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10話

よろしくお願いします

翌朝、窓から光が差し込み朝を告げる。

 いつもとは光の差し込み方が違うのを不思議に思って沙久羅は目を覚ました。

「……っ…?…ん、なっ…」

 目の前にはいるはずのない男の顔。知らないベッド。知らない部屋。どうしてかわからないが痺れと痛みで起きられない身体。

 混乱しきった頭をフル回転させて、昨日のことを思い出していた。

「…起きたのか」

 耀は大きく欠伸をして沙久羅を見た。

「頼むから、怒るなよ。沙久羅がこの手を放してくれなくてね、一緒にベッドに入っただけだから」

 耀はそう言うと握ったままの手を目の前に出して言った。

「ついでに、今動けないんだろ?昨日の反動だよ。無理させてごめん。今日は休んでて」

 耀はそれだけ言うと沙久羅の手を放して頭を撫でた。

「着替えは後で持ってきてもらうから、今は寝てればいいよ」

 そう言うと起き上がり、部屋を出て行った。

 確かに彼の言うとおり、身体は思うように動かせなかった。混乱して頭も真っ白だった。だが、あまりに冷静な彼の態度に少し苛立ちを覚えた。

「なんか、悔しい」

 顔が赤くなっていくのを止められず、シーツにくるまるように頭まで被って隠した。



しばらくすると結希が耀に伴われて現れた。

「大丈夫、沙久羅?」

心配そうに聞く彼女に頷いて答えた。

「うん。心配掛けてごめんね」

 沙久羅は苦笑して結希に謝った。

「とりあえず着替えは持ってきたよ。手伝う?」

「うん、お願いして良い?」

 なかなか起き上がれない自分の体を疎ましく思いながら何とか座ることができ、痛みに耐えながら言った。

「傷は、ないんだね」

 不思議そうに結希が言った。衣服は破けているのに、沙久羅の身体には傷一つない。

「…たぶん、耀かな」

 呟くように言った。

「藤梛君って、癒しのスキル持ってたかな」

「昨日、引きだしたからだと思うよ。もともと持っていたんだと思う。能力をかなり押さえていたのもあって使えなかっただけだから」

 ぎこちなく衣服を着ながら沙久羅は言った。

「引きだしたって、藤梛君の能力の封印解いたの?」

「うん、必要だったし、彼が望んだから」

 驚いて聞いて来た結希に沙久羅は素直に答えた。

「大それたことするのね。まあ、沙久羅ならできるとは思ってたけど。あの封印は藤梛の当主以外は解けないとまで言われたすごく強固なものだったんだよ。まあ、本人が望めばそれはありかな」

 結希は呟くように言った。

「何、結希は知ってたの?」

 沙久羅は自由に動けない身体を疎ましく思いながらも振り向いた。

「…あちゃぁ、沙久羅には教えてなかった……怒らないで聞いてね。私も彰芳君も七家の分家なの。私は渡家。彰芳君は藤家、つまり藤梛君の家の分家。梛がつくのは本家の当主の家族のみなのよ。ちょっと複雑な家柄なものだから私達も言い辛いし、積極的に教えるものでもないから、言えなかったの」

 着替えを終えた沙久羅の背中に抱きつくようにそっと覆いかぶさると耳元で優しく言った。

「結希、やっぱ痛いわ、それ」

 沙久羅は全身の痛みに耐えながら言った。

「今しか言えないし、沙久羅の怒りを抑えるにはこれしかないからさ」

 結希は確信犯のように言った。

「解ったわよ。…それより、離れて。やっぱすごく痛い」

 触れられるだけで全身に走る、痺れるような痛みが我慢できずに沙久羅は悲鳴を上げた。

「ごめん」

 結希は舌をだして可愛らしく謝った。

「結希、あとで覚えてなさいよ」

 自分を抱きしめるように両腕を掴んで涙目で結希を睨みつけた。

「沙久羅、怖いよ」

 少し後ずさって、結希は言った。

「結希が悪い」

 沙久羅はじと目で結希を睨んだ。

「だから、ごめんって」

 結希は焦って謝ったが、当分は許してもらえそうもなかった。



「で、これをどうすれば良いんだ?」

 彰芳は惨状を目の当たりにして、耀を睨んだ。

「できれば元に戻してほしい」

 耀はしれっとした顔で言った。

「…俺一人でできることか」

 彰芳は呆れたように言った。

「これは大体お前がやったんだろ?お前が修理しろ」

「できないから言ってるのに」

 彰芳はだから坊ちゃんは…と呟く。

「解った、修理業者は俺が依頼しておくから、拗ねるな。あと、お前のとこに転がり込んでいる美少女はどうするんだ」

 彰芳はそちらの方が重要だと言わんばかりに聞いた。

「美少女って、沙久羅のこと?」

 耀は思い当たるのは一人しかいないと思い。聞き返した。

「そうだよ。彼女をどうするんだ。あの様子だと昨日泊めたんだろ」

「不可抗力だよ。最初から泊める気なんてなかったんだよ」

 耀は焦って言い訳を話した。

「…不可抗力…ねえ。そういうことにしておいてやっても良いよ」

 彰芳は意地の悪い笑みを耀に向けた。

「だいたい、彼女の目に俺なんて映ってやしないんだからな」

 耀はつまらなさそうに言った。

「…そうとは限らないかもな」

 彰芳は一人小さく呟いた。耀にはその言葉は届いていない。

 昨日聞いた話では少なからずも悪くは思っていない様子だった。まあ、最も彼女自身が今は仕事の方に集中している時期なので、恋愛なんて言葉に反応することはないだろうけれど。と彰芳は思う。

「で、昨日はどうしたんだよ。彼女をベッドに寝せて自分はソファか?」

 少し気になって聞いてみた。

「…いや、一緒に寝た」

 耀は表情一つ変えることなく言った。

「はぁああ?」

「と言っても、彼女が手を離してくれなかっただけで本当にただ一緒のベッドで寝ただけだよ」

 耀は何も期待するなと言いたげにうるさそうに表情を曇らせて言った。

「今日はどうするんだよ。彼女まだ動けそうにないぞ」

「それなんだよな。明日までは取り合えず休みだから良いとしても、明後日からは仕事も本格的に始まるし、彼女があんなじゃな」

 耀は困ったと言いながら仕事の方をどうしようと考えていた。

「いやいや、耀。仕事より彼女どうするんだよ。お前ベッドないだろ?」

 話が食い違っていることに遅ればせながら気づいて彰芳は焦って聞いた。

「ああ、それはどうにかなるから大丈夫だろ。今日も泊まらせるしかなさそうだし」

 耀は特に焦った様子もなく、当り前のように答えた。

「お前は良いとしても、彼女がどう出るかだよな」

 彰芳は耀に聞こえないように深く溜息を吐いたのだった。

ありがとうございました。

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