうな表情で頷いた。
「知らなかったで通すことは無理みたいね。こんな無用な能力を持ってしまった不幸かしらね」
沙久羅は自分でも驚くくらい落ち着いていた。転入当初から噂は聞いていたのだ。確かに誰かがいなくなっていたことは知っていた。死んだと聞かされたこともあった。ただ、事故にあったのだと思っていた。まさか、こんなことに皆が関わっていたなんて。ましてや、友人の結希までも……。
「もっと早く言おうと思っていたんだ。転校したときに、君がパートナーになった時に。でも、言えなかった。楽しそうに学園の生活をしている君をできれば巻き込まないようにしたかった。何度もパートナー解消を申し出たよ。でも、できなかった。どうしてかわかるかい?」
耀の言おうとしていることには少しわかってきていた。
「そうね、私の接触テレパスと何より強力な黒魔術、白魔術両方を習得していたからってことかしら」
沙久羅は少し考えたように顎に手を当ててから答えた。
「そうなんだ。君はどんどん強力な魔術を覚えてしまう。更に今は魔法陣なく行使できるだろ?」
耀は苦しそうな表情で言った。どうしてそこまで…。と思うくらいに……。
「学園の情報網は侮れないわね。藤梛君の言うとおり、かなり強力な魔術も魔法陣なしでできるよ。実戦で使えるくらいにはね」
「その強力な魔術は君の言うとおり、実戦向きだった。学園も君の投入を早めたかったらしい。それほどにこの学園の治安は悪くなりつつあるんだ。それを俺達は守らなくちゃいけない」
他の一般の生徒、教職員を守るために、その能力を使えというのだろう。
「…話は少しわかったよ。私の居られる場所ってさ、ここしかないんだよね。この学園でしか、私は居られない。両親に捨てられ、祖父も持て余したこのいらないと思っていた能力が役に立つんだったら、協力しようじゃない。それにしても酷いよ。もっと早く知りたかったな、私の居る意味ってないのかと思ってた時期もあるんだ。役に立ちたいって思うのは私の居場所を守りたいってことでもあるんだよ」
沙久羅は耀に笑って見せた。怖い気持ちは確かにあるけれど、それよりも自分の居るべき場所を見つけて嬉しかった。
「パートナー制の意味がわかってきたよ。どうしてかなって前々から思ってたんだけど、知らなかったからさ、結希に聞いてもはぐらかされてきたから」
「ああ、それは俺が止めてたんだ。彰芳にも言わないように口止めしてた。うちのクラスで実戦経験者はあの二人だけだったから、あとは、噂は知ってるくらい程度らしいって情報があったから、特に口止めの必要なかったし」
耀は沙久羅の態度に少し安心してか、いつもの笑顔で言った。
「…ああ、そうなんだ……って、笑顔で答えると思う?」
沙久羅は耀の肩を強くつかんできつく睨んだ。
「唯衣、さん?」
それに気押されて、耀は沙久羅の名字を呼んだ。
「私は知りたかった。だって、結希はたった一人の友人なんだよ。そんな危険なことしてるって知ってたら、もっと本気で教えてた。たまに怪我してたのって、これだったんだね」
沙久羅はこみ上げてくるものを抑えられずに、涙になって落ちてくるのにも構わず、耀の肩に置いた手を強く握った。
「ごめん。君の気持をもう少し考えてあげればよかった」
耀はそういうと沙久羅の頭に手を置いて、優しく撫でた。
「ごめん、なさい。今だけ…」
自分の不甲斐なさに泣くしかできなかった。
「うまくやってるかな。沙久羅ってあまり感情を出さないからさ、心配なんだよね」
水晶を等間隔に落としてから、結希は言った。
「今日ばかりはあいつも観念して言うだろ、もう後戻りはできないんだから。彼女の魔術は凄まじすぎる。黒魔術師の俺でさえ足元にも及ばない。学園が手放さないわけだよな」
片手を前に出して、彰芳は標的目掛けて光の刃を打ち放った。
「山路君のその能力もすごいと思うけどな」
等間隔に置いた水晶の中心に立って結希はチラリと彰芳のほうを見た。
「山路じゃなくて、彰芳で良いって。結希の努力もすごいと思うよ。不向きな白魔術をものにしてるんだからな」
「ありがとう、彰芳君。先生が良いんだよ。沙久羅の教え方はすごくわかりやすいんだから」
結希はそういうと今度は会話をせず、意識を集中した。
結希が言葉を紡ぐと光の文字が浮かび上がり、魔法陣を描き出す。疲れている彰芳に向けて優しい光が解き放たれ、彰芳の体力が回復した。
「結希の光はいつも優しいね。心から癒されるって感じがする」
二人は微笑みあっていた。
ありがとうございました。




