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013.Desperate Eyes

「こうやって見直してみると、現状が良くわかりますね」


 都内某所にあるCongohの研究所を訪問したシンは、フェルマがコメントを入れた旧中華圏の空撮映像を見ていた。

 応接間の壁面はTokyoオフィスのリビングと同じ超大型モニタなので、8Kで撮影した映像はその解像度を如何なく発揮している。


 姉に会うために同行したマイラは、広いソファにも関わらずお気に入りのシンの膝の上で一緒に映像を見ている。

 いつもの彼女とは違って真剣な表情なのは、故郷の惑星での悲惨な体験を思い出しているからなのだろう。


「Iani Omerad!」

 マイラはシンの隣に座っているフェルマに、呟く。


「……Adnihs Annim」


 姉妹のやり取りはドイツ語のような響きだが、多分彼女達の母星の言語なのだろう。

 勿論シンには理解出来ない筈の言語であるが、瞳が潤んでいるマイラの表情を見ていると何となく意味がわかるような気がする。


「もしかしてと思ったんですが、やっぱり生存者の痕跡は皆無でしたね」


「ええ、各国の除染処理が行われた直後なら可能性はあったと思うけれど。

 連鎖事故を起こした発電所や核が着弾した周辺は、シェルターに居ても生存できる放射能レヴェルでは無かったから……」


「ああ、姉妹二人とも仲良しになったのかい?

 それは何よりだねぇ」

 応接間に顔を出したナナは、ソファに固まっている3人に声を掛ける。


「ナナさんが言う仲良しという意味が、良く理解できませんけど」

 一応丁寧な言葉遣いだが、シンがナナに向ける視線は冷たく素っ気無い。

 如何に温厚なシンであっても、度重なる迷惑の数々を簡単に忘れる事は難しいのだろう。


「フェルマちゃん、この惑星に身寄りが出来てよかったね!

 シン君はいったん家族と認めた女の子を、見捨てる事は絶対に無いからね!」


「はい。ありがとうございます」

 フェルマは妹と仲良く座っているシンを一瞬だけ見ると、ナナに笑顔で応える。

 シンはナナの言葉にコメントすることも無く、膝の上から笑顔で見上げてくるマイラの頭を優しく撫でている。


「もしかして、迷惑……なのかな?」


 ナナが応接間から姿を消すと、フェルマは一転して不安そうな表情でシンに尋ねてくる。

 上目遣いでシンを見る表情は硬く、声にもいつもの覇気が感じられない。


「初めてアラスカで会った時の事、覚えてます?」

 シンは深刻さが微塵も感じられないいつもの口調で、彼女に尋ねる。

 だがリラックスした口調にも関わらず、視線はしっかりとフェルマの瞳を捉えている。


「ええ、もちろん」

 シンの真っ直ぐな視線を受け止めながら、彼女は即答する。


「初対面の僕は、迷惑そうな顔をしてましたか?」


「……いいえ」

 彼女の少しの躊躇は、当時のシンの様子を思い出していたのだろう。


「嫌な人の研究に協力するほど、僕はお人よしに見えてましたか?」


「いいえ」

 彼女はシンの質問の意図を理解したようで、(ようや)く安堵した表情を浮かべている。

 

「あの睡眠薬の件は、気を許していたから不覚を取っちゃったんですよ。

 ただし先日のシャワーの件は……その、必要なかったというか……」


 恥ずかしそうな表情で口ごもったシンの様子に、フェルマが横で吹き出している。


「あっ、ねーたんひさしぶりに笑った!」

 シンの膝の上で、マイラが朗らかに声を上げた。



                 ☆



 プロメテウス本国地下エリア。


「やぁシン君、忙しいのに悪いね」


「これ手土産のカツサンドです。

 それで何か僕達に御用があるみたいですけど?」


 エイミーはシンの目配せで両手で抱えていた大きなバスケットを、ボナに手渡す。

 此処には和光技研のエンジニアが複数常駐しているので、ニホン食の手土産が何より喜ばれるのである。


「うん。エイミーちゃん直々に、見て貰いたいものがあってね」

 嬉しそうにバスケットを受け取ったボナだが、エイミーを見る眼差しは真剣そのものである。


「私にですか?」

 必ず同行するように念を押されていたので意外では無いが、エイミーは用件について全く心当たりが全く無い様だ。


 ボナに促されて、二人は地下施設の中央部へと歩き出す。

 ここには存在が秘匿されている『モノリスもどき』以外にも、施設全体を管理している部屋があったとシンは記憶していた。


「此処は、現在進行中のプロジェクトの心臓部なんだけどね。

 これを客観的に評価できるのは、この惑星上で二人だけだから」


 案内されたコントロールルームには、地下施設の監視モニター以外に多数の機材が設置されていた。

 CADやレーダーなどの特殊用途に使われている超高細密モニターが、縦置きの専用スタンドでズラリと並んでいる様子はかなりの壮観である。

 それらのモニターは黒バックで表示されているので、監視目的のモニターとは違いが一目瞭然である。

 近づいてみると解像度の限界の8ポイントのラテン語が表示されているので、細密な文字列を見やすくする為の表示方法なのだろう。


「これは……ユグドラシルを可視化したみたいな系統図ですね」


Appunto!(その通り)。これは始祖(Radix)から現在に至るメトセラの系統図なんだよ。

 ただしこれは古い記録や推察も若干入っているから、エイミーちゃんに明らかな間違いをチェックして欲しいんだ」


「この間カーメリにも行きましたから、顔見知りの分は指摘できると思いますが。

 ただシンほど、身近な存在ではありませんので正確性は自信がありませんけど」


「ほぉっ、それはお惚気(のろけ)っていう奴だね!

 まぁ答え合わせが出来るのは、エイミーちゃんとキャスパーだけだから。

 キャスパーはいつも通り忙しくて、ここに来る時間は取れそうにないしね」


「ボナさん、僕はここに居ても役に立たないんで厨房へ行ってますね。

 何か余りもので、料理を見繕っておきますよ」


 シンは自分自身の系統図に関しては、必要ならエイミーから直接聞く事が何時でも可能である。

 もっともシンは自分のご先祖様情報については、全く興味が無いのであるが。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「マリーとルーの情報がかなり補完できたし、来て貰って正解だったよ。

 協力に感謝するよ!」

 エイミーによる確認作業は順調に進み、予想外の短時間で終了していた。


「それにしてもマリーの情報が、予想外に豊富だったのは意外だったね」


「ああそれは、彼女が母君から受け継いだカメオを発見できたお陰ですよ。

 彼女自身が失った記憶を、呼び戻すきっかけになりましたから」


「これはノアを探索する為のシステムなんですよね?」


 厨房から呼び戻されたシンは、改めてモニターを至近距離から眺めている。

 知り合いの名前が末端にずらりと並んでいるが、一般的な系統図より父親の空白部分が多いのはメトセラの特徴なのであろう。


「うん。

 まだEU圏内では戸籍が完全に電子化されていないから、サーチ機能は不完全なんだけどね。

 現地に急行する必要がある時には、シン君に頼むかも知れないけどその時は宜しくね!」


「ええ、ボナさんの依頼なら喜んで協力させて貰いますよ」


「有難う!あの二人みたいに悲惨な経験をする子を、何とか一人でも多く救いたいからね!」


「それじゃぁエイミーの作業も終了したみたいなんで、これにてお暇しますね。

 あと炊飯ジャーに炊き込みご飯が入ってますので、皆さんでできるだけ早く食べちゃって下さい」


「いつも気を使わせて悪いね。

 あっ、地上までは送っていくよ」


 ボナが地上に向かうエレベータの中で、シンの耳元に小さな声で囁く。

「シン君、外で浮気する時には不用意に種をばら撒かないように、注意してね」


 エイミーは聞き耳を立てていなかったが、思ったよりボナの声が大きかったので彼女はくすっと小さな笑い声を上げたのであった。



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 せっかく欧州まで遠征したなら寄りたい場所があるというエイミーのリクエストで、二人はローマ市内に来ていた。


「ここがエイミーが来たかった美術館?

 宮殿っていうより、小さいビルみたいだよね」


 入場料二人分を2階の小さなカウンターで支払いながら、シンは薄暗い通路を見渡している。

 質素な宮殿内に設置されているこの美術館は、収蔵点数は少ないがガイドブックにも掲載されている観光名所らしい。


「……これですね、見たかった絵は」


 小さな人物画の前で、エイミーは立ち止まる。

 もちろん本場イタリアの美術館らしく、控え目のパーティションが設置されているだけでガラスケースなどの絵を遮る余計なものは何も無い。

 薄暗い室内は絵を見る環境としては劣悪だが、余計な光線で絵画が痛む可能性を考慮しているのだろう。


「ああ、なるほど」


 白いターバンを巻いて、振り向いている女性の肖像画。

 シンにはエイミーのような来歴を追跡する能力は無いが、この絵についてはほんの少しだけ由来を知っている。

 死を目前にしながらも、諦観したような優しい眼差し。

 その印象的な姿は、シンが以前EOPの映像で見た少女(フェルマ)の姿とぴったりと重なるのである。

 

「描かれた少女はもうこの世には居ませんけど、その生涯はこの絵に焼き付けられて私達が目にする事が出来ます。あのEOPの少女がもし存命しているなら、しっかりと生き抜いて幸せになるべきだと思いませんか?」


 エイミーの一言に、シンは無言で頷いたのであった。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「なんか、お腹が空いてきました!

 何か食べませんか?」

 宮殿を出て歩き始めたエイミーが、シンにお腹を押さえるジェスチャーをする。


「ああ、確か市内にサラさんお勧めの、ビュッフェの店があったと思うけど」

 エイミーのイタリア風のジェスチャーに驚きながら、シンは言葉を返す。

 ファーストフードやサンドイッチでは、エイミーの空腹を満たすには役不足だろう。


「ビュッフェのイタリア料理店って、入る機会が無かったので行ってみたいですね!」


「そういえば、エイミーはニホン料理主体の食生活になってるものね。

 ビュッフェなら待ち時間も無いだろうし、これから行ってみようか」


 シンはローマ市内を何度も訪れているので、迷う事無く店はすぐに見つかった。

 入店した二人はウエイトレス(Cameriera)さんから簡単な説明を受けると、ビュッフェの料理が並んでいる大きなテーブルへ向かう。


「ここはアラスカの社員食堂みたいに食べ放題じゃないから、取れるのはこの大きな皿一回分だけね。

 デザートと飲み物は別に選べるみたいだから」


 エイミーは自分の皿に複数種類のパスタやリゾット、揚げ物やサラダをしっかりと盛り付けていく。

 子供の散漫な手つきでは無いので周囲の客も顔をしかめたりしていないが、まだ小柄で愛らしい彼女を心配したらしく傍のテーブルの老紳士が声を掛けてくる。


「お嬢ちゃん、そんなに沢山取って食べきれるのかい?」


「はい大丈夫です。沢山食べて大きくならないといけませんから」

 流暢なイタリア語で返答しながら、エイミーはにっこりと紳士に笑顔を見せる。


 小柄ながら綺麗な所作でモリモリと食べるエイミーの様子に、周囲の客もほっこりとした表情を見せている。

 小食のシンも珍しく沢山の料理を盛り付けていたが、これは明らかにエイミーの為であろう。

 二人は途中で皿を交換して、シンが手をつけていないリガトーニやリゾットもエイミーは綺麗に平らげている。


「ショートパスタは食感が面白いですね。

 ちょっと味が濃いですけど、これが本場の味付けなんでしょうね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「シンはフェルマさんに対する評価が、かなり変わったでしょう?」

 食後に選んだリンゴのケーキを食べながら、エイミーは唐突にシンに尋ねてくる。

 ミルフィーユのように薄切りのリンゴが積層されているケーキは、アップルパイよりも手が込んだ作りでとても美味しそうである。


「うん。まぁ彼女の経歴を知ってしまって、変わらないのはどうかと思うけどね」

 シンは注文したルンゴを、いつものようにブラウンシュガーを入れずに飲んでいる。

 ちなみに周囲に聞かれても大丈夫な様に、シンはここで会話をニホン語に切り替えている。


「経歴というか、シンはもう気がついて居るんでしょう?」


「ああ、フェルマさんがあのEOPの少女だってこと?」


「アラスカで最初に出会った時から、シンはあの人には愛想良かったですもんね」


「ああ、やっぱりメトセラっぽくない女性に惹かれるのは仕方が無いのかなぁ。

 エイミーも、ユウさんもそうだしね」


「ふふふっ、褒め殺しでごまかす気ですね!

 ……あの姉妹には、同情心もあるんですか?」


「いやロストゲイアー(難民種族)になった二人の気持ちは、同情できるような単純なものでは無いでしょう。

 ただし銀河を超えて知り合えたのは、エイミーとの出会いと同じような意味があるんじゃないかと思うけどね」


「これはフウさんに聞いたんですが、彼女はシンとアラスカで会ってからすぐに任地変更を決めたみたいですよ」


「……フェルマさんがこの間言ってたんだけど、『僕が唯一の選択肢』ってどういう意味なんだろうね」


「ああ、それは私にも分かります。

 つまりチタウリとメトセラの、種族としての相性に関してでしょう」


「??」


「チタウリはヒューマノイドの中でもかなりの長寿命ですから、メトセラの男性を本能的に求めているんです。今メトセラの男性で表に出ているのは、シンとレイさん位ですから」


「はぁっ、モテてるというよりも、選びようが無い余りものみたいだよね」


「独占できないのは仕方がありませんが、シンは誰にも渡しませんよ!」

 明るい口調で宣言したエイミーだが、その決意を込めた眼差しは怖いほどに真剣である。

 気分が高揚しているのか、右手のデザートナイフが一瞬宙を泳いでいる。


「はははっ。

 ノーナさんと一緒に見て回ったけど、まだまだ見ていない素晴らしいアートはイタリアにも沢山あるんだろうね」


「あっズルいですっ。私はルーブルにも行ったことが無いのに……」


「今日は時間的に無理だけど、次はエイミーと行くから勘弁してよ」


「はいっ、約束ですよ!」

 エイミーはリンゴのケーキを追加注文するために、元気に席から立ち上がったのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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