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016.Whole New You

二人がホワイトハウスを離れて24時間後。


「一緒の温泉に入って、親睦は深まったかな?」


「いえ閣下、一緒には入っていません!

 ただし湯加減や、大浴場の雰囲気は最高でしたが」


「それじゃぁ一緒のベットで寝て、お互いの理解は深まったかな?」


「いえ閣下、一緒には寝てません!

 宴会は楽しかったですし、シングルベットの寝心地は最高でしたが」


「なんだ、It’s boring(つまらない)!」


 ジョディを連れて翌日ホワイトハウスに戻って来たシンは、彼女がすっかり元気を取り戻したので安堵の表情を浮かべている。

 いつもの強気な態度が復活しているので、休息の効果があったと大統領(アンジー)も納得しているようだ。


「それで昨日言っていたシン君を引き合わせた理由なのだけれど、貴方達にはNASAに新設されたばかりの『惑星防衛調整局(PDCO)』に一緒に所属して貰いたいのよ。

 ちなみに現職と兼務になるので、NASAは勿論、CIAの上層部とフウには事前に了解を得ているわ」


「なんですか?その地球防衛軍みたいな恰好良い名称は?」


「現状では予算が小さいから出来ることは限られているけど、将来的に大型隕石がこの惑星に接近した時に超国家体制で対処できるようにするのがこの組織の趣旨なのよ」


「現状の僕の能力では、大型の隕石に対処するのは不可能ですけど」


「小さいサイズのデブリ処理の件でフウから相談が入ったから、まずデブリを管理しているNASAの一部門にシン君が所属して貰うと都合が良いのよ。

 大型の隕石に対する対処方法は、君の能力に期待するというより、今後の惑星規模の課題だから気負わなくて大丈夫。

 それに軍事衛星クラスの大型のデブリの処理については、今まで通りの処理ルートで変更は無いから」



                 ☆



 数日後。

 デブリ処理について見識を深めるために、シンとジョディはスケジュールを調整してニホンのとある場所を訪問していた。

 まだNASA本部での顔見せすら済ませていないが、先にIDカードと名刺を渡されているのは大統領(アンジー)が強権を発動したのかも知れない。


「ここがあの名高いワコー研究所か……さすがに上空から見てもかなり敷地が広いな」

 亜空間ジャンプで上空から眺めると、AFNの巨大アンテナの傍にまるで郊外の総合大学のような広大な敷地が広がっている。


「僕は陸防とか和光技研に来ることもありますからこの辺りは馴染みの場所ですけど、構内に入るのは初めてですね」

 目立たない場所に着地し正門の守衛所で来所を告げると、守衛さんがヴィジターのIDカードを渡してくれる。

 ニホン有数の研究機関の割には、セキュリティは緩くかなりのんびりとした雰囲気である。


 車の往来がほとんど無い構内では、緑が多く沢山の野鳥が見られる都内とは思えない光景である。

 そんな中、多数の猫が我が物顔で往来を闊歩しているのが目に入る。


「なぁシン、ミサワに居たころから気になってたんだが、ニホンの野良猫ってなんでこんなに毛並みが良いんだ?」

 目的の建物へ歩きながら、ジョディが至近距離を警戒もせずに歩いている猫をじっと観察している。

 

「日本全体がそうじゃないと思いますけど、ここの猫は餌ももらってるみたいですし雨水をちゃんと凌げる場所があるんでしょうね。

 地域猫って言って、この構内で放し飼いにされてるような感じなんでしょう」

 目的の建物である情報基盤棟に近づくと、研究者らしき女性が猫と戯れているのが目に入る。


「なんかどの猫も人懐っこいなぁ、おい何でシンにばかり寄ってくるんだ?」


 シンはいつの間にか猫達に囲まれて、身動きが取れない状態になっている。

 さらに元気が良い何匹かはシンのジーンズをよじ登って、バックパックに懸命に手を延ばしている。


「君は何か匂いの強い食べ物を所持していないか?」

 猫と戯れていたグラマラスな女性が、シンに流暢な米帝語で声を掛けてくる。

 事務職員や研究室の要員が猫と遊んでいる暇は無いだろうから、彼女は多分役職が付いた研究者なのだろう。


「ええ、愛犬用に手作りしたオヤツがバックパックに入ったままですね」

 ニホン語で答えたシンは、肩に下げていたバックパックからシリウス用のジャーキーの袋を取り出す。

 すると数匹の猫がまっしぐらという勢いで、シンの手元に殺到してくる。


「そんなに美味しそうな匂いがするのかなぁ……普通のスモークチップしか使ってないのに」

 赤身の牛腿肉のジャーキーなのでかなり固いのだが、厚みが薄い部分をちぎって一匹のサビ猫の口元へ持っていく。

 ジャーキーを銜えたサビ猫は、夢中になってガツガツと咀嚼を繰り返している。


「あんまり食べさせると、塩分過多が心配だな……」


「えっと、これはペット用に僕が作ったので、食塩は一切使ってませんので」

 群がってくる猫達にジャーキーを配布しながら、シンは答える。


「ちょっと私にも味見させてくれたまえ。

 おおっ、かなり上等な牛肉を使ってるんだな」

 女性は猫が齧っているのと同じジャーキーを、躊躇無く口にする。

 この辺りはやはり細かい事は気にしない、研究者らしい言動なのだろう。


「はい。赤身肉ですけど和牛ですから。

 人間がつまみとして食べる場合は、粗塩をちょっと振ってから食べるんですけどね」


「それで君たちはビジターみたいだが、誰に用事なのかな?

 猫と遊びに来たわけでは無いんだろう」

 女性は、シンとジョディが首からさげているIDカードを見ながら尋ねてくる。


「ええっと、ここは情報基盤棟ですよね?

 私達はNASAの職員なんですが、計算宇宙物理研究室の可児山先生に面会するために来たのですが?」


「ははは、私がその可児山だが。

 君はNASAの職員としては、若くないか?

 まるで大学生のインターンみたいだな」


「はい。ちょっとだけ『特殊な技能』がありますので、新しい部署の創設メンバーに選ばれたみたいです」

 シンとジョディは自分の名刺を可児山に渡すが、彼女はちらりと名刺を見ただけで部署の名称については関心がなさそうである。


「それに何でそんなにニホン語が流暢なんだ?

 ニホン人の血が入ってるようには、見えないが?」


「もうニホン暮らしも長くなりますから。

 此処に居る間はニホン語以外は使っていませんので、自然と上達したみたいですね」


「うむむっ、ジャーキーで胃が刺激されたのか腹が減って来たな。

 そこの第一食堂で食べながら、話しを聞いても良いかな?」


「ええ、勿論です」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 定食におかずを山ほど追加した可児山を見ていたジョディは、いつの間にか同じカウンターの列に並んでトレイにおかずを載せている。


「えっ、ジョディさんも食べるんですか?」


「いやその……このサンプルで置いてあるチキンカツ定食が懐かしくてな。

 ミサワ基地の隊員食堂で良く食べてたんだよ」


「えっ、さすがに米帝空軍の食堂でチキンカツレツは出ないでしょう?

 もしかして、空防の隊員食堂を利用してたんですか?」


「ああ、その件は口外しないでくれると助かるんだが……」

 二人の英語の会話は可児山にもしっかりと聞こえているのだろうが、内容に関して興味が無いのか彼女は黙ってテーブルに着席する。


「ここのチキンカツは人気メニューで、薄くてハムカツみたいでウースターソースと良く合うんだよ。

 それで宇宙デブリについて、何を知りたいのかな?」

 彼女はチキンカツに大量のソースをかけながら、シンに尋ねてくる。

 横でその様子を見ていたジョディも、彼女に倣ってソースをかけているようだ。


「流星アブレーションで、多数の極小デブリを一括処理した場合の問題点を教えていただきたいのですが」

 シンは給湯器から注いだ無料のお茶を片手に、ニホン語で質問する。


「多少はデブリ処理については勉強しているようだが、方法論はすっ飛ばしていきなり結果を知りたいって?

 まだ一括処理する研究は進んでいないのに、それはどの位先の未来の話なのかな?」


「いえ、あくまでも問題点を知りたいという知的興味からお尋ねしているのですが」


「ううん、そうだなぁ……まず謎の流星群がいきなり表れて、天体観測をしている全ての人間が吃驚だろうな。

 あとレーダーを併用してデブリ観測をしている部門が、追跡中のデブリがいきなり消滅してパニックになるだろう。

 たぶん問題点は、その程度じゃないかな」


「電波障害とか、その他の問題点は無いでしょうか?」


「うぅん……落下して燃え尽きるまでの時間が短いから、それは心配要らないんじゃないか。

 他には思いつかないかな」


「なるほど、参考になりました」


「もしかして君達は、軍事衛星とかの大型デブリを極秘裏に処理してる関係者なのかい?」


「……」

 シンは大型デブリ除去の作戦に参加した経験は無いが、模擬テストを行っているので当事者で無いと否定する事が出来ない。

 それにこの作戦はかなり厳密な緘口令が出ているので、口外することは不可能なのである。


「オフレコで良いから、どうやって処理してるのか教えて貰えないかな?

 私達の間では、数トンの衛星をどうやって処理してるのか興味津々なんだよ」


 可児山の一言に、ジョディは箸を止めて横に座るシンの顔をじっと見ている。

 彼女もその件については、前々から疑問に思っていたのだろう。


「先生、純粋な好奇心からのご質問かと思いますが、オフレコでも知らない方が良かったと思うかもしれませんよ」

 シンはテーブルに載っていた小さな胡椒瓶を手に取ると、それを手のひらの上に載せる。

 この食堂は海外出身の研究者も多く利用するので、ニホンの醤油やソース以外にもケチャップやマスタード等の調味料も各テーブル上に置かれている。


「いや、疑問に思った事を放置したままでは研究者失格だろう?」


「個人が所有する特殊能力っていうのは、なかなか手品と区別がつき難いんですよね。

 それにご自分の目で見た現象であっても、信じて貰えない事も多いですし」


 シンの手のひらに載っていた小瓶が、いきなりテーブルの上の空間を滑らかに移動し空中に静止する。


 うわっと小さく声を発した可児山の視線が小瓶に向けられているのを確認したシンは、小瓶をそのまま天井近くまで上昇させ薄暗い食堂の中をゆっくりと遊泳させる。

 その様子はまるで長いテグスでぶら下がっているモビールのようだが、もちろん釣り糸の存在は確認出来ないだろう。

 食堂を高速で一周した胡椒瓶は、滑らかな動きで可児山の目の前のテーブルに音を立てずに着地する。


 可児山は胡椒瓶を手にとってトリックを確認しようとしているが、もちろん何も見つける事は出来ないだろう。


「先生、今日はお時間をいただき有難うございました。

 また来所しますので、その時はお話しを聞かせて下さいね」


 シンは渡しそびれていた手土産のショッピングバックを彼女の前に置くと、ニホン式の挨拶をして食堂を出たのであった。


                 ☆



「シン、なんか腹が減ったな!」


「ジョディさん、さっき食堂で定食を食べてましたよね?」

 守衛所でIDカードを返却した二人は、狭い歩道をワコウシ駅方面に向けて歩いていく。

 この辺りは街頭に設置された監視カメラが多いので、いきなり彼女を抱えてジャンプするのは危険なのである。


「ああ、中途半端に食べたから余計に腹が減ったような気がするよ」


「ジェットパイロットっていうのは、皆さん新陳代謝が激しいんですかね。

 それじゃぁ、イケブクロに寄り道して何か食べましょうか」



 数分後。

 人気の無いイケブクロ南口の小さな公園に着地した二人は、飲食店が多い駅前に向けて歩いていくがここでジョディが突然足を止める。


「どうかしましたか?」


「シン、ここで食べたい!」

 特長的な黄色い看板の店の前で、彼女は足を止めて店内を覗き込んでいる。

 そこはシンも知っている有名なラーメン店だが、外食で利用することは非常に稀な店である。


「えっ、ここですか!

 ジョディさんって、もしかしてラーメン好きだったんですか?」


「ああ、ミサワに居たときも、ハワイでも良く食べてたぞ。

 中華料理屋でも、〆で必ず注文するしな」


「ここは一般的なラーメン屋では無くて、かなりカルトな店ですけど大丈夫ですか?

 ニホン人でも、評価が分かれる店なので」


「不味いのか?」


「いえ、不味くはないですけど、かなり脂が強くてボリュームがあるラーメンですよ。

 Tokyoオフィスにはこのラーメンが好きなメンバーが二人いますけど、他のメンバーは敬遠していますね」


「よし、入ってみよう。

 シン、私の分は一番ボリュームがあるのを注文してくれ!」


 幸いにも行列が出来ていなかったので、入店したシンは食券販売機で豚ダブル大盛りラーメンと普通ラーメンのボタンを押す。

 空いているカウンター席にいきなり案内されたので、どうやら今茹でているロットで待ち時間無しに食べられるようである。


「彼女の豚大盛りは、ニンニクヤサイマシマシアブラカラメオオメで。

 僕のラーメンはトッピング無しで」

 トッピングを聞かれたシンは、以前マリーから聞いていた通りにジョディの分を注文する。

 自分の分は、もちろん地雷を避けるためにトッピング無しである。


 ヴェテランらしき店員さんは、女性にしては大柄のジョディを見て特に問題無いと感じたのかトッピングの注文をすんなりと受けてくれた。

 数分後に彼女に配膳されたラーメンは、普通盛りラーメンと違いラーメン丼が大きくモヤシがかなりの高さに盛られていたがこれはシンの想定範囲内である。


「なんだ、ヘルシーな野菜たっぷりのラーメンじゃないか?」

 チャーシューのボリュームに気が付いていない彼女は余裕の表情だが、ラーメン丼の向きを変えると分厚いチャーシューの塊がモヤシの山に埋もれているのに気がつく。


「……」

 シンはカウンターにティッシュが置かれていないのに気が付き、無言でバックパックからウエットティッシュを出してジョディと自分の間に置く。


「いただきます」

 何度か付き合いで此処のラーメンを食べた事があるシンは、まず麺をモヤシの上にすくい上げて麺から先に食べていく。

 途中でスープに浸ったモヤシとチャーシューを口にして、スープの脂分をしつこく感じないようにバランスを取る食べ方である。


「これは、麺が太くて食べ応えがあるな」

 脂で口やラーメン丼の周囲をベタベタにしながら、ジョディは呟く。

 生野菜をばりばり食べる米帝人らしい彼女は、モヤシの山に気後れする事無く食べ続けている。

 シンは健啖家である彼女が食べきれないという心配はしていないが、箸使いが上手なニホン人であってもここのラーメンを着衣を汚さずに綺麗に食べるのは難しい。

 ジョディはシンが用意していたウエットティッシュを使いながら食べ続けているが、すでに白い上等なブラウスにはしっかりと脂染みが出来ている。


「シン、お前は食べるのが上手だな!」


「いえ、このラーメンはニホン人でも綺麗に食べるのは難しいですから。

 僕は脂のトッピングや、チャーシューは注文してませんから」


 普通盛りのシンとほぼ同時に食べ終えたジョディは、満足気な表情でラーメン丼をカウンターに戻し店を後にする。

 さすがにスープは飲み干していないが、初めての大盛りで麺と具材を綺麗に完食しているのは流石である。


「食べるのは難しいが、味は今まで食べたラーメンで一番だ!

 とっても旨かった!」

 

 シンは豪快な食べっぷりのジョディに、馴染みである司令官達と同じ雰囲気を感じていた。

 細かな気遣いは出来ないにしても、大雑把で豪快な性格が彼女の持ち味なのだろう。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「それでシン、今日寮に泊めてもらえないかな?

 明日は急ぎの仕事が無いから、ちょっとのんびりしたいんだ」


「ええ、良いですけど。

 もしかして温泉が気に入りましたか?」


「ああ、温泉だけじゃなくてあそこに居るメンバーが気に入ったからな。

 気の良い奴ばかりで、とっても楽しいし」


「それじゃ寮に戻りますけど、ちょっと待って下さいね。

 そこのデパ地下でお土産のデザートを買いますから」


「……お前、ほんとにマメだよな」


「料理は同じようなメニューが重なるので、デザートは目新しい方が嬉しいじゃないですか?

 ジョディさんは、アップルパイとかバナナパイとか嫌いですか?」


「いや大好物だよ。でも既製品よりは手作りが好きだな」


「時間があれば作れますけど、今はそこまで手が回らないかなぁ。

 この間はフランを作って、皆には好評でしたけどね」


 この後のデパ地下巡りでジョディが感激のあまり買い過ぎてしまい、タクシーで帰る羽目になったのはここだけの話である。

お読みいただきありがとうございます。

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