018.All In A Day
寮の朝食後。
「……シン、これから君達が通ってる学園を見学させて貰いたいんだけど、駄目だろうか?」
「あれっ、今日は仕事があるんですよね?
もう送って行こうかと思ってたんですが」
「いや、大統領の勧めもあるから今日はオフにする事にしたよ。
移動を繰り返したんで、時差が蓄積してるような気がするんだ」
「短時間で元のタイムゾーンに戻れば、何の問題無いんですけどね。
長時間移動先で活動すると、僕でも体調が悪くなりますから」
「それに今は本局の定型業務から外れてホワイトハウス付けだから、時間的には余裕があるんだ。
緊急事態には召集がかかるしな」
「それじゃぁ、学園の責任者に聞いてみましょうか。
SID、校長先生にヴィジターの許可を取りたいんだけど?」
数分後。
『……OKが出ました。
事務室でIDカードを受け取って下さいとの事です』
「名前すら言ってないのに、もう許可が出たのか?
そんなザルなセキュリティで大丈夫なのか?」
『ジョディさん。
貴女はCIAの分析官として有名な方なので、社会保障番号、出身地から係累、経歴はすべて調査済みです。
なんでしたら、ミサワ基地での恥ずかしいエピソードを披露……』
「ストップ!君が優秀なのはわかったから、勘弁してくれ!
シン、この間から気になってたんだが……いつも声が聞こえるオペレーターの彼女はいつ寝てるんだ?
早朝から深夜まで、いつ呼びかけてもすぐに反応があるだろ?」
シンはSIDについて説明を省いていたので、声の主がAIであることにジョディは全く気が付いていない。
パーソナルアシスタントクラスのAIしか知らない彼女としては、もしかしてSIDをシン専属の作戦オペレーターか何かと勘違いしているのだろう。
「オペレーター……ああ、シドの事ですか。
SID、ジョディさんに改めてご挨拶してくれる?」
『ジョディさん、直にお目にかかれるのを楽しみにしてますね』
直接逢うのは普通のAIには不可能だが、SIDの場合にはそれが可能になるのがユニークな点である。
「こちらこそ。ワーカーホリック同士で、気が合いそうだね」
「……」
☆
事務室で受け取ったジョディ用のIDカードには、顔写真までしっかりと印刷されていた。
急遽用意したというより、あらかじめ準備したあったような手際の良さである。
「このIDは次回来訪された時にも有効ですから、返却は不要です」
いつも冷静沈着な事務担当の女性は、表情を変えずに英語でジョディに対応している。
シンの目から見ていると感情の動きが感じられない彼女の方が、SORAよりもよっぽどAIぽく見えているのである。
彼女がビジターとして見学する最初の授業は、いきなりユウ担当である軍隊式格闘技である。
当初やられ役として参加していたシンは、現在はアイの直弟子という立場なのでこの授業には参加を禁じられている。
それに実力が拮抗しているユウとの組み手は、お互いに能力を駆使した真剣勝負になるので見ている者には参考にならないであろう。
「ジョディさん、なんかやる気満々ですね。
早速組手に参加してみますか?」
シンはこの授業は見学なので普段着のままで着替えていないが、何故かジョディはジャージに着替えて簡易プロテクターまでしっかりと装着している。
「ユウが着替えろっていうから……でも学生相手に私が参加すると、危険だから遠慮したいんだが」
米帝空軍とCIAで格闘技に習熟している彼女は、かなりの自信を持っているのだろう。
「それじゃぁ、エイミーが相手をしてあげてくれる?」
講師役のユウは、危険というジョディの声をスルーしてエイミーに声を掛ける。
「はい。ジョディさん、お願いします」
「おいユウ、お前に敵わないのは自覚しているが、体格が違うエイミーちゃんを相手にスパーリングなんて無茶だろ?」
「ジョディさん、私はこう見えて頑丈ですから遠慮は要りませんよ。
だいぶ身長も伸びてますし」
「ジョディ、彼女からタップを一本でも取れたら、C・Cの30年記念ボトルをプレゼントするよ」
ユウは普段と違う(まるでフウのような)悪い表情で、ジョディをけしかける。
「……エイミーちゃん、悪いね。本気でやるよ」
「Yes! Bring it on!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
ランチタイム。
「ここのカフェテリアのランチは素晴らしいですよ。
今日はユウさんが深夜番なんで、ニホン食は無いですけど」
「……」
繰り返しエイミーに投げ飛ばされたジョディは、不機嫌な表情で左肘を氷嚢で冷やしている。
簡易プロテクターは動きを阻害しないために関節部分をカバーしていないので、打ち所が悪かったのだろう。
もちろんタップを取るどころか、ユウがストップを掛けるまで彼女は何度も投げ飛ばされて失神寸前だったのである。
ちなみに一緒にカフェテリアに来ているエイミーは、疲れた様子も無くまったくの平常運転である。
「今日のサンドイッチはカナダ風ですから、これでも食べて機嫌を直して下さいね」
「……」
サンドイッチの具材である牛肉の塊は、調理担当者によって長時間タレに漬け込まれた後にスモークされている。
燻煙は香りを付けるというよりも低温でじっくりと火を通す為で、まるでローストビーフのような焼き上がりだ。
その後大雑把にスライスされた牛肉は幾層にも重ねて挟まれ、部分的な厚みの違いが絶妙な歯ごたえを生むのである。
「……このスモーク・ミートのサンドイッチは、カナダでも滅多に食べられない本格的な味だな。
それにカナダと全く同じ味のプティンが、トーキョーで食べられるとは!」
エイミーに手も足も出なかったジョディは、出身地のメニューを口にして漸く元気を取り戻した様だ。
「プティン用に新鮮なチーズカードを入手するのは、大変だったみたいですけどね」
アラスカでの勤務経験があるという調理担当者とシンは、マイラの食事をメールで相談した事があるので親交がある。
近場のチーズ工房をシンが紹介したので、漸くこのメニューが作れるようになったのである。
「ところでドリンクバーは兎も角として、ここにもやっぱりビールサーバーがあるんだな」
「ええ、喉が渇いたならどうぞ。
職員の人も昼間から普通に飲んでますから、ジョディさんなら問題無いですよ」
「いや今は打撲で腕が腫れてるから、アルコールは駄目だろう。
ビールよりもCOTTがあれば、バッチリなんだけどな」
「ああ、あのカナダ産のチェリーコークですね。
ド●ターペッパーも、このサンドイッチには合うと思うんですけどね」
シンが顔を上げると、厨房の配膳口から見える調理担当者の彼女と視線が交差する。
「あるわよ」
さすがにドリンクバーに常備するほどでは無いが、この珍しいチェリーコークの愛好者が少なからず学園には居るのだろう。
シンは立ち上がってカウンターに置かれた350ml缶を受け取りながら、彼女に感謝のウインクを返す。
彼女は口数が少ないが不愛想では無いので、シンに向かってにこりと笑顔で返答してくれた。
「おおっ、やっぱりこれだよ!
これがスモークした肉の風味と、ばっちり合うんだよな!
キッチンのお姉さん、ありがとう!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
午後の国際政治学はジョディが聴講を強く希望したのだが、担当者が校長先生という事もあってシンは一抹の不安を覚えていた。
彼の授業はどれも非常に人気があるのだが、型破りなのは服装だけでは無いのでその点をシンは心配していたのである。
ところがジョディはいつもの服装で教壇に立つ校長には全く注意を払わずに、議論を繰り返す生徒達を真剣な表情でじっと見ている。
「あの子って、寮に居る子だろ?」
「ええ、マイラですね」
「幼い子だと思っていたが、こんなに明朗活発だったんだ。
議論してる内容も、かなり高度で専門的だよな」
「米帝語で話してるのが、本来の彼女なんでしょうね。
ニホン語だと、年相応に見えるから不思議ですよ」
「それにしても、随分と内容がニュートラルだよな」
「?」
「いや西側先進国の大学の講義なら、こういう内容にはならないと思ってさ。
米帝寄りじゃなくて、視点がかなり違うんだよな」
ジョディは氷嚢を巻き付けた肘のことを忘れて、真剣な表情で呟いたのであった。
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「どうでした?一日学園を見学してみて」
「うん。ここはニホンの学校法人の認可を受けてるんだろう?
ハイスクールにしては、内容がかなり高度なのに驚いたよ」
「人材確保が主目的ですけど、かなり長期的な視野で見てますからね。
ここは学費やカフェテリアの食事を含めてすべて無償ですけど、入学するにはかなり厳しい審査がありますから」
「理想の教育理念を実現できるのは、やっぱり巨大スポンサーの存在が大きいんだろうな」
「ところでジョディさん、通例ですと校長先生からメールが来ますから覚悟しておいて下さいね」
「?」
「現場で活躍するスペシャリストに臨時講師をして貰うのは、この学校の特徴というか伝統みたいですから」
「……」
「寮に居候している二人も、それぞれ週一回の授業をやる予定みたいですよ。
それでジョディさん、夕飯はいつもの中華ですけど食べていきますか?」
「勿論!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「いやぁ、今日一日旨いものだけ食べ続けていた気がするよ。
シンの周りにいる子たちは、舌が肥えちゃってすごいグルメに育ちそうな気がするな」
シンが作った老抽で味付けした上海風の焼きそばを頬張りながら、ジョディは旺盛な食欲を見せている。
ラーメン以外にも麺類が好物な彼女は、甘めでシンプルな太麺の焼きそばがとても気に入ったようである。
「それは良く言われるんですけど、寮の食事はほぼ100%自炊ですから贅沢とはほど遠いんですよ」
「えっ、それは信じられないなぁ」
これも好物であるジャンボ餃子を次々と食べながら、彼女は昼間控えていた生ビールをグビグビと飲んでいる。
「熟成ベーコンとかチーズとかの食材も、イタリアの産地から格安で購入してますし。
日本の高級スーパーの数分の一の値段ですからね」
「でもカフェテリアの食材はどうなんだ?」
「あれは一括購入したニホンのブランド牛と、個人的な伝手で安く手に入れた小さな工房のチーズカードで作ってますからね。
特にチーズに関してはカナダから輸入するのは、賞味期限的に不可能ですから」
「よし、こんど大統領と会った時には、絶品のプティンをトーキョーで食べたって自慢してやろう!」
「あっ、それは勘弁して下さい!
警備の問題があってここを訪問できないんで、大統領はずっとご機嫌斜めなんですから」
☆
数日後、ホワイトハウス執務室。
緊急招集されジャンプで一人やってきたシンは、大統領執務室でジョディを交えたミーティングをしていた。
「えっ、国際宇宙ステーションがピンチって?
いつもの酸素発生装置ですか?それとも帰還用のソユーズが故障したとか?」
ジョディが切羽詰った表情で、大統領に状況を尋ねている。
彼女の不安そうな態度は、自分がNASAの一部門に在籍しているからという単純な理由では無さそうである。
もしかして、彼女の知り合いが国際宇宙ステーションに滞在しているのかも知れない。
「最近のニュースで見ていると思うけど、民間に委託した連絡船の打ち上げが続けて失敗してね。
食料の一部備蓄と、保守パーツが足りなくてかなり危険な状態なのよ」
「ああ、危機的状況だけど時間的な猶予があるんですね」
戦闘や紛争の類では無いので、シンは安堵の表情を浮かべている。
「そうとも言えないのよ。
次回の打ち上げは最短でも30日後だから、このままだと乗員のソユーズでの撤退も視野に入ってるわ」
大統領はここで、シンに思わせぶりな視線を投げかける。
「荷物運びは頻繁にやってますけど、まさか国際宇宙ステーションまで運ぶ羽目になるとは。
物理的に運ぶのは可能ですけど、果たしてステーションまで無事に辿り着けるかどうかが問題ですね」
「そんなのは、軍事用のGPSユニットを使えば簡単だろう?」
「有視界ジャンプは亜空間を移動してるんで、移動中はGPS信号を使えないんですよ。
SID、今デブリ処理用に開発中の天球座標系プログラムで、ステーションまで到達できるかな?」
「ターゲットが大きくて遠距離からも目視出来るサイズですから、特に問題無いと思います」
「それで物資の量ですけど、とりあえず両手で持てるだけの量で30日も持つんですかね?」
「ああ、宇宙食はフリーズドライの密封が殆どだから、重量はかなり軽いだろうな」
ジョディは試食した経験があるのか、宇宙食についての知識も持っているようだ。
「保守パーツもヒューズみたいな小さなものだから、重量はほとんどないわ。
それに時間を指定してジャンプするモジュールには誰も立ち入らないようにすれば、シン君と鉢合わせする事も無いと思うし」
「それでいつ荷物の準備は出来ますか?」
「今ジョンソンで荷物のパッキングをやってるから……6時間後ね。
この間のハイジャックみたいに、関係者全員が口をつぐんでくれると良いのだけれど」
お読みいただきありがとうございます。




