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11話

よろしくお願いします

「えっ、じゃあ、二人で寝たの?」

 結希は驚いて聞いた。

「…うん。なんか、目が覚めたら隣にいた」

 結希に身体を支えてもらいながら寝かせてもらい、答えた。

「耀が帰ってきたとこまでは覚えてるんだけど、そのあとすぐに意識手放しちゃったからわかんないんだよね。…で、目が覚めたら手を握って隣にいた。あまりに驚いて飛び起きたかったけど、その前にすごい激痛が全身を駆け抜けたんだよね。痛かったぁ」

 結希は沙久羅の言いように噴出さずにはいられなかった。

「あはははは、沙久羅らしい」

「笑わないでよ。あう、こんなになってなきゃ結希を締め付けられてたのに」

 心底悔しそうに沙久羅は言った。少しでも動かそうものなら激痛が走る。話すのさえ億劫なのにと思った。

「沙久羅、少しは人を信用することができるようになったのかしら。あなたがそんな顔をできるようになったことが私は嬉しいよ。女の子らしいし、可愛い」

 結希は微笑みかけて言った。いつも誰かを憎むように歩いてた彼女を結希は知っている。知り合った後でもなかなか笑顔を見せてくれなかった。いつもどこか達観しているような、大人びた彼女しか結希は知らなかった。しかし、少女のようにこんなに可愛らしい表情をするようになったのは快挙と言って良い。

「藤梛君は沙久羅の事、どう思っているのだろうね」

「ただのパートナーだよ。それ以上にはなれない」

 沙久羅は少し遠い目をして言った。

「…沙久羅。まだ、……」

「私は幸せになっちゃいけないんだよ」

 結希に苦笑を向けて告げた。あまりにも儚げで、今にも壊れてしまいそうなガラス細工のような脆い沙久羅の表情は結希を不安にさせた。

「そんなことないんじゃないかな。沙久羅はもう十分に償ってきたじゃない。それにあの事故は沙久羅のせいじゃない。彼女が自ら招いた事故だったんだよ。だから、彼女は最期に言ったじゃない、ごめんねって。幸せになってって」

「それでも、私は私自身を許せない。私が彼女に能力の事を教えなければ彼女は暴走することも死を選ぶこともなかった」

 悔しそうな表情で沙久羅は唇を強く噛んだ。

「私はその場所にいなかったから何も言えないけれど、そのことがあったから今の沙久羅があるんだよね。でも、そろそろ、自分を許しても良いと思うよ。そうしなきゃその人が浮かばれない。幸せを望んで助けたのに、助けられた人がいつまでも幸せになれなかったら、私だったらすごく悲しい。ましてやその人が親友だったのなら尚更、嫌だよ」

 結希は沙久羅の頬をそっと撫でた。

「良いのかな」

 沙久羅は一筋の涙を流した。

「うん、良いと思う。沙久羅、幸せになっちゃいなよ。今はまだ信頼が先だと思うけど、あの人だったらきっと沙久羅を悪いようにはしない。そう思う」

「そうかな。美菜は許してくれるかな」

「私だったら、今の沙久羅を許さないよ」

 結希は少し怒ったように言った。

「ありがとう、結希」

「今日も甘えちゃいなさいよ。どうせ、まだ動けないでしょ?」

 ウィンクをして可愛らしく結希は言った。

「確かに、動きたくない。トイレくらいかなぁ行けるの」

 溜息をついて沙久羅は言った。

「じゃ、私は行くね。明日もせっかくのお休みだし、休養をしっかり取って、復帰してきてね」

「ありがと、結希」

 沙久羅は笑顔で結希を送り出した。

「またね」

 結希は部屋を出て行った。



「男二人で何をこそこそと」

 結希が部屋を出るとすぐ近くにこの家の持ち主とその友人が焦ったように逃げようとしているのを見て、抗議した。

「べっ、別にこそこそしていたわけでは…」

 二人は焦って言い訳をしたが、結希は怒りの表情を崩さなかった。

「彰芳君、用事は終わったんでしょ?だったら帰るわよ」

 結希は彰芳に有無を言わせず、早々に帰って行った。



「結希は帰ったんだね」

 少しベッドから身体を起こして沙久羅は言った。その表情は苦痛に少し歪んでいた。

「まだベッドから起きるの辛いんだろ?」

 沙久羅の背中に手を添えて寝せると、聞いた。

「朝よりはだいぶマシだけどね」

 沙久羅は苦笑で返すしかなかった。

「提案なんだけど、これから少しの間、一緒にここに住まないか?沙久羅には魔術も教わらなきゃならないし、ここなら学園にも近いから不便はないと思うよ」

 耀は照れくさそうに言った。

「…迷惑、じゃないの?」

 沙久羅は照れている耀をみて、自分も顔が赤くなるのを感じた。

「迷惑だったら、こんな提案しないって」

 苦笑して耀は沙久羅の頭を撫でた。

「でも、寝るとこ、ここしかないよね」

「明日にはもう一つベッドを買わないとならないかな?今日はソファにでも寝るよ」

「……隣でも、良いよ。このベッド広いから」

 無駄に大きなキングサイズのベッドだから、と沙久羅は言った。

「俺、男だよ」

 苦笑して耀は言ってみた。

「痛みで苦しんでいる女の子を襲えるような人じゃないでしょ。そこは信用してるから」

 昨日のお返しとばかりに意地悪な笑みを耀に向けた。

「信用してくれるんだ」

 耀は知らず笑みをこぼしていた。

 だれも信用なんてしなかった、出会って初めの頃よりは進歩しているのかな、と思う。

「…一応ね」

 耀の不敵な笑みに動揺してしまった沙久羅は布団を目深にかぶって言った。これ以上は恥ずかしくって目も合わせていられない。

「お昼、食べられる?昨日から食べてないだろ?」

 耀は思い出したように聞いた。

 確かに胃腸が健康な沙久羅は空腹感を覚えていた。

「確かに、お腹空いたわ」

「何が食べたい?簡単なものしか作れないけど、作ってあげるよ」

 耀はにこやかに言った。

「チャーハン、食べてみたい」

「そんなんで、良いの?」

「私、味には煩いよ」

 沙久羅は挑戦的な目つきで言った。

「じゃあ、チャーハンね。少し待ってて」

 耀はそう言うと寝室を出て行った。それを確認して、沙久羅は大きく溜息を吐いた。

「…良いのか、私」

 結希に言われるまま、誘いに乗ってみた。一緒のベッドで寝るのも了解してしまった。それって進歩しすぎじゃない?

 誰も自分には近づけたくなかった。なるべくなら結希も。自分に近づけばきっと傷ついてしまう。もしかしたら自分が殺してしまうかもしれない。そう思うと自然と人を遠ざけるようになっていた。

でも、結希は心が強かった。私がどんなに引き離そうともついて来た。

 耀も突き離そうとした。本当は初めに会った時、なんてきれいな男の子だろうと思った。容姿だけじゃなく、能力の高潔さに惹かれた。パートナーになってもその気持ちは変わらなかった。ただ、傷つけてしまわないか、あの子のように私が殺してしまわないか不安で仕方なかった。

「まさか、あんなに能力値が高いとは思ってもみなかったけど…」

 昨日の封印解除であふれ出る彼の波長は今までとは桁違いに大きい。桜華会で会った会長達に匹敵するくらいの能力があることを知った。

「やっぱり、姉弟だよね」

 沙久羅は耀の姉、祐希の高貴な波長を思い出していた。

 優しく慈愛に満ちた波長。ともすれば光の精霊術師と思えなくもない波長を持っていた。しかし、沙久羅には闇の精霊も見えていた。あまりにも深い慈愛の精霊。闇はすべての負の感情から生まれるものだと聞いたことがある。その精霊は負の感情をも包み込むことができる唯一の精霊。それを御する者が闇の精霊術師と言われる。

 闇の精霊術師は負の心に押しつぶされやすい。御する者がなかなか現れないのも事実だった。

 沙久羅は今朝耀と繋いでいた手をみた。少し骨ばった長い指、自分の掌よりも少し大きな掌。そこから伝わる彼のぬくもり。考えただけで、恥ずかしさで耳まで真っ赤になってしまう。

「押しつぶされそうなのはあなたじゃなく、私の方かもね」

 沙久羅は一人呟いた。心が跳ねてしまいそう。こんな感情を持つことなんて今までなかったから、どうして良いかわからない。早まる動悸を抑えきれずに(うずくま)った。

「痛いの?」

 いつの間にか部屋に帰って来た耀が心配そうに覗き込んで沙久羅に聞いた。

「……だ、だい、じょぶ」

 沙久羅は少し顔を出して、それだけ言った。

「食べられる?」

 まだ心配そうに聞く耀にこれ以上心配させないように頷いて起き上がるとチャーハンを口にした。

「…おいし」

 口に広がる温かな味が沙久羅の思考を少し休ませた。

「それは良かった」

 耀はほっとしたように自分のチャーハンを口に運んだ。

「食べ終わったら、また寝てるんだよ」

 片づけながら耀は言うと寝室を出て行った。

 彼が行ってしまうとまた思考に戻ってしまう。眠ってしまえばいいのだが、普段から規則正しい生活をしている身としては昼間から眠くはならなかった。

 余計なことまで思い出してしまう。最近は思い出さなくなっていた彼女の事も。

ありがとうございました。

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