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019.I Got A Strange Feeling

 ジョンソン宇宙センター ISS管制室。


「こちらミッションコントロール、定時連絡だ。

 本日緊急補給が予定されているが、かなり特殊な方法で行われる。

 協定世界時(UTC)13:00から14:00までの間、『きぼうモジュール』にはどのメンバーも立ち入らないようにとの事だ」


 CAPCOMカプセルコミュニケーターの管制官は、なんとも歯切れの悪い言い方で船長(アイリーン)に命令を伝達する。


「特殊な方法ですか……。

 事前準備も何も聞いていないし、大丈夫なんでしょうか?」


 危機的な状況の一歩手前ではあるが、現在のISSはかなり悲惨な状態である。

 補給の失敗が尾を引いて、クルーに人気のある宇宙食のメニューはすでに枯渇している。

 まだ残ったストックはあるので飢えることは無いが、唯一の娯楽である食事にストレスが掛かるのでメンタルに悪影響を及ぼしているのだろう。

 おまけに非常時に使う酸素発生装置のパーツが不足し修理が出来ないので、現在の酸素のストックが無くなった場合には撤退も視野に入れなければならないのである。


「この時間帯に実施予定だったきぼうモジュールの実験スケジュールは、すべて後日になるように調整済みだ。

 これ以上の詳細についてはこちらでも説明出来ないので、指示を復唱して貰えるか?」


「……指示を復唱します。

 13:00から14:00まで、滞在メンバーはきぼうモジュールには立ち入らない。

 以上(オーバー)


「それとこの件については、長官から緘口令(かんこうれい)が出ているので一切外部には口外しないように」


「???」


「予定終了時刻の14:00になったら、到着した物資を確認してくれ。

 上層部からの指示は以上だ」


「……」

 船長である彼女は過去にも同様の事例に関わったことがあるが、緘口令(かんこうれい)はあくまでも軍事戦略上の理由であり軍属出身の彼女にも納得できるものであった。

 だが今回はその命令の意図が、全く見えてこないのである。


「これはオフレコだが、なんでも大統領直属の部隊が何かをやるみたいだな」

 CAPCOMカプセルコミュニケーターの管制官も、彼女の長い沈黙を理解して一言を付け加えた。


(補給船もエアロックも使わずにどうやって?

 この惑星の科学がいつの間にか発達して、スタートレック並みの転送装置(トランスポーター)が開発されていたというの?)



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



(ステーションの責任者としては、安全確保の為に隣のモジュールからこっそり監視する位は許されるだろう)


 船長(アイリーン)は居住スペースから一人抜け出して、隣接するコロンバスモジュールに来ていた。

 きぼうモジュールには足を踏み入れて居ないので、一応は命令違反では無いだろう。


「うわっ!!!」

 立ち入り禁止時間である13:00丁度のタイミングで、きぼうモジュールの何も無かった空間に両手に大きな荷物を抱えた少年が出現した。

 その少年は見慣れたNASAの作業用ツナギ姿で、背中にはバックパック、両手には補給で使う運搬用のナイロンケースをぶら下げている。

 彼は無重力などまるで関係無い様子で、実験モジュールの壁面にしっかりと直立している。


「ああ、貴方が噂の美人船長さんですね。

 お会いできて光栄です!」

 少年はまるで散歩の途中に偶然出会ったように、気安い口調で船長(アイリーン)に話しかける。

 彼が両手のナイロンケースを降ろすと、途端にケースが重力を失ったように壁面から数センチの位置を浮遊し始める。


「あ、あぁ……君は何処から現れたんだ?」


「それは機密事項(Classified)です」

 少年はバックパックを背中から下ろしながら、爽やかな笑顔で彼女に応える。

 黒服機関のサングラスは胸ポケットに入っているが、すでに顔を見られているので今更装着しても無意味であろう。


「……」


「えっと、この2つが緊急の補給物資です。

 それと、この紙袋はリスト外ですから皆さんで気をつけて食べてくださいね!

 それじゃぁ、今度は地上でお会いしましょう!」


 一方的に補給の説明を終えた少年は、バックパックから大きな紙袋を取り出すと瞬時にその姿を消したのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 数分後。


 船長命令で居住エリアからきぼうモジュールに集合したメンバーは、突如現れた補給物資を前に目を丸くしている。


船長(アイリーン)、これはどういう種類の手品(マジック)ですか?」


(……全てが幻覚だったと言われた方が、納得できるんだがな)

 少年が何も無い空間から突然現れて補給物資を置いていったという説明は、船長である彼女の口からは絶対に言えないだろう。

 何よりエンジニアであるメンバー達に、彼女の正気を疑わせる結果になるからである。


船長(アイリーン)、この補給物資の横にある見慣れた紙袋って何ですか?」


「ああ、それはリスト外って……なんだよ、インナナウ(IN-N-OUT)の紙袋じゃないか!」


「ああっ、漂ってくるこの牛肉の香り……堪らないですね!」

 米帝出身のメンバーの一人が、涎を垂らしそうな表情で呟く。

 フリーズドライの牛肉料理は食べ飽きているが、出来立てのハンバーガーは夢の中にも出てくるご無沙汰の料理なのである。


「おおっ、まだ暖かいぞ!

 あのジョー・ヤングも、我々が暖かいハンバーガーを食べたって言ったら羨ましがるだろうな。

 皆、先輩のアストロノーツの経験を無駄にしないように注意して頂こう!」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「ジョンソンコントロール、こちらISS船長だ。

 14:00に補給物資は無事に受領した。

 この件の担当者に伝えてくれ、『美味しかった、次回はフレンチフライも忘れずに宜しく』と」


(あの有能な船長としては、随分とレヴェルの低いジョークだな)

 通話を担当した管制官は伝言をOPS PLANNER(運用計画立案担当者)と上司にしっかりと報告したが、誰もその本当の意味を理解することは出来なかったのであった。



                 ☆



 ホワイトハウス執務室。


「シン君、補給物資意外にも余計なものを運んだでしょう?

 なんか船長(アイリーン)から、フレンチフライが入ってなかったってクレームが入ってるわよ」


「はははっ。

 さすがにフレンチフライは、塩粒とか植物油が無重力で飛び散るのは拙いと思って買わなかったんですよ。

 でもあの人って、見かけによらずジョーク好きなフランクな人だったんですね」


 シンはNASAのツナギ姿のままで、執務室の高価なソファでリラックスしている。

 こういった作業服姿の人物が、この特別な場所で寛いでいるのは非常に珍しい光景である。


「ああ。あの人は私の空軍の先輩で、誰からも尊敬されている人格者だからな。

 操縦の腕前だけなら、負けていないと思うが」


「ユウさんの件もそうですけど、世の中思ったより狭いんですね」


「そうなのかしら。

 なんか私は誰かさんに引き寄せられて、女性ばかり集まってるような気がするけど」


「???」


「……今回は事情を知っている関係者の数も抑えたし、機密漏洩は大丈夫でしょう。

 いざとなったら、メンバー脱出の時にシン君の手を借りるかも知れないけど」


「一度に運べるのは一人だけですし、エアロックが無い状態の人間は救出できませんけどね。

 それに……」


「それに?」


「男性の宇宙飛行士を横抱きして帰還するのは、僕はともかく運ばれる方は嬉しくないでしょうね!」



                  ☆



 寮のいつもの夕食時。

 メンバーはシンのワシントン土産であるカップケーキを、食後のデザートとして味わっていた。


「それで私が組んだプログラムは、スタンドアロンでもちゃんと動きましたか?」

 ハナは新鮮なストロベリー果肉が入った、ピンク色のカップケーキを口にしている。

 彼女が食べ慣れたダイナーのケーキは甘さ控えめなので、初めて食べた名物カップケーキのしつこい味に目を白黒させている。


「ああ、あれはハナがコーディングしてくれたんだ。

 ISSも簡単に見つかったし、とっても役に立ったよ!ありがとう」


 シンは自分のカップケーキが乗ったデザート皿を、ハナの前に持っていく。

 自分用として箱から選んだチョコレート味は、他のカップケーキより甘さ控えめでヴァローナチョコレートの苦味が特徴である。

 甘いストロベリー味と一緒に食べても、この苦味が強いチョコレート味ならばバランスは悪くないだろう。


態々(わざわざ)シンの分を貰わなくても、まだ残りが沢山箱に……あれっ、いつの間にか無くなってますね!」


「最近は両手に持てるだけのデザートをお土産にしても、瞬時に無くなるからね。

 でもマイラの食が太くなって嬉しいなぁ」


「そうだね。なんかここに来て、マイラは急速に成長してるからね」

 ルーは苦味があるガナッシュのカップケーキが気に入ったようで、口の周りにチョコつけたまま2個目を頬張っている。


「うん!すぐにエイミーにおいつくよ!」

 色とりどりのカップケーキをたくさん皿に乗せて、マイラはとても嬉しそうである。

 ニホンのケーキ店ではあり得ない鮮やかなピンクやイエローの色彩は、米帝の子供達と同様にマイラも気に入ったようである。


「ふふふっ、マイラと同じだけ成長すれば、まだ数年は追いつかれませんよ」

 エイミーはマダガスカルバニラの風味がする白いカップケーキを味わっているが、大食漢の彼女にしてはスローペースである。

 彼女はニホンで甘さ控えめのケーキに慣れてしまったので、米帝風のバタークリームには違和感があるのだろう。



「それでシン、ちょっとアラスカ基地まで行く用事があるので付き合って貰えますか?」

 ハナはカップケーキを綺麗に食べ終えると、シンがドリップした薄いコーヒーで喉を潤しながら尋ねる。

 彼女もシンと同様に、深煎りのエスプレッソはあまり好きでは無いようだ。


「あれっ、ついに感動の対面が実現するのかな?」


「違います!あそこに居るベルさんって人に用があって。

 天球座標系検索システムに対応した新型のコミュニケーターに関して、ミーティングがあるんですよ」


「へえっ、あの人って航空機のレストア以外にも、そんな仕事もやってるんだ?」


「SIDの話だと、歴代のコミュニケーターは全てあの人の基本設計で作られてるみたいですよ」



                 ☆



 数日後。


「ハナ、ベルさんからメールが来て、ミーティングの場所を急遽変更してくれって」


「何処なんですか?」


「製造元メーカーの本社があるキョートだね。

 担当者の都合が付いたから、本社の会議室でやった方が進行が速いんだって」


「そうですか……」


「ベルさんとは、ニホンに来たときには接待するって約束があるからね。

 もちろんハナにも付き合って貰うよ」


「確かレイさんも、コミュニケーターには関与してるんですよね?」


「うん。でも今はロシアへ長期出張中だからさ」


「私もキョートに行った事がありませんので、ちょっと楽しみですね」


 久々に母親と顔を合わせる機会を失ったハナは、残念そうな表情を微塵も見せずにシンに応えたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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