22話
よろしくお願いします
目の前に二人の生徒が居るのを校医は少しの驚きで迎えた。
「どこから来るんだ、お前らは…」
口調は男勝りの美しい女性が少し怒ったように言った。
「そんなことより、俺達が襲われたんです」
「なにっ?」
二人を見比べて桔梗はすぐさま、ベッドに移すように言った。
「傷は塞いだのか。この破れ具合、かなり至近距離からの攻撃だったようだな。沙久羅、だったか。症状は?」
桔梗は状況を簡単に聞いて、沙久羅の傷跡を見て言った。
「今は手足が痺れる程度です」
沙久羅は耀に寝かされながら答えた。
「耀、少し出ていてくれ」
桔梗は有無を言わさず、耀を保健室から追い出した。
「正直に話せ。足は動くのか?」
桔梗に言われ、沙久羅は一つ溜息をついた。
「いえ、動きません」
「お前の能力で動かすことは可能と思っているのか?」
桔梗は責めるような口調になっていた。
「今なら、できます。能力を下げずに行えます。悪魔に貰ったこの忌まわしい能力に感謝するしかないですね。生活も仕事もこなせます」
沙久羅は微笑を浮かべて答えることができた。
「お前って奴は…だが、集中が解ければ動かなくなるんだぞ。あいつに隠し通せるはずがないだろう?」
「それでも、隠し通します。今は耀が成長している最中です。彼の妨げにはなりたくありませんから」
まっすぐに桔梗を見つめる真剣な表情に桔梗は折れるしかなかった。
「月に一度は私に診せに来い。それだけは守れよ」
「はい、先生」
沙久羅は元気に頷いた。
「少し休んだら帰れ。耀と共に住んでいるんだったな。今日一日は寝ていろ。耀には上手くいっておいてやる」
桔梗は沙久羅の頭を軽く撫でて言った。
「…はい」
沙久羅はほっとしたのか、急激な睡魔に襲われた。
しばらく寝ていると声が聞こえてきた。
「…でも、彼女は…」
何処かで聞いたことのある声だな。と、沙久羅が思っていると、沙久羅の動きだす衣擦れに桔梗が気づいた。
「お、起こしたか?すまんな。こいつが押し掛けてきたもんでな」
桔梗の後ろにいたのは耀の姉、祐希だった。
「沙久羅ちゃん、耀を庇ったのでしょう?足が動かないって本当なの?」
祐希の言葉に沙久羅は桔梗を睨みつける。
「…耀には言ってないよ。祐希、お前も解ってると思うが、耀の事を思ってこの子は黙っていてくれと言ったんだ。あまり騒ぐな。耀に気づかれる」
桔梗は祐希を沙久羅から引き離した。
「生活や仕事に支障はありませんよ」
沙久羅は祐希ににっこりと微笑んだ。
「あなたの魔力については聞いているわ。だけど、そんなことって…」
祐希は言葉を失った。まだ中学生の少女が言う言葉ではない。
「お願いですから、これ以上は私の事について思い悩まないでください。祐希先輩も雪梛先生も今は大切なことがあるのでしょう?私なら大丈夫です。もしかすると今だけの事かもしれませんし、本当に支障は出ませんから、明日から普通に過ごせますよ」
沙久羅は自分が思っている以上に笑うことができた。いつの間にこんなに自分には心配してくれる人ができたのだろう。耀が自分に与えてくれたものはなんて多いのだろう。それに比べたら、こんなことは悲しむことにも入らない。
「もうすぐ耀が迎えに来る。お前は先に帰れ、沙久羅の事は私が責任もって診るから」
桔梗がそう言うと祐希は引き下がるしかなかった。
「祐希先輩。心配してくれてありがとうございます。今まで、こんなに心配してくれる人はいなかったから、凄く嬉しいです」
沙久羅は保健室を出て行こうとした祐希に礼を言った。
「…沙久羅ちゃん。今度、落ち着いたら耀と一緒に家にいらっしゃい。一緒にお茶をしましょう」
祐希は涙を溜めた瞳で沙久羅を振り返り、そう言うと今度こそ出て行った。
桔梗はそのあと、沙久羅の足を診た。
「やはり、今は全く動かせないようだな」
桔梗は深く息を吐き出した。
「傷は結構深く入ったみたいでしたから、仕方ないかと思います。反撃の時に身体を大きく捻りましたので、たぶんその時に神経まで傷つけたんじゃないかと思います」
沙久羅は薄れゆく意識の中で行ったことを思い出しながら言った。
「無茶をするんじゃないよ。…それで、魔力で動かせるのか?」
桔梗に言われ、沙久羅は少し俯くと、口の中で何かを唱えた。
「これで、どうでしょうか」
沙久羅はベッドから起き上がり、立ちあがった。
「確かに、これなら隠せるかもしれないな。だが、油断するなよ。集中が解けたらお前は足に力が入らなくなり、転倒する。思いがけない事故を起こすことだってあり得るということを忘れるなよ」
桔梗は沙久羅に座るように促して言った。
「足の感覚はあるのか?」
「いえ、全く。痺れている感じは残ってはいるのですが、他は何も感じません」
沙久羅は苦笑して答えた。
「まず、感覚がないことに注意することだな。怪我はできるだけしないようにすること。今のままなら切られても骨折をしても解らない。毎日足の手入れはすること」
桔梗はその他にもいくつか注意することを沙久羅に言って聞かせた。
「解りました。雪梛先生、これからもお願いしますね」
沙久羅は微笑を浮かべて桔梗に言った。まだほんの十数年を生きてきただけの少女が大人よりも悟ったことを言う。桔梗は痛々しいその少女を抱きしめた。
「私がもう少し時間を割けたならきっとお前を治せたのかもしれない。けれど今は…」
「先生、先生にはやることがあるんでしょう?だったらそちらを優先して下さい。少しだけ聞きました。先生達は今、この世界のために戦っているのだと。私に構っている時間は無いはずです。
私も治療に時間を割いている時間は無いんです。耀に教えなくちゃいけない事がまだたくさんあるんです。耀は精霊術師としては優秀なんですが、黒魔術も白魔術もまだまだ初心者で、危なっかしいんですよ」
桔梗の背中に手を回して沙久羅はポンポンと叩きながら言った。その顔には曇ったところがないほどの笑顔が浮かんでいた。
「私は初めて他人のために役に立ちたいと思ったんです。それまでは言われるまま、自分の意思なんて全くなくて、人形のようでした。耀が私を人にしてくれたんですよ」
だから、と沙久羅は言う。
「耀のためにも私は今まで通りの生活をして、耀の役に立たなくちゃいけないんです」
その瞳には迷いは一切なかった。
「解った。私がサポートだけだがさせてもらうよ。足に怪我などしたらすぐに私のところに来なさい。治療くらいはしてあげるから」
桔梗は沙久羅の頭を優しく撫でて言った。
「はい」
沙久羅は桔梗に笑顔で元気良く答えたのだった。
しばらくすると沙久羅を迎えに耀が来て、二人は帰って行った。
「…どうするんだ、彼女は巻き込まれただけだろう?」
カーテンの向こうから声が聞こえてきた。
「祐亨。なんでお前がここにいるんだよ」
桔梗が煩そうに手で払いながら言った。
「なんでって、帰りの遅い彼女を迎えに来ただけじゃないか。晩御飯が冷めちまう」
祐亨はそう言うと桔梗に背中から抱きついた。
「解った。これだけ書きあげたら帰るから、待っていろ」
桔梗はそう言うと書類に視線を落とした。
「彼女の事だがな、彼女は巻き込まれただけとは言い難いんだよ。彼女自身狙われているからな」
書類を書きながら桔梗は言った。
「ああ、彼女だったのか。あいつに魔力を与えられた少女っていうのは……」
祐亨は思い出したように頷いた。
「良く診てみないと解らないんだが、どうやら何か植えつけられたかもしれん」
「取れないのか?」
「解らん。私は闇の精霊術師でもないし、悪魔の力を知っているわけでもないんだ。祐希がその辺は詳しいからな、彼女に頼んでおいたんだ」
書きあげた書類を片付けて、桔梗は立ちあがった。
「とりあえずは見守るしかないんだよ。私達が手出しをできないようにさせられている限りな」
祐亨の肩に手を置いてそう言うと帰ろうと促した。
「じゃぁ、早くやっつけないとだな。何せ、お前の大切な生徒が困ってる」
祐亨は桔梗を抱き上げると、カーテンを大きく翻らせた。
次の瞬間には二人はその場から消えていた。
ありがとうございました。




