25話
よろしくお願いします
そのあとの授業は何事もなく過ごせた。
沙久羅の心配されていた足も何の問題もなく見た目は動いていた。
夜になり、沙久羅は耀が入浴しているうちに足のマッサージを終え、ベッドに潜り込んだ。
心配事は一つ。寝てしまった時に何か起きてしまわないかということ。自分の事を制御できていない自分が居ることは自分自身が良く分かっていた。
宮梛会長達の前では気丈に振舞っていたものの、やはり怖さは残っている。それが影響しないで欲しいと思うことしかできなかった。
そうこう考えているうちに耀が寝室に来た。沙久羅は寝たふりをする。
「お休み」
いつものように一言言うと耀もベッドに潜り込んだ。
耀は昼間の事を一言も聞いてこなかった。沙久羅にとっては聞かせられない話だったためにそれは良かったと思うことにしたが、耀の心境を思うと、申し訳ない気持ちが大きかった。
色々考えていても睡魔は襲ってくるもので、今日一日の疲れも相まって逆らうことはできなかった。沙久羅も眠りについた。
「…いっ……いやぁぁぁああ!」
沙久羅が突然叫んだ。その声に驚いて耀も目を覚ます。
今までの魘され方とは全く違う。力の奔流が沙久羅を宙に浮きあがらせた。
「沙久羅!」
何とか間に合って沙久羅の手を取る。一気に耀は能力を抑えるようにしたが、効果は少なかった。
「やだぁぁ!」
小さな子供が泣き叫ぶように沙久羅は喘ぎながら叫んでいた。
「沙久羅、ごめん」
耀は沙久羅を抱きしめると強引に唇を重ねた。まだ何かを口の中で叫ぼうとしているようだったが、少しずつ暴走する能力は収まっていった。
暴走が収まると沙久羅は何事もなかったように眠りについていた。
「…間に合って良かった」
昨日の夜に彰芳が言っていたことを思い出しての行動だった。
額に滲む汗と頬を伝っていた涙を拭うと、また沙久羅を寝かせた。
その時にやや違和感を覚えたがそれが何かまでは解らず、不思議そうに沙久羅を見た。
「…何が、おかしいんだ?」
そう思いながらも真夜中であることもあって、睡魔には勝てず、耀はまた眠りについたのだった。
翌朝、沙久羅はベッドの周囲が異様に散乱していることに驚いた。
「まさか、また?」
そのまさかなのは事実のようだった。耀は疲れたように寝ている。
「ごめんなさい、耀」
耀が起きないようにそっと髪を撫で沙久羅は起き上がった。口の中で呪文を詠唱しながらマッサージを行い、朝食を用意するためにベッドを出た。
後片付けは学校から帰ってきたらやるしかなさそうだった。
いつになったら自分の能力を制御することが出きるようになるのだろう。
沙久羅は溜息をひとつついて部屋を後にした。
昨晩の夢は沙久羅に新たな恐怖を齎していた。
失う悲しみをまた自分に味わえと言っているかのような夢。今回に限っては夢の内容を手に取るように思い出せた。今までのものは時には解らない事もあったり、かなりぼやけていたりと不明瞭なことが多かった。
思い出すのは友人の死。
友人が亡くなったその日に見た夢は今でも思い出す。暗黒の中に沈んでいく夢。
今でも思い出すと背中が薄ら寒くなる。
「もう、私から何も奪わないで……!」
沙久羅は願わずにはいられなかった。
昨晩の夢のようなことが現実に起こってしまったら、自分は……
思い出したくないのに、更に怖い想像をしてしまいそうになる。
その時、ふと背後から声を掛けられた。
「沙久羅、どうしたんだ、そんなに辛そうな声を出して…」
耀が驚いて駆け寄ってくる。
「あ、…ごめ、ん」
急に掛けられた声に驚いて、集中がふと途切れる。ダイニングテーブルに両手をついてすぐに集中を始めたので、何とか立っていることはできた。
「沙久羅!」
倒れそうになった沙久羅を気遣って手近にあった椅子に座らせる。
「もう、大丈夫。ごめんなさい。驚かせちゃったわね」
苦笑して言う沙久羅の表情はいつになく厳しかった。
こんなに脆かったの、私の決意は……?
沙久羅はすぐに襤褸が出てしまいそうになってしまった自分に叱咤した。こんなことで良いはずがない。自分が彼の人達とした約束はこんなことで脆くも崩れてしまって良いものではなかったはずだ。
「何かあったのか?」
耀は心配そうに聞いて来た。
沙久羅は静かに首を横に振った。
「ううん。何でもないの」
沙久羅の笑顔にはそれ以上何も聞いてくれるなという拒否の言葉が隠されているように耀には見えた。それでは何も言えなかった。
「…そう」
耀は諦めて、もうその話をすることはなかった。
高等部の校舎の屋上で少女が立っていた。
「美羅依」
声を掛けられ、少女は破顔する。
「柚耶」
美羅依はさっきまでの憂鬱な表情を隠して笑顔を向けた。
「沙久羅の事を考えていたのか?」
この人には何も隠し事はできないな。と、美羅依は思った。
「…そう、少し見てもいたのよ。彼女は凄いわね。常に詠唱しているようなものなのに、全くその気配を感じさせない。生活も仕事もこの分なら本当にできそう。心配なのはむしろ彼かな」
何処か察しているようで、逆に精神状態が不安定になっているように見えた。
「耀か。本当は知らせた方が良いだろうが、彼女の意思だしな。あいつ、知ったらきっと彼女を戦線から離脱させようとしちまうだろうし、かなり過保護になるよな」
小さな時から交流があったため、性格は良く知っている。
「それは沙久羅さんのためにならないと解るまで、言わないつもりだと思う。まあ、耀君は聡い子でもあるからすぐにわかると思うけれどね」
美羅依は微笑んだ。
「ついでで悪いが耀の事も少し見てくれるか?」
「お安いご用ですとも」
柚耶の頼みごとに美羅依は快諾した。
ありがとうございました。




